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刻の終わりのナイチンゲール  作者: ツインシザー
学園
15/39

4 実技授業(スライム)


 この世界にも体操服がある。

 運動をするときに着るものだが、ここでは運動以外の授業でもこれを着て行なわれるモノがあった。


 ”魔術”の実技授業である。


 室内運動場 体育館 の四隅にある玉のようなものに、今は光が灯されている。あれは魔玉といい、付与魔術師によって付与された魔術を発動するためのものなのだと。

 効果は魔術障壁であり、生徒が適当にポンポンとばして遊んでいる魔術の効果を遮断するためのものだとか。

 まだ授業開始の鐘が鳴っていないが、体育館には人が多い。3クラス合同の授業のため、生徒も教師も3クラス分集まって来ているのだ。

 私は始めての魔術実技ということもあり、物珍しさに辺りを見回しているのだが、やはり生徒の平均年齢は一桁のようだ。

 魔術で雪玉を作り、投げ合っている生徒を眺めていると、後ろから私を呼ぶ声がした。

「ティアリアリスさん、授業前にあなたのマナ量を計ってしまいましょう」

 振り向くと、担任のオリビア先生がハンドボール大の黒っぽい魔玉を持って近づいてきた。

 ”マナ”とは魔術を発動するときの消費MPみたいなもののことである。

「せんせー私もやりたーい!」「マーガレットさんはこの間やったばかりでしょう?また今度ね」「私もやりたーい!」「私やるー」

 わらわら

 なぜか生徒が集まってくる。

 サッカーボールに群がる小学生のようだ。

「じゃ、じゃあ、ティアリアリスさんがやる前に、誰か一人だけ、ティアリアリスさんにやってみせてあげましょうか」

 生徒に根負けしたオリビア先生がそう言うと、周りの生徒がハーイと良い返事をする。

 先生に選ばれた一人が黒い魔玉に手を触れ、えーい、と掛け声を上げると、黒かったモノの中心に光があらわれる。

 小さな光だが、きらきらと輝いていた。

「トリスさんは3.5マナくらいですね。前に計ったときと同じかな」

 ティアリアリスさん、わかりましたか?と話を振られるが、よくわからない。とりあえず真似をすればいいのだろう。

「ティアリアリスさん、どうぞ」

「は、はい」

 魔玉に手を乗せ、えーい、と声を出す。「魔玉に集中してください」先生からアドバイスをもらいつつ、意識を魔玉に向ける。

 黒い中に、大きな光が現れる。さっきのトリスの時の4倍はあるだろうか。

「うわぁ、すごいですね。20マナくらいありそうですよ。ティアリアリスさんは生まれつきマナ量が多かったんですか?」

「いえ、初めて計ったのでわかりません」

「では魔術をずっと使ってきたんですかね?。これは付与や治癒を仕事にしている成人魔術師と同じくらいありますよ」

 なるほど。マナ量というのは使えば伸びるものなのか。魔術には心当たりがないが、看護師としての仕事ならやってきた。

 世界が終末にみまわれると、それまで看護師には許されていなかった医療行為も当然のようにやらされたりもした。

 そういった経験が、こちらの世界での”マナ量”としてあつかわれたのだろうか。

 わらわらわいわいとしていると、授業開始の鐘が鳴る。集まっていた生徒達がクモの子を散らすように自分のクラスの位置にもどって行く。

 先生に整列させられて出席確認をされたあと、系統ごとにわかれての魔術練習が始まった。


 系統は4つである。


 攻撃魔術

 付与魔術

 治癒魔術

 召喚魔術


 細かいことを言えば、火や雷なんかの各属性も系統と言うらしいが、ここではそれらをひっくるめて攻撃魔術としている。

 私は治癒魔術の輪に入った。人数で言えば2番目に多い。

 一番少ないのが召喚魔術で、8人しかいない。そのうちの一人がツェツィアだった。

 あと、それら4系統とは別に魔術が使えない生徒が幾人か輪の外におり、覚えたい系統の練習をしているようだ。


「はーい、では治癒の組は2人一組になって、お互いの方陣が間違っていないか確認しながら魔玉に方術してみましょうねー」


 はーい先生。あぶれています。

 正直わかっていた。

「一人です。誰か組んでいない人はいませんか?」

 私はそう自己申告する。

 すると治癒系統担当らしいオリビア先生が、そこは3人でやってね、と私の近くの生徒を指差した。

 実に手馴れていらっしゃる。

「よろしくお願いします」

 そう笑顔で挨拶すると、その2人は肩身を寄せ合ったまま、コクリと頷いた。

 なんなのだ。ここの生徒って繊細なのが多いんじゃなかろうか。

「じゃぁ最初は回復魔術から行きますよー。はーい撃って~」

 先生の合図にみんなが魔玉に手をかざし、思い思いの呪文を紡ぎ、術を放つ。呪文の文言は方陣の意味とだいたいあっていればいいらしい。

 治癒系統は人数が多いので、魔玉も4個用意されている。その4つがみんなからの魔術を吸収するのだ。

 私はアイネを治した時の、一番初めに使った回復魔術を放った。

 横を見ると小さな2人組みも同じように放っているが、私のものとは方陣の数が違う。やはり”輸血”の効果の方陣はないらしい。

 私は術をかけたまま、”輸血”の方陣を消す。2度目なので慣れたものだ。

「え?あれ、今・・・」

「はーい。みんな平気そうだねー。じゃあ次、解毒魔術行くよー。できなかった子は輪から出てねー。はい撃って~」

 ふふーん。余裕である。いったい何人の毒兵士を治したと思っているのか。今だったら両手で別々に撃つことだってできるような気分だった。

「せんせー!この人へんです!」

 私と組まされていた内の一人が、私を指してそう言った。

「どうしました?」

「この人、右手と左手で魔術撃ってました!」

「ええと?両手で?」

「ちがいますっ。右手とっ、左手です!」

 オリビア先生は良くわかっていないようで、小首をかしげている。

 ドキドキである。まさか小学生に混じってやった授業で調子に乗って先生に怒られそうになるなど、あるはずがない。

「えー、じゃぁ、次からはきちんとやってくださいね。えー、では、今できなかった生徒は外にー」

 ふぅ、良かった。次からはきちんとやろう。そう思いなおし、さっきの少女に笑顔を向ける。

「ひぃっ」

 おいこら。

 威圧はしてないから。私は先生に注進したことを怒るような人間ではないのだ。

 最近はなぜかおびえられる。私はその子との意思疎通をあきらめて回りを見た。

 輪になっている生徒は1/3くらい減っていた。年齢的に低めの子ができなかったようだ。

 先ほどの少女もまだ残っている。

「がんばりましょうね」

 私はこちらに剣呑な眼差しを向けてくる少女にそう言った。

 よし、次の魔術のために気持ちを切り替えて行こう。





 4度目くらいにコツはつかむことができた。

 3度までは他の生徒の魔術を真似することに四苦八苦していたが、要は患者を想定すればいいのだ。

「じゃあ聴音魔術行くよー。これが出来ると付与魔術の素養もあるかもしれないやつだよー。はじめー」

 目をつぶり、聴診器を思い浮かべる。聞くための道具。患者さんの心臓、肺、気管、お腹・・・ そうして目を開けると、私の腕に方陣ができ、魔術が発動しているのがわかる。

 これが魔術による聴診なのか。

 確かに聞こえる。体育館の床を伝わって、魔玉の中にまで響いてくるいろいろな音が。

「はい、よーし・・・もう5人しかいないし、どうしようか。続けたい人?」

 先生は方術をやめさせると、そんなことを言って来た。

「せんせー、まだ終わってませーん」

「ええっ、でももうみんなマナが減ってきちゃったんじゃないかなーって・・・」

「じゃーあー、もっと難しいのやってください」

 そう言って、その少女は私をねめつけてくる。私はそれに、不敵な笑顔で答えてあげた。

「うふふふふふふふふ?」

「あははははははははっ」

 今、4個の内の一つの魔玉を、私と彼女とで独占していた。

 最初に3人組を作らせられた時の、そして先生に告げ口されそうになった時の、まさにその時の少女である。

 体操服の名札にはこうある。 『初等部Aクラス ラーナルーラ』 と。


 ラーナルーラ=イズワルド=コルドライア


 この挑戦的な目をもつ少女は、双子王女の片割れであり、王族一番の末っ子である。

 その少女――むしろ外見的には幼女と言って良さそうだが。と、なぜか対決のような構図になってしまっていた。

 私達のまわりでは興味を惹かれた生徒が人垣を作り、オリビア先生がさっきからずっとおろおろとしていた。

「じゃ、じゃあ、あと2つだけ行きますよ。内膏の魔術です」

「ないこう?どんな魔術なんですか?」

 ちょっと名前だけではわかりかねたので質問をする。先生によると体内の炎症を和らげる魔術らしい。方陣の描き方によっては付与魔術にも近いものになるらしく、少しだけ難易度が高いらしい。

「では、はじめー」

 炎症を和らげる付与するモノと言えばシップかなぁ。とりあえずナノシートあたりを想像しながら魔術を発動する。

 できていた。

 ほんとう、想像するだけで方陣が描けるのってありがたい。きちんと学んでいる生徒には申し訳ないが、医療は速度である。早く方術できるのならそれが一番いい。

 それに、私の目標も魔術を納めることではなく仲間を探すことなので、その段階部分はこの恩恵を使ってさっくりと飛ばさせてもらおう。

「はーい、いいですよー。では最後になります。最後は回復の上級魔術いっちゃいましょうか」

 上級・・・って、どんなんだ?。大怪我を治せばいいのだろうか。

 今までのものは全部、方陣が一個だった。なので上級というのは方陣が2個のものだと思われる。

 確か王子への輸血のときに、輸血用の方陣を幾重にも重ね、効果を強化したことがある。なので、上級の回復魔術とは初級の回復魔術の方陣を重ねればいいのだろう。

「はい、はじめー」

 先生の合図に目をつぶる。そして二つ、回復の魔術方陣を思い描く。

 目を開ければ、かかげた右腕の周りを二つの方陣が囲み、緑の光が魔玉を照らしていた。

 向かいに座るラーナルーラも同じように二つの方陣のある魔術を紡いでいたが――片方の方陣がブレたかと思うと、方陣全てが霧散するように消えてしまった。

「ああんっ!もうちょっとなのに!」

「はい、じゃあそこまでー。できたのはティアリアリスさんだけでしたねー。ティアリアリスさんはどこかで習っていたんですか?」

「ええと、そうですね。人を治すことが多かったので・・・」

 先生の問いにあいまいに返しておく。

「そうですか。なんだか古い上位方陣の組み方をされてたので不思議に思ったんですよ。後で教えるので倍増の方陣を覚えてみましょうね」

 うわぁ。なんだか便利そうな響きだ。

 そういえばラーナルーラの組んでいた方陣も、同じもの2つではなく、片方が回復の方陣でもう片方が別の方陣だった。

 先生にこの授業の後の約束をもらい、ほっと一息つく。

 するとそれまで見ていた生徒達がわらわらと近寄ってきた。

「ティアリアリスさんすごーい。他に何ができるのー?」「まじゅつかにすすむんですかー?」「おねえさまと呼んでいいですかー?」「おっぱいちっちゃいですか?」「びじんなおねえさまー」

「あの、ええと、呼び方はおまかせします・・・」

 かろうじてそれだけ言うと、あたりからキャーという黄色い歓声が上がった。

 女生徒の輪から逃げようと横を向くと、ラーナルーラがいた。ラーナルーラと、顔がそっくりの双子が、こちらを見ながらコソコソと話している。そして私と目が会うと


 ラーナルーラはニヤリ、と笑った


「はーい!じゃあこの後は魔術の実践実習になりまーす!スライム相手に魔術を使ってみましょう。よーい・・・はじめー!」

 数人の教師により、カゴに入った大量のスライムが体育館内にばら撒かれる。コロコロとかわいい夏みかんくらいのスライムが生徒達の間を転がってゆく。

 そして生徒みんながキャーキャー叫びながらの魔術大会が始まったのだった。





 赤、青、黄色、緑、橙、紫のもいる。

 色とりどりのスライムから、気に入った色のスライムを選び、捕まえる。

 スライムはあまり早く動けないので生徒にあっさり捕まってしまう。すると逃げようとしてか、全身をプルプルと震わせるのだが、しばらくすると疲れて動かなくなる。この状態になると簡単に魔術をかけることができるのだ。

 私は足元にいたピンクのスライムを捕獲してみた。確かにプルプル振動して手がくすぐったい。あまりやさしくつかんでいると逃げられそうになる。

「あわわわ、こ、これは中々・・・激しいですね」

 私がスライムの振動に驚いていると、周りの子達がおかしそうに笑っていた。

「おねえさまー、ピンクいいなー」

「あ、ではその動かないスライムと交換しませんか?はやく、はやくっ」

 その女の子はハーイ、と手際よく交換してくれる。私の手にはぐったりした?薄緑のスライムがやってきた。いい色だ、やはり見慣れた色はとても落ち着く。

 私はお礼を言って、そのスライムを観察してみる。目も口もない。でも内臓はあるのだろうか、光の加減で体内になんかの器官があるように見えるんだけど・・・うーん。

 とりあえず揉んでみる。

「あ・・・・・・」

 揉む。

 うむ。

 うむうむ。

 あー

「おねえさまー。魔術かけないとだめですよー」

「えー?」

 私はにこやかに笑う。

 周りでは回復魔術をかけたのか、元気になって逃げ出したスライムを生徒が追いかけている。

 なるほど。魔術は魔物にも効果があるのか。

 おもしろそうだと思い、自分も何か魔術をかけてみることにする。

「うーん、何をかけましょうか」

「おねえさまー、見ててー。あぶくの魔術ー」

 7,8歳の生徒がそう言ってスライムに魔術をかける。方陣が黄色だ。確か付与魔術だった気がする。

 魔術をかけられたスライムの内部に、小さい気泡が起ち、消える。だんだん量を増やし、ぶくぶく、ぶくぶくと炭酸水のように起ち上る。

「面白いですね、なんだか飲みたくなります」

 あぶくはだんだんと激しくなり、スライムの体表をふるわせると 爆ぜた。


 スライムがばちゅんと飛び散った。


 スライムの内容物があたりに飛び散る。もちろん目の前で観察していた私には大量のスライム滴が降りかかる。

「えへへー」

 してやったり、という笑顔を向けてくる。

「おねえさまー、私もー」

 そう言って別の子が魔術を ばちゅん

 その隣りの子も ばちゅん

 加熱され――はじける。

 凍結され、投げられて――砕ける。

 攻撃魔術のどれかを喰らって――やっぱりはじける。

 始めは安全で落ち着いた魔術をかけていた生徒達だったが、だんだん慣れてきて攻撃的な魔術を使い始めると、あちこちでスライムの花が咲いていた。

「あーかかったー。んもう!」

 スライムの体液をかけられた生徒がしかえしにスライムを投げて―― ばちゅん


 それからはもう、水風船のぶつけ合いみたいな有様ありさまだった。


 ・・・・・・なるほど。このための体操服だったか







 体操服はびちょ濡れだった。

 時期的に風を引くということはないと思うが、服が肌にくっついて気持ち悪い。

 早く着替えたくはあるのだが、ティアリアリスは一人、オリビア先生との約束のために体育館の片隅に立っていた。時間的にはまだ授業中である。だけどいろいろ整えるために早めに授業が終わったのだ。生徒は更衣室にシャワーを浴びに行き、先生達は体育館の清掃にいそしんでいる。

 清掃の部分を具体的に言うと、生きているスライムを集めた後、飛び散ったスライムのところにちょっと大き目のスライムを転がしておくのだ。するとそのスライムが、飛び散ったスライムのプルプルをどんどん吸収していく。

 スライムを食べるスライム―― ジェルイーター と呼ばれる魔物らしい。

 そのスライムを使って体育館を綺麗にするのだという。


 大体きれいになったあたりでオリビア先生がやってきた。

「お待たせティアリアリスさん。じゃあちょっとやってみましょうか」

 そう言って先ほどののーまるスライムを1匹、ポケットから出す。

 透明でプルプルのこれが・・・うわぁ

 あの情景を思い出してしまう。割と凄惨せいさんな様相だったはずなのだが、生徒達はまったく気にしていなかった。

 慣れなのか、それともこの世界がそういった命のやり取りを日常的にする世界なのか・・・。

「では先生が方陣を描くので見ていてください」

 オリビア先生が魔術を紡ぐ。方陣は2個。初級の回復の方陣と、もう一つが倍増の方陣というものか。

「倍増の方陣がわかりますか?。この方陣の特徴は後ろ半分を書き換えれば別の方陣の効果を上昇させることができることです。その書き換える部分も難しくないから今ではこちらが主流になってるんですよ」

 なるほどわからない。

「先生、ちょっと確認にさっき私がやった魔術をもう一度やっていいですか?」

「はい、どうぞ」

 先生は魔術で元気になったスライムを上下にブンブンと振り、ぐったりさせる。あー・・・そういうのもありなのか。三半規管があるのかはわからないけど。

「では・・・」

 私は詠唱し、さっきの回復の方陣が2個の魔術を発動させる。

 そしてよくよく目をこらし、方陣を見る。

 細かく確認すると、方陣は同じものが2個ではなく、微妙に違いがあるのがわかる。

「先生・・・私、同じ方陣を2個重ねればいいだけだと思っていました」

「え?ええええ?」

 ”魔術”の細かい仕様構造に今更ながら目を見張らされた。これはなるほど、一つの学問足りえるわけだ。

 私は魔術があまりに簡単にできてしまうからか、甘く見ていたのだ。

「あの、ティアリアリスさん?、じゃあ今までの方陣は、違いがわかっていなかったということですか?」

「はい。私がこうしたい、と思うと、その効果のある方陣が勝手に現れるので・・・」

 そう説明すると、先生はぽかんとしていた。

 手から滑り落ちたスライムが、元気なくのろのろと逃げていく。途中でジェルイーターにみつかり、パクリと呑み込まれてしまったが。

「え?先生、何を言ってるのかわかりません」

 先生は目をしばたき、混乱している様子を見せる。

 本当に申し訳ない。

「だからですね、こうするとたぶん・・・」私はさっき見せてもらった倍増の方陣を意識する。倍増と言うのだから重ねがけはできるはずであり――


 私の手には3重に円を描く魔術が発動していた。


 回復の方陣と 倍増の方陣と どこかが少し違う倍増の方陣 の3つの方陣が。


 2つ目の倍増の方陣は緑だったが、3つ目は黄色であった。黄色は付与魔術である。回復魔術を倍増するには回復魔術の要素を含んだ倍増の方陣がいるのだろう。これは緑になっている。そして黄色い倍増の方陣は倍増の方陣の要素を含んだ、”緑の回復の方陣の要素のない”、別の方陣ということなのだろう。魔術の妙を教えてくれる結果になっていた。

「・・・こんな風に勝手にできちゃうんです」

 あまり自分の特異性を人に言うのははばかられるのだが、今後も魔術の授業で方陣を書くことになれば、そのうちわかってしまうと思う。なので、担任教師と言うこともあり、この機会に話してしまってもいいかなと考えたのだ。

 が、


「ふへぁ」


 先生はパタリと倒れた。

「・・・・・・え?」

 オリビア先生は失神していた。私の目の前で、きれいに。

 私はぽかんと、意識のない先生を見下ろすことしかできなかった。

 いやいや

 まさか。だって、魔術ですよ?魔術を展開しただけですよ?なのになぜこうなるのか。

 ・・・・・・どうしよう


「どうしました?」

 その声に振り向けば、掃除の後片付けが終わったらしい、別の教師がいた。

「オリビア先生が気絶しちゃいましたか?。学生の頃はこういうの、多かったのですけどね・・・いいわ、私が介抱しておくから、あなたは着替えに行きなさい」

 その先生はそう私に言って、近くのジェルイーターを捕まえ、オリビア先生の頭の下に枕代わりに敷いた。

「あの、先生はオリビア先生のご学友だったんですか?」

 そう聞くと、少し苦笑した後、そうよ、と。 ここの卒業生なのよ、と教えてくれた。

 オリビエ先生の頭は逃げようとするジェルイーターの振動でブルブル震えていた。







 体育館を出てすぐの扉の横に、ツェツィアが立っていた。

 私をちらりと見た後、目線をはずし、そっぽを向く。

 私はうれしくなる。

「ツェツィアさーん!」

「ぎゃー!」

 めずらしい。ツェツィアがこんな大きな声をだすことなど、初めてのことだ。

 私の腕の中にすっぽりと納まっている、その少女に目を向ける。

 ツェツィアはスライム液まみれの私に抱きつかれ、びっちょりしていた。

「なんてことだ」

「・・・・・・わたしの、セリフだから・・・」

 割と無表情なツェツィアだが、怒っているようだった。

「もしかしてツェツィアさんはさっきの授業、スライムまみれにならなかったんですか?」

 ツェツィアは体操服のままだった。それも、湿っていない、きれいな体操服。新しいのに着替えた可能性もあるが、着替えるのなら普通は制服だろう。

「私、スライムの召喚をしていたから・・・」

 そう言えばツェツィアは召喚系統の班に入っていた。あの大量のスライムは召喚魔術師が用意したものだったのか。教師といっしょに準備をしていたのであれば、スライム投げの標的にならなかった可能性がある。

「では、みんなと投げ合って楽しんでないのですか?」

 私がそう言うと、ツェツィアは少しムッとしてしまう。

「・・・・・・別に、いい」

 私はそうなのですか、と答える。ツェツィアは相変わらず人に近づくことをしない。だがそれでも、私の腕から逃げようとはしなかった。

 昨日の夜の約束どおりに、液まみれになっても私に抱きしめられている。

「・・・いつかみんなで、スライム投げをしましょう」

 私がそう言うと、ツェツィアは首を振った。

「・・・スライムは、揉むものだから・・・」

 あー。

 一家言いちかげんあるらしい。

「わかります。あのふにゅっとした感触、とても良かったです」

「・・・うん」

 あのましゅまろのような感触。あれを感じた時の至福は中々のものだった。なので生徒が投げ始めた頃、私は彼女達の正気を疑ったのだ。

「そうだ、ツェツィアさんのほっぺた、さわっていいですか?」

「・・・・・・・・・・・・い、い・・・ゃ」

 どっちなのか。

「さわってしまいます」

「や・・・・・・ゅぎゅ」

「あー。スライムはもうちょっとムギューって感じですね。でも気持ちいい」

 ツェツィアのほっぺたをムニムニと揉む。肌触りがよく、感触もよいのだが、スライムの反発力にはまさらない。

「うー・・・・・・。あ・・・」

 ツェツィアは何か思い立ち、私の腕の中で少し体勢を変える。

 そして私の胸を揉む。

 ムニムニと。

「・・・・・・ハァ・・・」

「ちょっと・・・、ツェツィアさんそのため息は何なのですかね」

「・・・そろそろ、着替えたい」

 ツェツィアはプイッとあさっての方を見ながら言った。

「・・・いいでしょう。追求はまた今度。でも待ってください、まだ充電していません」

「?・・・」

「もう少しだけ、この幸せな時間を充電させてください」

 私はそのまま、ツェツィアの髪に鼻先をうずめる。

「え・・・・・・あ・・・、う~・・・」

 それはたぶん、スライムを揉むより幸せなことだと思うのだ。


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