切り札②
ボルンが静かに立ち上がる。
「!」
「ボルン?」シャーロットは銃に手をかける。
拘束具が落ちる。切断されている。
ボルンは刀をくわえていた。ボッケンの予備の刀だ。失われた歯は再生していた。
ピンニョは羽根手裏剣を構えるが、
「迎撃に出ます。ボクが外に出たらハッチを閉めてください」
ボルンの眼は真剣だ。
「わかったわ」シャーロットは銃から手を離す。「気をつけて」
ボルンはコクピットを飛び出して行く。
シャーロットはハッキング作業に戻る。ピンニョはレーザーの発射準備をする。麗子はレーダー、美理は通信を担当。ヘンリー博士は手持ち無沙汰だ。
ボルンは船外に出る。その後ろ、ハッチが閉まる。
笑みを浮かべながらボルンは前を見据える。
無人工場の中の建造中の宇宙空母の格納庫。四方八方から敵兵が迫っていた。
ボルンは駆け出す。敵の真っただ中へ。
接近に気付いた敵兵が銃撃を開始。
ボルンは弾をよけつつ迫る。脚が一本無いのをものともせず、走る。
一刀両断。敵を切り裂く。
ボルンが突入した反対側からも敵が近づく。
ピンニョがスイッチを踏む。
ドワッ! 仕掛けられたハイブリッド爆弾が爆発。
明たちが仕掛けたものと同じ。パワードスーツは機能停止。敵兵は眠る。
ミサイルが来る。
ビッ! 防御レーザー発射。
ボルンは次々と敵を切り裂く。
ボッケンの刀は(初期設定では)有機物を斬れない特製だ。初めは驚いたが、すぐに使いこなす。ボッケンに劣らない。ふたりが戦っていたら、どうなっていたか?
シャーロットの動きが止まる。
「触媒ミサイルを発見。外郭じゃなくて<コア=エデン>の最深部よ。発射ボタンも司令部じゃなく、ミサイルのすぐ近く。データを送るね」
明たちの腕時計にデータが転送される。
「!」 「近い」
ボッケンはゼーラの匂いを追っていたが、見失っていた。ゼーラの体臭はサイボーグのためか極端に匂わない。親衛隊の連中も同様だ。
明は時計のデータと見比べる。丘の上にそびえる大木を見る。
「あの木に地下への入り口があるみたいだ」
直径10mはある大きなクスノキを調べる。その間も通信が入る。
『ハッキングで触媒ミサイル発射を阻止できるか?』啓作の声。
『だめ。ミサイルと有線で繋がっているだけ。遠隔操作は出来ないみたい』
『発射装置を直接破壊するしか方法はないか・・』
木の幹に蝶がとまっている。動かない。作り物だ。
蝶に触ると、幹の扉が開いた。
「俺とボッケンは発射装置に向かう!」
『こちらマーチン。俺たちは遠すぎる。ここで陽動をかける』
『啓作だ。俺とヨキはそちらへ行く。だが待たないで先に行ってくれ』
『ああっ!』シャーロットの声。『ボルンが!』
ボルンの動きが止まる。
敵にやられたのではない。腹の傷口が開いていた。
敵兵が銃撃。
ボルンはかろうじて避け、斬り込む。
最後の一人を斬ったあと、そのまま崩れる。
「啓作!」シャーロットの悲鳴に似た叫び。
啓作は少し考えた後、
「すまん、明。そっちには行けない」
『わかってる。戻ってくれ』
通信を終えた啓作はヨキの方を見る。黙ってヨキはうなずく。
ふたりが消える。
啓作とヨキは<フロンティア号>の近くにテレポートした。
ボルンを診る。
出血性ショック。クローン修復した脾臓からの再出血。危険な状態だ。
ヨキは啓作・ボルンと共に船内の医務室へテレポート。
そこにはオペ着に着替えた麗子とヘンリー博士がいた。
「オペには私たちが就きます」
敵の第一波は退けたが、じき第二波が来る。シャーロットはコクピットに必要だ。麗子はそう判断した。博士も同意してくれた。
「J!麻酔開始してくれ」
啓作はオペ着に着替えながら、麗子に「大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです。でもやります!」
覚悟を決めた少女は凛としている。
「わしは小学校で保健係だったんだ」ヘンリー博士は・・・。
「よろしくたのむ」
手を自動消毒しながら啓作は頭を下げる。
「おいらはコクピットへ行くね」ヨキは駆け出す。
「待て」啓作が呼び止める。「ESPが使えるうちに頼みたいことがある」
ヨキはまずマーチンとグレイの元にテレポート。
ふたりを連れ、明とボッケンのいるクスノキ前にテレポートした。
「はい、コレ」
ヨキが明に渡したのは啓作から預かった対ESP装備。イヤリング型やハチマキ型、ブレスレット型もある。一つじゃゼーラのテレパシーを防げなかったが、数で対抗しろという事か。グレイには小型のスイッチを手渡す。
「ああ忙しい。じゃあな。がんばれ!」
「おお、ありが・・」
ヨキはテレポートで消える。
残った明たちの視界に、周囲から押し寄せる信者達が入る。
その数は先程の演説会場とは桁が違う。銃やこん棒など武装もしている。
「さすがにヤバいな」
だが信者達は攻撃を仕掛ける気配がない。
この木は御神木なのか?大切な地下への入口だから?いずれにせよ好都合だ。
「ここは俺たちにまかせろ。明!ボッケン!お前たちは発射装置に向かえ」
マーチンとグレイはロケットランチャーをぶっ放す。
弾は煙を噴き出しながら飛ぶ。<ネオ=マルス>でも使った凍結弾だ。
信者達が凍る。
「行け!」マーチンが叫ぶ。
「お前ら、てきとーに脱出しろよ」
明の言葉にふたりは親指を立てて合図。
明とボッケンは幹の扉に飛び込む。グレイも一時的に木の枝に飛び乗る。
マーチンは凍った地面に両手をつける。電撃!
次にヨキがテレポートしたのは、<コア=エデン>と外郭の間の空間だ。
多くのオプティカルエレベーターが両者を繋いでいる。その曲線のチューブと異なり、直線的でより太いチューブがある。
「あれか」
ヨキは持ってきた爆弾(前出のハイブリッド爆弾ではない)を太いチューブへテレポートで仕掛けて行く。それが啓作の指示だ。意味も判らず、ヨキは作業を続ける。
ジリジリジリ・・・ 腰の目覚まし時計が鳴り出す。
「わ~時間切れ~」
ヨキは<フロンティア号>のコクピットにテレポートで戻る。
そのままソファに倒れ込む。テレポートは特に疲れるのだ。
「おつかれさま」
美理がヨキにジュースを渡す。
「ったく、エスパー使いが荒いんだから」
ヨキは目を閉じたまま、ストローでちゅーちゅー飲む。やがて・・眠る。
美理はヨキにタオルケットをかける。通信席に戻り、視線を前に移す。格納庫の隅で人影が動くのが見えた。敵の第二波か。
その時だった。
「!(この感じは・・)」
手術室の啓作たちもその異変を感じていた。が気に留めることもなく、
「手術開始する」
一方<コア=エデン>。
触媒ミサイル発射装置への入口はマーチンの電撃で破壊された。やりすぎた感あり。
マーチンとグレイは異変に気付いていても戦闘で忙しい。
クスノキの地下には鍾乳洞のような空間が広がっていた。
自然のものではない。随所に“永久ロウソク”の照明が置かれ、神秘的な光を放つ。
明を乗せたボッケンはその中をひた駆ける。風で炎が揺らめくが消える事は無い。
明はヨキから渡された対ESP装備を付ける。イヤリングにブレスレットに指輪も。ボッケンは「チャラい」と思ったが、口には出さなかった。
「ん」それに気付いた明がつぶやく。「ワープだ」
十字星雲の近くでは、約50隻の地球連邦軍艦隊が展開していた。
旗艦の宇宙戦艦艦橋。
艦長のダグラスは腕を組んで十字星雲を眺めている。
「ど素人にこんな極秘の依頼をするとは、まったく主席の気まぐれにも困ったものだ」
「艦長。全艦集結しました。いつでも十字星雲に突入できます」副長が報告する。
「うむ」ダグラスがうなずく。
その時だった。
「重力震確認!」
全長400mある宇宙戦艦が震える。かなりの震動だ。
「何か巨大なものがワープして来ます!」
「何っ?」
艦隊の目前に現れたものは、小惑星を改造した巨大な人工物だ。
「照合。<ヘヴン教>の総本山<ノア>と判明!」
「宗教がこんな場所に何の用だ?」
<ノア>が十字星雲の中からワープして来たとは思っていない。
『こちらは地球連邦軍である。貴船の身分と目的を知らせよ』
直ちに艦隊より警告。上から目線だ。
「地球連邦軍だと?」
<ノア>の司令部ではカペラが報告を受けていた。
「<スペースマン>からの連絡を受けて出撃して来たのか。・・間違いない」
汗を拭きながらカペラは立ち上がり、命令する。
「先制攻撃をかける!戦闘態勢!全艦隊出撃!対艦隊戦用意!」
<ノア>からビームが放たれる。
戦端が開かれた。