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刻の終わりのナイチンゲール  作者: ツインシザー
悪魔
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4 治療順位


治療順位トリアージ!怪我の重い人から治療するので判別をお願いします。兵士も、黒ずくめも含めて怪我人はこのあたりに集めてください!」

 灯火となった荷馬車から少し離れた空き地で、ティアリアリスはロージェルとアーロイをこき使いながら駆け回っていた。黒ずくめ達の武器のほとんどが短剣だったためか、兵士側には大怪我を負ったものはいなかったが、怪我人の数は多かった。しかしそれら、怪我の軽いものは自分のほかにも回復魔術を使える兵士が2人ほどいて、彼らに回している。

 問題は黒ずくめのほうだ。

 どれもほとんどが大怪我ばかり。まだ息のあるものをかたっぱしから回復しているが、一人を回復するごとに、自分の中から何かが失われていくのを感じている。

 左鎖骨部から左胸筋部へ、鎖骨と肋骨4本を絶ち、左肺を損傷。心臓に損傷はないが、左肺が傷つき、出血多量。

 私はそれだけを確認し、急いで回復魔術を掛ける。

「我は求む。この者の魂に輝きを・・・!」

 手に多重の光輪ができ、みるみるうちにその傷跡を直してゆく。肺を治し、血管をつなぎ、骨をくっつけ、皮膚をふさいでゆく。そしてまるで私から血液を輸血するかのように、小さな緑の輝きが、その怪我人の体の中へと入ってゆく。

 本来であれば医師による数時間の手術が必要なほどの怪我が、たった数分で治ってゆく様は異常としか言えない。その圧倒的な効力に笑いさえ浮かんでいた。

 まるで看護師だった自分が、医師を飛び越して神になったようなものだと思ったからだ。

 だが今はもう、便利だなとしか思わない。数をこなし、それに頼らざるを得ない状況に慣れてきたのだ。そして便利ではあるが、その代償として自分の中から何かが消費されているのを感じる。おそらく、命の源ともいえる、そんな力が失われてゆく。

「治り・・・ました。次の怪我人はどこですか?」

 治した黒ずくめを兵士に預け、次の怪我人を求めて腰を挙げる。あぁ、だいぶ体がふらついている。息は荒く、悪寒もする。体に力が入りづらくなっているのも気がついている。手を握ってもほとんど握力がないような感じだ。

 2箇所から声がかかり、近いほうへと足を向ける。

 その時、怪我人の度合いを見て治療順位を判断していたロージェルが、自分に寄り添ってきた。ふらついているのを気にして、腕を支えてくれる。

「ティアさん、これ以上のマナの消費は体調を悪くします。この後、あなたが何をしたいのか、俺はまったくこれっぽっちもわからないけど、その時のために体力を残しておいたほうがいいんじゃないですかね?」

 ロージェルは私を支えながら、他の兵士には聞こえないように小声でそう言ってくる。

 これ以上の治療は、逃走のための体力を削ることになる。ロージェルは暗にそう忠告しているのだ。

 私はあたりを見回す。兵士のほとんどは治療され、治療された黒ずくめ達を縄でしっかり拘束し、打ちつけられた杭に結び付けている。そして治療を待つ黒ずくめと、彼らを押さえ、監視している兵士達。彼らは協力的ではあるが、もういいんじゃないか、という表情で私を見ている。眉根を寄せ、いぶかしんでいる者もいる。

 兵士達にとって黒ずくめの命は、失われてもいいものなのだ。

 おそらく、ここはそういう世界なのだ。敵の命のために労力を裂くのは、ほとんどしないことなのだろう。

 私は足を踏み出した。

 トリアージ。

 そういったことはもちろん考慮する。だって死にたくない。処刑されるかもしれないのだから、その前に逃げるのは当然である。

 でもそれはやるべきことが終わってからだ。

 私にとっての治療順位は、治せるものを治すことだ。

 今動かなければ、失われるモノがある。躊躇しているくらいなら、さっさと黒ずくめを治療する。

 兵士に歓迎されなくても。このあと黒ずくめが領主の判決を受け、処刑されるとしても。


「緊急!誰か・・・!誰か助けてくれ!」


 突然、そう声を張り上げながら一人の兵士が暗闇から駆け込んできた。

 その兵士は他の兵士の足元でたおれ、仰向けになる。

 肌は紫色に変色し、ただれ、腐臭を伴った黄色い膿をにじませていた。

「お前・・・どうした!?。せ、聖女様!聖女様、治療をお願いします!」 

 私は呼ばれて兵士に駆け寄る。ざっと病状を確認するが、おそらく高濃度の毒か腐食性ガスのようなもの・・・現状だとそれくらいしか思い当たらない。前者であってくれと祈りつつ、毒の治療魔術を発動させる。

「お、おれのことはいい・・・王子を、王子を助けてくれ」

「王子・・・?おい、王子がどうしたんだ!?」

「王子が・・・王子と、隊長が・・・丘に・・・」

 そう言って兵士は馬車から離れた方を指差す。その方角、確かに暗い。

 夜の暗さが少しずつ薄れ、灰色ではあるが辺りの景色が認識できるようになってきた、その中にあって、兵士の指差した小高い丘は黒い霧に包まれたように淀んでいるのがわかった。

「王子が・・・刺されて、王子の悪魔が・・・毒を、撒き散らしたんだ。隊長も、あの中に・・・」

 毒。確かに毒なのだろう、治療魔術が効いてきたのか、体表面の色が肌色にもどってきている。しかし治りが遅い。

「どうした?何があった」

 そう後ろの方から声がかかる。ちらりと振り返ると、少し他の兵士とは違った意匠の鎧を着た女性兵士が立っていた。

「副隊長!」




「・・・・・・王子から現われたヒュドラは、何もしませんでした。ただ、ただそこに立って、周り中に毒を撒き散らしてるだけでした・・・」

 毒の症状の良くなった兵士から、副隊長と他数名の兵士が話を聞いている。そして私も、兵士2人に左右を塞がれ、その場に同席させられていた。

 ここは馬車から少し離れた空き地。そこに8名ほどの兵士と私がいる。ロージェルさんなど、知り合いの兵士は今だ、馬車の近くで治療や生存確認の作業をしているのだろう。

 私は完全に逃げ時を失ってしまった。

 そして兵士からの簡単な事情説明の後、私に話が振られる。

「娘、ええと、ティアリアリスだったかね。あんた上位毒の治療もできるんだね?だったらあんたの力、貸してもらうよ」

 背の高い、引き締まった体が鎧の隙間からも見て取れる、かっこうの良い女騎士――この騎士団の副隊長、ペリシュナが私を見てそう言った。

 上位毒?毒の違いで治療法を変えた覚えはないのだが、さっきの兵士が患っていたのがそうなのだろうか。

 ともあれ、すでに断れる雰囲気ではなかった。さっきから伝令に走ってくる兵士がひっきりなしに訪れては、黒い霧に覆われた丘の情報を伝えてくる。


 王子が刺され、王子の持つ悪魔の一体が現われる。そして王子を守るためか、その悪魔は辺りに毒霧を撒き散らし、たたずんでいる。霧の中には騎士団の隊長と、数人の兵士、それから兵士に偽装した敵の間者がいるが、彼らの安否は不明である。ただ、王子だけは悪魔が確認できる限り、生存は確からしい。

 霧は半径500メートルほどか。始めは草木がしおれ始めている程度だが、50メートルも進むとまっ白に変色した草原になる。人間もここから明らかな変調があらわれ、進めなくなる。咳が止まらず、鼻腔と目から血が流れ、心拍があらく、汗が流れ落ちる。それから先は手足がしびれ、体が腐り始める。

 外から50メートルの地点まで進んだ兵士によれば、霧の先に大きな多頭の蛇の影を確認することができたが、王子たちの姿は見えなかったという。

 その兵士は今、馬車のところで治療を受けている。


 私が治療しましょうかと申し出たが、却下された。

 王子の怪我を最優先に治療するために、体力を温存しろ、と言われたのだ。

 確かに、重傷者がいるのにふらふらと危うげな体調では治せるものも治せなくなるだろう。おかげで大分本調子を取り戻しつつある。

 しかし、王子様か・・・。すこしワクワクしている自分がいる。

 まさか、童話や絵本でしかお目にかかったことの無い人に、これから会えるかもしれないのだ。

 しかも、王子様の危機を私が救う。

 なんということだろう。これは一気に状況が逆転してしまうのではないだろうか。


 ティアリアリス、良く助けてくれた。よければ我輩の専属看護師になってくれまいか?

 ティアリアリス、君の検温を受けないと、我輩は朝の訪れを感じられぬ。さぁ君の温かな手でその冷え切った体温計を我輩の耳元に差し込んでおくれ

 ティアリアリス、君を見ると我輩の脈拍が不整脈を起こすのだ。きっと我輩の心の臓に穴が開いているのだ。この穴は君にしか塞げぬ穴なのだ。ずっと側にいて我輩の穴を埋めてはくれまいか


 ありうる。

 やる気が出てきた。

 というか、逃走もできず、治療も中途半端に連れてこられたせいで私のなくなったやる気を、そうした妄想でなんとか点火しようとしていた。

 私がちっぽけな野望を胸に灯しつつ、空き地の端で兵士2人と供に休ませてもらっている間も、副隊長の所には情報が集められていたのだが、状況は好転していなかった。


「毒霧は空気より重いのかい・・・風魔術でもそんなに効果がないってなると大火を起こして吹き飛ばすのもできないかね。水をシャワーにして道を作る方は?魔術師一人じゃ効果がわからない、か。何をするにも魔術師の数が足らないねぇ・・・」

 時刻はすでに朝の日の出を待つころになっていた。丘に残されている彼らの状況はわからないが、時間が経てばそれは悪いほうへと転がってゆく。

 兵士たちが殺気立っている。だがそれは、もうほとんど切れる寸前のピアノ線のようなものに感じた。

「あ、あの、私の体は多少なら毒に耐性があります。私が一人で丘に登ることとかどうでしょう?」

「あん?それはどの程度あてにできるものなんだい?あの上位毒の中で数分は行動できるものなのかねえ?」

「それは・・・わかりませんが」

 何か協力できないかと言って見たが、確かにあてにできるのか不安がある。毒の抗体を作れるとしても、体内に入った毒を無力化するためには体内でとあるタンパク質が必要だった記憶がある。

 毒の摂取量が多ければそれを抑えるだけの抗体を作らねばならない。ましてや、高濃度の毒となると、おそらく無力化するよりも毒に犯される方が早いかもしれない。

 私の抗毒機能は好転の一材料にはなっても、ピンチをひっくり返す鍵にはならないのだ。

「でも、短時間であれば毒の中でも行動できると思います。ですから何か・・・空から王子たちの所へ降下するとか・・・」

「はあん?うちにはドラゴンもグリフォンもいやしないよ。それとも砲弾にくくりつけて飛ばしてほしいのかい。どっちにしろ目的地についても五体満足じゃいられなそうだがね。そんなことを言うならプレゼント箱に入れて送り届けてほしいと言われたほうがなんぼかましだよ」

「そうですか・・・箱・・・」

 木箱を思い出す。ずっと馬車の中で囲まれていたなじみの在るあれだ。アーロイとロージェルが入っていた様な箱であれば、霧の侵入も少なく、安全だろう。

 でもどうやって丘の上まで移動するのか。転がればいいのか。

「タイヤのついた箱とかあればいいんですけどね・・・」

 そうつぶやくと、隣りに立っていた兵士が車輪ですか?と聞いてくる。

「馬車ならありますね。箱というには大きいですが、王子の乗っていた馬車なら我々の荷馬車より小さくて箱みたいなものですよ」

 私はその馬車を思い出す。確かウルフベア討伐の時、近くにあったはずだ。ウマ2頭引きで、外から中が見えぬよう、ガラス張りの上にカーテンがつけられ、出入り口には木製のドアがつけられた、気密性の良さそうな馬車だ。

「なんだ、あるじゃないですか」


 私はすぐに、この発言を後悔することになる。


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