切り札①
第4章 切り札
十字星雲の赤い空間を巨大な<ノア>が移動して行く。
司令部では人々が慌ただしく動く。ワープ準備だ。
美理に化けた明は迷っていた。
ボッケンに持たせた銃を使って撃てば、今ならゼーラを殺れる。パラライザーじゃダメだ。相手はサイボーグだ、効かない。だが・・・
「スペースマンのリーダー弓月明、どんな男だ?」
ゼーラの声。唖然とした顔で明は振り向く。
ゼーラは笑っていた。バレてる?!読心術?
「口で言っても無駄だと思うが、言っておく。テロを中止しろ!」
「データ通りの甘ちゃんだな」ゼーラは一笑し、「ふ・・力ずくで止めてみせろ」
やるしかない。ボッケンと目が合う。明は銃に手を伸ばす。構える。
「!」
その先にゼーラの姿は無かった。
銃を取って構えるのに1秒もかかっていないはず。
それどころか、そこは<ノア>ではなかった。
眩い空。燃える地面。横たわる無数の焼け焦げた死体。人の焼ける匂い。
戦場か?地獄か?見ると腕が燃えている。
熱い!体が燃え上がる。息が出来ない。・・・死。
ヨキがつぶやく。
「何やってんだ?あいつ」
ゼーラの演説は<ノア>のいたる所で流されている。
画面には転げまわる美理(=明)の姿が映る。ホログラフが乱れる。
「テレパシーだ。テレパシーで幻を見せられているんだ」啓作が冷静に言う。
「VRの凄い奴って事か。あー、パンツ見えそう」
「見たいのか?」
ぶるぶるぶる。ヨキは首を振る。中身は美理じゃない明だ。
グレイから通信が入る。
『予定変更だ。今から爆破する』
ゼーラの声がする。
「念動力でなければ大丈夫とでも思ったか?・・・対ESP装備だと?そんなおもちゃが何の役に立つ?」
「はあはあはあ・・」
火の海の中、明は姿の見えない声の主の方を睨む。
「狂い死ななかった事は誉めてやろう。視覚だけじゃない、聴覚も臭覚も触覚も、温覚や痛覚さえも支配した。お前が体験しているのはアスク星最後の日だ。重力レンズで炎に包まれ、ほとんどの生物が死滅した」
「それが・・どうしたあ!」
ボッケンはボルンのホログラフを解き、刀を抜いてゼーラに斬りかかる。
わっと信者達の悲鳴と歓声があがる。
ゼーラは動かない。刃は空中で受け止められる。
「!」
見えない敵。ゼーラを護衛する親衛隊だ。ステルス仕様のパワードスーツを纏っている。ボッケンですら気配を感じなかった。今は光の揺らめきで存在が分かる。
ボッケンは飛び退く。三人いや四人いる。
攻撃は防がれたが、明を襲っていた幻覚は消えた。
「兄き!」
明は倒れていた。動かない。気絶しているのか。
ゼーラは通信機を手に取る。
「カペラ。奴の心を読んだ。これから言うポイントに兵を向かわせろ。<フロンティア号>はそこだ。それから・・」
その時。会場の最後列が光る。
遅れて爆発。照明が消える。ガスが噴き出す。
逃げ惑う信者達。ガスを吸うやいな、眠る。
『ザー』カペラとの通信が途絶える。
「む。どうした?・・妨害電波か?」
機器を狂わせる超電磁パルスと人を眠らせる睡眠ガスのハイブリット爆弾だ。
同じ爆発が司令部を含む<ノア>の数ヵ所で起こっていた。
「ゼーラ様!」
信者達が次々と壇上に上がって来る。
「催眠ガスとはな。どうせなら毒ガスを使え。・・あとは任せる」
そう言い残しゼーラは壇上を降りる。見えない親衛隊を引き連れ、息を止めて信者の流れに逆らいながら客席を進む。
「兄き!」
ボッケンの声に、明はよろよろと立ち上がる。
ぽつりと言う。「変身!」美理のホログラフは消える。ふざける体力は残っているようだ。
「だ大丈夫だ・・ちょっと面食らった」あまり大丈夫そうに見えない。
信者達はふたりを取り囲む。その数、約千人。皆丸腰だ。
明は銃を構える。
「近寄るな!撃つぞ!」
お経の様な讃美歌の様な曲を口ずさみながら信者達はじりじりと包囲を狭めて来る。
空気より重い睡眠ガスは、最後列から前の方へ広がるが、壇上には上がってこない。
「お前たちのしているのはテロだ。聞いているのは神の声なんかじゃない!悪魔の声だ!」
明は叫ぶ。だが信者達の歩みは止まらない。
「乗って。突破する」ボッケンが明を誘う。
「了解。ゼーラを止めるぞ!」
明が背に乗るや否や、ボッケンは駆け出す。
「どけー!!」
明は銃を向ける。だが信者達はひるまない。歌は止まない。
ボッケンはジャンプ。人の壁を跳び越す。
空中で明は前へパラライザーを連射。信者達が倒れる。
そのポイントへボッケンは着地。信者達を踏み台にして、さらにジャンプ。
息の合ったコンピネーションで包囲網突破を図る。
客席に降りたふたりは息を止めガスの中へ。
眠る信者達の中を走り抜け、会場を後にする。
ゼーラの匂いを追って、ボッケンと明は並木道を駆け抜ける。
電気が復旧する。予想より早い。
「ボルン!触媒ミサイルはどこだ?どこにある?」明の問いに、
『・・知りません。教えられていません。本当です』
ボルンからの返信。こちらの通信機は影響を受けていない。
『もう爆弾を使ったの?どうして?』シャーロットが尋ねる。
どうやら<フロンティア号>のメンバーは“演説”の映像を見ていなかったようだ。
「後で説明するよ」明はほっとしつつ恥ずかしがりながら答える。
『すまん。触媒ミサイルの存在に気付かなかった』グレイの声。『おそらくミサイル発射は十字星雲を出てからだろう。残った爆弾も爆破して時間をかせぐか?』
実は爆破したのは明とボッケンが仕掛けた爆弾だけで、啓作やグレイのチームが仕掛けた爆弾は残してある。他のチームが仕掛けた爆弾の位置を明は知らないから、読心術でも特定できないだろうと踏んだのだ。
『いや、当初の予定通り脱出時に使おう。シャーロット!』啓作の声。
『なに?』
『<ノア>のコンピューターに潜入して発射装置を探ってくれ!』
『了解。でもこちらの位置を探知される可能性が・・』
『俺が奴なら明から情報を得て、そっちに兵を向かわせている。敵が来るのは時間の問題だ。やれ!』
「わかったわ」シャーロットはハッキング作業に入る。
その時すでに、パワードスーツ30体を含む敵が<フロンティア号>を取り囲んでいた。