十字星雲②
そこは赤一色の世界。まるでマグマか溶鉱炉の中だ。
「針路クリア。船外温度2800℃。船内25℃」
「エンジン良好。航行に支障なし」ボッケンとマーチンが報告する。
「親父もここに来たのか・・この炎の海を渡ったのか」啓作がつぶやく。
明は立ち上がり、「じゃあ、これから三交代とする」
代わりにマーチンが主操縦席に座る。
目的地のアスク星の自転周期は約21時間。クルーはそれぞれ操縦・索敵・補助を担当する、Ⓐ明・ピンニョ・美理、Ⓑ啓作・ボッケン・麗子、Ⓒマーチン・シャーロット・ヨキの3チームに分かれ、7時間毎の3班交代制とした。7時間働いたら、14時間休む。休み中に睡眠の他に食事当番など行う(一日三食うち一食はコクピットで簡易チューブ食)。
これは“星図屋”の時のやり方だ。厳正なる審査(=じゃんけん)の結果、Ⓒチームからのスタートになった。
「じゃあ、がんばれよ」Ⓒチーム以外のクルーはコクピットを出る。
「前方30万キロにプロミネンス!右へよけて!」シャーロットの声が響く。
「了海」マーチンが操縦桿を倒す。
広大な赤い光の雲の中で<フロンティア号>はまるで点だ。
休み時間のうち、食事(準備と片付け含む)と睡眠以外の空き時間は何をしてもいい。
美理と麗子は夏休みの宿題に当てた。勿論協力分担してだ。
美理はすぐ眠っちゃったが、眠くない麗子はひとり船内をブラブラ。
明とボッケンは体が鈍るからとトレーニングルームでジョギングしている。ピンニョは読書。ヨキは寝貯め。
コクピットに行ったら、「休んどきなさい」と注意された。シャーロットが何か思い出したらしく手招きする。
啓作は医務室で<PD13>の資料を読んでいた。美理と麗子に自分の居室を譲り、医務屋を自室としていた。
「約50μのRNAウィルス。核融合反応酵素を持ち、人体に感染後、赤血球に侵入・増殖し、約35日後に細胞を破壊し再感染を繰り返す、その際に致死量のγ線を放出する。細胞破壊が行われると、その近く(約100mと推定)のPD13も連鎖的に細胞破壊を起こす(論文著者は“共鳴”と表現している)。
感染経路は接触感染と考えられ、感染した赤血球は有核となり、診断上の助けになる。
宇宙暦483年、アスク星探検隊が帰還後、検疫で13人に前述の赤血球異常が見つかり隔離。その収容先でγ線放射事故が起こり、患者・医療関係者合わせて248人が死亡。感染経路は不明だが、隔離病棟での人から人への感染は報告されていない。
宇宙考古学者の探検隊隊長ヘンリー=シュナイダー博士は検疫検査で異常なく、隔離対象にならなかったため難を逃れている。しかし博士は後の検査で抗PD13抗体反応陽性(探検隊の生存者で抗体陽性は博士のみ)、つまり既感染(感染していた)と考えられたが、なぜ発病しなかったのかは不明のままである」
啓作はコーヒーを飲む。食べ終えたカレーの皿が無造作に置かれている。
「赤血球に感染か・・絶滅したマラリアに似てるな、原虫とウィルスじゃサイズが段違いだが。感染経路の記載が少ないな。・・しかしなぜだ?ウィルスが同定されて、抗体検査まで可能なら、ワクチンや抗ウィルス薬が作られていてもおかしくない。それに・・一般報道だけでなく医療関係者にも情報公開されていないのはどういう訳だ?・・パニックを恐れた?だが15年間ウィルスは見つかっていない。しかも今回はテロだ。考えられる事は・・軍が関与?生物兵器?・・何かを隠している」以上長~いひとりごと。
啓作は資料として添えられた写真を見る。
父・流啓三とヘンリー博士とDr.Q(弓月丈太郎)の三人が笑って写っている。
「Q先生、親父の船で船医をされていたのか?この人がヘンリー博士か・・」
博士の頬が赤い、酔っぱらっているのか?
「・・!俺はこの人に会っている!」
先日の写真は現在の物だったから判らなかったが、啓作の記憶力は常人離れしている。
コンコン。ドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します」麗子が入って来る。「あの・・」
「いい所に来た。手伝ってくれ」有無を言わさず。
「な何を?」機械のリモコンを渡される。
「メモリーアナライザーを使う」
脳の海馬を解析、記憶を映像化する装置だ。
啓作は昔の脳波計の様なヘッドギアを被る。
はっきり言ってカッコ悪い。麗子にとっては、この前の“精神移植”を思い起こさせるため不快だ。でもそんな事はお構いなし。
「セット・483年。キーワード・ヘンリー=シュナイダー」
麗子が計器に入力する。啓作は目を閉じる。
ピンポーン。
「啓作、出て」母の声。
これは今から15年前の出来事。流啓作7歳。母も父も生きていた。
ドアを開けると、
「こんにちは」
髭面の小柄な男性がいた。父と同じ40歳位だろうか。
「ヘンリー博士。わざわざこんな僻地まですみません」父の流啓三が来る。
「命を預けるんだ。信頼関係を築いておきたい。・・はい、おみやげ」
「わあい。ありがとうございます」喜ぶ啓作少年。お菓子のようだ。
「わににも(=私にも)。わににも」美理が飛び出してくる。2歳位か。
「だめよ。あなたは熱があるんだから、おとなしくしてなさい」
母は今の美理にそっくりだ。
美理はコホンコホンと咳をしながら、母親に奥へ連れて行かれる。
ヘンリー博士は父と20分ほど何か話をしていたが、最後に握手をして帰っていった。
「美理、かわいかったですね」
麗子の言葉は無視された。
「これだけか」
啓作は得られる情報がほとんど無く落胆した。でも亡き母の姿を見られたのは正直うれしかった。
「ごめん。何の用だったんだい?」
「あ、シャーロットさんがひと段落ついたらコクピットに来てくださいって。船内通信を切っているだろうから直接伝えてくれと」
「そうか、サンキュー」
麗子は自分の部屋に戻った。二段ベッドの下段で美理がまだ寝ている。
「美理。そろそろ交代の時間だよ」
「はあい」ガン。「!」上段ベッドに頭をぶつける。
寝起きはよくない。上段だったら落ちていたかも。
顔洗って、髪の毛整えて、美理は寝ぼけまなこをこすって、壁にぶつかりながらコクピットへ。
「おはようございます」
美理は副操縦席に座る。明の隣だ。明もあくびをしている。
申し送りの後、短距離ワープ。
星雲内でのワープは計5回の予定だ。障害物が多いとワープできない上に、高温域にワープアウトすれば命取りになる。細心の注意を要する。
その後、明はマーチンと、ピンニョはシャーロトと、美理はヨキと交代した。
「よし、Aチーム・ファイト!おー!」
「おー!・・・(掛け声って必要?)」
<フロンティア号>は炎の中を進む。
操縦は基本自動操縦。<ヘンリールート>を航行するようプログラミングされている。したがって通常する事は何もない。だが宇宙に絶対はない。油断大敵だ。
「いつもの“星図屋”より楽チン。馬頭星雲で迷った時に比べたら・・」
「気を抜くなよ、ピンニョ。美理ちゃんはもっとリラックス。緊張しすぎ」
「はい」
やる事がほとんどないといっても、美理にとっては初めての副操縦席。目の前には黒ではなく赤い炎の空間。緊張するなと言うのは無理な話だ。
美理の主な担当は通信と指向性サブレーダー。通信は星雲内では不可能で、実際する事は無い。全方位を捉えるメインレーダーと違い、サブレーダーは進行方向のみだが長距離探知可能だ。針路上に障害物等があれば警告が出る。
何事もなく7時間が過ぎ、明は啓作と、ピンニョはボッケンと、美理は麗子と交代した。
自室に戻った美理はそのままベッドに倒れこむ。
窓の外は赤い炎の空間。何も変わっていないように思える。船が進んでいるのか分からなくなる。かすかに聞こえるエンジンの響きと微細な震動が、確実に船が動いている事を告げていた。すぐに爆睡。