8 ツェツィア 初めての休日
ツェツィアはドキドキしていた。
学園校門前、いくつも並べられた花壇のところに、あまり目立たないように立っている。
今日は休日だからか、町へ買い物に行く生徒たちが通り過ぎていく。校門の外には伝書バトで呼びつけられた馬車が何台も並んでいる。貴族であれば自分の家の馬車を持つ者も多いし、なくても町にはその日限りの契約で金銭で雇える馬車引きもいるのだ。
女学園から町の中心部まで、10区画は離れているから、そういった馬車を数人でお金を出し合って頼むのが、貴族ではない一般生徒の休日の楽しみ方だった。
今日はどうなのだろう。
ツェツィアはティアリアリス達、昼食をいっしょに食べているメンバーと、町へ遊びに行く約束をしていた。
こんなことは学園に入ってはじめての経験である。
休日明けの教室でクラスメイト達の話を耳にすることはあったので、そういった知恵を知っていた。しかし、それを自分が体験することになるとは、考えてもいなかったのだ。
そう、昨日の昼まで、ティアリアリスの友人のシャルア=サリードが授業で使う胸当てがきついと言い出したことで、話が始まったのだ。
「なんだか最近胸当てをつけてると動きにくいっていうか、苦しくなるのよね。これはおそらくせいちょーきね」
お気に入りのぺーな麺をほおばるシャルアを、みんなが注視した。私もティアリアリスに捕まり、みんなと昼食を取るようになってからは、彼女とも顔をあわせるようになったのだが、成長には気づかなかった。年齢的には毎日大きくなる年頃である。そういうことも十分にありえるんだろう。
「・・・・・・シャルさん、いくつでしたっけ?」
「9歳よ」
「・・・・・・2次性徴期ですね。胸部装甲が増してきているように見受けられます」
「そこは君、乳って言ってあげなよ。シャルの乳が増加してきてしまったんだよ」
「シャルさんが大きくなってしまうなんて・・・私はずっと抱き心地のいいままだと思っていたんですが」
「あんたね・・・子どもあつかいはやめなさいよ。見てなさい、近々ティアより大きくなるから」
「く・・・くやしいですが、こればかりは私も覚悟を決める必要がありますね」
「ふふーん♪」
最近わかったことだが、ティアリアリスは胸が小さいことにコンプレックスを持っている。ただ、なぜだかそれを自分のキャラの一つにして、友人達にからかわれるのを喜んでいるように見える。
「シャルが成長しちゃったとなると、これは室長である私の出番かなぁ。年少者にはそういった悩みの相談にのらなきゃいけないんだよね。シャルはどっちがいい?、私から説明されるのと、寮母さんからされるの」
年頃の女子が多いからか、そういった相談事のルールも存在していた。私も10歳の時に同じ部屋の先輩に講義を受けていた。
「どっちでもいいわよ。これから胸が大きくなるんでしょう?知ってるわよ」
「うふーん」
「うふふーん」
なぜかとても楽しそうに笑うリンリーとティアリアリス。おそらくあまり良くないことを考えているのだ。この二人はシャルアをからかえるとわかったとき、実に似たような顔をするのですぐにわかる。
そのことにシャルアも気がついたようで、眉がキリッとつりあがった。
「りょう母さんにするわ。いえ、ツェツィア。ツェツィアに聞くからいらないから!」
手をぶんぶん振って二人を追い払い、私の方を向く。
「ツェツィア、あなたにお願いできない?。この二人だと後々やっかいなことになりそうだわ」
「えっ、えっ・・・あ、あの・・・」
シャルアにお願いされて、焦ってしまう。ティアリアリスには慣れてしまっていても、二人とは会話もほとんどしたことがなく、驚いてしまった。
「・・・・・・は、はい、私でよければ」
「ツェツィアさんなら任せられますね」
「ツェツィア嬢を選ぶのならしかたない。シャルのことはまかせたよ」
ティアリアリスとリンリーが食事中のシャルアの背中を押し、こちらに近づけようとしてくる。
「なんでそうあんたらは・・・、いいわ。その、よろしくね、ツェツィア。なんていうか、本当にあなただけがたよりなのよ・・・」
わかってしまう。この二人は真面目な様でいて、なにか不真面目なのだ。一から十まで真面目な顔をしていたら、必ずその中の一個はまがい物が入っているような性格で、彼女達から講義を受けたとしても、素直に信じることができそうにないのだ。
そういったことがわかってしまうので、私はシャルアのお願いをきちんと受けることを決意したのだった。
私とシャルアが二人で想いを共有している横で、ティアリアリスとリンリーは今後の相談をしていた。
「胸部装甲が増えたとなると、下着とか買わないといけませんかね。今までつけてなかったんですから、記念にかわいいのにしましょう」
「胸当ても買い換えなきゃかなぁ。貸し出し使えばいいと思うんだけど、シャルは潔癖症だからね」
本人を置いてけぼりにして、何か画策しているようだった。一部訂正するのであれば、貴族の生徒はみんな授業道具の貸し出しを借りず、自分用に買ってきたものを使っている。
「というわけでみなさん、明日の休日は町に行きましょう。お買い物です」
ティアリアリスがとても楽しそうに言い出したのだった。
「お、いたいた。ツェツィア嬢早いね。私服かわいいけどちょっと地味かなぁ。君の年齢ならもっと主張していいと思うけど」
寮の方からリンリーが手を振りながら歩いてきてそう言った。私の格好は渋い緑の半そでシャツと、茶色い膝丈のスカート。リンリーは深紅色のキャスケット帽をかぶり、黒いインナーにオレンジのベストと黒っぽいズボンあとは冒険者用のポシェットとブーツを履いていた。
「お、おはようございます・・・」
「おはよう。そうだ、連中がいない今のうちに、ちょっとボクにも君の事を抱きしめさせてくれないかな?」
「ええっ・・・・・・えと、・・・い・・・・・・はい」
むぎゅ、とリンリーに抱きしめられた。この人はティアリアリスより柔らかい。
私はまた断れなかった。最近はティアリアリスからの無茶なお願いであれば断れるようになっていたのだが、慣れていない人には断ることが、まだ怖かった。
「いやぁ、ティアがいつも言うんだよ。ツェツィアさんはやわらかくていい匂いがするって。そう聞いたら情報屋魂が刺激されちゃってね。どうしても確かめたくなっちゃったんだ」
私は頬が熱くなった。あの人はなんてことを言いまわっているのか。はずかしい・・・。
しばらく私を抱きしめて満足したのか、リンリーは私を解放してくれた。
「確かにいい匂いがするね。故郷の妹を思い出す匂いだよ」
「・・・・・・妹さんが、いるんですか」
「いるねぇ。妹一人と、弟一人いるよ。夏休みになったら土産話をいっぱいしてやるつもりなんだ」
それから彼女の家族の話をいろいろ教えられた。弟が冒険者になりたがったこと、近所の友達と冒険者の訓練だといって棒切れを振り回して親におこられたこと、妹は裁縫が好きなこと。時々王都のめずらしい布や糸を送ってあげること。
リンリーが話好きな性格のおかげで、私は相槌をしているだけでよかった。
もしかすると気を使ってくれているのかもしれないが、楽しそうに話す彼女からはそんな感じはしない。私の寮の部屋にも先輩が二人いるが、一人は他の部屋にいりびたっていて顔をあわせることもあまりなく、もう一人は読書ばかりしていて、床にまで積み上げられた本を何度も読み返しているような人だった。
そういった同室の関係は楽だったが、リンリーのような先輩がいたなら、また違った学園生活をしていたのだろうか。
「おーい」遠くから声がした。
急ぎ足でこちらにくるティアリアリスとシャルアの姿が見える。
「おまたせしました。ですがそのおかげで、シャルアさんの馬車を借りることができそうですよ」
「はぁ、はぁ、まさか、馬車を借りてないとか、今朝言い出すから、ふぅ、ふぅ」
シャルアは大分走った様子で肩で息をしていた。その隣りで申し訳なさそうにティアリアリスが立っており、こちらは汗一つかいていないように見える。
ティアリアリスの言う事を信じるのなら、これが彼女の特殊能力の一つらしい。
「シャルさんの息が整うまでに、今日の確認をしましょうか」
「はいはい、じゃあはじめに私からいいかな」
リンリーが言い出し、他からどうぞ、とまかせられる。
「えー、本日はシャルア嬢の成長に合わせたアレコレを買いに行く予定でしたが、急きょ馬車が借りられることになり、時間が大幅にあまることになりました。おっと、ひとまずシャルア嬢に感謝を」
「え、あ、ありがとう、ございます」「シャルアさんありがとうございます」「シャル、ありがとう」
「どう、いたしまして」
シャルは照れくさそうに答えた。
「さて、おかげで他にも廻れることになるんですが、今のうちに希望を出していただければ、わたくしリンリーが王都町マップと照らし合わせ、効率の良い馬車の旅をみなさまに案内してさしあげましょう」
シャルとティアリアリスから拍手があがる。
「というわけで、どこかあるかな?。特にそこの新人の君」
リンリーはそう言ってティアリアリスを指差す。
「君、町どころか、王都自体あまり見てないんじゃないかい?。端から端までとはいかないけれど、王城くらいなら遠くないし、どうかな」
そうだった。ほとんどの時間をティアリアリスに付き合っていた私は知っていた。彼女は一度も学園の外に出ていない。入学前に見て廻ったかもしれないが、彼女からそんな話は聞いたことがなかった。
「唐突ですね。うーん・・・私は王城より、ツェツィアさんの家のパン屋さんに行きたいです」
「えっ」
驚く私に、ティアリアリスは楽しそうに聞いてくる。
「ツェツィアさん、ダメでしょうか?。ぜひとも客として行ってみたかったのですが・・・」
王城にくらべれば見るところのない、普通の家である。行きたい言われても、それほど面白いわけでもないし、何よりあの辺りには私の苦手とする幼馴染の家もあるのだ。正直、あまり近寄りたくない場所だった。
「思い出してください。私はパン好きですよ。お昼に週の半分もパンを食べているパン好きなのです。なのでツェツィアさんから家がパン屋だと聞いてずっと行ってみたかったのです。学園の冷めたパンより、できたてのパンは絶対においしいです」
確かにそうだ。学園に来てからはパンがおいしいとはあまり思えなかった。長期休みで帰る家のパンのほうが、ずっとずっとおいしいのだ。
「うん、いい、よ・・・。お昼頃までなら、できたてのパンが食べれると思う・・・」
「ならお昼はパンと他何かってことにしようか。あのあたりだと・・・」
「麺はないの?」
「シャルは麺を食べないと死んでしまうのかな」
「死なないけど、麺がいいわ」
「そういえば私の世界には『やきそばパン』という最強の一角を占めるパンが・・・」
こうして今日の予定が埋まって行くのだった。
一番初めに行ったのは洋服店だった。ここでシャルアの下着とティアリアリスの服を大量に買い込んだのである。
ティアリアリスは、ほとんど服を持っていなかったらしい。制服2着と普段着2着、そしてこの世界のものではない服を一着。寝巻き着さえなく、どうやって寝ていたのかと問えば下着で寝ていたのだと言う。その下着も上下セットで3着しかないというので、シャルアと合わせてリンリーから着せ替え人形のように遊ばれていた。ティアリアリスはシャルアで遊べずに不満そうだったが、元々人形のようにきれいな彼女が服をいくつも着替えるのは、見ているだけで楽しかった。
馬車の後ろ1/3が埋まり、次に向かったのがアクセサリー店である。女性服の店の並びには、こういった女性の好むような商品を売る店が集まっているのだ。
ティアリアリスは夏休み前の夜会舞踏会に出るつもりらしく、アクセサリーの偵察をするのだという。
「ドレスもアクセも双子がなんとかすると言ってくれてるんですけどね。やはり大人な私でなければ選べないものもあるでしょうから。あれ、これって魔玉ですかね?」
双子王女の頼みを聞く代わりに大変な仕事をすることになったらしい。私もその場面にいたのだが、話を聞かずに逃げてしまった。少し申し訳なく思いつつも、舞踏会などという私にとって最悪な場所に近寄らずにすんでほっとしていた。ただ、きれいな衣装や宝石を見比べて準備しているティアリアリスはとても楽しそうで、少しだけうらやましくなる。
私はきれいじゃないから・・・。
「保冷魔術が掛けてあるやつだね。夏場はそれがあると涼しくて楽だよ。もっと実用的な守護玉を売ってるお店もあるよ。大冷廟の魔術が入った魔玉とか、とんでもなく寒いけど、食品の保存に役に立つやつとか面白いものがあるから見に行ってみるかい?」
「興味ありますね。そういうのって付与魔術師がつくるんですか?」
「攻撃魔術師と付与魔術師だね。攻撃魔術師がわざとゆっくり発動させた魔術を付与魔術師が効果をつけたい物に取り込むんだ」
魔玉が一番損失無く効果を取り込めるのだが、武器や日用雑貨でもそれなりの効果は発揮する。もちろん、効果時間は魔玉より短くなるが、腕の良い魔術師なら数年持つので、冷めにくくなる茶器などはたいていの家庭で人気の商品だった。
「付与魔術って、面白いですよね。私も使えたらなぁ・・・」
今の時代は付与魔術のおかげで発展してきたといっても過言ではない。200年程前に魔玉が発見されてからは、生活に一番貢献している魔術と言える。
ふと、ティアリアリスがそういえば、と言ってスカートから自分のサイフを取り出した。
「これなんですけど・・・なんでしょう?」
そう言って見せてくるのはきれいな宝石のようにも見える、薬玉だった。
「薬玉だね。魔玉に似てるけど、飲むとゆっくり溶けて体内で魔術を発動するものだよ」
「甘い樹液をかためたやつね。のどにいいっていう、口で溶かすのもあるわよ」
「なるほど・・・、掛けてある魔術ってどうやって判断するんでしょうか」
「魔術院じゃ色分けしたり効能ごとに入れ物を変えてるらしいけど。あとは付与魔術を判別できる特殊能力者がいたかな。どうしても知りたいなら冒険者ギルドでその人を探すといいよ」
「そうですか・・・あとで何持ってきたのかリスト化しておこう・・・」
その流れで付与魔玉店に行くことになった。
ここでは魔術が付与されている魔玉や、何も入っていない魔玉が店内のケースに並べられ、カウンターでお願いすると店の付与魔術師によって自分の魔術を魔玉に付与することができる。
ランクA冒険者によって付与された攻撃魔術や治癒魔術の値段に戦々恐々としたり、思いがけない魔術の使い方におどろかされたりした。
魔玉店の並びに装備屋があり、ここでシャルアの胸当てを買うことになっていた。
「うーん、大人用ばっかりね・・・とくちゅーしなくちゃだめかしら」
「他のお店にも行ってみるかい?、もしくは城門の外の青空商店を廻ってみるのも手だけど。今から特注すると進級試験に間に合うかどうかわからないよ」
店員に確認してみると、できあがるのが試験の前日あたりになると言われ、これはダメそうだということになった。
「そうね・・・お店変えてみましょうか」
「わかった。でももしかするとこれは、てこずることになりそうだね・・・何なら二人組みで別れちゃってもいいけど、どうする?。ここからならツェツィアのパン屋に歩いて昼ごろにはつける。シャルアの店は西区に2店と南区に一店。城門の外まで行くならそれで一日終わっちゃいそうだけど」
「別れたほうが良さそうですか。一応集合時刻と場所を決めておきましょう。時間までに合えないようなら、先に帰ってしまうという事で」
お店の前で二人を乗せた馬車を見送る。シャルアとリンリーは胸当てを探しに馬車で他の店をまわり、私とティアリアリスは当初の予定通り、私の家のパン屋へ行くことになった。
「行ってしまいましたね」
「うん・・・。ここからなら、私の家まで案内できるけど・・・」
どうする?と話を向けると、ティアリアリスはまだ装備屋が気になるようだった。
店に入りなおし、武器の棚をあれこれと覗いていく。
「付与魔術のかかってるものと、魔玉が埋め込まれてるものって何が違うんですか?効力と持続が違うのはわかるんですが、それだったら魔玉があるほうが高いはずですよね?」
「魔玉に魔術が付与されてないから。・・・あと、硬さや切れ味を上げるには、剣自体にそういう魔術を付与しないとだめなの」
「なるほど。魔玉に切れ味を良くする魔術を付与しても、魔玉の切れ味が良くなるだけなんですね・・・」
そうして歩いていると弓の棚があった。ティアリアリスはそのあたりをうろうろし始める。
彼女は確か選択授業で弓の授業を取っていたはずだ。成績はなかなかのものだと自慢していた。
「なにか、探しているの・・・?」
「ええ、弓は使いやすいんですが、どうしても両手がふさがっちゃうんですよね。治癒魔術を使うのに、片手で扱える弓はないかなーと・・・」
「・・・聞いたことないけど・・・、指向性のある魔玉に攻撃魔術を込めてそれを使うんじゃダメなのかな」
冒険者にそんな人がいたはずだ。町を出る前に準備した魔玉20個くらいを、3箇所魔玉をつけられる武器にはめて戦いながら魔術を撃ち、すきを見て魔玉をはめなおすらしい。
「銃弾みたいなものですか。マナがある限り補充できるのを考えるとそっちの方が賢いかなぁ・・・」
クロスボウみたいなものを探していたんですけどね、とつぶやいた。
「クロスボウ・・・?、聞いたことないけど、・・・弓みたいなものなの?」
「弓は矢をつがえて狙っている間は弦を持ってないといけないじゃないですか。あれがわりと疲れるんですよね。クロスボウは弦を留め金に掛けておけるんで、あとは狙って引き金を引くだけなんですけど、ないなぁ。銃もないしなぁ。・・・指向性のある魔玉ってどんな物につけられるんですか?」
「剣に、槍に、矢の先にも付けられるし・・・あとは・・・お店の人に聞いたほうが・・・」
ちょうど近くを通りかかった店員に声をかけて、魔玉のつけられる武器を聞いた。
武器全般はそうだが、面白いものだと盾や手甲、兜に指向性の魔玉と攻撃魔術を込めて、敵に放つこともできるのだと言う。
「まさか鎧に付ければスーパーロボットごっこができる・・・!?」
それがなんだかわからないが、おそらくダメな方向の思考だと思われる。
装備屋を後にして学園のある東に少し進み、店の多い区画から住宅街の多い区画の境目辺りに来る。
そこに私の実家のパン屋があった。
”オータムリーフ” それがパン屋の名前である。建物は下の方を茶色いレンガで組み、だんだん薄小麦色の壁になってゆく、落ち着いた感じのする2階建ての建物だ。
近づいていけばだんだんとおいしそうな香りが漂ってくる。焼けたパン生地の匂いと、果物の匂いだった。
「いい匂いですね。はぁ、はぁ、よだれが・・・」
「・・・・・・はい、ハンカチ・・・」
私はポケットから出したハンカチをティアリアリスに渡そうとするが断られた。
「大丈夫です。誇大表現ですので。でもなかなか繁盛しているみたいですし、急がないとおいしいパンはなくなっちゃいそうです」
見れば店は人の出入りがあり、割と繁盛しているようだった。店内ではパンを追加している母と、会計に忙しく働く姉の姿があった。
少し懐かしくてせつなくなった。
涙が出たりはしなかったが、このごろ学園で心が擦り切れそうになることが多かったからだ。その大体は隣にいるティアリアリスのせいだが。
私がそんなことを考えているとは知らず、等の本人はパンのことで頭がいっぱいなようだった。
「ちょっと先に行きますね。ツェツィアさんは家族に挨拶してきてください。その間に私はツェツィアさんの分も選んで買っておきますから」
エコーと供に彼女は店へと突入して行く。パン好きというのは本当だったらしい。
私はまっすぐに彼女の後を追わずに、店の前で立ち止まって空気を胸いっぱいに吸い込む。
あぁ、おいしい。
これはトウカの実。これはグルチコの実。これはモモの果実。これはセッカ。
いくつもの果実の匂いが鼻孔を刺激する。私の家のパンは果実から作るものなので、その課程で果実の匂いがあたりに広がるのだ。
おそらくお店の中はもっと濃い匂いでいっぱいだろう。でも私はこれくらいの匂いが好きだった。きっとティアリアリスが言った私のいい匂は、この香りなんじゃないかと思う。ずっとこの中にいて、匂いがうつっちゃったんじゃないだろうか。
――人に、いい匂いだなんて言われたのは始めてかもしれない。
とても恥ずかしいけれど、そんなに嫌じゃなかった。むしろちょっとだけ、ほんのちょっとだけだが、うれしいと思ってしまっていた。
おそらく私は、ティアリアリスが――ティアリアリスとその仲間達が 嫌いじゃない
今朝だって、ドキドキしていた。人の中に入るのが怖いのもあったが、それだけじゃない。ドキドキの中には、ワクワクした気持ちも入っていた。
自分にもこんな気持ちがあったんだ・・・。
まだ人は怖い。人と話すのは嫌だ。人が怒っていると、自分が怒られているのではなくても身がすくむ。だがそれでも、
ツェツィアは壁の外に、世界があることに気づき始めたのだ。
「――あれ?お前そばかすか?」
ギクリ、と身が強張るのがわかった。
「お前、引きこもってたんじゃないのか?外に出てきて平気なんかよ。日に当たると死ぬ生活してたんだろ?。何で地上に出てきたん?」
私の大嫌いな言葉が投げられてくる。私を傷つける、いくつもの言葉。ずっと昔のまま、かわっていない・・・。
振り向くと、大通りの方から兵服に似た制服に身を包んだ二人の男子がいた。その一人、ひょろりとした背格好で髪を短く刈り込んだ釣り目がちの男子が私に近づいて来る。
「・・・な、・・・んで・・・」
「は?何?聞こえないんだけど。なんですかー?」
そう言って一人で笑っている。連れの男子も彼を止めることなく、ニヤニヤとそれを見ているだけだった。
「・・・・・・ホーネス・・・ト・・・」
「あ?お前に呼び捨てにされる筋合いないんだけど。何なの」
威圧される。
「なぁ。別にイジメてるわけじゃないんだけど。普通に話せよ」
ウソだ。
「こっち見ろよ。下向いてちゃわかんないだろ。ほらこいつ、前に言ってたそばかす女。なぁこっち見ろって。何でそんなに前髪長いの?、そばかす見えないじゃん」
嫌だ、触らないで。
私の髪をどかそうとするホーネストの手を、パシリとはらった。
「・・・こいつっ」
ホーネストの怒気を感じる。私に反抗されると思っていなかったのだろう、私自身も驚き、そして全身から血の気が引いていた。
私の様子からまずいと思ったのか、連れの男子がもう行こう、とホーネストの肩を叩いている。
「・・・・・・チッ」
ホーネストは舌打ちをして私の横を通り過ぎる。
良かった、もう、終わるんだ。そう思ったとき、ホーネストが振り返って私の足を蹴った。
「死ねよブス。おまえんちのパンはそばかす臭いんだよ」
限界だった。私のことも、そして私のうちのパンのことも、なにもかもぐしゃぐしゃにつぶされてゆく。私が大切にしたいものが、まるで砂場に作ったお城のように、それを大切とも思わない暴君によって足蹴にされ、壊されてゆく。
私の目からはたくさんのモノがこぼれ落ちていた。
いい匂いといわれたときの気持ち、かわいいといわれたときの気持ち、すごいといわれたときの気持ち、抱きしめられたときの気持ち、少しづつ、少しづつ貯めてきた心の糖分が、涙といっしょに流れて消えてしまう。
きっとこれは止まらない。私の中から全部なくなるまで。
あるいは誰かが、こぼれる涙を受け止めてくれるまで・・・。
「ツェツィアさんどうしました?今の人たち、誰なんですか?」
「・・・てぃ、ティア・・・ティアリアリス・・・うぅっ」
「ツェツィアさん、何かあったんですね。もう大丈夫です。もう悲しいことはないですよ」
ティアリアリスは私を抱きしめながら、店の裏手にまわる。私はティアリアリスの腕の中で髪をなぜられながら、温かい言葉を注ぎ込まれる。
もう怖いものなんていません。大丈夫です、私がここにいます。怖いモノから守ってあげますから、大丈夫。涙が枯れるまでツェツィアさんを抱きしめていますよ。だからいくら泣いても大丈夫です。ツェツィアさんはやわらかくて、あったかくて、いい香りがして、やさしくて、心思いで、とっても、とっても、いいこです。私の大好きな女の子です。すてきで魅力的で、私が独占してしまいたくなるくらい大好きなんですよ。だから安心してください。他の誰かがあなたを嫌いでも、私だけはあなたのことをずっと好きでいますから。ずーっと、大好きですから。だから大丈夫。あなたはすてきな女の子です。
涙でこぼれるよりもたくさんの言葉を注がれ、いつしか、もういいのだとわかる。
もう、泣かなくていいのだ。
「・・・・・・落ち着きましたか?。良かった。少しずつでいいので、何があったのか私に話してください」
私は話してしまった。聞かれるまま、幼馴染に言われた言葉を、されたことを。思ったこともみんな。子供の頃からされてきた、言われてきた、押し込めてきたことを。
ティアリアリスは全部聞いてくれた。そして怒ってくれた。悲しんで、そしてもう終わったんだよって、言ってくれた。
そうして話して、落ち着いてきた頃、私は気がついた。
「・・・・・・取引・・・」
「さて、なんのことでしょうか」
あきらかにとぼけていた。
彼女が好きなときに抱きしめるかわりに、私の心の中に入ってこないという約束のことだ。
「・・・・・・いいけど・・・」
ティアリアリスが入ってきたのか、それとも私が吐き出してしまったのかわからなかったからだ。
「ツェツィアさんは、ずっと悲しい想いを溜め込んできたのですね。家族には話してないんですか?」
「・・・パンのことで、迷惑かけちゃうから・・・」
そばかすが入っていると言われては、商売の足かせになる。入っていないことを証明するために軋轢が起こってしまうより、何も言わずに自分が店に出ないほうがいいと思ったのだ。
「今でもそう思いますか?」
「・・・・・・うん」
「でも、私はそうは思いません。戦うことで守られるものもある。あなたが彼の手を払ったように、あなたは守りたいもののためにほんの少し、勇気を出すことだってできるんです」
手を払ったのは、とんでもない間違いだと思ったのに。あの瞬間、とても後悔したのに。ティアリアリスはあれは『勇気』だと言う。
「今みたいに、誰かに話すことで守られる心もある。守って、そのうち隙をみて一矢報いてやるんです」
「守るだけで、精一杯だよ・・・」
「でも、いつかきちんと言わないと、さっきの彼はあなたをばかにしていいものだと思ったままですよ。このパン屋だって、バカにされたままなんですよ」
「・・・・・・無理」
「・・・わかりました。パンをおざなりにするものに鉄槌を、と思いましたが、しかたありません。いつか復讐するときには言ってください。手を貸しますから」
少し笑ってしまった。冗談だと思うが、パンのことで怒ってくれる彼女がうれしかった。
しかし、私に戦うことを求められても困る。ティアリアリスが戦争を回避したいように、私もそういった怖いモノから逃避したいのだ。
「ちょっと、さっきから店の裏で何さわいでるのよ・・・って、あれ?ツェツィー?」
裏口のドアが開き、母がゴミ籠を持って現れた。40をいくつか越えた年齢だが、いきいきと仕事し、笑顔を振りまく姿は年齢を感じさせない。近所でも評判の良い、きれいな母だった。
「なに?どうしたのあんたたちこんなところで抱き合って。ちょっと、家に入りなさい。人様に見られたら誤解されるわよ」
私とティアリアリスは顔を見合わせた後笑った。ほんとうだ、このままでは誤解されてしまう。
私はティアリアリスの腕にくっついたまま、裏口から家に入った。
そのとき彼女に内緒だよ、と言うと、小さな声でわかりました、と答えてくれた。
「それでね、この子ったらその男の子のことが好きだったから、外見のことでからかわれてショックうけちゃって、その後がもう大変!。性格は暗くなるわ、人間不信になるわで、どうしようもなくってねぇ。うちの旦那が荒療治だって言って近くの寮のある学校に入れちゃったのよ」
「やっ、やめて・・・!やめてよ・・・!」
私の秘密はこれっぽっちも守られなかった。
ティアリアリスの「ホーネストさんとはどんな人なんですか?」という質問から、母はあらかた察したらしく私の過去を暴露する事態となっていた。
「どうせまた、いじわる言われたとかなんでしょう。子供なんてそういうものなんだから、気にするだけ無駄なのよ。大人になったらもっと厄介なのよ。利益がからんでくるとね、引っ込むものも引っ込められなくなっちゃうんだから。今のうちに耐性つけていかないとつらいわよぉ」
特に客商売をしていると、いちゃもんとしか思えない苦情が届けられる。そういうものを放置すると時々広まって大事になりかねないので、苦情の処理は大変なのだと言う。
「私らからすれば子供のいじわるなんて一発ひっぱたいてやればおとなしくなる、簡単な話に思えるんだけどねぇ・・・あ、ティアさん飲み物のおかわりいる?。果実の皮を砂糖水につけただけのやつだけど」
「いただきます。おいしいですね。パンもすごくおいしいです」
「お母さん、それパンの種・・・・・・」
母が飲み物と称しているのは小麦粉と混ぜてパンを作るためのパンの種だった。まだ仕込んだばかりの物を持ち出して、飲みやすい濃さにしたものだった。
「大丈夫よ。お父さんには妖精さんが飲んじゃったって言っておくもの」
私と姉が子供の頃にはちょくちょく妖精さんがあらわれてパンの種を飲んでしまったものだ。父はわかっているのかわかっていないのか、そうか、と答えて母と新しいパンの種を仕込んでいた。
前に飲んだのは春休みで帰ってきたとき。学園まで遠いというほどでもない距離だったが、どうしても家に顔を出すのがためらわれるせいで、長期休みでもないと自宅に帰らないのだ。
両親が私を学園に入学させたのは、私の人嫌いを克服させるためのなので、その成果がほとんど出ていない状況では申し訳なくて家に帰りずらくなったのである。
「ティアさん、この子どうですか?学園で、みんなとうまくやっていけてますか?」
母もそのあたりは気になるのか、娘が初めてつれてきた学園の友達に情報提供を求め始めた。
「・・・言わなくて、いいから」
「だめです。おいしい物をいただくかわりに、ツェツィアさんのことを話さなければならない私なのです」
「目が、笑ってる・・・」
「最近は人がそばに近寄っても、びっくりしなくなりましたよね。始めのころの野生のウサギみたいな感じがなくなって、今のツェツィアさんはとても好きですよ」
野生のウサギってどんなだろうか。何かあれば跳ねていそうなイメージなのだろうか。
「ウサギっていうとラビかい。よかったねツェツィー、かわいいじゃないか。でも良かったよ。今までこの子から友達の話なんて聞かなかったのに、まさか家につれて来るくらいの友達がいて」
母がしみじみとしながら私を見ていた。
友達・・・ティアリアリスは友達なんだろう。なんだか良くわからない始まり方だったが、『友達』と言われておどろいただけで、違和感はなかった。
私は隣のティアリアリスをチラリと見る。ティアリアリスはセッカのパンをほおばりながらコクコクと頷いている。口の物を飲み込んでからこう答えた。
「友達です。私は友達だと思っていますよ。大切な友達。でもツェツィアさんからはそう思ってもらえているか、まだちょっと自身がありません」
「え・・・あ・・・・・・」
「私が、一方的に付きまとって大好きだ~ってしているだけなんで、もしかすると迷惑がられているんじゃないかって、考えちゃうんですよね」
「そうなのかい。ツェツィーはどうなんだい?ティアさんのこと、迷惑かい?」
私は首を振る。確かにティアリアリスには迷惑をしていた。ずっと私を振り回し、勝手な約束で私を縛りつけ、何時だろうと人を見つければ抱きしめに来る。私が否定しても、否定してもしつこいくらいにかわいいと言うし、人の匂いまで嗅ぐし・・・。改めて考えると、犯罪ではないかというくらい私のそばにいた。
でも今は、迷惑であること以上に彼女がいて良かったと思う。彼女でなくてはだめだった。
「・・・め、迷惑、じゃない。嫌いじゃない、よ」
私はなぜか恥ずかしくなるのを我慢して、精一杯でそう伝えた。
ティアリアリスはとてもうれしそうに、良かったです、と答えた。
ただ、友達とは言ってくれないんですね、とつぶやいた横顔が、忘れられない。
私はこのとき、この先ずっと後悔することになる失敗をしてしまったのだ――
いくつかの小物店や露天商をひやかし、お茶屋で甘味を食べた。
集合場所は王都中央そばの噴水広場という事なので、そのあたりを散策しつつ、私達は実に学生らしい休日の過ごし方をしていた。
時刻は4時。暮れにはまだ早いが、大分歩き回ったのもあって、足を休めるために私とティアリアリスは広場のベンチに座って、少し向こうの軽業師を眺めていた。
「すごいですね」
「うん・・・」
軽業師の芸を見ながら、今日のことを思い出していた。
母のいった言葉。ティアリアリスの言葉。―――戦うことで守られるもの
ティアリアリスが戦争を回避したいというのは、守るもののために戦うことと同じなのかもしれない。
私の逃避とは、ちがうのではないだろうか。
「・・・・・・あの、てぃ、ティアリアリス・・・」
「どうしました?」
「聞きたいことがあるのだけど、・・・その、どうしてあなたは、戦争を・・・・・・」なんて聞けばいいだろう。少し考えてから続けた。「戦争を回避するために、嫌なことをするの?・・・逃げてはだめなの?」
「回避するために、面倒ごとを背負い込むのかと言うことですか?」
私は頷く。
「守るためです。戦争によって失われる人々の、命も、生活も、笑顔だってそうですね。逃げられれば命は助かりますが、生活や笑顔は失われます。大事が起これば、たくさんのものが失われてしまう。だから、小事で鎮められるのであれば、私は小事を手伝います」
今日、似たようなことを言われた。一矢報いてやる 一発ひっぱたいてやればおとなしくなる
「なにもそれは傷つけることだけを言うのではないです。交渉したり、自分の意見を主張することも、守るための戦いなのですよ」
「・・・・・・」
きっとそれが、私に足りないモノなのだ。
逃げるのではなく、主張しなくてはいけなかったのだ。
「・・・・・・難しい・・・」
そう言うと、ティアリアリスが少し笑った。
「そうですね。今はそれでいいかもしれません。でもわかりませんよ、ツェツィアさんは少しづつ、変わってきていますから」
「・・・私が?」
「はい。人から逃げなくなったですし、人におびえなくなった。人と話すとき、目をそらすことも少なくなりました。・・・これはおそらく、人と話すための気持ちができてきたからではないでしょうか」
そう言われると、そうかもしれない。
ただの”慣れ”ではあるが、私のことを好きだと言って寄って来るし、抱きついてくる。そんな人物にずっとおびえているのは、難しいことだったと思う。
「ツェツィアさんは急がなくても、きっと大丈夫です」
そうだといいな、と思う。
私も前の自分より、今の自分のほうが好きなのだ。
きっと、彼女がいれば――ティアリアリスがいっしょなら、私は『私』になっていける。ずっと昔に否定してしまった 『私』 に。
「あ、来ましたね。良かった、どうやら見つかったみたいです」
広場の入口からリンリーとシャルアが歩いてくる。シャルアは笑顔で腕をブンブン振り回し、とても機嫌が良さそうだ。
「おまたせっ。あったわよ、中古品だけど、とくちゅーのやつらしくてねっ、今使ってるやつより腕が回るのよっ」
「いーやー、やっぱり青空市場は面白いねぇ。いろんな物があるよ。今度二人もいっしょに行こう。町とは違って冒険者や旅商人向けの物が多いけど、その分、多数向けじゃない個人にしか需要のなさそうな奇天烈な物があって楽しかったよ」
二人とも実に充実したらしく、あれやこれや思い出話に花が咲いていた。
私とティアリアリスも、主にティアリアリスがだが、どんなことをしたか、何を食べたか説明したのだ。私が意地悪をされたことを除いてだったが。
そうして一通り報告しあい、脱線しつつ、気がつくともう夕刻の6時になるところだった。
「ん~、じゃ、帰るわよ。次はこの胸当てを使って進級してやるんだから」
「そうですね。シャルアさんって進級試験うけるんですか」
「受けるわよ。そのために今日、あちこち走り回ったんだから」
年次途中の進級試験は実はあまり受ける者は多くない。年度替りで上がった者に後れることになり、大変だからだ。夏の進級試験はまだいいが、冬はゼロ人ということもめずらしくない。なのでこの夏の進級試験を逃がすと、次は大分遠くなるのだ。
「騎士科は実技試験の合格、もしくはそれに順ずる実績でしたっけ。シャルさんなら余裕ですね」
「やめなさい。なんだか上げて落とされそうな感じがするわ」
真顔になって答えるシャルアだった。
「いいわねー、試験がよゆうな人間は。落ちろとは言わないけれど少しはあわてふためきなさい」
ティアリアリスは無理ですね、と笑っている。しかしふと、何か思い出したかのように口元に手を当てて言った。
「そういえば試験ではないですが、しばらく忙しくなるんでした」
「今までもツェツィアといそがしくしてたじゃない?」
そちらではなく、と断り、
「舞踏会の準備があるので、しばらく双子王女の方にかかりきりになります。ツェツィアさんには申し訳ないですが、あまり抱きついてあげられなくなってしまいますね」
そう言った。
「・・・・・・え、・・・」
「あ、でも放課後の自由な時間が増えるので良いかもしれません。私にずっとつきっきりでしたし、ツェツィアさんの時間を奪ってしまうこと、申し訳なく思っていたんですよね」
「・・・・・・まぁ、そうゆうこともあるよね。君は本当にいろいろと巻き込まれるね」
私が何も言えないでいると、リンリーがそれを察してか、代わりにそう言った。
「やらないでいいならやらないんですけどね・・・。でも、今日はいっぱい抱きしめられて良かったです」
「あなたそのうちちじょで通報されるわ・・・」
シャルさんも抱きしめてあげます、と言い出し、二人は追いかけっこを始めた。
私は、ずっと言葉を探していた。
私の中の、この感情を言い表すための言葉を