3 騎士団
ヴェルクリット=ハイドンは騎士である。
それも、第4騎士団の第1中隊を受け持つ中隊長である。
ハイドン家は古くからこの国に遣え、国土を守り、国民を守る。そのために剣を取った生粋の騎士の家系であった。
ヴィルクリット自身も幼いころからお人形よりも剣を。花で冠を作るよりも騎士兜に慣れよ、と教育されてきた。
25という若さと、女の身でありながら、中隊を任されることになったのは家名だけでなく、己の歩んできた鍛錬によるものだと自負している。
この身もいつか、王の側におつかえできることを、と望んできた。
だが違う。
今回の出兵はまさに望んだ展開の、その足がかりとなるものなのだ。が、
民の嘆願を知り、その憂いをおもんばかった第2王子が、増えすぎた魔物の討伐に自ら兵を伴い、やってきた。
そう伝聞するよう、件の王子から言われた。
そもそも側近を通さずに王子自ら出向いて言うことではない。
言う内容も困ったことだが、なんとこの王子、人望がなく側近がいない。
とても、稀な王子でいらっしゃる。
正直、この王子の横には誰もいないスペースがポッカリ開いており、ようこそウェルカムという状態なのだがそこに入ったが最後、もう上に昇る未来は終ついえることが明確である。
ちなみに現在の第2王子の王位継承権は3番目である。
第一王子 ユリシス=イズワルド=サリア
第一王女 ミーラ=イズワルド=サリア
第二王子 サフィロ=イズワルド=サリア
第二、第三王女 ルミエル=イズワルド=コルドライア と ラーナルーラ=イズワルド=コルドライア
サリア第一王妃の生んだ最後の御子は――― 一番の外れ種と言われている。
さて、そんな王子のきまぐれでこの私率いる第4騎士団第1中隊は魔物の異常発生が確認されたサウスラン領に兵を進めているのだが、本当に何を考えているのだろう。頭が痛い。
「隊長、いかがしました?大きなため息などついて」
そう言って私の馬に自分の馬を寄せてきたのは、副隊長のペリシュナである。
「この後本当に魔物退治をするのかと思うと、やりきれなくて溜め息がでるのです・・・」
そう言う私にペリシュナはまぁまぁ、と声をかけ、
「確かに冒険者に卸おろす仕事ですけど、いいじゃありませんか。ハズレ王子の人気取りは今に始まったことではありませんから、今回は隊長が貧乏くじを引かされたとみんな理解していますよ。こんなことで出世にはひびきませんって」
「ペリシュナぁ~、今の言葉、信じますからね。偽りだった時はいっしょに落ちてもらいますからね」
「ははは、ご冗談を・・・」
私より7つ年上の逞しい女騎士は、私と目をあわせないようにあさっての方向を向いていた。
彼女の言う通り、これは軍が出張るたぐいのものではない。冒険者ギルドを通して依頼を出し、討伐させるものだ。
確認された魔物はウルフベア20頭。確かにそこそこの強さではあるが、ランクB冒険者1集団か、ランクC冒険者3集団程度で処理できるレベルだ。
中隊300人でこなす仕事では決してないのだ。
ハァー・・・とまた一つ溜め息をつく。
「ああもうまたー。それより隊長、村が見えてきましたよ。あそこが嘆願のあったイルケから一番近い村です」
「了解。じゃあ先行を出して村に兵の駐留を伝えてきて」「了解でっす」
そう言ってぱっぱか馬を走らせてペリシュナは村へ駆けて行ってしまった。
彼女に行けと言ったわけではないのだが、まぁ本人は体を動かしているのが好きなタイプだから、この気の抜けた行軍にあきていたのだろう。
私達は彼女から遅れること10分ほどで、村の入口までたどりついた。
そこでしばらく待つとペリシュナが帰ってきて、滞在の了承をもってきた。
私は兵に宿泊拠点の設置としばらくの休憩を言い渡す。
そしてペリシュナを伴い、隊の中ごろにいる王子の馬車に向かう。
馬を降り、馬車の前に立つ。少なからず緊張してしまう。
「王子、ヴェルクリットです。コルルナにつきましたので、これから村に入ることになります。いいですね?」
少し後、いいぞーという返事が返ってくる。
「護衛には私以下8名がつきますからご安心を。宿を確保した後、村の長に面会の機会を与えることになると思いますので、そのつもりでお願いします」
すきにしてよーと声がする。
「では。行きます」
御者に合図して村の中へ。周りを8騎の騎兵が追随する。残りの兵士は村の外で待機と拠点作りである。
いつの間にあつまったのか、門の周りには多数の村人が集まっていた。
このあたりは戦事いくさごとに巻き込まれなかったあたりか。なら騎兵など、あまり見たこともないのだろう。物珍しさによってきたのだろう。私は視線を気にすることなく、胸を張って進む。
その時、後ろにいるペリシュナが話しかけてきた。
「隊長、この村、武装してますよ」
集まった何人かの村人の手には、木を削って尖らせただけの槍や、包丁を巻きつけただけの武器、斧や鉈など物騒なものが握られていた。
「あたしらに向けるつもりはないみたいですが、万が一があったらあたしらの仕事が増えますからね。一つ、どやしつけてやりますか?」
「たのむ」
私がそう言うと、ペリシュナは騎馬を前に出し、大きく息を吸ってここにいる者、みんなに聞こえる声で告げた。
「その手に持つ獲物はどういうことか!この村の者は我々に対して危害を与えるつもりか!我々は王都よりの騎士団であり、これに刃を向けるということは我ら騎士団相手に戦いをいどむことになるぞ!貴様らその覚悟はあるのか!」
ペリシュナがそう言うと、手に武器を持つ村人達が青い顔で狼狽し始める。そして幾人かが地面に武器を置き、他の者達にも同じようにするよう言いはじめる。見える範囲の者がすべての武器を置いたところで、数人の村人がやってきて私達の前で平伏した。
「も、申し訳ありません。そのようなつもりなどまったくありませんだ。た、ただこれは森に出るウルフベアぁ退治するためのものです。決して、決してあなた様方に向けたわけではないんです」
「はぁん、なるほどね。でもな、武器を携たずさえるってことはいらない厄介ごとを引き寄せることにもなるんだぞ。隊長どうしますか?」
ペリシュナが私を振り返る。いい性格をしているが仕方がない。許可を出したのは私なのだ。ともあれ、これでもし不届きなことを考える人間が混じっていても、多少は動きが取りにくくなるだろう。
「表を上げてくれ。我々はそのウルフベアを退治するために来たのだ。ゆえに、この村の人間が戦う必要はなくなったわけだ。今回のことは見逃すゆえ、早くその武器を持ち帰り、もう二度と私達の目に触れさせるな」
「そ、それは本当ですか。ベアを退治してくれるのですか」
村人達の間に安堵と喜びの声が広がってゆく。
「騎士様、ありがとうございます。ほれ、みんな武器をしまうんだ。あと、集会所のほうにも伝えとくれ」
そうして集まっていた村人は各々動き始める。
私は平伏していた村人に声をかけた。
「ところで、あなたがこの村の長か?」
「はい、自分がここの長をさせてもらっとります」
「そうか。挨拶もまだのところすまないが、先に宿の手配をお願いしたい。少し面倒な荷物があるのだ」
「は、はぁ。宿まで案内しますだ」
ティアリアリスはなぜか、棍棒を振っていた。
下半身に力をいれ、持ち上げてから武器の重さを利用して振り下ろす。
むりに腕の力だけで武器を振ろうとすると上半身が不安定になり、狙った場所に振り下ろせないのだ。
そうして振り下ろし、用意された的に叩きつける。ここでさらに押し込むのだそうだが、難しい。ぶつかった衝撃に驚いて体が逃げてしまうのだ。
始めはぶつかった衝撃で手から棍棒を取り落としてしまっていた。今は落すこともなくなったが、なかなかに扱いの難しい武器である。
というかこれ、
女子に持たせる武器じゃないだろう・・・・・・。
ここは集会場から道を挟んで斜め向かいにある空き地だ。元は畑だったようでかなりの広さがある。そこに等間隔にく藁束を巻きつけた木の丸太が生やされている。
今は20人くらいの人が集まり、獣と戦う訓練をしていた。アイネのように見学している人数を含めれば大分多くなる。
それらの人が、割とこちらを見てたりするので、さっきから微妙に居心地が悪い。
ナース服、目立つなぁ・・・。
村人の着る服よりも意匠や質感が段違いに良い。抗菌素材だし。
なのだが、服はこれしかないので今日中には新しい服を購入したい。
一人の乙女として、とても強くそう思った。
そんなことを思いながら、棍棒を振り下ろす。
「冒険者様、なかなかさまになってきたぞ」
さっきから横で指導してくれている野菜屋のおじさんがそう言ってくるが、信じることはないだろう。
なにせ、私が棍棒を取り落とすたびに爆笑していた。思春期かよ。
「そうですか?、もっと扱いやすいナイフや槍の方がいいと思うのですが」
「いやいや、なんだか刃物持たせると自分の体切っちまいそうで怖いんだわ。ベアも殴り倒したってゆう話だし、こっちのが性に合ってるかと思ってな」
「殴り倒してないです。殴ろうとして噛み付かれたんです」
「あー、何だっけ?喉の奥に何か貼り付けたんだっけな?。だったら今度はその棍棒突き込んでやんな。腕を突っ込むよりかはよっぽど安全だろ」
確かに。
いや、そもそも何かが間違っている気がする。
そう、根本のところ――私がここにいる理由からが、だ。
集会場でこの近隣を脅かしているウルフベアの討伐が検討され始め、そこにウルフベアを倒した冒険者としてアドバイスを求められた。
それが良くなかったのかもしれない。
こんな小娘一人に倒される程度の獣なら、自分達でもやれるのではないか?
そういうふうに考える人間も少なからずいただろう。
ほどなく集会所ではウルフベアを退治するという方向で話が進められていった。
そして冒険者であり一度退治した私は、いつの間にか討伐隊に参加することが決められていた。
そんな経緯で現在に至るのだが。
「そもそもこんな幅10cmもあるような棍棒を持たせることが間違いなのでは?」
「いやいやそれ小さめのサイズだからな。それより細かったらただの薪になっちまうわ」
そう笑う野菜屋を、疑いの目で見やる。棍棒としての使用目的上、木目の詰まった、密度の高い木材を選んでいるのではないかと疑っている。
思い起こすに、機械化の恩恵があるのか、私の筋力は同年代の女性の平均値より、圧倒的に勝まさっている。
鍛えずにそうなっているのは便利なのだが、それでも畑仕事だなんだと日々肉体を酷使している人に比れば、数段劣るのだ。
「ほら、あっちの材木屋の奥さんを見てみなよ。冒険者様の倍は太いやつをブン回してんぞ」
なんてことだ。
自分とは別の的を相手に、もっと太い棍棒を振るっている奥さんを見る。ズバンズバンと濁音を響かせていた。
「おぅ。鍛えれば冒険者様もあんなことできるようになるぞ」
奥さんの腕の太さは私の4倍くらいある。
・・・私、必要か?もう私必要なくないだろうか?いるとしてもゲームで言うところのヒーラーポジションでお願いします。
「流石にそれはちょっと・・・」
野菜屋が私の腕と奥さんの腕を見比べる。
「まぁな。冒険者様は冒険者っつーよりも深窓のご令嬢って感じだよな。こんなときでもなきゃ村の若けぇやつらがワイワイさわいでたと思うぞ」
そうだろうか。何か、今でも十分視線を集めている気がするが。
「ちあちゃんはねぇ、お姫さまみたいなのー」
ちょっと離れて見学していたアイネがそう言ってくる。
私はそれに笑顔で手を振って答える。
「ほんじゃ姫様、あと100回ほど振り下ろしてみましょうや」
「・・・正気ですか」
これは明日筋肉痛で大事な場面に武器が振るえなくなる予感がした。
「疲れたほうが効率いい筋肉の使い方わかると思うんで、最低でもそこまではいっといたほうがいいでしょうな」
うわぁ。
私は溜め息をついて的に向き直る。
「そこの娘、何してるんだ?」
そう後ろから声をかけられる。
振り返ると場違いな衣装の男の子がいた。
年の頃は12~14ほどか、髪はボサボサで猫背なのだが、まっ白なシャツの上に黒を基調とした短いマントを羽織り、ズボンの上にパレオの様なヒラヒラした黒い腰巻をつけている。
はっきり言って”寝起きの貴族様”という感じの少年だった。
「その服、看護服だろう?何で治癒魔術師が棍棒を振ってるんだよ。治癒魔術師が前衛するとか馬鹿なのか」
「あ・・・なたは、どなたですか?この村の人ではなさそうですが・・・」
「ふん、めんどくさいなぁ。サフィロ様って呼べよ。それよりお前、どうなんだよ?治癒魔術師なんだろ?」
サフィロ様は、そう私に聞いてくる。
「そうですけど、棍棒はしかたないんですよ。いざと言うときに身を守る武器がなくちゃベアと遭遇した時に危険じゃないですか」
私がそう弁解すると、サフィロ様はふふん、と鼻を鳴らして否定してきた。
「これだから戦闘訓練も受けてないアホ庶民はなー。役割を分けろよ。武器を持った奴が外、魔術師は中。チーム組んでしっかり守られなきゃいけないんだよ、魔術師は。それが一番チームのためになるんだぞ。治癒魔術師が大怪我でもしてみろよ。自分が足手まといになるだけじゃない、それ以後に出た怪我人はすべてほったらかしになるんだかんな。あんたが助けられた仲間を殺すことになるんだ」
まったくその通りだった。
医療関係者の二次被害などもっての他である。ただ、私はこの世界で何ができ、何ができないのかわかっていない。治癒魔術とやらが、どの程度約に立つものなのかわからないのだ。
魔術があてにならなかった場合の、他の選択肢を用意しておきたかった。
そして今回のウルフベアを倒した後、冒険者となってやっていくとしたら、何かしらの武器は扱える方が良いと思ったのだ。
が、まぁ確かにそれは早計だったかもしれない。
ウルフベアの退治のことだけ考えるならば、彼の言う通り前に出るような武器を持ってはいけなかった。
「うぐぐ」
私はそう、呻くことしかできなかった。
「まぁ、いいじゃねえかサフィロ?様。冒険者様だって村のために何かしたいって武器取ってくれたんだ。いざってときに武器も振れない魔術師よりは、武器を振れる魔術師のが生き残るってもんだぜ」
そう野菜屋がフォローしてくれる。そしてそっと私に魔術師だったのか?と聞いてくる。
そういえば・・・何があったのかアイネが村人に話すばかりでその時アイゴは親に怒られていたような。今日は風呂掃除だし、私が魔術を使ったのを見たのはアイゴだけだった。
”ウルフベアを倒した冒険者”だけが村人にとって重要な情報だったのだ。
私はこそっと、野菜屋のおじさんにうなづき返す。
「チッ・・・・・・あっそ。僕にはどーでもいいし。どうせもうあんたらの出番はないし、好きにすればー」
「それはどうしてですか?」
「ウルフベアだろ?。僕が兵隊つれて退治しにきてやったからな。出番なんてもーないよ。無駄無駄」
ほら、と言ってサフィロ様は集会所の方を指差す。
どうやら数人の村人が駆け込んできたようだ。何かあったようで、集会所がバタバタとあわただしくなる。そのうちの一人がこの空き地にやってきてみんなに聞こえる声で言った。
「聞いてくれ!ウルフベアを退治すっために、王都から兵隊がきてくださったぞ!すんげぇ人数だ!。もうオレ達が戦わなくてもよくなったんだ!」
どうやらサフィロ様の言うことは本当らしい。
「・・・驚きました。本当だったんですね」
「そうだぞ。この僕が、サフィロ様が連れてきたんだからな。そこのところ、忘れるなよ」
主張の激しいサフィロ様だった。
しかし、彼のおかげか、村人達に笑顔が広がっていく。
よかった。私も棍棒を振り回すこともないのだ。
一応お礼だけでもしておくか、と王子を振り返ったとき、アイネが小さく咳をした。
コホン、と。
それを聞いたサフィロ様が顔色を曇らせる。
「おっと、そろそろ村長とやらが僕に会いに来る時間だったな!。ではさらばだ愚民共。この礼は僕の名を広めるだけでよいぞ!」
そう言い置いてササッと広場の方へ走ってゆく。その後ろ姿に、何か薄ぼんやりとした黒い臭気のようなモノが跡を引いているように見えるが・・・何だろうか。
アイネを見ると私の視線に気がついたのか、ニパっと笑顔を見せてくれる。
私も笑顔で返しつつ、野菜屋に尋ねる。
「国の兵隊さんって、こういうのも仕事なのですね」
「あー、いやぁ、どうなのかね?くわしくないからわからないが、ここじゃ始めてのことだな」
なんにせよ、ありがてえな、と呟いた。