神の声①
第2章 神の声
結局<フロンティア号>はアスク星に着陸できなかった。
地表を覆う砂は数kmもの深さがあり、その性状から機体の重量では砂に沈む恐れがあったからだ。小型船ならば着陸可能だが、ひとまず大気圏外へ。
大破したヘンリー博士の宇宙船を衛星軌道上に発見した明たちは、爆発物等の罠が無い事を確認後、強制ドッキングし情報収集を試みたが、得られるものは無かった。
<フロンティア号>コクピットでは、先にアスク星に降下させた無人偵察機“タマ”からの情報をシャーロットが読み上げている。
「大きさは地球の0.92倍。重力は0.8G。自転周期は約21時間だけど逆回転。地表はほとんど砂漠。平均温度25℃。大気中の酸素19%。平均大気圧995hPa。ここまで渡されたデータと相違なし。大気中及び地中にPD13を含め有害物質なし。放射線レベルも地球並。宇宙服不要。ポイント137-56にヘンリー博士のものと思われる小型宇宙船を発見。上陸艇もしくは脱出艇と考えられるが、生命反応はなし」
「このポイントは・・」
「ええ。博士の命名した首都スナルパ。15年前に調査された遺跡の場所よ」
アスク星にはヒューマノイドのアスク星人がいたが、絶滅している。
ピラミッドを築く程の文明を持っていたはずだが、ヘンリー博士の報告書にその記載は殆ど無い。
メインモニターに破壊された宇宙船が映る。外に倒れている乗員がアップになる。
「切創のようだな」啓作が呟く。
「生存者がいるかもしれない。降下しよう」
明・啓作・ボッケン・ヨキが作業用小型艇とWC-001の二機でアスク星に降下する。
赤い空。かつての火星に似ている。 (現在の火星は環境改造されている)
空に浮かぶ赤く巨大な太陽・ゼーラ。二連星のうち白色矮星は見えない。
「こんなに太陽が近いのに、結構涼しいんだな」
ヘルメットを外しながら啓作が言う。
「赤色矮星じゃないけど、温度の低い赤色巨星だし。湿度低いし」明が答えるが、
「それにしても・・空洞のせいか?いや・・」啓作はなぜか納得いかない。
「見えた」
黄土色の砂漠。大小無数のピラミッドが並ぶ。
その中でも一際巨大なピラミッドが目的地だ。迎撃は無い。二機は静かに着陸した。
「ひでえ」
砂漠の上に点々とヘンリー博士の同行者と思われる遺体が横たわっていた。生存者はいない。
「刃物による切創が4人。刺創が3人。鈍器によるものが2人。焼死もしくは感電死2人」
「銃創は無しか。・・博士はいないようだ」
「何が神の声だ。ふざけるな」
「しかしこれでヘンリー博士と<神の声>が少なくとも友好関係には無いことがわかった」
怒りで熱くなっている明と比べ、啓作はクールなまま。
「博士は連れ去られたのかな?」
「もっと付近の捜索をしてみないと分からないが、そう考えるべきだな」
啓作とヨキは宇宙船の中に入る。船内にも2人の遺体があったが、やはり博士はいない。
ヨキが手帳を拾う。今では珍しい手書きの手帳。
「読める?」読めないので、啓作に渡す。
啓作はパラパラと手帳をめくる。顔色が変わる。
「でかした。これはヘンリー博士の日記だ」
明とボッケンは周囲を警戒する。
その時、何かが襲い掛かって来た。
明は難なく避け、銃を抜き、影に突きつける。白い馬?
「やめろ!」ボッケンが叫ぶ。
「王子・・・」
「知り合い?・・あ!」
緊張が解けて倒れる馬、いやボッケンと同じシェプーラ族だ。その右の前足は無かった。
啓作が応急処置を施す。
彼はボルンと名乗った。額に十字の傷がある。
ボッケンに憧れてシェプーラ星を出たボルンは、ヘンリー博士と出会い、助手として今回の探査に参加したらしい。そしてここアスク星で<神の声>の特殊部隊に襲われた。
啓作とボッケンが小型艇でボルンをフロンティア号に運ぶ。
残った明とヨキは死体を埋葬する。
「王子って?」ヨキが尋ねる。
「あれ?知らなかったのか?あいつはシェプーラ星の王子様だぜ」
「血圧落ちてます。意識も」
シャーロットの声が医務室に響く。
「ルート確保。血液を採取して急速クローン培養、輸血する」
白衣に着替えた啓作が指示。
「解析結果出マシタ」J(医療コンピューター)だ。「脾臓破裂。右肋骨骨折7本・・」
啓作はモニターを見ながら両手を機械の中に入れる。消毒完了。手術用手袋装着。
「右前肢は止血している、後回しだ。開腹して脾臓摘出・・いやクローン修復術でいく。全麻急げ!」
啓作とシャーロットが必死に処置を施す。麗子も機械の操作を手伝う。
それを、ボッケンと美理は医務室の外で窓越しに見ていた。
「ボクの星・シェプーラには異星人と関わってはいけないという厳しい掟があるんだ。ボクは王位継承者でありながら、その掟を破って宇宙に出た。二度と故郷に帰れない事は承知している。だが若者が自分のように星を出るとは考えていなかった」
ボッケンは誰に説明するのではなく、ひとりごとをつぶやく。
「がんばれ。死ぬな」
美理はどう声をかけていいか分からなかった。無言でボッケンの頭をなでなで。
「そうか。成功したか。よかった」
明が手術成功の報告を受けたのは真夜中だった。
月が二つ出ていた。アシクとクチク。後ろに星を付けて続けて読んではいけない。
13人の遺体の埋葬は夕方には終わったが、明とヨキは<フロンティア号>へ戻らず、付近の調査を続けた。
しかし博士一行は勿論、ウィルスを含め如何なる生命体も確認できなかった。
この星は数十年前(宇宙の歴史ではほんの一瞬前だ)に大きな災厄に見舞われ、アスク星人を含め全ての生物が絶滅したのは間違いないようだ。
アスク星の夜は暗くない。赤いガス雲が空一面にオーロラの様に揺らめく。
砂漠の夜は冷える。
ふたりはテントではなくWC-001のコクピットで夜を明かしていた。
<神の声>は何の動きも見せていない。ヘンリー博士を捕らえて、すでにこの星を立ち去ったのだろうか。