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刻の終わりのナイチンゲール  作者: ツインシザー
剣と魔法の世界
6/39

4 緑の少女


 翌朝、村の石壁の前に団員280名。夜の警戒をした者をのぞいた、ほぼすべての団員が出発前の準備をしている。

 その横のひときわ大きな天幕で、小隊副長以上の者を集めた最後の詰めが行なわれていた。

「――以上、進行は先日の通りです。案内は小隊ごとに4人、村から地形にくわしい者が同行します。あなた達の下に一人置いて、あとは振り分けて。あとラビ種やボアがいるらしいですが、晩飯用に、などと考えないこと。わかった?第2小隊」

 ヴェルクリットがそう言うと第2小隊の隊長から、行きでは獲らないよう言っときます、と声が上がった。

「では質問が無ければこれで解散とします。―――、では全員が怪我などないよう、イルケ村で集合です」

 各小隊長、副隊長から了解の声があがり、天幕から出て行く。

 残ったのは私と副隊長のペリシュナだけだ。

「あれは確実に獲りますね。後で没収しておきますか?」

「ボアならいいけど、ラビなんて没収したら心の狭い隊長だと思われるわ」

 そう答えるとペリシュナはヒヒヒと笑った。


 これより我が隊はここコルルナ村からイルケ村までの森を3小隊250名で扇状踏破する。日暮れまでにイルケへ。次の日からは様子をみつつ、イルケ周辺のウルフベアを掃討することになっている。

 村人から聞いたこのあたりの魔物も、ウルフベア以下の小物しかおらず、問題なく遂行できるだろう。

 心配なのは緊張感のなさくらいか。すでに晩の食事の計画を立てようとしている者もいるくらいだ。

 まぁいい。それでも任務をこなせばそれでいい。

 問題は王子である。

 平民からの賞賛を得たいがために、ここまでやってきたのだ。もちろんイルケまで着いて来るし、なによりイルケ開放のその時に立会い、自分の名を宣伝するのだと言う。

 なのでイルケ到着は王子を護衛する別働隊と足並みをそろえなくてはいけない。

 できれば後ろから安全を確認しつつ付いてきてほしいところだが、本人が納得しないのだからどうしようもない。

 一応王子の護衛の団員には、くれぐれも王子が傷つくようなことはないようにと言ってある。私の出世のためにも、これだけは順守してもらわねば。


「隊長、まーた溜め息ついてますよ。隊長を悩ませてるお相手ってサフィロ王子様ですかね」

「やめて。私の思い人っぽく聞こえるから」

 ペリシュナがヒヒヒと笑う。10以上年の離れた子供に懸想などするものか。

「もういいです。行きましょう。さっさと行って、夜はボア肉のシチューを食べましょう」

 私はペリシュナを連れ、号令を待つ兵員達の所へ向かう。

 兵達のゆるんでいた空気が、私を見たことでサッと引き締まったものへと変わる。私はそのまま石壁の方へ移動し、用意された台に上る。

「全員注目!傾聴!」

 下に立つペリシュナの声が響き渡り、黒鉄くろがねに光る鎧のすべてが私に向けられる。


 私はこの景色が好きだ。

 直立する兵士の姿は、一本の剣に似ている。私の束ねる黒い輝きの剣が、朝日を浴びてキラリと輝いている。これから解き放たれ、その力の限りを振るう、そのための私の剣。

 ペリシュナの合図を受け、私はゆっくりと語りだす。

 ゆるんだ剣を引き絞るように、ゆらいだ目的をもう一度一つのところに集めるように。

 そうして一本一本――― 一人ひとりの顔を眺めながら弁舌を振るっていると、ふと目の端にふわりと場違いなものが映った。

 若緑の色をした、大きなスカートだ。それが金色の髪をした美しい少女を包んでいる。

 まるで異世界に迷い込んだ童話の主人公のように。

 周りを剣のような荒くれた兵士と、くたびれた服装の村人達に囲まれて。少し不安そうな面持ちで、私の声に耳を傾けている。

「――――・・・」

 ぐいと、腕を引かれた。下にいるペリシュナが私の腕をひっぱったらしい。

「と、そんなところか。ではみな、警戒を忘れないように。では出発!」


 私の訓示が終わり、団員達が順に森への道を進んでゆく。

 それを見つつ台から降りると、ペリシュナがあごに手を当ててこちらをうかがっていた。

「・・・・・・隊長、おかげんでも悪いんですか?」

「元気です。でも、ちょっとボーッとしてしまいました」

「そうですか?まさか王子の毒気にやられたってことはないでしょうね?」

「・・・もう、王子のことは出さなくていいから」

 そう言うとあの奇妙な笑い声を上げた後、再びどうしたのかと聞いてくる。

「ペリシュナ、右端に緑の衣装を着た娘がいなかった?」

 私がそう言うとペリシュナは首をかしげ、思い出そうとする。

「んー、わかりませんね。右ってことなら同行する村人なのでは?」

 私は確かに村人達といっしょにいたと答えた。

「だけど、あれは村人ではなかった。ドレスを着た村人がいる?それもこんな田舎の村で。私は妖精が紛れ込んだのかと驚いたんですよ」

「はー・・・では、それを見て訓示がおざなりになったと」

「正直言うと、そうです・・・」

 少しばつが悪い。居心地の悪さをコホンと咳をしてごまかしてみる。

「隊長、病気が出ましたか?」

「何のことかわかりませんね」

 私はペリシュナとは目を合わせず、移動していく兵員の列を見ている。

「幼少のころから無骨で硬くてむさくて臭くていかつい世界に漬け込まれすぎた反動で現われる、隊長のかわいいもの症候群ですよ」

「かわいいは正義です。病気ではない」

 反射的にそう答える。

「そうですか・・・。隊長、幻を見るようになっては行軍指示に支障が出ます。村の残留組といっしょにこちらで休んでおられては?。ちょうど宿に良い温泉もあるようですし。大丈夫、隊長がいなくてもこの程度の作戦なら、うちの兵隊はきっちりこなしてきますから」

「そうですね。ついでに腹筋の割れてないかわいい副隊長でも探すとしますか」

「任務中に突然妖精がどうとか言い出さない普通の隊長も探すべきだと進言いたします」

「総取り替えじゃないか」

「そうですね」

 戯言を垂れ流しつつ馬宿に向かい、馬番から自分の愛馬を受け取る。

 ペリシュナの肩を借りてそれに騎乗する。ペリシュナは腕の力でひょいと自分の馬に乗った。

「じゃあ確認に行きましょう」

「おつきあいします」

 そして私達は隊を追いかけたのだった。






 昼休憩までは楽勝だった。

 ハンスは第3小隊8班に所属する槍兵だ。

 1班は盾2人、槍2人、状況によって武器を替えるが今回は剣、の基本5人構成である。

 しかし、この8班にはコルルナの村人が案内役としてついてきているため、6人での行動となっていた。

 午前中に出会ったウルフベアは2体。どちらも盾2人で攻撃を受けている間に槍兵がひざと喉を攻撃するという連携で、あっけなく倒すことができた。

 昼休憩が終わって、班長が他の班とベアの討伐数で賭けをした、だから積極的に探そう、と言い出した。

 これくらいはたまにある。班同士の賭けはそれなりに旨みのある発奮剤だ。おかげで班員達も辺りに良く目を光らせるようになった。

 だのにである。

 剣を持ち、先頭に立って藪を払っていた班長が隠れていたベアに傷つけられたのだ。

 奴は藪の下に穴を掘り、自分らが近寄るのを息をひそめて待っていたのである。そして傷つけると即座に身をひるがえし、遁走した。こちらが陣形を整える間もなく、姿を消してしまったのだ。

 班長の傷は浅く、ウルフベアなどに不意を突かれたことに怒りをあらわにしていた。他の班に知られれば、不甲斐ないとしばらくは弄られることになるだろうからだ。

 その時は簡単な治療をし、再び、今度はより警戒しつつ任務にもどった。

 だがしばらくすると班長の調子が悪くなった。

 足元はふらつき、汗を流し、顔色が土気色になった。心配になったみんなで隊長を地面に横たえ、布で覆っていた傷口を確認した。

 その傷口が紫は変色していた。毒に侵されていたのだ。

 自分も含め、班員達は呆然としてしまった。ウルフベアは毒をもたない。これは作戦の確認時にベアの説明をされたとき、みんなが聞いた言葉だ。なのに今、こうして班長は毒に苦しんでいる。

 その時、いっしょについて来ていた村人が思い出したように言った。

 昔、じいさまから聞いたのだが、じいさまが若かったころ、ベアが山から下りてきたグリフォンと戦っていたのを見たことがあったそうだ、ベアはほとんど一方的に嬲られてたんだが、さっと走って消えた後、しばらくしてもどってきた。そしてグリフォンとまた戦い始めたんだが、そしたら今度はグリフォンが弱り始めてな。しまいには羽も動かせなくなり、ベアにやられたんだそうだ。

 班員の一人が、だから何だと聞いた。

 村人は、ベアはもしかすると青ビィの巣を襲い、毒を爪に付着させたのではないかと言った。

 青ビィ、ブルービィは毒を持つ魔物だ。だがその毒は弱く、少し体調が悪くなる程度でしかない。だがその巣はちがう。外敵から子を守るため、巣の外装にはトゲがあり、濃度の高い毒が付着されている。

 それを付けてきたのではないかと言うのだ。

 ベアはビィを襲う。ビィの攻撃など物ともせず、巣の中に蓄えられた蜜を食らう。そのためにビィの針が通らない体毛を持ち、ビィの毒が効かない体を持つ。

 だがグリフォンはちがう。ビィの毒など物ともしない体躯の持ち主だが、毒は効くのだ。ましてそれが濃縮されたものであれば十二分じゅうにぶんであろう。

 ゆえにグリフォンはウルフベアに負けた。今、班長が苦しんでいる毒と同じ物をくらって。

 すでに班長の意識はない。この毒がどのくらい危険なものかはよくわかっていない。ビィの巣の毒の危険度など聞いたこともないからだ。

 残った班員はどうするか、選択を迫られている。班長を背負い、このまま進み、出てきたベアと戦えるのか。それとも作戦に穴を開けることになるが、コルルナまで戻って解毒を頼むか、だ。

 ふと、一人が思い出したように言った。

「王子の護衛を任されてる班には解毒薬が配られてただろう。王子の毒を治療するために。あれをちょっと分けてもらおう」

 なるほど。王子は所持する悪魔のせいで、たまに毒が漏れ出す。この毒のせいで人が近寄らず、護衛の兵士にも解毒薬が配られているのだが、今回はそれが功を奏すことになりそうだ。

 相談の後、ハンスと村人が護衛班のところまで行って解毒薬をもらってくることになった。班長をつれていく案も出たが、その場合、護衛と輸送で兵士から人員を2人裂かなければいけないだろうとなり、それではここの守りが維持しかねるという判断だった。

 仲間が笛で他の班に停止の合図を送る。その間にハンスは村人の案内の下、王子のいる方向へ足早に向かった。


 ハンスが王子のところにやってきた時、王子の護衛班は混乱していた。毒となった兵士や解毒薬をもらいにくる兵士がひっきりなしにやってくるのだ。

 解毒薬の在庫は尽きていた。護衛が自分のみを守るための最後の一本を残して、ほぼすべてを兵士の治療に使ってしまったのだ。

 見回すと、まだ治療をしてもらえず、敷物の上に横たわらせられている兵士が数人いる。見ればその症状は班長のものと同じだった。

 ウルフベアは複数体、いや、最悪すべてのウルフベアが毒を用いてこの森に潜んでいるのだ。

 あわただしく走る者、持っている兵士に迫り頼み込む者。ここはまるで戦場のような有様だった。

「解毒薬は・・・手に入らん」

 ハンスはそうつぶやいた。たとえ護衛の持つ、最後の一本をもらえたとしても、この後に同じように毒に掛かった者達がやってくれば同じこと。根本を解決しなければ今度は別の仲間が毒になり、作戦の足が止まり少しずつ戦力が減らされてゆく。そしてこの場には助けを求めに来た人が集まり、解決できぬまま混迷をきたし、作戦は頓挫とんざする。

 このままでは、自分達はウルフベアに負ける。

 また一人、また一人と少しずつ集まりやってくる兵士達を見て、それは遠からず訪れる事実なのだとわかってしまった。


「こいつは・・・術士様に頼んでみるしかねえかな」

 横にいた男がそう言った。

 ハンスはそれを聞いていた。その男――いや、自分とずっといっしょにいた、その村人は、今何と言った?。

「何・・・だって?」

「いや、だから術士様。冒険者だって言うから、オレが棍棒持たせてどんなもんかと見てた娘がいるんだが、実は武器を振るより術を使うのが本業だったってオチでな。なのに薪みたいな細腕でベアを倒したってことだから、この兵隊さんの作戦にも役にたつんじゃないかと思って声掛けて連れてきたんだが・・・どの班にいたっけかなぁ」

「い、いるのか・・・?、この毒、治せるやつがいるのか・・・!?」

 ハンスはそう言って村人につかみかかる。

「ちょっと、痛いって。いや、毒治せるかはわかんないけど、ベアにやられて死にそうだった村の子の治療をしたってことだから、毒くらい治せるんじゃないかなぁ」

「どこだ!い、急いで連れてこないと!」

 ハンスははやる気持ちに辺りをキョロキョロと見回す。班の割り振りを決めた人間、もしくはそういう村人を見た兵士でもいい、声を掛ければ誰か知っているだろう。

 この村人を連れ、それをしようとした矢先、ふわりと、やさしい風が流れたのを感じた。


「おっと、来たじゃねえか。これでたぶん何とかなるぞ」

 ポカンと口を開け走り出そうとしたまま、その場所に突っ立って呆然としているハンスにとって、それは金と緑に包まれた妖精のように見えた。






「だまされた・・・」

 ティアリアリスは第1小隊15班の後ろを歩きながら、そう呟いた。

「だまされた・・・」

 再びそう呟く。

 今朝、むりやりに兵隊達の討伐に参加させられたのだ。


 朝の野菜屋はとても迅速だった。こちらの睡眠中に押しかけ、頭の回らぬまま、冒険者が必要だと持ち上げられ、良くわからぬうちに兵隊達のところまで連れてこられ、出発の準備をしている兵隊達を見つつ、眠気でボーッとしてる間に野菜屋が私の分の契約もまとめていた。

 いいからいいから、大丈夫だから報酬でるから昼飯もでるから、という言葉で言いくるめられ、担当班の兵士達に顔合わせさせられたあたりでおかしいことに気がついた。

 行動を共にする第1小隊15班の兵士達はみな、いい人達なのだが、挨拶の中にいくつか、案内をよろしくというワードが混ざっているのだ。

 なるほど道案内。――それは、この辺りの地理地形にくわしいであろう、土地の住人達に頼むというのが、本来の依頼なのだろう。

 そう、本来ならば。

 なぜそれを私にやらせようと思ったのか。これは彼らと、私に対する明らかな詐欺である。悪意なくしてはありえぬことだ。

 私はおそらく顔を青くしながら、彼らにそのことを打ち明けた。当然だろう。案内役としてきた人間が、案内などできないのだ。そんな人間を頼りにして、もし彼らに危険が及ぶようなことがあったら大事おおごとである。

 というのに、なぜか許された。

 むしろ歓迎された。

 一応くだんの森までの行きかたはわかっていたので、そう伝えるとそれで十分だと言う。いや、案内が必要なのは森の中でのことだろう。

 そう言ったのだが、なぜか全力で守って見せると主張される事態になった。もう好きにすればいい。

 とりあえず目的の村まで行ったら野菜屋に文句を言おう。そして兵士の契約をまとめる人に謝り、契約を破棄してもらおう。代わりになる人材はその村の人の中から選べばいい。それがいい。

 ひとまずは次の村まで、兵隊達の後を申し訳ない気持ちでで着いて行くことに決めた。


 そして現在、木のうろに隠れていたウルフベアと兵士達が戦っている。午前中と合わせ、これで2体目だ。

 兵士たちの連携は実に安定していた。2メートルはあるだろう、ベアの巨体から繰り出される爪の攻撃が、縦長の大きなシールドの最下部を地面に固定することで後退することなく跳ね返している。そして盾を持つ兵士、ロージェルの後ろから、槍を持った兵士、ブラーズがベアの関節部分を狙って槍を突き刺している。

 もう一組の盾と槍の兵士2人が洞の反対側に待機しているのだが、出番はなさそうだ。

 いや、勝ち目がないことを悟ったウルフベアは洞の中で器用に反転し、逆側の出口にいた兵士にその巨体を叩きつけた。

 だが無理をしたのだろう。ベアは、膝を突いたまま、這いながら爪を振るっていたが、槍の兵士、ニルスの一撃に倒されることとなった。

 ウルフベアが確かに動かなくなったのを確認し、そのことを笛で他の班に知らせた後、ようやく一息つくことができた。

「いやぁ、はじめいきなり出てきた時にはどうなることかと思ったけど、余裕があったな」

「そうだな。我々の連携に手も足も出なかったな。むしろ穴に逃げ込んだせいで、腕が振り上げられず窮屈で可愛そうに思ったよ」

「ティアさん、おけがはありませんか?あと疲れたなら言ってください。自分、背負いますので」

「あっ、てめぇ」

 断っておいた。彼らは実に和気藹々あいあいとしている。

「ほらーお前ら行くぞー。今度は隠れられそうな場所にも気をつけろよー」

 今の戦いでほとんど出番のなかった班長のブルゴーが、周りの木立を剣で整えながらそう言った。

 腰を下ろしていた兵士も、班長の言葉に二つ返事で立ち上がる。

 その時、その兵士の手の甲が赤くなっているのに気がついた。

「待ってください、怪我をされています」

 私がそう声をかけると、盾を持った兵士のアーロイが右手の甲をを見て傷の程度を確認する。

「いてて、突撃くらった時に奴の爪に引っかかれたかなぁ。でもこれくらいはかすり傷なんで平気ですよ」

 そう断り、隊列を組もうとするのを、腕をつかんでとどめる。

「少しだけ時間をください。魔術で治療しますので」

 私がそう言うと、アーロイは驚いた顔をしてザッと後ずさりした。

「なななななななおしてくれるんですか!?」

 まるで私が治療するのがありえないといった様な驚きっぷりだった。

 すると他の兵士が彼の首に腕を回し、押さえつける。

「ティアさん、心配しなくとも大丈夫です。こいつは班でも血の気が多すぎてポカやらかしまくるんで、むしろ血を減らさないといけないんですよ」

「まって。まって。今傷探すからまって」「ハゲは治りますか?」「おおお、お願いします。治してください!治してください!」

「ええと・・・では彼を治療したあと、他の方も見ますから、その、順番にお願いします」

 勢いの激しい彼らにそうお願いして、かすり傷だと言った兵士の手を取った。

 手袋が裂け、2cmくらいの浅い傷がある。しかし手袋の間から見える肌が、どうもおかしいように見えた。

「手袋取ってもらっていいですか?」

 ハイッといい声で返事をし、アーロイが手袋を脱ぐ。

 傷口の周りがうっすらと紫色に変色ていた。

「おい、お前毒くらってんじゃねえか?」

「やばい、何だこれ、毒なのか?紫だっ」

 兵士達は慌てだす。それは青あざでもなく、皮膚系の病気の色とも違う、もう少し鮮やかな紫だった。

「これは・・・毒なのですか?」

 私がそう聞くと、はじめに毒だと言った兵士ロージェルがそうだと答える。

「毒は、回復魔術で治せるものなのですか?」

「いや、確かオレが昔見てもらった魔術師は、回復魔術とは別の魔術を使っていましたよ」

 なんて言ったかなぁ、と記憶を探ってくれている。

 他の兵士が、毒なら王子のところに解毒薬があるだろうと言い、取りに行くからと待機しているように言われた。

 しかし、その間にアーロイの手の色が、少しずつ濃くなってきたような気がする。

 まずい、これはいけない。

 私は彼の手に顔を近づけ、傷口をくわえ込む。傷口から毒を吸出し、ペッと地面に吐き捨てる。

 それを何度か繰り返し、清潔な布を持ってきていた水筒の水でひたし、傷口をきれいに拭く。ついでに自分の口もゆすいでおく。

「たしか・・・心臓より下にして上腕部を縛って・・・うん。あとは落ち着きましょう」

 安静にすることで血流を遅らせ、全身に毒がまわるのを抑える。ただ、これも、患部より上の部分を縛るのも、治療までの時間稼ぎでしかない。

「あの・・・落ち着くとはどうすれば・・・」

 私が手を握っている彼が、落ち着きなくそう質問してくる。

「腰を下ろして、そう、そして深呼吸しましょう。血の流れがゆっくりなるイメージで・・・息を吸って、吐いて。吸って、吐いて。そう、そんな感じですね」

 私と同じように深呼吸する彼に、まわりからこいつにゃ無理だろうと野次が飛ぶ。確かに、アーロイは顔が赤く、効果は少なそうに見える。しかし良く見ると彼の顔には汗が出ているのがわかった。

 おそらく毒が回ってきたのだろう。そして同じように、私の体も少し重く感じる。少量だが摂取してしまったらしい。

 私も目をつむって深呼吸をし、心を落ち着ける。そして自身の体の具合を確認する。脈拍、手足のシビレ、意識の混濁、発熱

 ――いや、消えてゆく。

 自分の体を蝕んでいた毒が、きれいに消えてなくなっていく。


 そうか、以前の私の体には、抗毒機能があったっけ。体内に入り込んだ毒の血清を作り出し、その効果を無害なものへと換える。

 ということは、血清のある私の血液を輸血できれば早いのだが、そもそもこの世界に血液型があるのだろうか。そして私の血液型も、元のままなのだろうか。

 時間と機材があるのなら血液型を調べたり、抗体を抽出したりできるのだが、今そんなことを言ってもしかたない。

「そういえば先ほど解毒薬があると言ってましたが、その解毒薬というのはどんな毒にも効くものなんですか?」

「ん?、そうですね。進行の遅いものならそれでなんとかなりますよ。早い毒にはほとんど効きませんが」

 驚きの万能薬だった。

 魔術といい、解毒薬といい、この世界は元の世界より生存手段の効果が高いように思える。・・・・・・ただそれは、それだけ危険が身近なものだからかもしれないのだが。

「そう、思い出した!毒を治す魔術!この者の体より毒よ退け・・・だったはず!。でも方陣の書き方とかはまったくわかんないからなぁ・・・方陣が一個だったのは覚えてるんだが」

「方陣・・・?」

 もしかすると、回復魔術を行なったときに現われた、不思議な輪のことだろうか。

 あの時も私は言葉をなぞっただけで、傷を回復する効果が出てきたのだ。方陣の書き方とやらはわからないが、今回も同じようにやってみることにした。


「我求む、この者の体より、毒(ベノム)よ退け」

 何も効果が無かった。

 少し考え、ちょっと変えてみる


「我求む、この者の体より、毒(ポイズン)よ退け」


 今度は私の手の周りに一つの輪、まるで何かの文字列をつづったような円輪ができそうになるが、線と線がつながりきる前に煩雑な動きをし、消えてしまう。

 なるほど。ひとまずこの世界の毒は生物から受けたものも食べ物から摂取したものも、この世界における”ポイズン”の単語で一まとまりなのだろう。

 そしてもっと、単純な――


「この者の体より、毒よ退け」


 すると私の手の周りを、きれいな輪ができ、緑色に光り出した。

 そのまま毒に侵されつつあるアーロイの傷口にかざす。すると傷口から小さなシャボン玉のようなものがプツプツと現われ、浮かんで消えていった。

 私はしばらく、そのシャボン玉が現われなくなるまで待ってから、手を傷口から離した。

「その・・・どうでしょうか?」

 私はアーロイに聞いた。見た感じだと、毒による体調の不良はなくなったように思う。

 アーロイは目を丸くしたまま、自分の手を開いたり握ったりしている。不意に立ち上がり、その場で軽く跳躍した。

「なっ、治りました。びっくりするくらい元気になりました!さっきまで右手がしびれて力が入らなかったのに、ほら!」

 そう言ってアーロイは盾を持ち、上下にゆさぶってみせた。

 私を囲んでいたほかの兵士からも感嘆の声が上がる。

「治って良かったです。でもまだ治ったばかりなので、激しい運動はしないでください」

「はいっ。ゆっくりですね!こう、ゆっくりー」

「ふふっ、そうですね。あ、傷口も治しますので、また手を見せてください」

 そう、お願いして回復魔術を掛ける。問題なく傷口がふさがった。前回は治るところは見ていなかったが、まるで時間が巻き戻るかのように傷が小さくなっていくのが見て取れた。魔法陣の大きさは傷が小さいからか、前回のと比べると一回り小さかった。

 しかし、良かった。本当に。

 いったいどうしてこんな便利なことができるのか、くわしいことはわからないが、もうひたすらに便利だ。便利だー。

 なぜかうれしくなり、ニコニコしながら他の兵士の診察もしてみる。

 約一名の人の悩みは解決できなかったが、他の兵士は怪我もなく、健康体だった。

「解毒薬をもらいに行ったやつはまだ戻ってこないな。しばらくはここで待機してるしかないな」という班長の声で、見張り役を決め、みんな思い思いに腰を下ろし休憩する。

「そういえば毒はどこから受けたんだ?」

 と、さっきまで毒で苦しんでいたアーロイが声を上げた。

 そう言われればそうだ。私はあまり深く考えずに、ウルフベアには毒を持った個体もいるのだな、くらいにしか思っていなかったが、あたりを探し始めた彼らの話を聞くに、どうやらそうではないようだ。

 ウルフベアに毒は無い。だが、死んだウルフベアの爪を確認した兵士、ロージェルは言った。

「こいつ・・・爪に毒を塗ってやがった」

 彼の持ち上げたベアの手の先には、うっすらと青い液体のようなものが付着していた。

「どういうことだ?たまたま付着したのか?」

「いや、隠れていたことといい、毒といい、まるで暗殺者みたいじゃないか。片方だけならそういうこともあるんだな、と思うが、両方ってなると偶然じゃないかもしれないぞ」

 ロージェルの言葉に、場の空気が緊張を帯びる。

「それにもし、こんなのが一体だけじゃなかったら・・・・・・」

 みんなが班長であるブルゴーを仰ぎ見る。

「いやいや、もしもだろう?、そんな仮の話をされてもなー。・・・・・・アーロイ、体調はどうだ?」「え?げ、元気です」

 ブルゴーは一つ頷いた後、そうか、と二つ頷く。

「なら、もしもの場合は他の班と直接落ち合わなきゃいかんかもしれない。隊長にも誰か伝令で行ってもらうかもしれないから、その時はよろしく頼むわ」

 班長のゆるい口調に、みんなの緊張が少し軽くなった。私はこの班はいい班だな、と思った。

 そして間もなく、ガチャガチャという鎧を鳴らす音と供に、解毒薬を取りに行っていた兵士のブラーズが帰ってきた。

「おい、大変だ!王子の馬車の所、毒になったってやつらでいっぱいだぞ!」

 到着する早々、ブラーズはそう大声を上げた。

「すまんアーロイ、もう毒になったやつらに解毒薬は配られてて、もらえなかったんだ!・・・・・・でも元気そうでなによりだ?」

 ブラーズはアーロイを見て、ん?あれ?という顔をしている。

「班長、ベアのやつら、狙ってやってるみたいですね」

 ロージェルがそういうと、ブルゴーはそうだな、と答える。

「これはまずそうだな。・・・すいませんがティアさん、王子の方、頼んでいいですかね?」

 ブルゴーがそう言って私を見てくる。おそらくこうなる場合のことも、すでに考えていたのだろう。彼の言葉は私を伺うものではなく、承諾をもらうものだった。

 言わずもがなである。

 彼らを置いていく、ということを、どう切り出したものかと少し心苦しく思っていた。班長に言ってもらえて助かってしまった。

 私は毒を治療できる。そして毒に苦しんでいる人が何人もいるというのであれば、行くのは当然だ。

「はい。ありがとうございます。・・・・・・すいません、みなさん。私、行ってきます。できるだけ、ベアの爪には気をつけて。でももし引っかかれてしまったら、王子がいるという場所に来てください」

「はい。必ず」

 事情を知らないブラーズを置いて、みんなから他のやつらを頼む、と心を託された。

 王子の馬車の所までの護衛として、アーロイが私を先導することになった。

「よし、じゃあまだ元気なお前達、他の班への伝令に走ってもらうぞ。病人も怪我人も王子の所に集めるんだ。まず14班から向こうが―――」

 班長のしゃっきりとした声を背に、私とアーロイはブラーズのやってきた方向へと歩き出す。



 ――さぁ、ここからが私の戦場だ。






 聖天280年 春 イズワルド帝国南東のイルケ村周辺に総数52頭のウルフベアが出没、これをサフィロ=イズワルド=サリア王子が兵数300と供に討伐に向かうも、毒を用いる狡猾さに作戦遂行が困難になる。

 しかし作戦に同行していた娘により、状況を打開。ウルフベアを討伐しきり、イルケ村を開放する。


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