野望の方舟①
第3章 野望の方舟
そこは豪華な西洋風の広間。調度品は素人が見ても高級感が漂う。
二人の男が向かい合う。顎髭を生やした初老の男は興奮している。
「やはりお前だったのか。<神の声>だと?ふざけるな」
もう一人の男は若く2mを超える長身で筋肉質、皮膚に無数の傷が見える。
その服はさながら神父服の上に袈裟を羽織った感じだ。
「大人しくしていてください、ヘンリー博士」笑みがこぼれる。
女秘書に向かって「丁重にな」そう言い残して長身の男は部屋から去る。
「かしこまりました。ゼーラ様」秘書は頭を下げ見送る。
「のどが渇いた。何か飲み物を持って来てくれ」
ヘンリー博士にそう言われた秘書は外に出る。
一人きりになった博士は窓辺に立つ。下がった眼鏡を直して外を眺める。
滝が見える。本物の水が流れ落ちている。遠くには鬱蒼とした林や小高い丘も見える。青い空もあるが、これは作り物だ。空と同化して無数のチューブが空に伸びている。
コンコン。ノックの後、ドアが開き、男が入って来る。
先程の男とは違う、フードを被った男は秘書を抱きかかえている。
気を失っている秘書をソファに下ろし、「ふう。意外と重い」男は深呼吸して尋ねる。
「ヘンリー=シュナイダー博士ですね」
<フロンティア号>のコクピットに警報が鳴り響く。
船の前方、巨大な“恐怖の大王”に似た球体が燃え上がる。
「何だ?何が起こっている?」
「周囲の温度が急上昇!90℃・・100℃を突破」
焼かれた球体そのものの温度は2000℃を超えている。
「原因は?」
「空を見て!」ピンニョが指差す。
パネルに映るゼーラ星(アスク星の太陽)は歪んでいる。その手前に円形の影が映っている。
「ゼーラ星の前面に、データに無い重力源!」
「凸レンズ・・重力レンズだ!」
皆が啓作を見る。
「人工重力で恒星の光熱を虫眼鏡の様に集中させているんだ!」
「虫眼鏡で太陽の光を集めてアリンコ焼くようなもの?」
「ヨキ、お前そんな事してたのか?」 「俺たちゃアリか」
明はヨキと席を交代、主操縦席に戻る。
「あれが<ノア>!?」美理が呟く。直感だった。確証は無い。
<ノア>とはボルンの話に出て来た<神の声>の基地か何かの事だ。おそらくヘンリー博士は現在そこにいる。
ガクン。Gが前にかかる。明が操作していた。
「全速後進!」しばらくして「急速回頭!」
<フロンティア号>は急旋回して、球体から離れる。地殻という屋根の下に飛び込む。
それを光が追う。
ここは地下。地殻が盾となる・・はずだった。
集められたソーラービームは地殻をも貫く。
<フロンティア号>は地下空間を猛スピードで光から逃げる。
その後方、次々と地割れが起き、地殻が崩れていく。
「このまま星の裏側へ!そこから“ヘンリールート“に飛び込む!針路計算を!」
(*ヘンリールートとはヘンリー博士が残した低温域の航行ルートの事、往路で使用した)
手を骨折したシャーロットは通信とデータ解析を担当、代わりにボッケンがマニュピレーターを付け航路計算をする。ピンニョはメインレーダー。美理は副操縦席でサブレーダーを操作していたが、駆け込んできたマーチンに譲り、最後列ソファへ。
「お待ちしておりました」
ふざけて麗子が言う。美理は軽くお辞儀。
ソファの中央席はリゲル撃退時に射出したため無くなっている。
「データを読むからそのままで聞いてね」シャーロットは続ける。
「あの物体・・もう<ノア>って言っちゃうね・・<ノア>の直径は約175㎞。でも周囲1000㎞にわたって発生している人工重力は木星に匹敵する強さよ」
「小惑星を改造したのか?あんなでかいのがどこに隠れていたんだ?」
「30分前にゼーラ星の反対側に強大な重力震があったみたい。気付かなかった」
「!・・じゃあ奴はワープして来たっていうのか?」
アスク星の地下空洞の高さはまちまちで、狭い所もある。天井には所々穴が開いている。
<フロンティア号>はその地下空洞を飛び続ける。
光を引き離し、敵の死角に入った。穴から地上に出る。
「レーダーに反応!前方に艦影多数展開!」
退路は断たれた。
「ヘンリー=シュナイダー博士ですね。グレイ=メスカルと申します」
<ノア>の大広間。グレイはフードを取る。金髪のイケメンだ。
唖然としているヘンリー博士に対して、
「マッケンジー地球連邦主席の依頼であなたを探していました」
グレイは博士にフードを渡す。
「被ると監視カメラに映らなくなります。脱出しましょう」
<フロンティア号>。
「敵艦隊の構成、読む上げようか?」ピンニョが尋ねる。
「いや。気が滅入るから要らない」
明はメインパネルを睨む。ざっと50隻という所か。
艦隊が光る。主砲発射。数多のビームが向かって来る。
明は<フロンティア号>を地下へ戻す。
ビームは地表へ。次々と爆発。これを利用しない手は無い。
「ステルスバリアー!ダミー射出!」
敵艦隊は二手に分かれ、一方が地下へ向かう。敵の注意は地下のダミーに向いている。
ステルス化した<フロンティア号>は地下空洞で艦隊とすれ違う。再び地上へ。
「微速前進!ステルスバリアーのまま、上方の敵艦隊を突破する!」
エンジン出力を上げるとステルス効果が無くなってしまうため、速度は出せない。
「音を立てるな。静かに」啓作が小声で言う。
美理と麗子は見つめ合いながら口唇の前でしーと人差し指を立てる。
ヨキの頬を一筋の汗が流れ落ちる。
マーチンは腹が鳴らないか心配なのか腹を押さえている。それ位は大丈夫だろう。
<フロンティア号>が敵艦隊の前衛と交差する頃、地下のダミーが破壊された。
明は「バレるのは時間の問題」と判断した。
「メインエンジン始動!ずらかるぞ!」
「全砲門一斉発射!」
艦隊の真っただ中で姿を現わした<フロンティア号>からビームとミサイルが放たれる。
次々と周囲の敵艦に命中。撃墜。
敵の数はまだまだ多い。反撃のビームを掻い潜る。
「<ノア>接近。アスク星の死角から出ます」
惑星の影から巨大な物体が姿を現わす。太陽を背にしている。
「俺たちは敵と入り混じっている。奴には撃てない」明は断言したが、
「そうだといいがな」啓作の予測は・・当たった。
交戦中の<フロンティア号>の周囲が明るくなる。
「エンジンフルパワー!」
全速力で逃げる。艦隊は光に包まれる。重力レンズによるソーラービームだ。
「そうか恒星突入能力があるから・・」
その能力を有していない何隻かの敵艦は炎につつまれ爆発する。こちらの攻撃で被弾した艦も耐熱力が落ちているらしく同様だ。
「味方を犠牲にする事を何とも思っていないのか」
明のその言葉は美理の心に突き刺さる。考えがどうあれ敵に犠牲者が出たという結果は同じ・・そう明は考えるだろうと美理は思った。なぜ分かるのか、それは分からない。
「<神の声>というのは・・目的のためなら犠牲やむなしという考えらしい。こういう兵士を作るのは教育か信仰だ」啓作は冷静に語る。
光は<フロンティア号>を追う。
「レンズといっても重力によるモノなんだろ。反重力ミサイル撃ちこんじゃうか」
ヨキはそう言うが、あと一発しかないミサイルは故障中だ。
バシュ。
啓作が反重力爆雷を射出する。雷数4。推進力の無い反重力兵器だ。
「気休めだが、上手くいけば当たる」彼らしからぬ発言だ。
<フロンティア号>は艦隊を突破し、ヘンリールートに飛び込もうとしていた。
「!!」
明は操縦桿を引く。勘だ。遅れて重力震の警告音。
ミサイルがワープアウトする。
爆発。あと数秒遅ければ、粉々になっていた。
<ノア>の反対側から次々とミサイルが発射される。ワープインし消える。
やがて<フロンティア号>の周囲にミサイル群がワープアウトして来る。
明は次々と避けながら呟く。
「こいつは方舟なんかじゃない、要塞だ」