飛翔③
カチ。
シートベルトの締まる音で美理は目を開ける。
いい匂い。
何の香りだっけ?そうだ、麗子のシャンプーの香りだ。
目の前に麗子の心配そうな顔があった。
「大丈夫?」
次第に意識がはっきりしてくる。主操縦席ではなく最後尾のソファにいる。
「・・そうだ・・失敗したんだ」呟く。
また涙が溢れてくる。
「むぎゅ~」
そう言いながら麗子は美理を抱きしめる。アスク星に着いた時、シャーロットが自分にしてくれた様に。
「誰も責めたりしないよ」
「・・・」
「それに・・みんな、まだ諦めていない!」
美理は顔を上げて辺りを見まわす。
啓作とヨキは敵と応戦中。
シャーロットは触媒ミサイルの向かった地球へ向けてのワーププログラミング中。
ピンニョとヘンリー博士は地球連邦軍のダグラス少佐と通信中。現状を報告。
『ではその触媒ミサイルとやらは地球へ?』
地球連邦軍の巻き返しで、<神の声>の艦隊はほぼ壊滅状態にあった。
『深刻だな・・間に合うのか?』
「間に合わせます」ピンニョが言い切る。
グレイとマーチンは敵の脱出艇を分捕って、<ノア>を脱出していた。<フロンティア号>より二回りほど大きい宇宙船だ。
砲火の中、メインエンジンをやられた<フロンティア号>はこの船とドッキングする。
『こちらのエンジンとの連動・異常なし。いつでも行けるぜ』マーチンの声。
「ワーププログラム完了・・ふう」
「はやっ」そう言いながら麗子が隣に座る。
美理の表情が明るくなる。
ピンニョが言う。
「では少佐、行ってまいります」
『了解した。地球へは超光速通信で警告したが、期待しないでくれ。健闘を祈る』
画面の中のダグラスが敬礼する。通信終了。
明とボッケンにも連絡したが繋がらなかった。
逃した触媒ミサイルは長距離ワープで目標(地球)に到達する。だが軌道が逸れたため修正が必要だ。再ワープにどのくらい時間がかかるか分からないが、一気に9300光年をワープ出来れば、先回りすることも可能と考えられる。しかしその距離のワープを行えば、おそらくエンジンはもたない。そのためグレイらの脱出艇をブースター代わりに使用する。(因みに<フロンティア号>のワープ最長記録は2925光年、過去1万光年以上のワープの記録はあるが、宇宙船は航行不能になっている)
啓作が振り向く。
「ワープで先回りして迎撃だ。今まで経験した事の無い長距離ワープになる。覚悟しておけ」いつになく緊張した声で言う。
美理がうなずく。兄は私に言っている、そう理解した。
啓作は前を向く。息を吸い込み、
「ワープ!」
<フロンティア号>はワープする。9300光年の彼方へ。
<ノア>の中心<コア=エデン>の最深部。
ボッケンは蹄で土砂を掘っていた。
蹄は赤く輝き熱を持つ。ひたすら掘る。
明の所へ繋がる道はこの埋もれた一本しかない。
崩れた土砂の向こう。
明は接近戦を避け、長距離戦を挑む。岩陰に隠れて銃を撃つ。
ゼーラは明の心を読んでおり、攻撃はほとんど当たらない。当たっても装甲服で跳ね返る。
「・・いま部下から連絡があった。君の部下はワープで逃げたそうだ」
笑みを浮かべながらゼーラは言う。
「君は見捨てられたんだ」
明は岩陰から出て、銃を向けたまま反論する。
「触媒ミサイルを追って行ったんだろ。俺がその立場でもそうしたさ。俺はそんな仲間を誇りに思う」
「一斉発射!」
ダグラスの号令で、100隻を超える地球連邦軍の艦隊から光の束が<ノア>へ向かう。
<ノア>の地表でいくつもの眩い光が起こる。
反撃はあるが、圧倒的な力の前に沈黙していく。
「彼等の犠牲を無駄にするな!ここで<神の声>を殲滅する!」
意外と情に厚い男だ。ちなみに啓作たちはまだ無事なのだが。
「撃って撃って撃ちまくれ!」
<ノア>の地表が焼かれる。無数のクレーターができ、亀裂が広がる。
その外郭は粉々に砕けていく。
中の<コア=エデン>があらわになる。
幾つものチューブを携えたその姿はメドゥーサの様に見える。居住区である<コア=エデン>に武装は無い。
「そうだワープしろ。どこでもいい、とにかく今は逃げろ」
ゼーラは明に銃撃しながら、司令部のスピカと通信している。余裕。
「ワープ先で再ワープしろ。最終目標は・・・」聞き取れなかった。
ゼーラが向き直る。
「待たせたな」ライフルを捨てる。
「?」驚く明に、
ゼーラはボクシングのファイティングポーズをとる。素手でやりあおうと言うのか。
明は銃をホルスターにしまう。岩陰から出る。
「バカめ」
ゼーラは肩のマイクロミサイルを発射!
明はそれを待っていた。銃を構え、撃つ。時間にして0.3秒。
ゼーラの至近距離でミサイルに命中。爆発。
「ぐ・おっ」
さすがのゼーラも意表を突かれた。
その右肩付近の人工皮膚は裂け、右腕はコード数本で辛うじて繋がっている。
間髪入れず明は連続で銃を放つ。
ゼーラは左腕でビームを防御。そしてつぶやく。
「リミッター解除」
飛び出す。
風圧でゼーラの右腕はちぎれる。
それが地面に落ちるより先に、強烈な左フックが明のこめかみを打つ。
「降伏勧告を」
そうダグラスが言いかけた時、<コア=エデン>は身震いするかのように震える。
次の瞬間、巨大な重力震を残して空間に吸い込まれて行く。
幾つかの地球連邦艦艇が巻き込まれ、消滅する。
<コア=エデン>はワープに入る。明にそのショックを感じる暇は無かった。