十字星雲④
「カストル様。<フロンティア号>を発見しました」
「“恒星突入性能”が無いくせによくやる」部下の報告に答える。
<神の声>の宇宙巡洋艦。艦橋に立つカストルと呼ばれた男は、右目に眼帯をしている。イケメンで長髪で背は高く足も長い。男の敵だ。
「追い込んだ。もう逃げ場はないぞ」
数日ぶりに全員がコクピットに集まっていた。
「重巡クラス1、駆逐艦クラス4。急速接近中!」ボッケンがデータを読み上げる。
地球連邦製ではなく、銀河連合のどこかの星系の船をカスタマイズしたもののようだ。
「プロミネンスの中を?」ヨキが尋ねる。
「恒星突入能力か。テロリストのくせに」悔しいマーチン。特殊コーティングは高いのだ。
後ろは“サラマンダーの谷”。退路は無い。
「美理ちゃん麗子ちゃん、これに着替えて」
シャーロットから服を渡される。スペーススーツ。スペースシーツう?
「私と明の予備よ。まだサイズ直してないけど。着替えて。早く!」
ふたりはいったんコクピットから出て、通路で着替える。流石に明も覗かない。
憧れのスペーススーツ。しかもこれは美理の母がデザインしたものらしい。
麗子が「よかったね」と声をかける。
「うん」嬉しそうにうなずく。
袖を通す時、体が震えた。サイズ自動調整が働くが、まだ少しブカブカだ。特に胸のあたり(ちょっとショック)。上下セパレートだが、着終わると自然に融合する。ラインは美理が緑、麗子がピンク。そう言えば乗船時に好きな色を聞かれていた。
「おー」
ふたりが入室すると感嘆の声と拍手が。
席にはヘルメットと手袋が置かれていた。他のクルーは既にそれらを着用していた。
ふたりもヘルメットを被る。襟を立てると、自動でヘルメット下部と融合(解除ボタンに気をつけなきゃ)。酸素供給装置内蔵だから息苦しくないはずだが、圧迫感が強い(慣れるかな?)手袋をはめる。順番はどっちでもいいみたい。準備完了。
ソファに座り、シートベルトを締める。ボッケンは特注の宇宙服だ。ピンニョは“篭“自体が宇宙服の代わりだ。
警報が鳴る。
敵艦隊が発砲。ビームの束が来る。
明は紙一重でかわす。これ以上避ければプロミネンスに焼かれてしまう。
明はサーモグラフィを見ながら、船を転進させる。
「前方に小型障害物!」
「機雷だ!」
明は操縦桿を倒す。
Gがかかる。機雷源をかわす。
そこへビームの束。
機雷に命中・爆発。次々と誘爆。
<フロンティア号>は砲火を掻い潜る。
「あと少しなのに」ピンニョがパネルを睨んで言う。
「直線ならアスク星まで2千万キロってトコか」マーチンが計測。
「でもワープは出来ない」くやしいシャーロット。
「脱出路はない・・」サーモグラフィを見ながら明がつぶやく。
「・・突っ切るしかない」啓作も同意見だった。
「ヨキ!たのむ!」
「了解。分かってると思うけど、3分しかもたないからね」
ESPバリアーが加われば1万℃でも耐えられる。
「<フロンティア号>フルパワー!」マーチンが計器を操作。
エンジンの咆哮。震動。Gがかかる。
ヨキはESPバリアーを船の周囲に張る。
「行け―!」
Gに耐え、<フロンティア号>は高熱域に突っ込んで行く。
「!・・焼身自殺か?恒星突入能力はないはず」カストルのつぶやき。
動揺する敵艦隊。だが、すぐに追撃に移る。
炎の中を飛ぶ。
「もっとふかせー!」
追撃してきた艦隊を振り切る。
「あと1分!」
「・・・・」踏ん張るヨキ。
「がんばれ」ボッケンが励ます。
<フロンティア号>は高熱域をショートカットしてアスク星の前に飛び出す。
「ふう~」
ヨキのESPは消える。再び使えるようになるには1時間かかる。*
(*使ったESPの“量“により回復時間は異なる)
「ありが・・」
「!!」
アスク星前面に宇宙艦隊が展開していた。5隻。先程の艦隊と艦構成は同じだ。
「読み通りだな」
旗艦と思しき重巡洋艦の艦橋では、司令官ボルックスが微笑んでいる。カストルと同じ顔・同じ髪型。双子。左目に眼帯をしている以外はそっくりである。
後方、高熱のガス雲から追ってきた艦隊が飛び出して来る。挟み撃ちだ。
重巡艦橋。カストルは立ち上がる。
「チェックメイトだ」
狙いは<フロンティア号>へ。
「1対10か。どうする?」一応ヨキが聞く。こいつはいつもこうだ。
「わかっていて聞くな」マーチンが冷たくあしらう。
「今までの奴らのやり口から考えて、降伏しても殺されるだけだ」啓作の分析。
「音声だけの強制介入通信です」
シャーロットがスピーカーに流す。
『神のこ・・』プツン。
わー明さん切っちゃった。
「前の艦隊を突破する」明の命令が下る。
ドギャァァァ――――ンン。
全てのエンジンを一斉噴射。<フロンティア号>はアスク星へ向かう。
「てえっ!」
進行方向に向け、プロトン砲を発射。巡洋艦主砲クラスの破壊力がある。
ビームは駆逐艦のエンジンに命中。粉々に吹き飛ぶ。
「(本気だ)」美理はそう思った。
いつもと違う容赦ない攻撃。生き残るための闘い。
「敵艦隊発砲!」「後方艦隊も発砲!」
これを待っていた。明は操縦桿を引く。
「垂直上昇エンジン噴射!」
<フロンティア号>には多くの姿勢制御ノズルがあるが、船底部にある垂直離着陸用ノズルの推力は群を抜いている。
急上昇。
前後から来た敵のビームは下方を通過、交差。そのまま他方の艦隊へ。
双方駆逐艦1隻ずつ命中。うち1隻は大破した。
<フロンティア号>は時々垂直上昇ノズルを噴射しながら、ループを描く。宙返りだ。
「フルパワー噴射!」
斜め上方よりボルックスの艦隊へ突入する。
「プロトン砲発射!」
宇宙重巡洋艦の艦橋。目の前を二本の光の束が上から下へ抜けていく。
重巡の主砲に命中。二基の砲塔が爆炎と共に四散した。
遅れてレーザーが次々と命中。
「ひ」
ボルックスは怯えていた。 はっと我に返る。
すでに<フロンティア号>は艦隊を通過し、アスク星へ向かっている。
レーザーが命中した駆逐艦1隻は航行不能に陥っている。
「反転しろ!敵を追尾、殲滅する!」ボルックスは命令する。
「どけー!」
カストルの艦隊が猛スピードで通過して行く。
駆逐艦同士が衝突。爆発。2隻を失う。
カストルとボルックスは合同で<フロンティア号>を追撃する。
その<フロンティア号>は大気圏に突入。
「後方より艦隊接近!重巡2・駆逐艦4」
遅れて敵艦隊も大気圏突入する。その直前にミサイルを一斉発射した。
「ミサイル接近!数300!」 「300う?」
明は速度を上げる。Gがかかる。
「後方、防御レーザー!爆雷散布!」
ミサイルに命中。次々と誘爆が起こる。
1/3が自爆。近接信管ではない。残り200発。
距離が近くなり過ぎたので第二次攻撃は危険だ。振り切るしかない。
「高度2万。進入角度・進入速度共に大きすぎる。大丈夫?」
「大丈夫」
明はさらに速度を上げる。それでもミサイルとの距離が迫る。
「高度1万!」
後方・迫るミサイル。前方・どんどん地表が迫る。
「高度5000!」
「重力遮断シールド展開!5秒!」
明の号令に、ピンニョが操作する。
ガクンと重力が消えた。それと同時に明は操縦桿を引く。
「垂直上昇エンジン噴射!」マーチンがボタンを押す。
Gがクルーを襲う。
地表スレスレで約90度方向転換。
「ふかせー!」
明の号令に答えて、マーチンが全てのエンジンを全力噴射!
200発のミサイルが来る。
ミサイルは方向転換できず、次々と地表へ激突。
大爆発。地割れが起き、地面が陥没、地下へ落ちて行く。
見渡す限り砂漠。<フロンティア号>は低空飛行で逃走。
砂漠が裂ける。衝撃波だ。砂嵐となり敵の視界を遮る。
上空の敵艦隊から砲撃が来る。
ビームを掻い潜る。
「何これ?」
無数のピラミッドの上を飛ぶ。相当古い遺跡だ。生命反応は無い。
明は少し高度を上げて衝撃波を軽減させたが、<神の声>の艦隊は遺跡に躊躇なく攻撃を続ける。流れ弾が当たり、ピラミッドが崩れてもお構いなしだ。
地表にはいくつもの巨大な穴が開いている。
「空洞惑星か」渡された資料で予習はしていた。
アスク星は砂漠の惑星だ。だが元々は水が豊富な惑星だったらしく、地下水の浸食によって出来た地下空洞が広がっている。
「地下へ」
明は船を地下空洞へ向ける。そこは高さ約5000mの地下空間だ。
地表に空いた穴から光が入るため、暗くはない。砂が滝の様に落ちている。
追撃して来た敵艦隊も地下空洞へ。
「反重力ミサイル用意!」
「ここでか?明?」啓作が驚く。
「艦載機出されたら面倒だ。ここでケリをつける」
重巡二隻が主砲発射。
<フロンティア号>はビームを避けつつ大きく方向転換する。下部ハッチが開く。
「発射!」
飛び出した反重力ミサイルは艦隊には当たらず、その真下の地面へ命中。
「バカめ、何処を狙っている?」余裕をかますカストルとボルックスだが・・
ゴオオオオオ・・・・・ 反重力の光が広がる。
「重力遮断シールド!」
<フロンティア号>は重力の影響を受けなくなる。
重力が反転。砂が舞い上がる。巨大な岩が浮き上がる。艦隊も例外ではない。
「な、何が起こっているんだ?」
6隻の宇宙船は浮き上がり、空へ落ちて行く。その先には・・・
「うわあああ・・・・・」
<神の声>の艦隊は次々と空洞天井に激突。
爆発の光。爆炎。轟音。天井が崩れる。
「やった・・」
勝利。だが明の声はどこか寂しげだ。
「(助かったけど、人が死んだ)」複雑な表情の美理。
麗子はガクガクと震えている。
見かねてシャーロットが抱きしめる。
「大丈夫。もう終わった。あなた達は座っていただけ。何も気に病む必要はない」
美理と麗子はうなずく。声を立てずに泣いているようだ。
「巻き込んで、ごめん」
明のつぶやきは二人には聞こえない。
「<神の声>とは想像以上に大きな組織のようだ」啓作は相変わらずマイペース。
「“ヘンリールート”にあった着陸地点を探せ」
地上に出た<フロンティア号>はアスク星の砂漠の上を飛ぶ。