野望の方舟②
「<目標>N64からW11へ移動中!」
「ワープミサイル三連続発射!」
<ノア>の司令部。
そこはコンサートホール並みの広さの空間の中央に、円柱形の塔がそびえている。ウェディングケーキの様に階段状に席が並び、数十の人間が慌ただしく動く。その周囲は360度スクリーンとなっており、最上段に始終無言のまま座っているのは先程ヘンリー博士と話をしていた男だ。横に立つ太った中年男が口を開く。
「ゼーラ様、連中の最後は時間の問題です」
「カペラ。奴らはカストルらの艦隊を打ち破り、リゲル達を退けた。完全に息の根を止めるまで手を抜いてはいけない」眼光が鋭い。
「も、申し訳ございません」
ゼーラは視線をカペラから巨大なスクリーンに移す。
そこには逃げ惑う<フロンティア号>が映し出されている。
「さて、どう出る?」
重力レンズにより繰り出されるソーラービーム。脱出路には艦隊。ソーラービームの死角に入ろうとするとワープミサイル。<フロンティア号>は正に袋のネズミであった。
「さらに温度上昇!」ピンニョの声は悲愴だ。
既にクルー全員ヘルメットを着用している。
「アスク星を盾に逃げよう!」ヨキの提案を、
「だめ。地下に降りていた艦隊が引き返して来ている」ピンニョが制す。
「一か八かワープするっていうのは?」今度はマーチン。
「あの変動する人工重力の影響でワープアウトの予測が出来ない」ボッケンが意見。
明は黙ったまま。
啓作が口を開く。
「低温ルートは押さえられている。アスク星の月でスイングバイをかけ、奴に近づこう」
スイングバイとは星の重力と公転運動を利用して加減速する航行法だ。
「近づく?」明が尋ねる。
「焦点が近い程、強い重力が必要だ。敵の作る人工重力にも限界があるはずだ。その限界まで接近すれば、ビームは来ない。過負荷をかければ人工重力が止まる可能性もある」
「賭けか」
明は<フロンティア号>をアスク星の衛星クチクの裏に向けた。
隠れると見せかけて、衛星の重力と公転を利用し速度を上げる。
月の影から飛び出す。
<ノア>の重力レンズの焦点は追いつけない。死角へ。
美理と麗子はGに耐えるのに精一杯だ。
次々ワープして来るミサイルを避け、楕円軌道を描き<ノア>に接近する。
「ノアの周囲1000kmにバリアー、そこには人工重力で集まった星間物質が大量に集積していて突破は困難よ・・」シャーロットは続ける。「・・いえ、このバリアーが人工重力源そのものだわ。よくわからないけど細かなプリズムかレンズの様なナノマシンでできていて、重力発生だけでなく光を屈折させてもいるみたい。一方ミサイルは<ノア>本体から発射されていて、バリアー接触前にワープインしている」
報告を聞いた明が尋ねる。
「啓作。ワープでバリアーの中に入る事はできる?」
「無理だ。普通バリアーは一方通行だろ。でも過負荷で人工重力=バリアーが消えれば・・」
明はシャーロットを見る。
「バリアーが消えれば・・」
明が何をしたいのか、彼女は即座に理解した。
「無茶なオーダーばっかり」左手だけでプログラミング。こればかりはボッケンには難しい。
「ワーププログラム・・航行中に、しかも片手で」麗子が尊敬の眼差しで見る。
それは人工重力に引かれてゆっくりと<ノア>に近づいていた。
啓作が発射した反重力爆雷。3つはデブリに阻まれるが、残り1つがバリアーに接触。
爆発。
その周辺のみ恒星並の重力が反重力に変わる。集まっていた星間物質が一気に弾ける。
バチッ。
重力と反重力がせめぎ合い、過負荷となりブレーカーが働く。
<ノア>の人工重力が停止、バリアーが・・消える。
「やったっ!ずらかろう」ヨキが嬉しそうに言う。
明は操縦桿を倒さない。
「いや、ワープミサイルは健在だ。艦隊も。逃げ切るのは難しい。このまま<ノア>に潜入しよう!」
明は振り向いて美理の顔を見る。彼女に諭すように話しかける。
「危険なのも無謀なのも分かっている。でも・・博士を助けるチャンスは今しかない!」
美理はうなずく。くちびるが「はい」と動く。
「行こう」他のクルーも。
「しゃーねえなあ」ヨキも渋々ながら賛成する。
「出来た!」ワーププログラミングが完了する。
「ワープ!」
短距離ワープ。<フロンティア号>は<ノア>の地表すれすれにワープアウトする。
「なにぃっ」
<ノア>司令部のカペラが焦る。
ゼーラは無言のままだが、その口元は笑っている。
突然の敵の出現に警報が鳴る。
迎撃用の兵器が次々と発射される。戦闘艦と戦闘機が発進する。
「早すぎる。分析が間に合わない」ボッケンが焦る。
先陣を切って戦闘機が襲来する。
ホーミングレーザーで迎撃。次々と撃ち落とす。
戦艦からの長距離砲撃は来ない。<フロンティア号>は高度が低いため、直径175kmのこの小さな“星”では自動追尾機能の無い武器だと地平線の彼方からは狙えない。勿論こちらからもだ。
戦艦はミサイルを上方へ発射。放物線を描き高高度より迫る。
迎撃。数多の爆発が起こる。
地表からの対空砲火。
避けつつプロトン砲発射。
<ノア>の表面に巨大な火柱が上がる。
ステルスバリアーを張って着陸しようと考えていたが、着陸できる場所がない。
予想をはるかに超える敵の攻撃の中、明はどこへ向かうべきか、決めかねていた。
接近して来た戦艦からの砲撃が始まる。プロトン砲で対抗。
<ノア>本体からの攻撃も激しさを増す。
次第に追いつめられていく・・・
「(無謀すぎたか)」啓作は後悔していた。熱くなりすぎていた。「(俺が止めるべきだった)」
衝撃。
「第4エンジン被弾!一時的に停止、自動消火後に再始動予定」
「(ここまでか)」さすがの明も諦め・・
前方からビームの束が来る。
「(いや)諦めてたまるか!」操縦桿を倒し、避ける。
「(希望は捨てない。俺は仲間の命を預かっているんだ)」
明は前を見据える。
無数の砲火と爆発の中、煙を上げながらも<フロンティア号>は飛ぶ。
「もう少しだ。がんばれ!」啓作が励ます。「そろそろ来るぞ!」
その時、“流星雨”が<ノア>に降り注いだ。
それらは人工重力で集まった“星間物質”だ。バリアーが解かれた後、四方八方に飛散。アスク星に落ちたものもあるが、多くは<ノア>本体の重力に引かれ、いま到達したのだ。
それらには宇宙船や地上施設を破壊する程の力は無いが、レーダーを撹乱し、地表に無数のクレーターを形作る。
「この機を逃すな!」
だが何処へ?どこに行く?
ボッケンがそれに気付く。
「見て!あそこ!光だ!!」
明はその方を見る。光の点滅。
「!モールス信号だ!『ココヘコイ』!」
流星雨の中、艦隊が迫る。
「どうする?」相手は誰か?見当もつかない。
「罠か?」そんな考えが明の頭をよぎる。「それとも?」しかし他に逃げ道は無い。
「ダミー放出!閃光弾!ステルス!」賭けだった。
得意の忍法雲隠れ。<フロンティア号>は透明化して光源に向かう。
「ここは・・」
宇宙船の無人工場だ。数隻の軍艦が建造されている。
光はひときわ大きな宇宙空母からだ。格納庫が開いている。
<フロンティア号>は空間ドリフト飛行で格納庫に駐機。
機体が入るや否や、格納庫の扉が閉まる。
ガゴーン。
ダミーが破壊された。
<ノア>の司令部に歓声が上がる。
「状況終了」カペラが告げる。
横のゼーラに話しかける。「最後はあっけなかったですな」
「・・・」
ゼーラだけは何か腑に落ちないようだ。
暗闇の中、電気が点く。
縦横高さ共に200m程もある格納庫。発光器を持った男が近づいて来る。
「あ・・」麗子が頬を赤らめる。わかりやすい。
男がフードをとる。グレイだ。そして隣にはヘンリー博士がいた。