由紀恵さんと、加奈子さん。
第三章 第051部 あたりまで読んでおくとわかりやすいと思います。
「そうなの、へぇ……」
私が話をしていると、待ち合わせをしていた加奈子がやってきた。
「あんた、また、話してるの?」
呆れ顔で言う彼女だが、しかし、私の友人の中では一番と言っていいほど、私を理解してくれている人だ。
「まあ、最近は、スマホの進化のお陰で、そうやって話してても通話中に見えるからいいけどね」
そう言って苦笑しながら、私の座るテラス席の向かいに座る。
私はちょっと人か動物かわからない話し相手に、友達が来たことを伝えて、加奈子に向き直った。
「加奈子、久しぶり~~~」
「あんたねぇ、突然仕切り直しするんじゃないわよ」
呆れた調子で言う加奈子だけど、彼女のそれがポーズだと私は知っている。
加奈子は本心を隠す癖があるのに、皮肉なことに、その守護霊であるご先祖様は随分とおしゃべりなのだ。
今も加奈子に隠れて、今日のお茶を楽しみにしていたと教えてくれた。
「何よ、何でニヤニヤ……って、まさか、また!?」
私が思わず微笑んでいると、加奈子は慌てて周囲に視線を巡らせる。
残念ながら、加奈子には私のように人ならざるものを見る能力はないので、全く見当違いの方向を向いてきょろきょろしているが、なかなかに可愛らしい。
「うふふ」
「なによ!」
私が思わず笑い声をあげてしまったせいで、キョロカナちゃんは、加奈子に戻ってしまった。
ちょっぴり残念。
「いえいえ、加奈子ちゃんは高校生の頃から変わらず可愛いなぁ~と思ってね」
「はぁ? あんた馬鹿にしてるの?」
「してないよ、してません、私が加奈子を馬鹿にするわけないじゃない」
「全く信じられないわ」
「ヒドイーー」
「何で、棒読みで言うのよ」
そんなことを言い合って私達はひとしきり笑い合う。
大したことのない会話も、意味のないおしゃべりもひどく心地いい。
そうして、私が加奈子との時間に浸っていると、不意に話題が娘たちの事へ変わった。
加奈子はすみれちゃん、つばきちゃん、奈菜ちゃんという三人の娘に恵まれていて、子育てでも結婚でも私の先輩だ。
私はと言えば、一人娘がいるだけの初心者もいいところである。
「アンタも、娘を聖アニエス学院に入れるんでしょ?」
「そうねぇ、でも、娘次第かしらねぇ」
私の言葉に、加奈子はまたも苦笑をする。
「アンタねぇ、娘の自主性を尊重したいってのはわからなくもないけど、まだまだ親がレールを引いてあげないとダメな時期なのよ? 将来、恨まれることになっても、子供の為って覚悟決めるのも必要なのよ?」
それが加奈子のやさしさなのねと微笑むと、なぜかほっぺを左右に引っ張られた。
「なにをするのひょ、かにゃこ」
「なんか、馬鹿にされた気がしてね……」
「ひがいもうひょうだとおもうわ」
私は加奈子の被害妄想を訴えたのに、まるで理解を示してくれない。
まあ、わかってくれなくてもいいから手は離して欲しいわ、そろそろ痛いもの。
加奈子は自主性に任せるなんて表現してくれたけれど、正直なところ、私は娘について、何かを決めてしまう事に不安を抱いている。
たぶん……いや、ほぼ確実に娘である彼女も私と同じ目と耳を持っている。
いいえ、もしかしたら私よりも強い力かもしれない。
私は運よく、こうして大人になることができたし、最愛の娘にも夫にも恵まれた。
けれど、私の家系……親戚には早くして亡くなる子が多いのも事実だ。
私はその一歩手前まで行ったことがある。
たぶん、あのまま一緒にいたら、私は命を無くしていただろう。
私達の様な人ならざるものを見ることができ、その声を聴くことができる人間はとても希少だ。
それはつまり人ならざる者にとって、その孤独を埋めてくれる相手が極端に少ないことを示している。
それ故に誘われやすい。
そこに悪意はないし、むしろ親愛の情が強いことが多い。
けれど、ヒトはヒトならざるものと共には歩けないのだ。
だからこそ、私がこうして大人になれたのは、人に恵まれ、そして、文字通り運が良かったということになる。
ほんの少し、人よりも強い力を持った人ならざる者の気紛れで、私は、私達はいともたやすく連れ去られてしまう宿命にある。
だから、せめて、それまでは娘の望むままに、娘の願うように生きさせてあげたいと思う。
「私は酷い母親ね」
娘に悔いが残らないようにと思っている私は、ひどく冷たいのだろう。
なぜなら、私はもし、そうなってしまったなら、仕方がないと……諦めてしまうであろう自分を自覚しているのだ。
娘は選ばれてしまったと、私は納得してしまうのだろうと……。
「そう思うなら、もっともっと愛してあげればいいじゃない。もっともっと抱きしめてあげればいいじゃない。言葉だけがすべてじゃないのよ? 例え上手く言葉にできなくてもね、触れ合った時の温もりが気持ちを伝えてくれるものなのよ」
「あら……失格な母親でも?」
「バカね、失格かどうかを決めるのは貴女じゃなくて、娘の方よ? 大人だからってなんでも決められるなんておこがましいわ。だって当たり前じゃない? 自分の母親がその子にとっていいか悪いかなんて、その子にしかわからないでしょ?」
加奈子の言葉に目から鱗が落ちる思いがした。
だから、少し馬鹿にしたふりをしてみる。
「加奈子は時々凄い角度で核心をつくわね」
「アンタ、また馬鹿にしたでしょ」
「ひゃから、ひへはいは」
加奈子の素直なところがやっぱり好きだなぁと思いながらも、やっぱりほっぺたが痛い。
結局私はその後、聖アニエス学院からの連絡で肝を冷やし、助かったことに安堵して、覚悟も何もできていなかった自分に苦笑することになるけれど、ただ一つ言えることは、娘もまた私並みに運がいいみたい。
穂乃香ちゃんというお姫様みたいな魔法使いの女の子とお友達になってしまうなんて、本当に笑ってしまうぐらい凄い。
それと、どうやら、私と加奈子の縁は娘たちにも引き継がれたみたいで、少し嬉しかった。
まあ、加奈子本人には内緒だけど……。