1 南ルフテリア宿場
ティアリアリスは捕縛されていた。
罪状は身分詐称。
あと他国からの間者の疑いがあるとかどうとか。
今、兵隊の物資を運ぶ大きな馬車の荷物脇に、両手、両足を縛られ転がされている。
異世界といえど、国があるのだ。そりゃ知らない人間が勝手に国土に踏み込めば問題になる。
特に冒険者は武器や魔術を扱う、一般人よりも戦闘に長けた人間なのだ。これを管理しない道理は無い。
”冒険者”は登録制の資格職だったのだ。
そりゃ・・・確かに?村人たちの装備が棍棒や斧だったのは、武器の所持が管理されていたからなのだろう。
でも知らなかったのだから仕方ない。バレた時に冒険者見習いですとでも言っておけばよかったのか。
私は口八丁が巧みな人間ではないのだ。というか、ウソはいけないと思う。うん。
そして間者に怪しまれている点だが、どうやら”魔術”とは師より教わるものらしい。
この師となる人物も登録管理されており、師の名前を出すだけである程度の系譜のようなものがわかるらしい。
もしくは師が複数人集まった、学園と言う教育施設があり、その学園の名前でもいいそうだ。
もちろん私は答えた。
あちらの世界の学校名を。
とても怪しまれた。しかたないので私は洗いざらい説明することにした。
私は別の世界から来た人間です。
習った覚えの無い魔術がスラスラ使えました。
この世界の言葉も勝手にマスターしていました。
便利だなーと思いました。
おそらく、私の説明を聞いた人間には、その様なことを言っていると受け取られたのだろう。
容赦なく捕まった。
この時、兵士にちょっとおっぱいを揉まれたのは、世界共通なのだと安堵してしまった。ちくしょうめ。
話を戻すと、出自の知れない魔術師である私は国外で何かしらの魔術知識を得た人間ではないかと怪しまれたわけだ。
折しもこの国の第2王子がちょうど遠征に出た、その遠征先で王子の周りでうろちょろしていたのである。誤解されるのも無理はないと思う。
が、誤解されたままだとどうなるのか。間者であれば処刑だろうか。
・・・・・・・・・・・・。
私は馬車に揺られ、現在この地の領主に引き渡されようとしている。
そこで判決を言い渡されるのだということらしい。
おそらく裁判のようなことが行なわれるのだろう。ならばきっとまだ何とかなるかもしれない。
私とかかわりを持った人達が、私のことを擁護してくれたりするかもしれない。・・・アーロイさんとか。
それに古今東西、女には最強の武器が備わっている。ちょこっとホロリとして見せれば、どんな男性だって優しい気持ちになってくれるはずである。
まぁ、私はそんな技能を修得した記憶はないのだが。
悲しくもないのにどうやって泣くんだろうか。もっと友人達に手ほどきを受けておくべきだった。
本当、ままならないものだ。
ティアリアリスは、自分の境遇にホロホロ涙を流しながら後悔した。
「どう思う?ペリシュナ、あの美少女は黒だと思いますか?」
ヴェルクリット=ハイドンは隣に並ぶ騎馬の上の自分の副官にそう質問した。
ここはルフテリアの南街道である。作戦のあったイルケ村からは北西に位置する街、ルフテリアからのびる街道の一つである。
その街道を徒で移動する兵の大所帯に併せ、のんびりと馬上で先導しているのである。
イルケあたりは木々が多く、森や林といった地形であったが、このあたりは畑と草原が並ぶ。野生の魔物もほとんどおらず、大分安全に移動できる。
隣に並ぶペリシュナは陽気に誘われてあくびをしているところであった。
「・・・・・・隊長、あなたはあの娘のことにはかかわらないほうがいいんじゃないですかね。どうも言葉の端々に、心の声みたいのが漏れていますよ」
あぁ、なるほど。彼女は私の表現が主観に寄っていることに、不安を覚えているのか。
「心配はない。仕事と趣味は分けてあります」
私は軍人である。自分を律し、正しく在ることに誇りを持っているのだ。幼き頃からずっと、それが私の核として根付くよう、教導されてきた。今更覆すことなどできようもないのだ。
「そう、ですか?(性癖の間違いじゃないかねぇ)」
「ん?」
「いえ。あの”緑の聖女”ですか?」
「そうです。”緑の聖女”と呼ばれている、あの少女です」
彼女は突然、現われた。
正確には、作戦の助けとしてコルルナの村から森の地形にくわしい者を案内として雇い、その中にいた一人なのだが。
ペリシュナは伝令の兵から”毒”による作戦の停滞という報告を受け、急いで王子の馬車の護衛のところに向かった。だが、その時にはすでに彼女がせわしなく動き回り、指示を出し、毒で倒れる兵士達を治療していた。
毒を払い、傷を癒す。
王都にいけば、あれくらいの魔術はほぼすべての魔術師が使えるのだ。
だが、それを為した場所とタイミングと、ひたすらに自分達を救おうとする姿勢に、助けられた兵士達は心酔してしまった。確かにあの作戦――戦いは、彼女によって勝利をもたらされたと言っても過言ではない。
私はこの時、彼女に惚れ込んだのだと思う。
お人形のように綺麗な容姿と、ひらひらした緑の看護服。そして何よりまっすぐな、一つの物を突き詰める、まるで一本の剣の様な彼女の真剣な眼差しに。
私は彼女をエルフの小剣だと思い、兵士達は緑の妖精や聖女だと言った。
そういった経緯で、今現在少女は”緑の聖女”と呼称されている。
「怪しいですね。身の証を何一つ立てられず、虚言でごまかそうとするあたり、信頼の置けない人間です」
「だけど、彼女は間者ではない。間者であれば、いくらなんでももう少し話しが通じるでしょう?」
「まぁ、そりゃそうなんですが・・・」
何かに紛れ、扮する者は、ここではない世界から来た、などという突拍子もない話を突然しはじめないものだ。自分の演じる役割を他者から疑われないよう、演じるものである。
彼女自身の言うことは信じることはできないが、間者であるか、と言うことであれば否だろう。
そして何より、彼女の成したことはその不可解な言動を差し引いてもお釣りがくる。
そのことはペリシュナもわかっているのだろう。
しかし我々の一団に”王子”がいるかぎり、安易な判断はできないのだ。
一つのミスが、自分の身を滅ぼす。
たとえそれが嫌われ者の、ハズレ王子の護衛任務だったとしても。
ゆえに、少女を解放することはできないのだった。
「確かに間者の可能性は高くないと思いますがね、それでも黒ではなく灰色でしかありませんから」
「そうですね。実に悲しいことに」
ペリシュナが少し首をかしげる。私は懐から数枚の草紙を取り出した。
「ここに、兵士達からの嘆願書があります。こんなのを記す時間がどこにあったのか、疑問に思うくらい迅速に集められたものですが」
ペリシュナの驚く顔が見れる。本来私宛の書類はすべて、副隊長であるペリシュナの目を通してから私に届けられるからだ。
「・・・・・・ちょっと、拝見させてもらっても?」
私はニヤニヤしながら彼女に草紙を渡す。
草紙を読むペリシュナの雰囲気に、怒気が混じり出す。舌打ちまでしている。
彼女が横を併び行く兵士達をねめつける。こちらを伺っていたらしい兵士達がとっさにあらぬ方へ目をそらす。もちろんそれはペリシュナが怖かったからでもあり、もしかすると後ろめたいことがあったからかもしれない。
彼女はため息をつきながら、私に草紙を返した。
「こいつら、私を通さない方が自分たちの意見が通りやすいと理解してたってことですよね。隊長のご趣味がどれだけ知られているのかと、心配になります」
「かわいい奴らでしょう?」
「はいはいそうですねー」
少しすねさせてしまったか。
「・・・・・・一つ、気になる文章がありましたね」
「えぇ、一枚目の真ん中の所ですね?」
私は草紙の該当の箇所に目を落す。
『自分が呪文を教えるまで、彼女は毒を治す魔術を知らなかった』
これが本当であれば、事である。
魔術師にとってとても恐ろしいことになるが、考えるのはよそう、そんな可能性を考えること事態、恐ろしい。
私達にとっての問題は、ことの発端から考える必要が出てくることにある。
毒が治療できるのを利用して王子に近づいた
ではなく、
毒が治療できるようになったので必要とされる場所に来た結果、それが王子の近くだった
そんな可能性が見えてくるのだ。
「なんとも、いろんな爆弾の詰まった娘ですね」
ペリシュナはため息をつく。だからこそ、私は逆に楽しくなるのだ。
「手のかかる子ほど、なんとやら、です」
「それは隊長だけですから」
そして隊は、街道の途中にある南ルフテリア宿場へと入って行く。