5 双子王女
なぜツェツィアを抱きしめるのか、と聞かれれば、私はツェツィアがかわいいからだ、と答える。
そう言うとツェツィアは決まってそんなことない、と否定するのだが。
初夏の陽気になり、食事を外のベンチで取ることが最近のマイブームになりつつある。
おいしい昼食に、気の合う仲間。膝の上にはかわいいツェツィア。
「・・・・・・食べにくい」
正直私もそう思う。
「わかりました。流石に私もツェツィアさんがかわいいからとはいえ、11歳の女の子を抱えて食事をするのは無理がありましたね。チェンジしましょう」
そう言って隣でぺーな麺を食べているシャルアをツェツィアのかわりに膝に抱く。
「にょあー!しるがっしるが鼻に入ったぁ!」
「シャルさんはもっと綺麗に食事できないとだめですよ。私が拭いてあげます」
ハンカチを取り出し、シャルアの鼻をぬぐう。
「んぐ、これはっあなたが・・・!」「なんですか?」「いえ、ありがとうございますお姉さまっ」
向かいでサンドイッチを食べているリンリーがその手を止め、私達を見ている。その隣りに退避したらしいツェツィアが移動していた。
「なんていうか、君は楽しそうだね」
「勉強も軌道に乗り、頭を悩ませることも特にないですから。進級試験も聞いた内容であればクリアしていますし」
そういうことじゃないんだけどね、とつぶやいたあと、リンリーは持っているフォークをくるりと回した。
「・・・魔術科の試験内容かぁ。確かにそうだね。というか、君のうわさは中等部にも流れてきてるよ」
「それは、リンリーの情報収集能力がすぐれているせいで?」
「いんや。実技初日から初級魔術8種に上級魔術1種を使える生徒が話題にならないわけないじゃないか。しかもなにやら特例で途中入学してきたらしい生徒となれば、いったいどんな生徒か、お嬢様方にはいい雑談のネタになるんだよ」
「・・・話題になるということは、その魔術の数は割りと多いということですかね?」
自分の話題の部分には触れず、微妙に別のところへ話をもって行ってみる。友人の口から私がほめられて(?)いる話をされるのはむずがゆいからだ。
「中等部の進級試験の判定が 1系統初級魔術10 か 1系統上級魔術1 もしくは 2系統初級魔術3 だからね。上級ができる時点で進級のボーダーは越えてるよね。そして進級する生徒で私が知る限り一番多かったのは、初級6つに上級2つの生徒だね。まぁ今の所かなり多い部類ではあるけど、君の話は他にもできる魔術があるんだろうってところが話題の要だね」
「できる魔術ですか・・・」
授業で習ったり、教科書に載っているものならなんとかなるが、知らない魔術は使いようがない。今度図書室にでも行って魔術書を探してみようか。
「でも君、選択授業はからっきしらしいね」
「ま、まだお試し期間ですから。まだどれを取るかきめてませんし。別にできなかったわけじゃないですし」
ちょこっと負け惜しみを言ってみる。
選択授業とは自由選択の授業だ。
騎士系授業 剣 槍 弓 乗馬 指揮
魔術系授業 攻撃 付与 治癒 召喚 魔術史
一般系授業 情報 芸術 音楽 商法 作法
この中から一種ないし二種を選び、選択の時間に授業を受ける。
魔術2系統を目指したり、回復できる騎士を目指したりするための時間だ。
私は攻撃魔術と付与魔術の授業を取ってみたのだが、どちらも発動する気配がなかった。特に付与魔術はこの間倍増の魔術でできたので、きっと治癒魔術と同じようにできると思っていただけに、ショックは大きかった。
「いやいや、それが普通だよ。そんな簡単に2系統なんてやられたら、ボクらみんなたまったものじゃないよ」
「そうは言いますがね・・・選択期間があと3日しかないんですよ」
途中入学なので選択する時間が与えられているのだが、どうしたものか。この様子だと召喚魔術もあまりあてにできなさそうだ。
「ティア、剣はどうなの?」
膝の上のシャルアがそう言う。私達が話している間にぺーな麺を食べ終えてしまったようだ。
「時々驚くくらいわんりょくがあるし、今からでも初等部の生徒に後れをとらないと思うわ」
「なるほど、小学生の女子相手なら、負けないか・・・!」
しょうがくせい?とシャルアが首をかしげる。しかし、実際に小学生に混じって剣を振る自分を想像すると、ちょっと大人気ない気がする。子供の頃の年齢差は身体能力に大きく影響するので・・・。
だけど、魔術が芳しくないなら、この身体能力を生かすのはありかもしれない。
「・・・そうですね。一度騎士系の授業も見てみましょうか。でも私はまだ、召喚の授業に一縷の望みをかけていますから!」
「まぁがんばんなよ。中等部に進むだけなら選択授業の成績なんて関係ないだろうけど、ティアが目指してるところは全成績がかかわってくるからね。まぁ選択間違っても年度で変えれるから、永い目でやりたいことを選ぶのがいいと思うよ」
リンリーが言っているのは中等部の上の上学部のことである。王子の専属看護師になるには上学部に入らないと話が始まらないらしい。
上学部へは特化した能力だけではなく、総合的な能力も必要とされるのだ。
私は中等部魔術科から上学部へ、それから王子の専属看護師へ
リンリーは現在の中等部一般科から情報誌社か冒険者ギルドへ
「ツェツィアさんとシャルアさんは進級なんかはどうするんですか?」
「私は騎士団の副隊長か副団長になりたいのよ!。ゆうのうな隊長を支える私とか、すっごくいいと思わない?」
シャルアがそう、元気に言ってくる。
シャルアは中等部騎士科から騎士団を目指すようだ。
「シャルアさんは騎士団のマスコットポジションがいいと思います。この抱き心地は騎士団一になれると思いますね。・・・ツェツィアさんは実家を継がれるのですか?」
抗議に騒ぎ出したシャルアを気にせず、ツェツィアに質問を投げる。
「・・・私、末っ子だから。パン屋はお姉ちゃんが継ぐと思う」
「そうなのですか。パン屋なら2号店を出店するとかいろいろありそうですが」
ツェツィアは首を振る。性格的に客商売は嫌なようだ。
「・・・・・・人と会わない仕事がしたい」
ううむ、これは難しそうだぞ。書館の司書や伝書鳩の飼育員とかだろうか。正直あまり想像がつかない。
ツェツィアとは協力関係にあるので、何か助けになりたいとは思うが、進路には相談にのったりアドバイスをするくらいしか役に立てなさそうだった。
私がシャルアを抱えながらううむと悩んでいると、食堂の方からこちらに歩いてくる一団が見えた。
赤と、青のツインテール2人組みを先頭とした、小学校3・4年生の女の子5人だった。
彼女達は私たちのテーブルの側まで来ると、みんなを見回した後、私に対して口を開いた。
「先日はどうもはじめましてだったわね。私はラーナルーラ。ラーナルーラ=イズワルド=コルドライア。少しあなたに話があるの」
赤い髪のツインテールの少女が言う。彼女は魔術実技の授業で最後まで私と競っていた少女だ。
「はじめましてティアリアリスお姉さま。私はルミエルです。ルミエル=イズワルド=コルドライアといいます。今、よろしいですか?」
青い髪のツインテールの少女がそう言う。ラーナルーラがハキハキとしていて、ルミエルが少しおっとりとした話し方をしている。
私はテーブルを囲んでいるみんなに顔を向けると、リンリーがどうぞ、と言うように手でジェスチャーしてくれる。
「・・・・・・いいですよ。うかがいましょう」
そう言って私は席を立った。
「私のものになりなさい」
第三王女 ラーナルーラ=イズワルド=コルドライア は、開口一番そう言ったのだった。
食堂からそう遠くない場所に、左右をサクラの樹のような広葉樹でそろえた並木通りがある。春にはきれいな花が咲くのか、それとも秋には葉が彩りを見せるのかはわからないが、今の時期はあまり人もおらず、話をするにはいい場所だった。
その場所に、私とラーナルーラとその双子の姉のルミエルがいる。双子のお供も、私の友人達もついてきていなかった。
「・・・・・・場所を移すから何の話しかと思えば・・・。とりあえずお断りします」
あまりにも唐突すぎる提案を私は断った。
「なんでよ。王家の配下に取り立ててやるって言ってるのよ」
ラーナルーラが兄と同じ性格なのか、それとも王族というのがみんなこういった直線的な性格なのか・・・。彼女の兄、サフィロ第二王子にも先日同じように求婚されたばかりだ。
兄の提案を断った私が、さっき会ったばかりのような妹王女の提案を受ける理由がない。
「ルーナは話をはぶきすぎなのです。ティアリアリスお姉さま、私から説明します」
双子の片割れ、青い髪の第二王女 ルミエル=イズワルド=コルドライア がラーナルーラをなだめ、そう言う。
「ではティアリアリスお姉さま、あなたは非常に治癒魔術に長じていらっしゃいます。それを踏まえたうえでのお話になるのですが、私とルーナはずっと、生徒の象徴となる人を求めていました」
「象徴?旗頭ということですか?」
「生徒の規範と言えばいいでしょうか・・・聖ルイズ女学園はもともと、治癒魔術を行なう魔術師の育成のために立てられた学園なのです。この制服も、そのための作業着を元にデザインを似せて作られたものです。ですので、学園のみならず、ここを魔術師育成機関とみなしている人々にとって、治癒魔術に長けた者はこの学園を体現しているように思うのでしょう」
それが象徴なのです。と続けた。
なるほど。この制服が私の着ていた看護服に似ている気がしたのはそういうことか。そしてその制服に身を包み、看護師よろしく治癒魔術を使う生徒は、まさにこの国のナイチンゲールになれるわけだ。
「それを私にやれというのですか?」
「そうです」
王女の2人がいっしょにうなずく。
・・・・・・なんだか話が大きくなってきたぞ。この2人、年は兄より幼いがビジョンが大きい。サフィロ王子がダメと言うわけではないが、王子よりしっかりしてそうに見える。
「あなたがたは、なぜそんな人が必要なのですか?」
私がそう聞くと、2人はお互いの目を合わせた後、言った。
「姉に勝つためよ」「この学園を間違ったほうに進ませないためです」
「・・・・・・うん?」
2人は再び見つめあう。
そして今度はルミエルだけが口を開いた。
「今、中等部は私達の姉、ミーラ=イズワルド=サリアがそのほとんどを掌握しています。彼女は今の学園に求められているモノを理解し、それを受け入れようとしているのです。ティアリアリスお姉さまには、それが何かわかりますか?」
「えーと・・・淑女らしさ、とか?」
「いいえ、ちがいます。”戦力”です」
ルミエルは続ける。
「8年前の隣国との戦争のとき、私達の父であり、この国の王が病に倒れ亡くなりました。戦争には勝てましたが、大きな象徴を失った貴族諸侯は、父に代わった長兄では国の指導者として心もとないと思ったのでしょう。より力を持つことを求めたのです。・・・ですがこれは無理もないことです。兄が国をまとめられないとなれば、また戦争が起きるかもしれません。そうなったとき、一番に被害を受けるだろう領土をもった貴族は、自分の身を守るために兵隊を必要とするのですから」
領地を守るために、戦力がいる。そして魔術師や騎士を育成しているこの学園は、より戦いに向いた生徒を求められることになってきた。そういうことだろうか。
「そうです。そして姉はそれをわかっていて、その流れに乗ることをよしとしました」
「その言い方からすると、あなたたちはそれに賛成していないんですよね?」
「そうです。力が必要だと言うのなら、何もそれはこの学園である必要はないと思っています。先ほどお姉さまが淑女らしさと言いましたが、ここはそういった気品ある女子のための学園であるべきなのです」
「・・・・・・」
正直、どんどん私のかかわれる範疇を逸脱して来ている感がぬぐえないのだけれども・・・。
お昼休みにすませられるボリュームの話ではないのはわかる。
「ええと・・・、そのために、私に気品ある女子の象徴となって、中等部のお姉さんと戦え、と?」
「あなたが戦う必要はないわ。私達がやるから」
「ルーナ。戦いと言っていいのか・・・いえ、勢力争いですね。私達だけでは姉の勢力に対して、抗うほどのものはありませんでした。だから私達は進級せず、初等部で地盤固めをしていたのです」
「進級せずといいましたか・・・」
確かに魔術実技の授業でラーナルーラが見せた魔術の熟練度なら、進級できていてもおかしくはなかった。もしかすると上級魔術を失敗したのも、わざとだったのかもしれない。進級してしまえば姉との力関係がよりはっきりしてしまう。何の方策もないまま姉の陣地の中へ切り込んで行ったのでは、姉>双子 という構図を学園関係者各位にしらしめることになるのだろう。
だからわざと進級せず、待っていた。姉が中等部からいなくなるか、もしくは――
姉に抗する手ごまが現れるのを。
「・・・・・・待ってください。私に期待をしているようですが、私ではあなたがたの求めるほどの者ではありませんよ。ただの生徒です。いっぱんぴーぷるなのです」
「緑の聖女というのをご存知ですか」
どかんと。
ルミエルが言い出した。
ご存知ですかと聞かれているが、そうじゃない。
私は衝撃で目を見開いたまま、動くことができなかった。
「なんでもその聖女は毒と魔物に苦しむ騎兵達を救い、命の危機にあった王子様を誰も近づけない死の世界から、たった一人で救い出したのだとか。まるで英雄譚のように民衆の間で広まっている物語ですが、これには本当のことがあります。毒と魔物に苦しんだ騎兵とは第4騎士団第1中隊であり、命の危機にあった王子様とは第二王子サフィロ=イズワルド=サリアなのですから」
そしてもう一つ、とルミエルはもったいぶったように間をおいてから話し出す。
「”緑の聖女”と呼ばれる魔術師も実在します。彼女はその特異な体質と魔術の腕を買われ、サフィロ王子の配下になると供に、強力な後押しを得てこの学園に入学したのだとか。その際身分を確かなものにするために、第1中隊の中隊長をしていたある貴族の養子になったのだとか。そういう話をご存知ですか?」
ルミエルは眺めるように、隣にいるラーナルーラがとても楽しいモノを見るように、2人が私を見ていた。
私は冷や汗をかきつつ、その視線から目をそらす。
「・・・・・・・・・・・・なんのことやら」
「きっとその聖女様なら、私達の話に乗ってくれるはずです。戦争になることを見越しての戦力育成ではなく、戦争を回避するための知識、作法、交渉術を学ぶことこそが、私達には必要なことなのだと。それとももっと名声を求めますか?、戦争になれば、より活躍できる機会が増えますよね。もしかすると戦争での栄誉の方が魅力なのでしょうかね」
その挑発にカチンときてしまった。活躍するために戦争を喜ぶような人間に、私が見えるのか?と。これはただの安い誘導だとわかっているのに。
「ふざけないで。戦争の英雄なんていらない。戦争を回避する無名の英雄こそが本物の英雄よ」
そう答えると、今までほとんど表情の見えなかったルミエルに、とてもうれしそうな笑顔が浮かんだ。
「そう言ってくださると思っていたのです、ティアリアリスお姉さま。では私達の思いは同じだということですね」
「まって」
私は喜んでいるルミエルを止めた。ルミエルは素直に話をやめ、パチクリとした目で私を見上げてくる。
小首をかしげ、年相応のかわいい女の子のように。
私はそのまま少し考えた後、
ダッシュで逃げた。
「ああああー!?逃げたっ!こらぁ逃げるなぁっ!」
後ろからラーナルーラの追いかけてくる声が聞こえる。が、私は振り向かずに一目散に駆けた。
まっすぐな並木道を、体力の続く限り。
そうして私は圧倒的な脚力で逃げおおせたのだった。
”召喚魔術”の選択授業の最初の内容は、身近な生き物のスケッチだった。
他の魔術とは違い、召喚魔術には方陣の成否だけでなく、召喚される側の了承が必要なのである。
お互いに向き合うこと。そして相手を知ることの出来る”スケッチ”は、魔術を修得するためにとても効率の良い方法なのだと言う。
「・・・・・・・・・・・・」
幾人かの生徒がスライムや猫、犬などの生き物をスケッチしている。そしてめずらしいものが1匹、眠らされたウッドウォークという、60cmほどの木の小人のような魔物をスケッチしている生徒もいる。
寝ているが、それで向き合っていることになるのかと驚いたものだが、かまわないらしい。
仲良くなったほうが早く召喚できるようになるが、危険な魔物は時間をかけ、地道に歩み寄ることが大事なのだという話だ。
「・・・・・・」
地味だ。
私は看護学校時代に書きなれた経験を元に、その授業を淡々とこなしていた。
今後もこのような授業が続くのであれば、私は退屈で死んでしまうだろう。すやぁ、と。
「・・・・・・あの」
これは本当に騎士系の選択授業を視野に入れたほうがいいかもしれない。
乗馬とかどうだろうか。あちらでは上流階級の嗜むものというイメージだが、こちらでは移動手段の一つだ。自転車に乗る感覚で乗馬を嗜むのはありかもしれない。聞いた話では乗馬の延長線上にワイバーンやグリフォンに乗って空を飛ぶこともできるらしいし、魅力的である。いいなぁ。空とんでみたい。
「・・・・・・なんで、ちっちゃな毛虫をいっぱい描いているの?・・・」
そう声をかけてきたのはツェツィアだった。
彼女はさっきまで何か2箇所ほどでっぱりの増えているスライムを一心に描き写していたと思ったが、今は私のスケッチ帳を覗きこんで首をかしげていた。
「・・・芋虫ではありません。これは大腸菌です。しかも腸管出血性大腸菌です。o-157なんかの、危険なモンスターなんですよ」
「・・・・・・そう」
ツェツィアにはさっぱりわからないようだった。いや、わかって話に乗られても私が困る。このべん毛の数はo-111ね、などと言われてもさっぱりだ。遠い授業の内容など、すでに記憶の彼方。実をいえば適当に楕円に毛を生やして遊んでいただけである。
「ツェツィアさん、私はこの大腸菌のように、ちっちゃく生きて行こうと思うのです」
「・・・・・・なにが・・・?」
何があったのか、と言うことであれば、おおありだった。
怖い。怖すぎる。
外見的な情報から、彼女達をあなどっていた。
ルミエル=イズワルド=コルドライア
と、その相方。
ルミエルは私を完全に政治利用しようとしていた。この学園には貴族の子女も多く通っている。それははからずも、ここを政治の前哨戦の場にしてしまっているということだ。
学園を制する者は派閥争いを制する。
さっきは逃げてしまったが、おそらくこのままではすまないだろう。彼女達は私が中等部に上がるのと同時に、姉のいる舞台に上る気なのだ。
一月後の進級試験までに、私をとりこむのだ。
嫌なのかといえば嫌だ。が、彼女達の言い分には賛同したいところがある。
戦いを回避するための学園――
望むところだ。ただでさえこの世界は魔物の生息により、人の生活圏が脅かされている。このうえ人と人との争いで命を危うくするなど、許されざることである。
それを回避したいという彼女達の想いは、私もおおいに賛成する。
とはいえ、その旗印に私を選ぶな。
私は私のことでいっぱいいっぱいで、他人の事情に首を突っ込むほどの余裕はないのである。
「ハァー・・・ちっちゃく生きたい・・・・・・」
ため息をつく。目立たなかったあの頃にもどりたい。
なぜ目立つことをしてしまったのか。だって・・・病人がいたからだし。ただ治すためにあれこれしてただけだし。
「・・・・・・これ、魔物なの?」
すでに私の悩みなど興味なく、ツェツィアにはこちらのスケッチの方が気になるらしい。
「・・・聞いてくださいツェツィアさん、双子の王女がさっき、私に、この学園の象徴になれと言ってきたんですよ」
「・・・象徴って?」
私は先ほどのやりとりを大まかに説明した。
「・・・・・・そ、そうなの。・・・なるの?」
「なりません。なりませんが・・・かなり詰め寄られた気がします。いろいろおかしいレベルで私のことを攻略しに来ていました」
そうだ。思い出した。
なぜ”緑の聖女”などというモノがルミエルの口から出たのか。
そしてそこからの私の情報の数々。リンリー以外の情報通が他にもいる可能性もあるが、そもそも私の近くに情報を持っている人間がいるのだ。そこから聞き出せばいいのではないだろうか。
「身内を疑うのは気が引けるのですが・・・ツェツィアさん、私の情報が双子に漏れています」
そう言うとツェツィアは目をしばたいた後、眉根をよせた。
「・・・・・・私じゃないから」
ツェツィアにもリンリーたちにしたのと同じ話はしてあった。そして、私の話を漏らしたのはツェツィアではないと思っている。
「ですね。ツェツィアさんではないと思っていましたが、他にこのことを知っているのは入院中の数人と学園長と――」
リンリーとシャルア
リンリーも怪しいような気がするが、職業に対して真剣な様子を考えると、ちがう気がする。
そしてシャルア。
以前彼女の言ったセリフに気になるものがあった。
「『騎士において階級は絶対』そう言ってましたよね・・・」
「・・・・・・う、うん」
子爵よりもっと上の、たとえば王族に友人の秘密を打ち明けるよう言われたとしよう。私ならこばむ。が、この国に生きる普通の国民ならどうか?。ましてそれが階級を重んじる騎士であったならば。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
友達を疑うのは早計である。内情を知る騎士ということであれば、ヴェルクリットさんもそうなのだ。同じく入院していたアーロイさんもある程度は知っているだろうが、彼はもう隊に復帰したはずだ。アーロイさんから聞いたとは思いづらい。
・・・・・・アーロイさんの事件は嫌な事件でした。
まさか輸血の方陣を逆にしたとたん、全身から血が噴出すとは・・・。やめよう、あの光景はしばらく悪夢に出たのだ。思い出したくない。
さて、そんな風に考えをめぐらせてみても――やはり、彼女が一番あやしいなと思える。
確認せねばなるまい。今後の私のプライバシーにかかわることでもある。徹底的に。徹底的にだ。
「・・・・・・、・・・あの、ひどいことは・・・」
「おや、ひどいことなんてしませんよ。でもなんだか、ふふふ?、楽しくなりますよね?」
ツェツィアは身を震わせた。そしてなぜか私から視線をそらす。
「やだなぁ、怖いことなんてまったくないですよ。そうだ、細菌の話をしましょう。大腸菌みたいな悪い奴ばかりではないのです。人の体には100兆個以上の細菌がいると言われていて―――」
その後もツェツィアはずっと私と視線を合わせることはなかった。