神の声②
ピッピッピッ… バイタルサインは安定している。
ボルンはまだ眠っている。
医務室の外でその姿を見ていたボッケンはそっと立ち去る。
砂漠の夜が明ける。
アスク星は地球やルリウス星と自転方向が逆、つまり“西から上ったお日様が東に沈む”。
朝焼けの空から小型艇が降下。WC-001の隣に着陸する。
「じゃーん」
小型艇から降りてきたのは王子様ボッケンと麗子。
操縦はボッケンがマニュピレーターを付けて行った。麗子はスペーススーツを着ている。惑星に降り立つ事が出来て満足そう。
お弁当を受け取りつつ明が尋ねる。「美理ちゃんは?」
「ごめんなさい。ジャンケンで私が勝っちゃったから、操縦の練習をしています」
「あ~ぶつかる!きゃ~!」
その頃美理は<フロンティア号>コクピットで操縦シミュレーション中だった。
点数が出る。20点。
「・・・」
「まあ、そう落ち込むな。初めてじゃそんなもんだ。明は特別だ」啓作が励ます。
「明さん、最初から上手だったの?」
「あいつはレーサーの記憶が入っていたからな。ま、それだけじゃないが」
「ふうん。・・ちょっと動かすだけで行き過ぎちゃうの」
「こいつは特にピーキーだからな。でも操縦桿を強く握りすぎだ。そえるだけでいい。大丈夫、いざとなれば“シンクロ“という手もある」
「(ピーキーって何?)え?しんくろ?」
「確かこの辺に・・」啓作が戸棚を探す。「あった」
それはマーチンがいつも付けているバイザーの予備だが魔改造されていた。
ボッケンは脚踏みして蹄を調節する。
ボッケンの靴・蹄鉄(鉄ではなく特殊形状記憶合金)は、草原・岩場・舗装路そして砂漠と環境に合うように変形する。
隣で明が弁当を食いながらヨキに言う。
「目的はあくまで博士の捜索だ。敵がいたら逃げろ。いいな」
「オッケー」
「じゃ、そろそろ行こうか」
箸を置いた明が麗子に声をかける。
「もう、ですか・・はい」
麗子はテントの冷蔵庫に食料を入れ終え、立ち上がる。
ずっと閉じ込められてきた麗子を息抜きさせてあげたいが、長居は危険だ。
明と麗子を乗せたWC-001が離陸する。
「この飛行機何かに似ているんだけど、何かしら?」
「もーいいです」
見送ったボッケンとヨキも小型艇に乗り込み、飛び立つ。
<フロンティア号>コクピットでは啓作がヘンリー博士の日記を読んでいた。
その日付は15年前、つまり書かれたのは今回ではなく前回の探査時だ。
「どう?」シャーロットが尋ねる。
啓作は黙って、手帳を差し出す。
「6月15日夜:麻婆豆腐、きんぴらごぼう、デザートはマンゴープリン・・・なにこれ?」
「ほとんど献立帳だ。たまにグラビアアイドルのスリーザイズが書かれている」
「ここ日が開いている。6月19日から23日。あ『風邪ひいた』ですって」
「ふ~ん」
15年前ヘンリー博士は<PD13>に感染したが発病しなかった。何か有力な情報が得られると思っていた啓作の落胆は大きい。ちなみに啓作の父・流啓三とDr.Qは未感染だった。
その時、自動警報が鳴った。
「未確認飛行物体接近!」
5m程の球体が2つ、上空から接近する。
それらは何事もなく近くを通過し、地表に落下した。
影が二つ<フロンティア号>に取り付いていた。
明と麗子の乗るWC-001の空席には2.5m程の長さの“板“が置かれている。
「ごめんよ。狭くて」
「これ反重力サーフボードですか?」
反重力サーフィンは反重力で浮くボードでバランスを取ってスリルを楽しむ流行りのスポーツだ。レースやボールを取り合う競技もある。ボルンや遺体を運搬するのに使用した。
「調査にも使ったんだが、調子がイマイチで。マーチンに見てもらおうと・・」
WC-001の前方に、一本の線が地平線の彼方まで続いている。
「明さん。あれ、何ですか?」
幅200m×深さ10m×長さ数百㎞にわたって砂がえぐり取られている。周囲にはクレーターが幾つも空いている。
「先日の戦闘の跡だ。あの溝は<フロンティア号>の衝撃波で・・・!」
その溝の部分に何かを見つけた明は機体を向ける。高度を下げる。
黒い物体が無数に転がっていた。麗子にはそれが何か分からなかったが、動体視力に優れる明にははっきり分かった。
「(小さなピラミッド状の住居、それに死体だ。それもおびただしい数の、焼け焦げた人間だ。砂に埋もれていたんだ。相当古い。この星の人間か)」
明の脳裏に浮かんだのは、昔歴史で習ったボンペイの遺跡の写真だった。
「(火砕流だろうか?それにしては火山のようなものが無いし、被害の範囲が広すぎる)」
「降りてみませんか?」麗子がわくわくして言うが、
「だめだ」近くで見たら多分彼女は気絶する。
再び高度を上げた機体に衝撃が走る。
「きゃっ」
翼から煙が出ている。かすった。攻撃された!
高度を上げるのがもう少し遅ければ・・。明は狙撃ポイントを探す。
地上から第二射が来る。
避ける。先程とは違う方向からだ。
敵も移動している?麗子も気付いたのか黙ったままだ。
「(どうする?・・決まっている。今は麗子ちゃんを無事送り届ける事が先決だ。だが奴がボッケンたちを襲ったら・・)」
その迷いが決断を遅らせた。
上空から球状の宇宙船が迫る。二機いたのか。体当たりする気か?
間一髪。避ける。
「!!」
気付いた時には、コクピットの目前に男が立っていた。
カマキリを思わせる風貌の痩せ男。
乗って来た宇宙船は自動で着陸する。
明は機体を急旋回させ男を振り落とそうと試みる。
しかし男は落ちなかった。
彼の名はレグルス。腕に装着した巨大な爪を振りかざす。
爪はキャノピーを貫き、さらに奥へ。
その攻撃を明は銃を抜いて防いだ。脱出ボタンを押す。
バクン。キャノピーと共に男は空へ飛ばされる。
遅れて座席が射出されるのだが、明はそれをキャンセルした。格好の的になるからだ。
キャノピー無しでは大気圏突破はできない。明は操縦桿を傾け、高度を下げる。
地上が近づく。明は反重力サーフボードに手を伸ばす。
「シートベルトを外せ!」
「えっ?」戸惑いながらも麗子は言われた通りにする。
ふたりは反重力サーフボードでWC-001から脱出する。
その直後、機体にビームが命中。地上いや地中からのもう一機の攻撃だ。
WC-001は爆発しないが、煙を出しながら墜落して行く。脱出間際に入れたオートパイロットが働き、機体は無事着陸。地中の敵の位置は分からない。
レグルスは空中でキャノピーから腕を引き抜き、背負ったスラスター(飛行用推進器の事)を噴射、向かって来る。
明と麗子のふたりは反重力サーフボードで滑空を続けている。
飛行ではなく滑空。実は反重力エンジンの故障で50cm程の高度しかとれない。落ちないで浮かんでいるだけ。
後ろ上方からレグルスが迫る。
銃撃が来る。旧式な実弾のマシンガンだ。
明は巧みに荷重移動して、その弾を避ける。こちらの銃は先程の攻撃で使えない。
そこへ一機の飛行体が接近する。
「明~!」
救難信号を受け、駆けつけたヨキとボッケンだった。
キャノピーが開き、ボッケンが飛び出す。くわえた刀の刃が左右に伸びる。
グライダーの様に滑空。体を傾け、片方の刃を砂中に突き刺し着地。
地中の球状宇宙船を斬った。
爆発。
斬られる直前に男が脱出していた。
太っているがマーチンと違い筋肉質の大男だ。名はプロキオン。
砂上でボッケンと対峙する。
「やば」
それは明の誤算だった。レグルスの攻撃で銃を壊された事もだが、
「地面が・・無い」
目の前には巨大なクレーターが口を開けていた。
ふたりを乗せたボードはその中へ吸い込まれて行った。