切り札③
地下通路を進むゼーラは後方から迫る“気”を感じていた。
「行け」
周りにいた幾つかの影が動く。ステルス仕様の親衛隊三人が迎撃に向かう。
追跡中の明とボッケンは、前方から来る敵に気付く。
「見える?兄き」
「いや。だが、何となく気配は分かる」
ボッケンのくわえた刀から左右に刃が伸びる。
両者の距離が狭まる。
明は馬上で銃を構える。気の源へ向け、引き金を引く。
ドピュッ! 闇の中を青白い光が走る。
影が動く。避けた。
騎士を思わせるパワードスーツ・親衛隊の武器は槍だ。
槍の先端からビームが発射される。
ボッケンは軽く避ける。
すれ違いざま、見えない槍を避け、ボッケンの刀は一人を斬り裂く。
ボッケンはそのまま走り続ける。
二人の親衛隊は180度ターン。
その瞬間を明は逃さなかった。後ろへ発砲。エネルギー弾が一人を貫く。
残り一人は追いかけて来るが、ボッケンに追いつくのは不可能だ。
遠ざかる敵の気配を感じながら、明は前を見据える。
<フロンティア号>は包囲されていた。
ヨキのESPを探知して、更なる敵が押し寄せて来ていた。
その中にはあのリゲルの姿もあった。啓作はとどめを刺さなかったのだ。
パワードスーツがミサイルを発射。
ピンニョが防御レーザーで応戦するが、数が多く防ぎきれない。
バリアー貫通。被弾!
手術開始1分でヘンリー博士は気絶した。
緊急のためナノマシンや再生溶液では間に合わない。医療コンピューターJの助けや止血光線等の最新医療技術があるとはいえ、昔ながらの外科手術だ。
さすがの天才医師もブランクを気にしていた。病院を辞めた後も、時間があればシミュレーションしているが、シェプーラ族の本格的な手術は初めてだ(ボッケンは大怪我をした事が無い)。
麗子は気丈にも手術野を広げる“鈎引き”を担当。
衝撃!
「きゃっ!」
船の中心近くにある医務室は最も耐衝撃性に優れるが、全てを防げるわけではない。
「いかん」
動脈損傷。血が噴き出る。麗子は蒼ざめる。
「止血を!ここを押さえてくれ」啓作が叫ぶ。
「え?」
「手でここを押さえろ!」
「は、はいっ!」
麗子は鈎を離し手で圧迫する。出血が治まる。
「よし。そのまま・・」コッヘルで止めつつ結紮する。「止血OK。手術続行」
敵兵が次々と<フロンティア号>に迫る。
ヨキはまだ眠ったままだ。シャーロットがボタンを押す。
床に高圧電流が流れる。グレイが仕掛けたトラップだ。
気絶する兵士。ショートするパワードスーツ。
開けた地下空間の中にぽつんと機械のパネルがある。触媒ミサイルの発射装置だ。
ロウソクの炎に照らされる中、ゼーラが微笑む。
最後の一人・親衛隊隊長シリウスは一礼をして透明化、教祖の元を離れる。ステルス仕様は他の者と同じだが、槍ではなく巨大な鎌を持つ。その姿はさながら死神だ。
ボッケンが来る。
ガキッ! 刀と鎌がぶつかる。
ボッケンはかなりの速度を出していたが、シリウスは難なく受け止める。
鍔迫り合い。両者譲らない。
明は飛び降りる。振り返らず走っていく。
ゼーラはミサイル発射装置に近づく。そのパネルには手形が刻まれている。
無言で左手を手形にはめる。
シグナルが点灯する。数字が表示され、減っていく。カウントダウン開始。
ゼーラは満足そうに微笑み、声高々に叫ぶ。
「ゆけ!新世界のために!」
透明な直線チューブの中を、500mを超える巨大なミサイルがゆっくりと動いて行く。
明は走りながら地面の揺れを感じていた。
「!」何が起こったのか直感で悟る。
腕時計の表示を見ながらひとり走る。
石の柱を曲がる。視界が開ける。
「あれか」
距離は約400m。銃を構える。 発射!
エネルギー弾は一直線に触媒ミサイル発射装置へ。
危険を察しゼーラが身を挺して装置を庇う。
その胸に命中。後ろへ吹っ飛ぶ。
「なにっ」明は銃を構え直す。
その間にも次々と触媒ミサイルは発射されていく。
銃は最高出力のため連射できない。
明が撃つ前にビームが来る。ゼーラが胸を押さえながらも攻撃して来た。
弾を避けつつ、明はもう一度銃を撃つ!
今度はミサイル発射装置に命中!
爆発!
装置は四散し、ゼーラの体が宙に舞う。
ミサイル発射は止まったが、既に15発が発射されていた。
明は通信機でもある腕時計に叫ぶ。
「フロンティア号!応答せよ!」
『はい。こちらフロンティア』美理の声。
「明だ!すまん。ミサイルは発射された。間に合わなかった・・<フロンティア号>で撃ち落としてくれ!」
「ええっ?でも今は操縦出来る人がいません」
啓作は手術中。ヨキは眠ったまま。シャーロットは利き手を骨折している。ピンニョは元々操縦できない。
「君がやるんだ。美理」
「無茶よ、できない!」
『爆破を試みる』グレイが通信介入。
ヨキがテレポートで仕掛けた爆弾の起爆スイッチはグレイが預かっていた。
スイッチを押す。カチッ。
<コア=エデン>から外郭へ延びる直線チューブ。
啓作の読み通り、これが触媒ミサイルの発射管だった。
ミサイルはこの中を移動中。外郭から宇宙空間へ出たら、さらに加速してワープするようプログラミングされている。
ドガアアン!
ミサイルを巻き込み爆発。
チューブが壊れてミサイルが停止したものもある。
しかし全てのチューブ・ミサイルを破壊できてはいない。
「発射されたミサイルは15。爆弾で阻止できたのは7。残り8つは依然移動中」
シャーロットが現状を報告する。
明と美理の通話はつづく。
「ミサイルが命中したら、何億という命が失われるんだ!」
「わかってる・・でも私じゃ・・」
「今やらなきゃ、ずっと後悔する。万に一つの可能性があるなら、それに賭けろ!たとえそれが命がけの賭けだとしても!」
「美理」手術室で聞いていた啓作が語りかける。
「お前は『こわい』という感情の他に、乗っている俺たちの安否を気にしている。だがな、もっと自分自身を信じてみろ。お前が『何か役に立ちたい』と操縦を習っていたのを知っている。その努力は無駄じゃないはずだ。自分の力を信じろ!」
『Believe in yourself, and Never give-up! 』
美理は主操縦席に座る。
「“シンクロ“を使います」
「え?ええっ?」
明が驚く。なぜ彼女がシンクロの事を知っているのか?
“シンクロ”とは操縦者が機械と一体化して意のままに操る操縦法だ。操縦者はサイボーグ化する事が多いが、生身でも可能だ。だが万能ではない、弱点もある。
美理はマーチンの予備のバイザーを付ける。
これはマーチンが興味本位でシンクロ用に改造したもの。それを啓作が美理用に調整していた。美理が“シンクロ”で行ったシミュレーションの成績は82点。
バイザーがブカブカでズレるが気にしない、いや気にしている余裕がない。
有線プラグを操縦席の端子に繋ぐ。昔のVRの様な感じだ。
操縦桿を握る。
「すごい・・」船のまわりの敵の位置が手に取るように判る。
シャーロットとピンニョは最初驚いたが、美理の決意を知り協力する。
「エンジン出力アップ!60・・70・・90・・」
「格納庫が開かない。妨害されている」
「ホーミングレーザー撃っちゃえ」ピンニョがスイッチを踏む。
発射!
ビームは真上へ向け屈曲、格納庫の天井を破壊する。
「<フロンティア号>発進!」
美理は操縦桿を引く。
ドギャァァァ――――ンンン
垂直上昇ノズル噴射!
噴煙がリゲルをはじめ多くの敵兵を吹き飛ばす。
ゆっくりと機体が上昇して行く。