飛翔④
<フロンティア号>ワープアウト。
目前に地球が見える。月軌道の内側、ワープ禁止域。9300光年を越えた。
美理と麗子とヘンリー博士は気絶している。
ワープに慣れている啓作たちも辛うじて意識を保っているに過ぎない。
その直後、グレイたちの乗る宇宙船のエンジンは沈黙した。
『警告。貴船はワープ条約に反するワープを行った。直ちに停船しなければ・・』
無謀なワープに警告が入る。このままではいつ攻撃されるか分からない。
「無視しろ!」
啓作が声を振り絞って叫ぶ。
ヨキは頬をパンパンと叩いて気合を入れる。
ピンニョは寝ぼけまなこをこする。
「重力震キャッチ!」来た。
「全砲門開け!最後のチャンスだ!重力震のポイントにありったけたたき込め!」
ヨキ、ピンニョ、シャーロットはそれぞれのスイッチを押す。
一斉発射。
<フロンティア号>から光とミサイルの束が飛ぶ。
より地球に近い空間が歪む。中から触媒ミサイルが現れる。
「当たれえ~!」
光が一点へ集まる・・・
そして・・爆発!
「やったあ~!」
美理たちはその声に目を覚ます。
「やった!やったよ。俺たちやったよ」ヨキが興奮して叫ぶ。
啓作にも笑みが見える。
美理と麗子は顔を見合わせた後、抱き合って喜ぶ。
「よかった。本当に」
麗子が言う。目から涙が一筋。
「うん」
美理は素直に喜べなかった。まだ明とボッケンは<ノア>にいるのだ。
シャーロットだけは地球連邦への通信で忙しい。ワープ違反はダグラス少佐の連絡のお蔭でなんとかなりそうだ。地球を救ったんだもの。
マーチンとグレイが<フロンティア号>に移動して来た。
ドッキング解除。彼らの乗って来た宇宙船は地球連邦に引き渡す事になっている。
麗子は下を向いたまま。顔が赤い。この子はもう。
啓作とグレイは握手。
「グレイ。博士を連れて連邦本部へ行ってくれ。ワクチンは一刻を争う」
「お前らは?」
「応急修理して、もう一度十字星雲へ向かう」
啓作のその言葉を聞いた途端、美理の顔が明るくなる。
その時、自動警報が鳴る。よほどの緊急事態でないと鳴らないのに。
「ああっ!」
シャーロットが驚きの声を上げる。
「重力震。何かとてつもないものがワープして来る!」
月の近くの空間が歪む。先程のミサイルとは比べものにならない広範囲だ。
「!!」
<ノア>出現!!
巻き込まれた地球連邦軍艦数隻の姿も見える。
「<コア=エデン>だけでワープして来たのか」啓作も驚きを隠せない。
ヨキは口を大きく開けて固まる。
マーチンだけ「行く手間が省けたじゃねーか」
地球連邦本部でも<ノア>出現の映像は映されていた。
マッケンジー主席はつぶやく。
「これは・・“恐怖の大王”の再来か?」
「きさまにわかるか!たった一人の孤独が!」
ゼーラは片腕でパンチを打ち続ける。
明がまともに喰らったのは最初の一発だけだが、その破壊力は半端ない。
「・・・」
スペーススーツは防弾・防御に優れる、さらに明の体は透明な防御膜で覆われている。だがパンチを防御する右腕は腫れ上がり骨が砕ける。
「地球人は私を戦場に追いやった。正義も悪もない。ただひたすら生き残るために敵を殺す。何の恨みもない見知らぬ人間をだ。戦場で傷つき、私は機械の化け物にされた。身体だけでなく精神までも」
明は膝を着く。だが目はゼーラを睨みつけたまま。
「信仰というのは便利なものだな。一度信じたら、疑う事をしない。自分で考えない。教祖の言葉は神の言葉?考えずに生きる方が楽だからな」
「信者を裏切って・心苦しくないのか?」
「はあ?愚劣な地球人共を?殺し合いしか能の無い連中だぞ」
ガードしきれずボディブローが炸裂。明の身体は数メートル飛ばされる。
「崇高なアスクは太陽の気まぐれで亡びた。なのに愚かな地球人は生き永らえている。不公平だと思わんか?」
ゼーラは明にとどめを刺すべく近づく。
ズズウウ~~~ンン。
その時、激しい衝撃が<コア=エデン>を襲う。
ふたりは宙に浮き、別々に飛ばされる。
<ネオ=マルス>。
それはスペースコロニーを改造した全長20kmに及ぶ超大型の宇宙要塞で、月軌道上に9基建造された(←増えた)地球防衛の要だ。
臨戦態勢に入った<ネオ=マルス>の先端が光り輝く。
グレイとヘンリー博士の小型艇は大気圏に突入しようとしていた。
「これは凄い!グレイ君、見て行かんか?」
「地球には綺麗なお姉さんがいっぱいいますよ」
「急ごう!」
小型艇は地球へ降下する。
ドヴァッツ!!!!
<ネオ=マルス>から閃光と共に巨大光子砲が発射される。
直径2kmのエネルギーの束はバリアーを貫通し<コア=エデン>を直撃する。
衝撃で星全体が震える。星が動く。その表面はえぐられ、亀裂が広がる。
スピカから状況説明を受け、ゼーラは命令する。
「この<コア=エデン>を地球へ落とせ!中の“触媒”で人類の故郷だけでも滅ぼすのだ!お前達は<ルシファー>で脱出しろ!」
『かしこまりました。ゼーラ様は?』
「私の事は心配するな。行け!」
通信を終えたゼーラの口角が上がる。
辺りを見回す。<コア=エデン>最深部。触媒ミサイルの格納庫。
「ここまで飛ばされたのか」
よろけながらゼーラは歩き出す。50基を越えるミサイルがまだ残っている。
「これだけあれば地球は終わる」
まさに悪魔の微笑みだった。
仰向けに倒れている明に近づく。途中で自分のライフルを拾う。
明に狙いを定める。
「さらばだ」
別の<ネオ=マルス>から光子砲が発射される。
巨大な光の束が<コア=エデン>に命中。星が揺れる。
揺れる大地から最も大きなドームが持ち上がる。司令部や演説会場があるドームだ。
周囲の地面が割れ,中から<ネオ=マルス>に匹敵する巨大な宇宙戦艦が現れる。ドームがそのまま船体中央に備わる。その名は<ルシファー>。
発進するやいな、魔王の名の巨大戦艦は主砲を発射した。
それは宇宙空間を切り裂いて進み・・・<ネオ=マルス>を直撃。貫通。
大爆発。
「つ、強ええ」
その光景を見たマーチンが思わず漏らす。ヨキは呆然と口を開けている。
啓作は<コア=エデン>と<ルシファー>を見比べ、つぶやく。
「明たちがいるのはどっちだ?」
小型艇は宇宙空港に着陸した。
グレイとヘンリー博士は地球の首都<ラ・ムー>に降り立つ。
警報が鳴り響く中、ローザが出迎える。風になびく金髪が美しい。
「だ誰かね?グレイくん」
ネクタイを正しながらヘンリー博士が小声で尋ねる。
「彼女はマッケンジー主席の秘書です」
「ほう」鼻の下が伸びている。
「ご苦労様でした。ヘンリー博士を無事連れて来るとは、流石ですね。ところで博士、PD13のワクチンは?」ローザが尋ねる。
ヘンリー博士は眼鏡を取る。フレームをねじり、中から透明な容器を取り出す。
ローザは容器を受け取る。
「これだけですか?」
「そうだ。こいつがすけべ・いやすべてだ」
「そう・・」ローザは手を放す。
ガシャ—―ン
容器は地面に落ちて、粉々に。
息をのむグレイとヘンリー博士。
ローザはパンプスで容器を踏みつぶす。かかとは熱を発し(元々は痴漢撃退用)、液は蒸発してしまう。ローザは視線を上げ、グレイたちの方を向く。にっこりと微笑む。
「言った筈よ。<神の声>は何処にでもいるって」
その背後、無数のミサイルが発射される。
<コア=エデン>最深部。
「明くん!」
自分を呼ぶ “声”に目を覚ました明は、転がってゼーラの弾を避け、
左手で銃を撃つ。
ゼーラのライフルに命中。ライフルは宙を飛んで地面に落ちる。
明は立ち上がる。
息が荒い。足を踏ん張り、堪える。口から血が滴り落ちる。
「負けて・たまるか」
体はもうボロボロだ。右腕はだらりと下がり動かない。気力だけで立つ。
だが目は死んでいない。
「驚いた。まだ立つのか」
ゼーラは腰のビームブレードを取り出す。光が伸びる。
明はゼーラを睨みつける。
「お前には同情する。だが他人の命を奪う権利は・無い」言葉を続ける。
「俺とお前では、背負ったものの重さが・・全然違う。俺が倒れたら・・みんなの努力が無駄になっちまう。俺は・・ここで・負けるわけには・いかないんだ!」
明は銃をホルスターにしまい、ビームブレードを握る。
「・・約束したんだ!あの娘と!」