2 コルルナ村
「ふえぇ?」
私の背中から、そんな声が聞こえた。
今、私達は少年の案内の下、少年の村へ案内されていた。
意識の無い女の子――アイネを私が背負い、少年――アイネの兄、アルゴに導かれること40分ほど。
大分歩きやすい草原を移動している時だった。
私が立ち止まり後ろを確認すると、アルゴにも聞こえたらしく、私の横に回って妹の顔を覗き込む。
「アイネ!」
「あう~?おにぃちゃん?」
「よかった!アイネ、よかった!」
目を覚ましたアイネのまわりを飛び跳ねながら、アイゴがアイネのお尻を叩いている。
「おにぃちゃんいたい」「ほんともう!ほんともう!」
ものすごく心配したのだろう。やきもきしたのだろう。そしてうれしくて、感情が高ぶってしまうのだろう。
私もうれしい。良かった。助けられて良かった。
私は肩越しにアイネにあいさつをする。
「はじめましてアイネさん。私はティアリアリス。ちょうど旅をしていた冒険者です。あの森で、あなたとあなたのお兄さんを見つけ、保護したのですが・・・覚えていますか?」
するとアイネはおどろき、びっくりして背中から落ちそうになった。無理も無い。知らない人間におんぶされて、おどろかないはずもない。
わたわたするアイネに少し話をしましょう、と言って近くの木陰に移動し、ゆっくりとアイネをおろす。
まだ体が治りきっていないかもしれないので座らせたあと、もう一度自己紹介をする。
「私は冒険者をしていて、森の中を歩いていたらあなたたちが大きな動物に襲われているところでした。だから私がその動物を倒して、あなたをここまで連れてきたんです」
「おぼえてるー」
女の子はそう言った。
「えとねー、あいねねー、おにいちゃんとぐるちこのみをとりにいったの。そしたらね、べあがいてね、おにいちゃんがにげろって言ったのー。そしてねーあいねねー木にかくれてねー木になったの。でもべあがアイネのそばにいてねー、んーと、っと・・・」
アイネはそれ以上は思い出せないようだ。
どうやらその記憶が怖かったことと理解していないらしい。幼いゆえか、それとも絵本などで”べあ”が人に理解ある動物と描かれ、近づいても平気だと思ってしまっているのか。
私は言わなくてはならないと思った。しからないといけない。
危険に近づかせないこと。やらせないこと。
私はアイネの両腕をつかんで言った。
「アイネちゃん、森はあぶないんだから、子供だけで近づいちゃだめです!あなたはもうちょっとで死んでしまうところだったんですよ!あなたも!おにいちゃんも!べあに殺されて、二度とお父さんお母さんにあえなくなるところだったんです!おとうさんもおかあさんも、あなたに会えなくなって、すごく悲しませるところだったんです!」
そしてその言葉は、幼いアイネにゆっくりとしみ込んでゆく。
「あいね、わるいことしたの・・・?」
「そうです。アイネちゃんとおにいちゃんはしてはいけないことをしたのです」
アイネはアイゴに顔を向ける。
アイネの視線を受け、アイゴは大きく頷いた。
「ごめん、アイネ。ごめん、森に入っちゃダメだって、とうちゃんに言われてたのに、ごめんな・・・」
そう言うアイゴの目からは涙が零れ落ちていた。
私はアイネが目を覚ますまでの間、彼からいろいろと事情を聞いていた。そしてその時、同じようにアイゴを叱った。
二人の両親は村で料理屋をしていた。しかし最近料理に使う果実が入荷できないと言っていたそうだ。果実は森に生っている。狩猟団に参加したことのあるアイゴはその果実の生る木の場所を知っていた。
そして二人は両親のため、二人で森に入ったのだという。
ゆっくりと、いけないこと、怖かったことを、アイネに教えてゆく。
そしてなにより、助かったことを、助かってよかったことを、私は彼女に伝える。
私はまだ理解しきらず、ぽかんとした表情のアイネと、その横でアイネちゃんの手を握っているアイゴを抱きしめた。
「でも良かった。助かって良かった。助けられて良かった。アイネちゃんが無事で良かった。二人が無事で、本当に良かった・・・!」
本当に間に合って良かった!
あの瞬間、獣の目の前に二人がいて、獣が最後の一薙ぎをするその前に、居合わせられて。大声に振り返ってくれて、私を警戒してくれて、本当に良かった。
二人を、強く強く抱きしめる。
二人は泣いていた。大きな声をあげて。私も泣いた。何かはわからない、もしかすると”神”と呼ばれるものかもしれない、そんな存在に、
私をその瞬間に送り届けたことを、感謝した。
日は傾きかけ、空の色は薄オレンジになり始めていた。
私達はひとしきり泣いた後、再び村へと歩き始めていた。
アイネちゃんを真ん中に、右に私、左におにいちゃん。3人手をつないで。
道すがら、いろいろと話を聞いた。
この国の国名、町名、村の名前、山の名前、川の名前、知っている国の名前、国王の名前、偉い人の名前。
答えられないものも多かったが、やはり私の知らない物ばかりだった。
そして医者のことを聞いた。
「いしゃってなに?聞いたことないよ。小さい傷なら道端に生えてるシソを揉んで汁つけとけば治るぞ」
医学は死んだらしい。
「そういえば、変な質問ですが、もしかしてこの世界の人々は、傷ついても一時間くらいですべて治ってしまったりしますか?」
「ねえちゃん、術使ってたじゃんか。術使えばすぐに治るよ」
「いえ、そうではなくてですね、術を使わないでも治りますか?」
アイゴにちょっと何言ってるんだろうこの人、という顔をされた。
いやだってしかたない。治ってたんだし。
べあ――ウルフベアと言うらしいあの獣に傷つけられた私の右腕も、腹部も、いつの間にか治っていたのだから。
「治るわけねーじゃん」
「なーいじゃーん」
アイネが言葉を繰り返す。
なるほど。ならばそれはこちらの世界のモノではなく、あちらの世界のモノなのだろう。
思い至る技術がある。
身体の再生能力。超再生、と呼ばれる研究技術の産物だ。
ヒトデやナマコに見られる、体の一部を失っても、それを再生してのける能力。
その分、相応のエネルギーを消費するが、こと、余剰エネルギーということであれば女性の体は保存場所が多いのだ。
確かにお腹がすいている。あと胸もちっちゃくなった気がする。
おそらくそのはずである。
・・・・・・
ひとまず置いておこう。
私は再生能力がある。自然治癒ではない。短時間で肉体を再生する能力。
もしかすると初めて目を覚ました場所、ひざ下くらいまで草で覆われていたあの場所。その草を分け、私の倒れていた場所を良く探せば、私の手足になっていた機械のパーツが発見できたかもしれない。
こちらの世界に移動したとき、別物と換えられた機械のパーツは、私の体から異物としてはじきとばされたのではないか。
機械になっていた体の部位が、新たに再生し、いらなくなったパーツがそのあたりに転がっていたのではないか。
そう思ったのだが、よくよく考えると違うかもしれない。体内にも機械化した部分はあったのだ。腎臓が4個とかになっていれば流石にわかる。
となると、どうやら機械のパーツは生身のパーツに置き換わったのか。そして置き換わるさい、以前の機能をそのまま受け継いだ可能性がある。
これはウルフベアに噛まれたときのことだ。私の右腕は骨まで達するほどの損傷を受けた。だが痛みを感じず、あまつさえ、その後ウルフベアの口につっこむまで、ナノシートをつかんだままだった。
まるで機械だったころのように、すばらしく仕事をこなす腕だ。
しかしそうなると、”魔術”は何に当たるのだろうか?。医療行為全般が魔術に置き換わったのだろうか。
魔術でどこまでの怪我、病気を治せるのか、できるだけ早いうちに知っておかねばならない。
今回のアイネの治療に照らし合わせてみれば、あちらでダナン肺と呼ばれていた病気がある。ベトナム戦争時、ダナン市で多く報告されたのでこう呼ばれた病気だ。
重傷患者を外科的手術で治療し、一命を取り留めたように見えた。が、しばらく後に肺炎のような症状を起こし、死亡してしまう。
これは 傷を負う ことと 外科的手術 という2度の刺激によって、体が過剰に防衛反応を起こしたことで発症する病気である。
”魔術”が外科的手術にあたるのかどうか不明だが、今後、魔術で治療を行なうのであれば、そういったことも知らねばならない。
魔術書を探すか、もしくは魔術を使える人に教えを請うのがいいかもしれないな、と思った。
そんなことをつらつら考えながら歩いていると、丘の向こうに集落がみえてくる。
外周を木と石を積み上げ、2メートルほどの壁が囲んでいる。
二人の言う”村”という感じから、もう少し小さい集落かと思っていたが大分大きそうだ。
「みえたよ~」と言うアイネにひっぱられつつ、入口となる外壁の切れ間、木製の大きな門が開け放されている所へと進んで行く。
私達が門をくぐり、集落へと足を踏み入れると、通りの先に人が固まっているのが見えた。
そのうちの一人がこちらに気が付き、子供達の名を呼んだ。すると他の人々も顔をあげ、次々に二人の名前を呼び出す。そして人垣をかき分けて男性と女性が抜け出し、二人の下へ駆け寄ってきた。
「アイゴ!アイネ!二人とも良かった!」
「か、かあちゃん、とうちゃん」
そうして二人は家族の下にもどったのだった。
「ふぅ~・・・」
熱いお湯は良い。全身の毛細血管が広がり、血が細部までいきわたる。
あー ふやけるー
私は今、二人の子の親がやっている宿の温泉に入っている。
二人からは料理屋と聞いていたが、村ではほとんど宿としての客は訪れず、基本的に村人相手の料理屋としてやっていたそうだ。
もったいない。
それともこんな温泉風呂が、各家庭に備わっているのだろうか。
この世界ではありえるかもしれない。
この世界に拠点を作るなら、私も温泉風呂を作ってもらおう。
そんなことを思いつつ、自分の柔肌をなぜる。きもちいい。機械の両手両足でも、それなりの感覚はあったが、やはり生身のそれとくらべると大分落ちる。
右腕を持ち上げる。
流れる水滴が、重力に従って肌の上をすべり落ちて行く。
怪我の痕などまったくない、きれいな腕だ。
腹部も同じように、15歳のぴちぴちした弾力を持ったきれいな肌だった。
私の体は、一切の手を加えられないまま健康的に育った、完璧な年相応の女の子の体をしていた。
まるであちらの世界での肉体改造などなかったかのようだ。
体のあちこちを確認し、私はそう結論付けた。
よし。
よしよしよし。
いや、私も女の子である。人のため、世界のためとなればこの身にメスを入れることもやぶさかではない。が、女の子であるのだから、気にならないわけでもないのだ。
心の端っこに追いやったわだかまりが、まさかの展開と供に解消された。
とても喜ばしいことだ。
あとはここの食事がおいしく、胸の減った栄養を補ってくれることを祈るばかりである。
この宿のご主人の厚意により、食事は無料である。
宿泊も何日でもどうぞ、と言われている。
二人を救ったお礼だから、と。
二人を抱きしめ、しかりつけて、無事を喜び合った後、二人から森であったことを聞いたのだ。
子の両親からはとても感謝され、周りの村人からはほめそやされ、照れた私は冒険者ですから当然の行ないですよ、と謙遜しておいた。
そういうことで、私は冒険者となった。
冒険者とはなんぞや
何をすればいいのかもわからない。ただ、その語感から、少し嫌な予感がしている。荒事に積極的に巻き込まれそうな感じだ。
ただその身分は、この世界に根を持たない私にとって、とても身動きのとりやすい物に思えた。
私がそうしてメッキだらけの身分を得て、どうするのかと言えばやることは決まっている。まずみんなを探す。そして元の世界にもどる方法を探す。いや、みんなこの世界にいるのならば戻る必要はないかもしれない。すでにあの世界は終わっているのだ。
どうするかはみんなを見つけてから考えよう。ひとまずは探す。
それと平行してこの世界を知る必要がある。
それは人を探すのにも必要なことである。
あちらで組織に属していていた私は、人海戦術の有用性を知っている。数うちゃ当たるとも言うが。
人探しを行なうための資金と人員を確保するためにも、この世界に慣れなくてはいけないだろう。
前途は多難であるっぽい。
まぁ、なんとかなるだろう。こうして屋根と食事を確保できたのだ。
しばらくはこの村を拠点にしていこう、と湯だった頭で考えた。
ふと、奥からカラララ、という音がした。
何だろうと思い、そちらに意識を傾けると、しばらくして ちぃあーちゃーん という声と供に、小さな人影がトテトテ走ってきた。
そしてそのまま私の浸っている温泉の中へとびこんだ。
「わぶ」
「あのねあのねーあいねねー、あしたちあちゃんをあんないしてあげるー」
こちらを頭からお湯びたしにしたことなどお構いなしに、アイネはそう言った。
・・・この世界のフロナマーはどうなっているのだろうか。
まぁいいか。
「ええと、アイネちゃん、案内とは、村を案内してくれるんですか?」
「そうだよー」
なるほど。
まぁ村の外に出ないのならば安心だろう。少し案内役としては幼すぎることが不安ではあるが、ありがたい。
「それはすごく助かります。ぜひお願いします」
「はぁい」
そういってアイネは明日、どこをまわるのか、村の人々の紹介などを始めたのだった。
私は人生で初めて湯あたりした。
夕食は微妙だった。おそらく塩が手に入りにくいのだろう。
寝床は普通だった。フトンではなくベッドだったが。フトンでなくて良かった、あれは眠れない。
朝食も微妙だった。いくつかのデザートはおいしかったが、見たことのないフルーツだった。
いや、むしろ食事におどろいた。こちらは大分見たことのあるものが多かったのだ。
細部の味付けや食材の違いはあるが、ハンバーグらしきもの、ポテトサラダらしきもの、オニオンスープらしきもの、レタス、トマト、ハチミツ牛乳らしきもの、焼き魚、きゅうりらしきもの、なんかのスープ。
十分に食べられるものばかりだった。あともう少し塩味と、それに伴う下ごしらえをしてもらえれば、と願わなくはない。
まぁ、そんな食事ではあるが、あまり味わっていることはできなかった。
昨日の約束をはたすべく、朝からアイネがまだかまだかと私の周りをうろうろしているのだ。
ちなみにアイゴは付いてこないらしい。昨日の罰として風呂掃除を言いつけられてしまったそうだ。
食事もそこそこに、私はアイネに手を引かれ村通りへとくりだす。
木と石を積み上げた、前の世界で言うならばヨーロッパ風の家が立ち並ぶ。
その一番の通りに出る。左右には看板の出ている家や、軒先を作り、そこに商品を並べているところもある。ただまぁ、あまり盛況と言うわけでもない。
アイネは顔見知りばかりなのか、暇そうに売り子をしているおじさんおばさんに元気良くあいさつをしている。
そしていっしょにいる私に気がつくと、昨日の武勇伝の話題になる。
「あんたのおかげで村の一番の元気がなくなんなかったんだからよぉ、もうあんたにはどんだけ礼を言っても言いきれなあよ。ほれ、これ持ってけ。いいのは売れちまったけど、まだ朝取れたばっかで新鮮だからよ!」
そしてキャベツらしきものをもらった。
次の店では生肉を葉に包んで持たされた。
果物らしきものをもらったときは、アイネといっしょに食べたが、どんどんと所持品が増えてゆく。
「・・・アイネちゃん、少し別のところへいきましょう。お店を回るのは他を回ったあとでいいと思うのです」
このままでは移動に支障がでそうなので、できれば店周りからのがれようという魂胆だった。
「そうかな、みんなちあちゃんが来るとよろこんでくれるのに?」
「・・・あの一番大きな建物は何ですか?私気になるのです。あそこに行ってみたいなー」
「うーん、しかたないなぁ」
幼女を言いくるめてしまった。
ふと、店の並びを見て気がつくことがあった。いくつか閉まっている店屋、店員のいない店がある。
そのことに疑問を感じつつ、大きな建物へと案内されるのだった。
そこは集会所だった。
どうも何かやっているらしく、朝から人が集まっていた。
アイネは興味を引かれたのか、走って行き、中を覗き込んだ。
私も同じように覗いてみることにする。
「やはり西の村から食べ物が届かんのは、ウルフベアのせいではなかろーかね。前の商人の言ってたことは本当だったんだ」
「そうだな。人がこなくなるってほどじゃ。わし等が思っとるよりベアは多いのかもしれんな」
「商人も10匹くらいに追いかけられたゆうとるし、夜は西門を閉めて東門にも見張りぃ立たせんといかんだろな」
「それですめばいいがな。ウルフベアは人も襲うんじゃ。森のあたり狩りつくしたら、今度は村までくるかもしれん」
お取り込み中らしい。
難しい顔をした村人達が、2,30人ほど意見を言い合っている。
私は小声でアイネに、みんなの邪魔してはいけないので、別のところへ行こうと提案する。
私を見上げたアイネがうなずき、私達はそこを離れる。
「あれ?アイネと冒険者様じゃないですか。二人も呼ばれたんかい?」
離れようとしたのとは逆方向、通りの方からそう声を掛けられた。
ちょうど今集会所に来たらしいその男性は、先ほど私にキャベツらしきものを渡してくれた人だった。
「いやぁ、生ものは早いうちにさばかんといかんからよ。そんで集会の時間に遅れちまったんですわ」
いくつかの店が閉まってたのはここに集まっていたからか。
「いえ、村を案内してもらってただけなので、これで・・・」
「ほーん、今どんなこと話あっとるんかね」
そう言って野菜売りの男は私の横から集会所の中をひょいと覗き込んだ。
中ではウルフベアを倒すために、有志で自警団を作るかどうかの話し合いがなされていた。
「ちょうどいいじゃないですか。冒険者様も何か意見言ってけばいいよ。・・・おーい!」
「わ、ちょっと、大声は・・・・・・」
そう止めようとするも時遅く。集会所の人たちがこちらを振り向いて、私達に気がついてしまった。
「冒険者さん!」「おお、ちょうどいいところに!」「あら、これは助かるねぇ」「おぅ冒険者様!入りねぇ入りねぇ!」
そう言って私達を明るく迎え入れたのだ。