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ボディチェックオブマイセルフ

 ソレに気付いたのは、一通りスキルを試し終わり身体能力についても検証しようと杖の素振りを始めたときだった。


「ん?」


 チャリと金属の擦れ合う音が微かに聞こえた。発生源はすぐそば――というか、自分自身のようだ。


 まさか。閃いた予感のままにローブの下を確かめる。腰の後ろ、ベルトにしっかりと固定された革製のポーチがあった。


 あったというか、このポーチの存在自体は知っていたはずだ。全てのPCが身に着けている冒険者用の道具入れ。設定上、インベントリ内のアイテム類はこのポーチに入っているということになっていて、見た目からは考えられない大容量っぷりに『4次元ポケット』と揶揄されたこともあった。


「――マジか……」


 いくら何でも間抜けすぎる。間抜けすぎるが、言い訳をさせて欲しい。ゲームでは()()はただの飾りだったわけで。インベントリにアクセスできない時点で、自分の所持品を確認するという考えが浮かばなくなっていたのだ。


 慌てて中身を確認しようとするが、取り外し方も分からず、体を捻りながらの作業に少々手間取った。


「まあ、サイズ的にそうだろうとは思ってたけど」


 ゲームのように大量のアイテムが入っていたりはしなかった。今一番必要としている〈黒曜石の鍵〉もない。もっとも、ゲームで異常が発生していた段階でインベントリから消滅していたわけだが。


 とりあえず、全部取り出して床に並べる。両手サイズの紙の包み。ずっしりとした布の袋が2つ。紐で束ねられた厚紙の束。表面に何やら刻まれている銀色の金属の小片。そして、細長い木の箱。


「これって……」


 箱の中には小ぶりな半田ごてのような道具が入っていた。装備に魔紋を刻む時に使う道具だ。本来は普段から持ち歩くようなものではないのだが、芸術的魔紋師を自負するオレは常時携帯していた。相棒からは無駄にアイテム所持枠を圧迫していると呆れられていたが。


「といっても、これだけじゃ何もできないんだよなあ」


 魔紋を刻むには専用の設備や塗料が必要になる。なら何故、こてだけ持ち歩いていたのかと言われたら、趣味だとしか答えようがない。


 大事なこては丁寧に箱に戻し、紙の束を手に取った。何やら文字がいろいろと書いてある。どこか見覚えのある文字だな。そう思った瞬間、突如として読めるようになった。


「――っ! なんだこれ」


 読めるようになったと言っても文字が変化したわけではない。書かれている文字はそのままに、なぜか意味が理解できるのだ。視覚情報とは別に、脳内にその意味が直接届けられているような感覚。正直、かなり気持ち悪い。気持ち悪いが、貴重な情報なので我慢して読む。


 どうやらこれは身分証のようだ。ルシアの名前と共に外見的特徴がいくつか挙げられ、ミルスレアの国家神官長と外務大臣の連名で身分を保証する旨が書かれている。


 ミルスレア――ゲーム上でPCたちが所属している超国家組織である冒険者連盟の設立を主導した国。また、ゲームそのものの名前にも冠されている。やはり、ここはゲームの世界と繋がっているのだ。そう、疑うに足る証拠だろう。見覚えがあると思ったこの文字も、思い返せば、ゲーム中で使われていたものだった気がする。


 ただ、腑に落ちない部分もある。この世界がゲームにおける設定と同じものであるとすると、身分証の発行元は冒険者連盟でなければおかしいのではないだろうか。PCの所属はあくまで連盟であり、どこか特定の国ではないんだから。だが、この身分証はミルスレアという国が発行しているものだ。何度か見返してみたが、冒険者連盟に関する記述は一切ない。


「――まあ、ここで考えても分からないし、保留だな」


 なんにせよ、身元を保証してくれるものがあるというのはありがたい。なければ街に入れない、なんてことも普通にありそうな話だ。もっとも、これがちゃんと有効なものであるとは限らないわけだが。


 ふと、紙の包みにも同じ文字が書かれていることに気付く。手に取って確認すると、同じように読むことができた。


「これは……〈マナハーブ〉か」


 ゲームにもアイテムとして登場する。大気中のマナを貯め込む性質を持つ香草で、乾燥させて焚くか煎じるかして摂取するとMPが回復する――という設定の素材アイテムだ。レベル帯を問わず大量に使う〈マジックポーション〉の材料になるので、ゲーム開始直後の金策に良く採りに行った。ただ、持った時の感触からすると、すでに乾燥させたもののようだ。


 設定通りに使えばMP――数値として見えなくなっているのだから魔力と言うべきなのかもしれない――を回復できるのだろうか。火も水もないので試すこともできないが。


 次に、謎の金属片。これには全く見覚えがない。完全に正体不明だ。刻まれている模様はなんとなく魔紋に似たパターンがあるように感じられるのだが、オレが知る魔紋の中に該当するものはない。


「うーむ、全く分からん。保留」


 さて、最後に2つの袋である。手に持ったときの感触から、なんとなく中身の予想はついていた。


「ビンゴだな」


 いくつもの小さな円盤状の金属。1つには銀貨、もう1つには銅貨。真新しいものなのか、どれも金属光沢が美しい。1つずつ手に取って見る。もう使わなくなって久しいが、記憶の中の日本の硬貨と比べてみると、銅貨は10円玉、銀貨は100円玉と同じくらいの大きさだろうか。


 果たして、本物なのか。重さで真贋を見極められるような知識を持っているはずもない。どちらの硬貨にも意匠化されたブーツと松明が彫られている。冒険の神ミルスの聖印――ホーリーシンボルだったはずだ。ゲーム中でPCたちが使用している通貨は冒険者連盟が発行しているものという設定だったが、これもそうなのだろうか。意匠としてはおかしくはない。


 枚数を数えてみると、銀貨が35枚に銅貨が22枚あった。どうも記憶に引っかかる数字だ。思い返してみると、レイド攻略へ向かう前に銀行へ金貨を預けた後の所持金の銀貨と銅貨の数に一致している気がする。


「だったら何で金貨はないんだよ。全部預けたわけでもないのに」


 念のためもう一度ポーチの中を調べるが、何も見つからない。何だろう、すごい大損した気分なんだけど。


「はあ……でも、銀貨と銅貨の数が偶然の一致とは思えないし、やっぱり元の所持金なのか?」


 一通りの確認も終わったし、これらのものについて考えてみよう。


 同じものだと断言はできないものの、魔紋用のこてはゲームでも持っていた。銀貨と銅貨もゲームでの所持金を反映させたものと見ることもできなくはない。〈マナハーブ〉は謎だ。初心者の頃ならともかく、アイテムとして持ち歩くようなものでもないし。〈マジックポーション〉なら大量に持っていたが、まさか原料に戻ったとでも言うのだろうか。身分証については、ゲームでも冒険者としてのそれを持ち歩いているという設定だった。発行元の違いは気になるところだ。


「やっぱり、一番気になるのはこいつだな」


 正体不明の金属片。オレの知る限り、ゲーム中には存在しなかったもの。明らかにコレだけ異質なものに見える。


「せめて《目利き》でもあれば何か分かるかもしれないけど」


 どのクラスでも取得することができる汎用スキルツリーの1つに、冒険者がある。馬などの移動用動物に乗るための《騎乗》や、ポーション系アイテムの使用速度が上がる《早飲み》といった必須レベルのスキルが存在するため、全く振ってないPCはまずいない。正体不明のアイテムの漠然とした効果や価値を判別できる《目利き》も、そんな冒険者ツリーにあるスキルだ。シーフなどが持つより上位の鑑定スキルと比べると効果が低く、あれば便利程度の評価だったが。


 ないものはどうしようもない。そのままで戻すと何かの拍子になくなりそうだったので、こての木箱に入れておくことにした。そして、ポーチの一番下にしまう。残りの持ち物も全部戻すが、詰め方が悪かったのか、ポーチの留め金を掛けるのに苦労した。やはりこれは小さすぎる。


「――寒っ」


 座り込んだままでいたせいか、体が少し冷えてしまったかもしれない。当初の目的であった素振りを再開する。それなりに激しく動いてもポーチが揺れて気になることはない。相当しっかりと固定されているようだ。


 しばらくの間、素振りを中心に体の動きを確かめた。


 ######


「――ふぅ……よし」


 それなりに体が温まってきた。問題のこの体のスペックだが、数値として確認できるわけもないので体感での話になるものの、少なくとも見た目からは考えられない性能をしている。やはり、ゲームにおけるルシアのステータスを引き継いでいると考えるのが自然なのだろうか。


 例えば、元の体より遥かに華奢な――ローブの上からでは分かり辛いが――ルシアの腕。あのバカを打ち落としたとき、見るからに重そうなこの杖を軽々と振り回せていたのが気になったのだが、どうやらこの見た目でありながら、引き篭もっていたとはいえ成人男性だった元の自分よりも力が強いらしい。物理職と比べれば低いとはいえ、レベルキャップに到達していたルシアの筋力は一般人よりもずっと高いということなのだろう。


 この細腕のどこにそんな力があるのか。ゲームでは気にしたこともなかったが、いざ()()となるとなんとも不思議だ。何気なく二の腕をつかんでみた。


「――っ!?」


 柔らかい。厚めの布地越しにも、その下の体の柔らかさがはっきりと伝わる。同時に、掴まれる感触に体が震えた。


 まずい。これは、とてもまずい。完全に油断していた。今まで考えないようにしてきた事実に、自分から触ってしまうとは。


 ゲームにも触覚はあった。でもそれは、服や小動物といった特定のものの感触を楽しむためのものという側面が強く、キャラクターの体については感触がものすごくぼかされていたのだ。早い話が、()()()()()()()をさせないための措置である。もちろん、そういったことを楽しむためのVRゲームもあるにはあったが、現実のそれと比べれば再現度は高くなかった。


 だから、こんな感覚は初めてなわけで。それ以上踏み込むなと頭の片隅で警鐘が鳴る一方、未知の感覚への探求心もどんどん大きくなっていく。天秤はすぐに傾いた。


 ごくり、とつばを飲み込む音が聞こえた気がした。


 恐る恐る左手で右腕をなぞる。ローブの厚地に阻まれ、その程度ではあまり良く分からないが、細い腕の輪郭は感じ取れる。そのまま下へ。手を覆っている皮の手袋。つけたままさっきの金属片や硬貨を扱えるほどに、手にフィットしている逸品だ。杖を置き、手袋を外した。


「うわ……」


 知らず、感嘆の声が漏れる。白くスラリとした指の先に、形のいい小ぶりな爪。本来の自分の手とは似ても似つかない。両の手で触れ合えば、互いの手触りに頭が痺れる。


 改めて、自分がルシアであると認識し直す。自分の理想を限界まで突き詰めた少女。特に変身願望が強かったとは思わない。ゲームで異なる性別のキャラクターを選択するなんて、そこまで不思議なことではないし、選んだからには自分の理想に近づけたいと思うのは自然なことだろう。ちょっとその熱意が普通ではなかったかもしれないが。


 そのまま顔に触れる。指先に吸い付くような肌、細く柔らかい髪。何もかもが違う。触る方も触られる方も、未知の感触の連続。自分の理想の少女に触っているという興奮と、自分の理想の少女が触られているという背徳感。2つの相乗効果で頭の温度がどんどん上がっていく。もどかしくなってフードを外し、流れ落ちる金の髪を掬い上げる。自分の知る髪の手触りではない。触ったことはないが、これがシルクのような手触りというやつだろうか。


 それにしても鏡が欲しい。この姿を視覚でも堪能したい。仕方ないので、窓に映った姿で我慢をする。直に触って初めて分かった肌のきめ細かさは、汚れた窓では全く分からない。それでも、仄かに頬を上気させたルシアの表情はとても扇情的で、胸が苦しくなるほどに興奮する。


 いよいよ、歯止めが利かなくなってきた。欲望に任せて、ローブの下に手を潜り込ませる。大きすぎず小さぎず、オレにとっての理想のサイズの膨らみ。その頂きへ触れようとして――硬い感触に阻まれた。


「――あ」


 お腹から胸まで、胴体の急所を守るため、堅牢な皮のコルセットがガッチリとガードしている。勢いに任せての行動だっただけに、一度止められたことで急速に頭が冷えていく。


「――っ! ああああああ!!」


 いったい自分は何をしていた。羞恥心が一気に襲ってきた。今すぐこの場で転げ回りたい。だが、自分が今いる場所を思い出して踏みとどまった。フードを被り、しゃがみこむ。


「ううううううああうう」


 意味をなさい音がひたすら自分の口から漏れ出ている。さっきまでよりさらに熱くなった頬に手を当てて――


「うひゃぁうお」


 柔らかな感触に飛び上がった。慌てて、手袋をつけ直す。いかん、この感触は心臓に悪すぎる。


「はぁー……はぁー……」


 深呼吸を繰り返す。落ち着け、落ち着くんだ。再沸騰した頭が徐々に冷えてきた。


「――自分の身体でこんなことになるとか、ヤバすぎるだろ」


 女性に慣れていない己が恨めしい。相棒に知られたらいい笑いものだ。とにかく今は、さっきの感触を忘れるために別のことを考えなくては。


「……そういえば、アドニスの奴遅くないか?」


 完全に忘れていた。今のを見られていたら立ち直れなかったかもしれない。


 精神を集中し、アドニスとの繋がりを意識する。方向と距離は常時分かるようなのだが、距離に関しては漠然とした遠近感でしか分からないため、具体的な数字は不明だ。実際に計測して、正確に把握できるようにした方がいいかもしれない。


「方向を大きく変えた様子はないし、やっぱりゲームとは違う世界なのかな……」


 飛び出していったときに見たあいつのスピードは、ゲームでの騎乗用生物と比べてもそこまでの差はなかったと思う。ウェセルから古城までの騎乗しての所要時間が10分くらいだったことを考えると、正確な時間の経過が分からないとはいえ、流石に遅すぎる気がする。


 予想が外れた可能性が高くなったことで、気分がかなり落ち込んだ。ここが全く知らない場所だというのなら、いきなり生命の危機なのだ。偵察に出して正解だったのだと、せめて前向きに考えることにしよう。


「あ、戻り始めた」


 何やら細かい動きをしていたアドニスが、こちらへ向かって一直線に引き返し始めた。何かを見つけた動きにも思える。それが、良いものなのか悪いものなのかは分からないが。


「……」


 自分の格好を見直す。大丈夫だ。怪しまれるような乱れ方はしていない。そもそも、スキルや身体能力の検証をしていたのだから、ある程度崩れているほうが自然だろう。やはり問題は心の方だ。挙動不審にならないようにしなければ。


 アドニスが戻るまでの間、オレは必死になってさっきの痴態を忘れることに努めた。そうすることで逆に意識してしまうことに気付くのは、到着寸前になってのことだったが……

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