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刻の終わりのナイチンゲール  作者: ツインシザー
学園
18/39

7 望むもの


 ティアリアリスの魔術の勉強はあまり成果を見せなかった。

 その日は6月末の放課後。教室にツェツィアと二人残って勉強をしていた。机を向かい合わせにくっつけ、そこに教科書やノートを広げている。

 一番初めに習う回復の魔術。その方陣をどうやって”編む”のかわからないのだ。そうしてもうずっと回復魔術ばかりやっているが、一向に進展していない。

「うー・・・イメージするとなぜ何も無いところに方陣が組めるんですかね・・・ファンタジーすぎませんか・・・」

「・・・・・・何を言ってるのかわからないけど、鉛筆の変わりにマナを使って文字を書くの。・・・人によると、マナの紐を文字みたいに貼り付けたり、マナの水を流し込んで文字の水路を埋めていくイメージで方陣を作るらしい」

「ツェツィアさんは鉛筆ですか?」

「うん・・・色鉛筆」

 そう言い、自分の腕にゆっくりと青色の方陣を描いて行く。右から左に、腕を一周するように。

 方陣を習い始めてわかったことだが、方陣文字の綺麗さというものにも個人差がある。ツェツィアの方陣文字は角が丸く、綺麗でかわいい文字だった。

 その方陣は編みあがる前に霧消する。ツェツィアがマナを閉じたのだ。

「・・・・・・ひらめきました。ツェツィアさん、方陣でこう、こうで、こう。こういうのを書いてみてください」

「・・・ネコさん」

 ノートに書かれたのは、まさにネコの絵だった。前足を」に曲げて立つ、かわいいと言えなくも無いネコの絵だった。

 ツェツィアはニャーニャー言いながら、両手を広げその上にネコを描いてゆく。青いマナで、きれいにネコの絵が出来上がる。

「あー、上手です。ツェツィアさんは絵心あってうまいですよね。というか、マナってこんなこともできるんですね・・・」

「・・・・・・別に、普通・・・」

「うまいです。召喚の授業の時も上手でした」

「・・・うー。・・・つ、疲れたから」

 手の中のネコが消える。慣れない方陣(?)はマナの消費が多いらしかった。

 以前であればもう少し言い合いが続いたのだが、最近はわかってきたのか、ほめてもそれを否定されることが少なくなってきた。

 良いことだ。自分への評価が正当なものに近づきつつあるのだろう。

 ・・・・・・まぁ、ただ単に言っても無駄だとあきらめられている可能性もあるが。

「いいなぁ。私もやりたいなぁ。こう・・・うーん、こう・・・」

 なんとか頑張ってネコが描けないものかいろいろやってみる。が、マナの軌跡が現れる気配はまったくなかった。

「ううう・・・出ません。なんだろう、これはもう、マナを出す蛇口に不具合が生じているとしか思えません」

 マナを扱えないのであればおのずとすべての魔術が使えないことになる。

 選択の授業、治癒と弓を選択してよかった・・・。魔術系2種だったらひどいことになっていただろう。

 もっとも、今やっている勉強は中等部に上がった時のための対策である。中等部に上がり、そこの生徒達に追いつくためのものだ。ティアリアリスにとっては中等部への進級試験などすでに視野にはなく、上学部に上がるための知識の遅れを急いで埋めているところである。

「このままでは、治癒の授業も落してしまいかねません・・・」

 机にへたりこむと、私を元気付けようとしたのか、ツェツィアがニャーニャーと鳴いて方陣を描こうとしていた。

「あー、今度は丸まったネコですね。でも、さっきより方陣がゆっくりなような・・・というか・・・」

 とてもやさしいネコの絵だった。心を癒し、人を助けるような、温かみのある緑色のネコ。

「・・・・・・緑の、方陣」

 私はそうつぶやいた。

 それがきっかけとなり、ツェツィアの手の中からネコが消えてしまう。しかし目の中に残った光の残滓は、確かにそれが緑だったことを示している。

「・・・・・・みど、り?」

「はい。ツェツィアさんの方陣が、緑でした・・・」

 しばらくお互いに呆然とした後、私は広げられた教科書の一つをつかみ上げ、ページをめくる。

「確かこの、あたり、に・・・。あった」

 そして広げられたページには系統ごとの習熟のしやすさが書かれたものだった。

「『魔術の方陣は 攻撃方陣が赤 付与方陣が黄色 治癒方陣が緑 召喚方陣が青。これは隣り合った、近しい色であれば覚えやすく、遠い色であれば覚えにくい』・・・」

 すなわち青い召喚方陣を使えるツェツィアにとって、隣にある緑の治癒方陣は他の方陣よりも修得やすい方陣なのだ。

 逆に、青とは真逆の赤い攻撃方陣は、一番覚えにくくなる。

「ということは・・・ツェツィアさんは治癒方陣なら扱えてもおかしくはないということですね」

「・・・・・・・・・うそ。み、見間違いだよ・・・」

 ツェツィアは自分で方陣を編んでおいて、それが治癒方陣だとは認めないらしい。

「治癒方陣で書いていましたよね?」

「ちが、う。ただ・・・元気に・・・させようと、違う色の色鉛筆を使って・・・・・・」

 私を元気にさせようと、違い色の色鉛筆を思い描いて――ただそれだけで緑の方陣になったのだ。人を救いたい、治したいという思いが、この治癒魔術の根幹だと言われている。心の根幹にある、その人自身の性質に呼応するかのように、使える魔術の種類が決まっているという。そしておそらく、ツェツィアの心の根には人を助けたいという思いが元からあったのだろう。だから『元気にさせたい』というちょっとしたきっかけにも方陣は答えた。本人の意図より明確に答えてしまった。


 ツェツィアは召喚魔術と治癒魔術を扱える、2色の魔術師なのだ。


「・・・・・・見間違い」

「ではもう一回お願いします。元気になるように願いを込めて」

「・・・・・・嫌」

「うっお腹が!急性虫垂炎です。早くしないと新人研修医がやってきて執刀されてしまいます」

「・・・・・・」

「はうぅ・・・(ビクンビクン)」

「・・・・・・ぜっ・・・たい、嘘」

 そう言いつつも、ツェツィアはためらいながら私に手を伸ばす。

 そして目を閉じて、方陣を描き出す。私につきあって勉強してきたために、もう完璧に覚えてしまった回復の魔術の基本的な方陣。それをなぞり、時折崩れそうになる方陣の軌跡を修正しながら、自分のマナの一番流れやすい路を探し、手繰たぐってゆく。

 ゆっくりと、緑の光はツェツィアの手首を一周し、つながった。方陣が輝き、魔術が発動する――


「―――で・・・できた・・・・・・」

 それはま間違いなく、回復魔術だった。ツェツィアから、やさしい何かが私に流れてくる。しかし傷がないので回復はしないのだが。

 私は起き上がり、そのまま手を伸ばしてツェツィアを抱きしめた。

「やりましたツェツィアさん!、すごい!あなたはすごいですよ!。わかっていますか?今、あなたは初級魔術10個使えるのと同等のことをしてしまったんですよ!」

「ああぅ・・・あう・・・あぅ・・・」

 ツェツィアは上半身を抱きしめられたまま、ぶんぶんと振り回され返事をすることもできない。

 そうしてしばらく抱きしめた後、ツェツィアを解放した。

「ふぅ、ふぅ、・・・・・・これくらいは、そんなにめずらしくないから・・・」

「確かに2色を使える人は何人かいますね。でもですよ、青と緑が使える生徒は、今の初等部ではツェツィアさんだけです」

 2色が使える者は魔術が使える者のうち、1割ほどはいる。その生徒はみんな 付与+何か なのだ。理由を言ってしまうと、攻撃 付与 治癒はそれなりに人気だが、召喚魔術が不人気なだけなのだ。

 召喚魔術は戦闘向きでも、職業向きでもない。召喚できる生物によっては活躍できるだろうが、魔物を召喚しようとすれば召喚できるようになるまで危険も多くなる。苦労に見合う魔術とは言いがたいところがあった。

 そんな理由からか、召喚魔術を修得しようとする者は少なく、おのずと召喚魔術を含んだ2色の魔術師がほとんどいないのである。

「・・・・・・不人気なだけで、私は・・・」

「いいえ、きっと何かツェツィアさんにしかできないことが増えるはずです。・・・獣医さんとか、ペットショップの店員さんとか。ツェツィアさん、動物は好きですよね?」

「・・・・・・好き」

 ボソリとつぶやく。

 確かめたわけではないが、動物の餌になるネズミや昆虫が召喚できたり、病気になった動物が治せたりすれば、動物を扱う職業で有利になるはずである。

 そんなことを説明すると、ツェツィアはちょっとうれしそうに頬を赤らめて聞いていた。

「・・・・・・ネコさん・・・」

「ネコいいですよねー。子犬とかもモフモフでかわいいですよー」

「うん・・・」

 よかったですね、と言うと、ツェツィアは素直にうん、とうなずいたのだった。


 しばらくどんなことができるか二人で案を出し合っていたが、唐突にツェツィアが当初の目的を思いだした。

「・・・・・・勉強」

「あーーーーっ!。あー・・・。また、明日やりましょう・・・」

 はぁぁ、と大きくため息をつくと、ツェツィアが私の腕にそっと触れる。

「その、治癒魔術だけなら・・・、別々でも、いいんじゃないかな・・・」

「別々?」

「・・・実技と、講義。実技はできるから、あとは方陣を暗記しちゃう、とか・・・・・・」

「・・・・・・なるほど・・・そうですね、うーん・・・、でもそれだと理解してるとはいいがたいような・・・」

「・・・それは、みんなそう。方陣の文字の意味を理解している人は、ほとんどいない。・・・これは魔術を使うための、『そういうもの』だから」

 なぞって、ある程度似通った部分を抜き出し、それに意味を持たせ、体系立てたのだという。

 まるでパソコンに使われるプログラム言語みたいだ。

「なら、マナで少し違う方陣を編め、なんていう試験が出たらどうします?」

「・・・方陣は個人個人でちょっとずつ違うから、試験では結果を指定して、それまでの工程は問われない・・・・・・はず」

「・・・・・・なんですと・・・」

 それが本当なら、今までのことが無駄だったことになる。

 方陣の仕組みを理解し、ある程度自由に組みかえられなければいけないものだと思っていた。

 今までの勉強で、方陣の仕組みだけは暗記で数を増やしてきていた。組み替える、というか、その前のマナを扱う段階でつまずいていたのである。

 実技は自分の特性で、講義は丸暗記で乗り切る。

 そういうことらしい。

「それ、いいんですかね?」

 マナが練れないというのは根本がダメなような気がするが。

「・・・・・・わからない。でも、講義で求められるのは方陣の理解度で、実技で求められるのは実践的な扱い方だから・・・」

 そもそも魔術が扱える生徒はみんなマナを扱うことができるのだ。今さらマナが編めるかどうかなど確認されるはずがないのだと言う。

「・・・それに、方陣がわかっていて、実際に魔術が使えるのなら、マナが編めないことを問題視されても、反論して負けない・・・。なんとかっておじさんに言われたっていう、次の世代に受け継ぐことも、十分にできると判断されるはず・・・・・・だと思う」

「・・・・・・そうですね。どうやら、どうやら私はマナが使えない。使うには、完成品としてしか発動しないようです。なら、そのことにこだわらず、別のやり方を探すべきでしたね。――ありがとう、ツェツィアさん。あなたがいてくれて、本当によかった」

 そう言うとツェツィアはすこしモジモジしたあと、別に・・・とつぶやく。そしてこちらをちょっと見てから目をそらした。

「・・・・・・5日くらい前から、思ってた」

 魔術勉強の、ほぼ初日だった。

「ちょっと?、ツェツィアさん?」

「だ・・・だって、マナを扱えたほうがいいと、思ったからっ・・・」

 だから心の中に留めておいたのだと言う。

 確かにマナを編むことは魔術を扱う上で初歩の初歩なのだ。できないというのなら、時間がかかってもこなしておくに越したことはない。

 まさか5日間まったく進展しないとは思わなかっただろうし、ツェツィアの性格なら何かのきっかけでもないと言い出せなかったのだろう。ともあれようやくティアリアリスに伝えられたのだ。明日からはもっと効率よく勉強できることだろう。

「そう言われると確かにそうですが・・・。そうですね。まさか私より先にツェツィアさんに治癒の方陣を描かれてしまうとは思ってもいませんでした。でもきっと、この数日はそのためにあったんですよ」

「う・・・ごめん、なさい・・・」

「あやまる必要なんてないです。むしろ良かった。この時間がなければ、ツェツィアさんの可能性に気がつくのが、いつになったかわからないのですから」

「でも・・・」

 ツェツィアは言いよどむ。元々ツェツィア自身が2色の必要を感じていないのもあるが、自分のことよりも人のことを心配してしまう性格のせいだ。その性格も、以前であれば自己の壁にはばまれ、表にあまり出てこなかったものだろう。しかしティアリアリスに慣れてきたのもあって、本来の性格が少しずつ現れるようになってきていた。

 私はツェツィアを抱きしめた。

 このこはやさしい子だ。

「――ありがとう、ツェツィアさん」

「な、何、を・・・」

「あなたがいてくれて、あなたが友達であってくれて、良かった。あなたほどの友達がいてくれる私は、最高に幸せ者です」

 ずっと私のわがままにつきあってくれていた。この勉強も、一般科を目指すツェツィアには必要のないことだとろう。それでも助けてくれる。毎日、毎日、そしてこうして抱きしめたいときに抱きしめさせてくれる。人は人の温もりに癒されるのだ。赤ん坊が母に抱かれ、その心音に安心できるように。私はツェツィアを抱きしめ、寄り添ってくれる人の安らぎを与えられていた。

 ほんとうに、ありがとう――

 そして願わくば、貴女の心の壁を消してしまえることを





 時刻が6の位置をまわり、あたりが夕暮れの色合いを濃くしてきた。

 外で訓練している生徒の声も聞こえなくなってきたこともあり、私とツェツィアは勉強を切り上げ、学生寮へ帰ることにした。

 ツェツィアと他愛のないことを話しながら廊下を歩き、角をまがろうとしたとき、そこに小さな人影があることに気がついた。

 夕日に色合いを染められていたが、赤と青の二つの色がそこにあった。

「ツェツィアさん南です。南の階段から降りねばいけない気がします。さぁはやくささっと行きましょう!」

「待ちなさい。もうあなたがすっごく早いのはわかったから、ちょっと待ちなさい」

「こんにちは、ティアリアリスお姉さま。たぶんこれが最後の機会になると思いますわ」

 ラーナルーラはイライラと、ルミエルはのんびりと、そう言った。私は逃げようとする足を止め、二人を警戒しながら近寄ってみる。

「・・・最後の機会ですか?」

 最初の勧誘から何度も二人は私に接触を持とうとしてきた。そのたびにトイレだ着替えだハトの餌やりだと逃げ出してきたのだが、今回はどうもいつもとは様子がちがうようだった。

 おそらく一度貴族寮に帰ったのだろう、制服のままではあったが荷物は持っておらず、どうやらずっと廊下の角で私を待ち伏せていた。教室で勉強しているところに押しかけることもできたのだろうが、そういった無粋なことはせず、終わるまで待っていたのだ。

「はい。お姉さまはこの張り紙を読みましたか?」

 ルミエルは彼女の横にある掲示板のポスターを指差した。


『帝立合同 夜会舞踏会 聖ルイズ女学園・帝立国軍学校・ギルド育成所 の3所合同の夜会を行います。場所 聖ルイズ女学園 ダンスホール 参加資格 男女供に中等部資格以上 衣装 ドレス又は学生服 時刻

―――』


 星空の見える噴水の広場で男女のシルエットがダンスを踊っているようなイラストの描かれたポスターである。

 いつもここを通るので勝手に目に付くものだし、これが張られた当初は女生徒たちがキャイキャイ楽しそうにこのポスターの前に集まっていたのを覚えている。最近は学期末の習熟度試験、進級試験に並び、生徒の話題に上るイベントだった。

「これ、進級試験の3日後にあるやつですよね。いつも目に入るので知っていますけど・・・」

 ルミエルがコクリとうなずく。

「例年通り、3所合同のお祭りなのですが、いつもであれば学生会が主催なのに、今年は貴族会が主催なのです」

 確かに角の方に貴族会主催、とある。

「ま、早い話。第1王女とその周りの連中が主催者ってことなの。国軍学校の生徒と簡単に縁を持つにはこれほどいい機会はないからね」

「冬にも舞踏会はありますが、ミーラお姉さまはこの会で軍への足がかりを強める気なのでしょう。そしてそれを少しでも押し留めたいと思う私達は、この会に参加しなくてはいけなくなったのです」

 貴族会が主催するということは、自分達の都合の良いように、人の流れを決められるという事だ。

 軍学校に通う指揮官候補の生徒と個別に会談する場を用意したり、戦争に反対する生徒を小分けにして戦争をしかたないと思う生徒の中に混ぜ、多数意識にさらしたりする。

 この会がそうしたことまでするかはわからないが、今まで学生会が主催していたものを、貴族会が主導権を奪い、行なおうとしているのだ。きっとそこには何らかの意図がある。

 女学園の戦争への参加を反対する双子王女は、姉の地盤固めが行なわれようとしているこの場面を見過ごすことができない。

 今までは姉に対抗する切り札を見つけるまで、ゆっくり待つことができたのだが、こうなってしまってはティアリアリスの返事がどうあれ、直前の試験で中等部に進級しなくてはいけなくなったのだ。

「私達はこれから他の生徒にも声をかけなくてはなりません。いろいろと動かさないといけないのです。ですからお姉さま、申し訳ないのですが」

「あなたにはこれに参加してもらうことになるわ」

「ちょっとまって」

「待ちません」

 そうだった。この間はこうして待たせて逃げたのだった。

「何で私が参加することになるんですか?。そもそもこの夜会は、私とは関係ないなぁと思っていたんですが」

 一般庶民とは関係ないところで行なわれるきらびやかな会なのだろうなと思っていた。まさか突然参加しろと言われるなど、考えたこともなかったのだ。

 そもそも話が急すぎる。以前のルミエルなら、もっと外堀を埋めて逃げられないような手を打ってくる印象だったのだが。

 私がそう言うと、ルミエルはすいません。と謝った。

「この話は、もうお姉さまの善意にしか頼ることは出来ません」

「正直言うとね、今日までサフィロ兄様と交渉してきたんだけどね。決裂しちゃったんだよね」

 ラーナルーラは不機嫌にそう言う。

「サフィロ王子が、なんと?」

「んと、その前に、その子も混ぜていい話?」

 私の後ろにいるツェツィアを指差す。

 どうしよう、すごく迷う。

 ここでツェツィアを巻き込むべきか、巻き込まないべきか。おそらく――

 おそらく私は双子王女の話しにのると思う。

 すごく嫌なのだが、やらなくていいなら絶対にやらないのだが。

 戦争を止めたいというこの二人が、私の協力がほしいと言う。私の協力があれば、それだけで少しはこちらの意見に耳を傾ける人が増えるだろうと。

 そして私も、戦争は嫌なのだ。

 だからきっと、私はこの二人の言う通り、”象徴”となるだろう。

 では、ツェツィアはどうか。もしここで彼女を先に返し、後でこの話を振ったとする。―――十中八九、双子王女の話には乗らず、私とある程度の距離を保った関係を続けることになる。

 ツェツィアは目立つことが嫌いなのだ。人と人のいさかい、争い合いが嫌いなのだ。私がそういった中に飛び込んだなら、付いてきてくれるかわからない。

 ツェツィアの人の良さなら否とは言わないかもしれないが、おそらく消極的に距離をとられそうな気がする。

 逆に、ここでツェツィアにも話を聞いてもらったら。

 少しでもいっしょに悩んでくれたなら、違う結果があるかもしれない。

「――ツェツィアさん、聞くだけでいいので、私といっしょにいてくれませんか?」

 ツェツィアは私の目を見た。じっと、私から何かを読み取るように、おそらく私は、ツェツィアを巻き込もうとしている。テテアはそれを読み取るだろうか・・・。

「・・・・・・い・・・嫌」

 断られた。

「・・・・・・ごめんなさい・・・」

「・・・いいえ、無理を言ってすいません。ではツェツィアさんは先に寮に帰ってください。私はこの二人と話がありますので」

 ツェツィアは困った表情をして、申し訳なさそうに私達の横を通り過ぎていった。

 まぁ、人の事情に踏み込むタイプでもないし、自分と関係ない話であればそうなってもしかたない。

 ・・・・・・ちょっとだけ悲しくなるが。

 私がしょんぼりしていると、ラーナルーラが先ほどの話の続きをしていいかと聞いてくる。

「いいですよ。どうぞ、どんと来てください」

「うわぁ・・・」

 なぜか引かれた。

「お姉さま、サフィロ兄様はご自分ひとりで戦うとおっしゃったのです。8年前、まだ幼く、”力”を十分に操れなかった兄は、それでも圧倒的な力でグラッテン王国を退けたのです。そして成長した今であれば、もっと活躍ができると・・・そう言っていたのです」

 あー・・・、確かにあの王子は自分の名前を売ることに、こだわっているところがある。

 僕が村を開放したんだからな!とか、そんな感じだった。

「あんの兄のせいで無駄な時間をつかっちゃったよね。ほんと、なんであれが兄なんだか・・・」

 妹からの評価も悪かった。

 サフィロ王子は一人で戦争を終わらせるつもりらしい。

 なんというか、年齢相応に夢と願望にあふれているというか・・・。妹二人が年齢不相応すぎるとも思うが。

「でも、お二人はサフィロ王子と交渉がうまくいかなかったことを私にしゃべってよかったのですか?」

 内緒にしておけばそのまま私を丸め込めたかもしれない。

 私はサフィロ王子の配下であるのだから、交渉が決裂したと言われれば、王子の意向に合わせるかもしれないというのに。

「一度王子の考えを確認に行く、なんて言われてもこっちが困るからだよ。次にあなたといつ会えるかもわかんないんだ。私達は今日、ここで、あなたから返事がほしいからさ」

「お姉さま、もちろん無条件でとは言いません。私達にできることであれば、何だっていたします。もし帝国の専属看護師をお望みでしたら、私達の専属であれば必ずしてさしあげられます。ですからどうか、どうか私達に協力してくださいませ。この学園を、戦争に巻き込まないために・・・」

 双子の専属看護師、というはちょっと心引かれるなぁ。口は悪くないし、突然どっかに遠征にいったりしなさそうだし。

 しかし性格は悪くても、王子の専属看護師が私にはあっている。あの毒と気長に付き合える人間はそうそういないと思うのだ。

 しかし、私の気持ちは決まった。決まっていたとも言うが。

「わかりました。協力します」

「!、本当に?」

「少なくとも今度の夜会だけは、あなたたちの言う象徴になると約束します。その後は未定ですが・・・」

「私達には十分だけどさ、一度そうなったらあなたはミーラ姉さまと、対立することになるよ」

「そうですね。それでもいいのですか?」

 二人はそう聞いてくる。これは私がまだ、曖昧あいまいな態度を取っているせいで心配しているのだろう。

「いえ、協力します。私はあなた方が戦争を回避しようとするかぎり、あなた方に利用されることを承諾します」

 そうはっきりと宣言した。

「ありがとうございます、ティアリアリスお姉さま」

「ありがとう、・・・お・・・お姉さま」

「ティア、でいいですよ。あ、でも一つ聞いていいですか?。もし戦争になったらどうするんですか?それでもここを、無関係のままでいたい?」

 二人は視線を交わす。そして同時に口を開いた。

「戦うわ」「後方支援に徹します」

「うん?」

 今度は先にルミエルが答える。

「おそらく、二つか三つにわかれることになります。戦いに参加する者、治療や補佐に専念する者、そしてそのどちらにも参加せず、もしかすると学園から離れる者」

「そしてそうなったら、私達はできるかぎりのことをする。戦争を回避したいっていう私達の行動は、国の行く末にかかわるってことだから。かかわった責任は結果がどうなっても、わたしたちは取るつもりだよ」

 迷いのない答えだった。損をするような選択だが、そうなってしまったら全力を尽くす。

 そういうのは嫌いじゃなかった。

「いいですね。とてもいいと思います。その時が来てしまったら、私は治療させてもらいますよ」

「ふふっ、では、ティアお姉さま。今後どうぞよろしくお願いします」

「歓迎するよ。とりあえずは進級試験、落さないでよね」

 お互い握手をかわす。こうして私は彼女達の仲間になったのだ。



「そういや、お願いないの?。何か言ってくれたほうがこっちとしてもありがたいんだけど」

「えー?、じゃあ好きなときに抱きしめていいですか?」

「いや、そういうんじゃなくてさぁ」

「あー・・・うーん、そうだ、クリーニングってできます?。なんだかこっちの世界の服飾技術が思ったより低くて・・・。あと温泉ほしいですね」


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