十字星雲③
アスク星時間で4日が過ぎた。ⒶチームとⒷチームの交代時間。
「余計な事はするな!」
「だから、ウィルスの研究で寝てないんだろ?お前の分も俺がやるって言ってるんだ!」
「それが余計な事だ。承知の上だ。ほっといてくれ」
明と啓作が言い争う。初めて見たとピンニョが言う。
「まあまあ・・疲れてるのはみんな同じだし」ボッケンがなだめる。
「やかましい!」
「ちょっと、兄さん!」美理が声を荒げる。
「おかしいわ」
サブレーダーを担当していた麗子が口を開く。
「ルートのままだと高熱域に入っちゃう」
「え?」
「サーモグラフィを転映しますね。」
パネルを見て、明は急制動をかける。啓作も隣の主戦闘席に座って補助する。
「高熱エリアが変わっている。10年前の情報だからか?よく気づいたな」
啓作に褒められ、麗子と美理が親指立て合図♡(美理が褒められたわけではないのだが)。
ボッケンが針路設定をやり直す。
「あ!前方、高温域内に宇宙船!」
メインパネルの映像が拡大される。6人の視線が一つに集まる。
「照合・・地球連邦の巡洋艦、一週間前ヘンリー博士捜索で消息不明になった艦だ」
<フロンティア号>と違い、恒星突入能力を有し、星雲内を自由に航行できたはずだ。
宇宙船は漂流していた。艦尾部に攻撃を受けた跡があった。
「生存者がいるとは思えない。熱くてあそこまでは行けない。見過ごそう」
「待ってください、救難信号です!」通信席の美理が報告する。
「・・ギリギリまで近づこう。誰かヨキを起こしてきてくれ」
「明、お前・・」
「特殊装甲宇宙服にESPバリアー張って、テレポートなら行ける」
起こされたヨキは寝ぼけまなこで作戦を知らされる。
ヨキは3分間だけ超能力が使えるエスパーだ。「俺が行く」と言う明を「足手まといだから」と拒否。「自分が行く」と。
ヨキは卵の様な重装甲宇宙服を着て、単身でカーゴルームに立つ。
「1分で戻れ!いいな」啓作が指示する。
「オッケー。いってきま~す」緊張感なし。
ESPバリアーを張りテレポートで消える。
ヨキは巡洋艦のブリッジに移動した。
死の船だった。焼け焦げた遺体が折り重なっている。
ヨキの生体反応を感知して、スイッチが入る。
『神の声を聞け』声が響く。
「罠だ!」
巡洋艦が爆発!!
「ヨキー!!」
「あーびっくりした」ヨキは無事テレポートで生還していた。
「よかった」
モニターに映るヨキの姿を見ながら美理と麗子は抱き合う。
明は卑劣な敵に怒りを感じていた。それは他の仲間も同じである。
赤い空間は果てしなく、目的地のゼーラ星系はまだ見えない。
さらに2日が経過した。
©チームからⒶチームへ交代時間。
「美理ちゃん、見える?あれが目的地アスク星の太陽<ゼーラ>」
シャーロットが指差す先、前方はるかに赤い恒星が輝いている。一つに見えるが、赤色巨星と白色矮星の二連星だ。
「やっとここまで来た」感慨無量。
「ねえ、明が起きてこないんだ。起こしてきてくれる?」マーチンに言われ、
「はい、これ」ヨキからバットを渡される。
「いやいや、要らないでしょ」
コンコン。美理はドアをノックしたが返事がない。
「明さん」明の居室に入る。同室のボッケンはいない。「うわ」
「ごごごごご・・・すぴー・・・」
あまりの音に美理は思わす耳をふさぐ。
明はまだ寝ていた。凄いいびき。時々聞こえる謎の“音”の正体はコレだったのか。
疲れが溜まっている。ベッドサイドに立つ美理にもそれがよく判っていた。できる事ならもう少し眠らせてあげたい。でもそれは出来ない。
美理はすうと深呼吸して、「明さん。起きて。明さん!」体を揺する。
「ん。うん」美理より寝起きはいいかも。「み、美理ちゃん?・・いててて・・・」
「!どうしたの?お腹痛いの?」
「何でもない・・大丈夫」押さえているのはもっと下だ。
「さすろうか?」
「だめ!絶対だめ!」男の生理現象である。
明は股間をおさえながら、コクピットへ。
<フロンティア号>の目前には炎の海が広がる。
“サラマンダーの谷”。コロナイオン流の交差する十字星雲最大の難所だ。
ⒸチームⒶチーム合同でこの突破に当たる。
主操縦席の前にはサーモグラフィと予定針路が表示されている。
席に座った明は操縦桿を握る。
「微速前進」
「了解。エンジン出力50%」機関制御はマーチン。
「現在イレギュラー認めず」メインレーダーはシャーロット。
ヨキは戦闘、ピンニョはサブレーダー、美理は通信を担当する。
船は炎の川を渡る。多少のイオン流なら航行不能になる事はない。
流れの速いエリアを避けつつ、前進を続ける。
「前方!イレギュラー!」太陽活動に伴い想定外のプロミネンスがある。
明はわずかに操縦桿を動かす。紙一重でプロミネンスをかわす。
いよいよイオン流が激しくなる。
「プロトン砲用意!」
「待ってました」ヨキが張り切る。
「進行方向へ向け、発射!」
「発射!」
上部中央にある<フロンティア号>最強の武器・荷電粒子砲。
荷電粒子は一時的にイオンの流れを阻害・拡散させる。
「全速前進!」
<フロンティア号>は拡散された場所を突破。その直後、イオン流は元に戻る。
プロトン砲を連射しながら、炎の川を渡る。
美理は父の言葉を思い出していた。
いつだったか、探査から帰った時に星の映像を壁に投影しながら語ってくれた。
満天の星。
それはプロジェクターの映像だった。
啓作は眠っているが、幼い美理は黙って星を見ている。
大きな手が美理の髪をなでる。
「いつかお前たちが宇宙に出たら・・まずその大きさに圧倒されるだろう。
絶望的な大きさの宇宙の前では、人間って何てちっぽけで非力な存在だろうと思う。
でも憶えておけ。
一人一人の力が弱くても、信じあえる仲間が集まれば、いくつもの力が一つになれば、
不可能も可能になる」
父・流啓三は天井を見上げる。
映っているのは、赤い十字架の様な星雲。そうかあの時見たんだ。
美理はひとりで思い出し笑いをする。
<フロンティア号>は“サラマンダーの谷”を抜けた。
ピキーン。
「レーダーに反応!前方に宇宙船多数!」
警報が鳴り響く。