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ファーストステップ

「なるほど――」


 空中に浮かびながら、うんうんと頷くアドニス。


 回廊を抜けた先、最初に見つけたそこそこマシな部屋の中でオレたちは向かい合っていた。場所を移動したのは、あの亀裂だらけの回廊が崩落しそうで怖かったからだ。特に予兆があったわけではないのだが、用心に越したことはない。


「さっぱり分からん」

「……そりゃそうだよな」


 一通り、こちらの事情を話し終えたところでこの反応だ。まあ、分からないのも無理はないか。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ落ち込んだ。


「んー、マスターが遊んでたゲームの世界ってやつがよく分からねーけど、要はマスターの姿は依り代ってこと? 俺のこの体みたいな」

「依り代……あー、言われてみれば確かに似てるな」


 デーモンコントラクターに召喚されている魔族の体は、魔力で作られた分体だ。それを依り代に魔界にいる本体から意識だけを移しているらしい。システムが違うだけで、VRゲームにおけるプレイヤーとキャラクターの関係と非常によく似ている。


 思ったよりも理解しているじゃないか。話していて感じたことだが、こいつは見た目や態度に反してかなり頭がいい。下級とはいえ流石は魔族ということなのだろうか。


「んで、そのゲームの世界の依り代の姿で、また別の世界に来たってことか?」

「別の世界だって確証があるわけじゃないけどな。でも、さっきまでいた場所は、こんな荒城じゃなかったんだ」


 この部屋までの道中も、程度の差こそあれやはりボロボロだった。


「魔将なんとかの拠点だっけ? そんで、さっきまでそいつと戦っていたと」

「ユルスラだ。その名前にも覚えはないのか?」


 今まで話に対する反応から、()()()()とゲームだった世界――の設定――には、そこまで差はないように思えるのだが、この部分には大きな齟齬がある。


「知らないなー。まあ、魔界も広いから、それはそこまでおかしくはない気もするんだが……あー、マスター。今度は俺の話になるけど、いいかな?」


 なにやら難しい表情で切り出してきた。何故かコイツの表情は良く分かる。顔の造形は人間と全く違うのに。


「さっきも言ったけど、とんでもない強敵と戦ってたことは、なんとなく覚えてるんだ。何度もマスターの身代わりになって、消し炭にされた記憶はあるしな」

「……」


 本人はそれほど気にしていないような口ぶりだが、正直、面と向かってそのことを言われると、とても肩身が狭い。しょうがないじゃないか、他の召喚生物と違って一度の戦闘で何回も《スケープゴート》で身代わりにできるのが、インプの最大の利点だったんだから。


「でも、具体的に何と戦ってたかって部分がすっぽり抜け落ちてるんだよな。てか、そこだけじゃなくて、マスターと契約を結んでから今まで長く一緒に戦ってきたことは分かるんだが、具体的な内容が全く思い出せん。そのわりに、マスターがどんな奴なのかはよく知ってるんだよなー」


 なにそれ怖い。だが、当の本人はあまり深刻な様子ではない。それが不思議で、つい訊いてしまった。


「いや、それって相当不気味なんじゃないのか? それに、その……オレにとって都合が良すぎるって、思わないのか、お前は」


 コイツからすれば、曖昧な記憶の中にオレがマスターだという意識だけが刷り込まれているように思えてもいいはずだ。もっと怪しんだり、疑ったりするものじゃないのか。


「そんな考え、さっきの狼狽えっぷりを見てたら浮かびようがないだろ」


 鼻で笑われた。非常にムカつくが、事実だけに反論できない。


「それにさ、ぶっちゃけそれならそれでいいって思ってるしな。なんたって、マスターめっちゃ美人だし!」

「――はあ?」


 良い笑顔でビシッと親指を立てながら、そんなことをのたまいやがった。一瞬耳を疑ったぞ。いや、この体の美少女っぷりは誰よりオレ自身が良く知ってるけど。


「そーいや、今日はすげー頑張ったじゃん、俺。何度も身を挺してマスターを守ってさ。ご褒美に、その胸で抱い――へぶっ!?」


 そんなことをほざきつつ、いきなりこっちに向かって飛び込んできたところを、反射的に杖で叩き落す。一瞬やりすぎたかと思ったが、地面に叩きつけられる寸前で止まると、すぐに浮き上がってきた。


「いつつ……なにすんだよー」

「それはこっちのセリフだ!何考えてんだ」


 まさか、こんなやつだったとは。だが、不思議とジロジロとこちらを見てくる視線にいやらしさは感じない。もっとも、男のオレには分からないだけかもしれないが。


「ちぇっ、今のマスターなら行けるかと思ったんだがなー。でも、いつも通りになってきたじゃん」


 そう言って、ニカッと笑った。なんだか力が抜ける。こんなのがいつも通りとか頭が痛くなるぞ。だがまあ、とりあえずは信用することができそうだ。この短い間にも、コイツのオレに対する信頼は間違いなく感じられた。


「ま、確かに記憶がいじられてる可能性はわりとありそうだな。魔族の中には、そーいうの得意な奴もいるし。でも、俺にとって重要なのは、今のマスターがあんただっていう事実だけだから。いや、むさいおっさんだったら拒否したかもしれんけど」


 急に真面目な顔で真面目な話題に戻った。最後に余計な一言がついてきたが。その気持ちは分からないでもないだけに、もしルシアではなくリアルの自分だったらどうなっていたのか、なんてつい考えてしまった。


「だけって……誰にやられたのかとか、気になることはいくらでもあるだろ」

「そうか? もっととんでもない状況にされてたんならともかく、俺にとってこの状況は全然アリだもん」


 再びビシッと親指を立てるアドニス。ここまできっぱりと断言されると少し嬉しくなってきてしまう。騙されるな、オレ。こいつはこの体が美人だからこんなことを言っているだけだぞ。


「てかさ。誰かなんてそりゃ、マスターをこの世界に連れてきたやつだろ。ぶっちゃけ、俺がされたことなんて、マスターのおまけみたいなものじゃないの?」


 なるほど、言われてみればその通りだ。コイツの状況はあくまでコイツにとっての常識の範囲内なのだろう。気付いたらゲームのアバターの姿で見知らぬ場所にいたオレとは、状況の深刻さは天と地の差だ。


「オレをこの世界に連れてきたやつか……」

「マスターの様子を見りゃ、犯人や方法に心当たりはなさそうって分かるけどさ。何か少しでも手掛かりになりそうなものはねーのかよ?」


 今までそんなことを考える余裕すらなかった。改めて思い返してみる。手掛かりらしきものといえば、あの暗転の前に起こっていた異常、それと最後に聞こえた気がするアナウンスぐらいか。あのゲームを介して、何者かの意図によってこの状況が作られたのは間違いない。


「少なくとも、オレのいた世界にこんなことを実現する手段はなかった」


 この世界が驚異的な作り込みの仮想現実であるという可能性は0ではないかもしれないが、技術的にほぼ不可能と言い切れる程度にはあり得ないと思う。元のゲームの時点で、オーバーテクノロジーと呼ばれたこともあるくらい精密な世界を作り上げていたものの、今感じている()()と比べればその差は歴然としている。ここが作り物の世界だなんて、とてもじゃないが思えない。


「ふーむ。なら、犯人はこっちにいるってことになるわけか。ま、そうじゃなきゃどうしようもないし、考えるだけ無駄だわな」

「こっちの世界では、別の世界から人を連れてくるなんてことができるのか?」

「んー……俺も詳しいわけじゃねーけど、高位の魔族や神官が神の力を借りるとかすればできるんじゃねーかな。そもそも魔界や天界って、今いるこことは別の世界に近いもんらしいし」


 目の前に実際に魔族がいるのだ。ゲームでの設定通りかは分からないが、神々もまた存在するのだろう。手段が存在するのなら、誰がそれを行ったのかを突き止めるだけだ。この事態を解決する方法があるとすれば、それを知っている可能性が最も高いのは実行した張本人に他ならないのだから。


「――よし。当面の長期目標としては、まずは犯人を見つけ出すことにする」

「ふむふむ。じゃあ、短期目標は?」

「短期か……短期は――」


 窓の外へ視線を移す。薄汚れたガラスの向こう、荒れ果てた城郭の先にぼんやりと見えるのは、重なり合う多数の木々。この部屋までの道すがらいくつかの窓から外を窺えたが、例外なく同じような光景だった。アドニスとの話し合いを優先して意図的に見ないふりをしてきたが、いい加減事実を直視しなければならない。この荒城は四方を鬱蒼とした森に囲まれているらしい。そういえば、ゲームでの『グランリアナの古城』も森の只中に建っている城だった。


「――街を目指そう。人里じゃないと生きていけそうにない」

「あー……マスターにはいろいろ必要だもんな」


 すでに少しだけ喉の渇きを覚え始めている。なら、いずれはお腹も減ってくるということだ。ゲームではないという明確なサインに生存本能が警告を発している。森の中でサバイバル生活を送るための知識なんてオレにはないし。


「それに、もしかしたらオレ以外にも向こうの人間が来ているかもしれないしな」


 あの時、異変は他のPCたちにも起こっていた。ならば、オレだけが連れてこられたというのは逆に考えにくい。それがどのくらいの数なのかは分からないが、街なら合流できる可能性は上がるだろう。


 クリスは大丈夫だろうか。ふと、こちらへ向かっている途中だった相棒のことが思い浮ぶ。こんな事態に巻き込まれていなければいいという思いがある一方で、いてくれれば頼もしいというのも本音だった。


「それも重要だな。よっし、そうと決まれば早速行動しようぜ……っても、ここがどこだかすら分かんねーのか」

「ん……いや、あまりの違いにそう思い込んでたけど、冷静に考えてみると、やっぱりここは『グランリアナの古城』のような気がするんだよな」


 落ち着いて考える余裕ができたことで気付くことができた。内装は荒れ果てて面影を残していないものの、基本的な構造は同じだったように思う。何より、暗転の前後で玉座の間の大扉の前という位置関係は全く一緒だった。


 必死にゲームの広域マップを思い浮かべる。変わり果てていてもここが『グランリアナの古城』だというのなら、周囲の地理がゲームと同じという可能性がある。


「なら、そう遠くない場所にウェセルって街があるはずだ」


 グランリアナの古城はアズレイドとラーナ、2つの国の境に広がるリアナの森の中にある。アズレイド側の最寄りの街がウェセル、ラーナ側の最寄りの街がロートリアナだ。ロートリアナの方が距離は近いが、クリスとアヴリルがあの時リスポーンした地点はウェセルにあるので、向かうならそちらだろう。クリスも同じように連れてこられていたなら、取る行動はそのままここを目指すか街に引き返すかの2択。いずれにせよ出会えるはずだ。


「そこって、どっちの方にあるんだ?」

「えーと……こっちからだと、北北西だな。」

「おけおけ、北北西ね……北北西ってどっちだ?」

「……」


 そうだった。マップ機能なしという、クソゲー状態なのであった。神頼み気分でもう一度トライしてみたが、反応は全くない。やはりゲームだったころの機能は一切存在しないようだ。


 考えるんだ。太陽の位置から計算するとか……時刻が分からん。待てよ、部屋の窓は太陽が昇る側に作るんじゃないのか。少なくとも、見た感じこの部屋は居住空間でもあるようだし。


「つまり、窓のある方が南……じゃなくて、北か、ここだと」


 ゲームの世界地図では、アズレイドやラーナは南半球側にあったはずだ。


「だいたいこっちの方ってことね。んじゃ、ひとっ飛びして見てくるわ」


 オレの推測を聞くや、アドニスはそんなことを言いながら、窓に近寄り開けようとする。


「……は? お前だけでか?」


 オレを1人でここに置いていく気か?


「だけって、マスターは飛べねーだろ。それとも何、そのあやふやな推理を頼りに、いきなりあの森に突入するつもりなのかよ?」

「う……」


 言われてみればその通りだ。この窓から遠めに見えるだけでも、相当深そうな森だ。そこまで距離はなかったはずだが、さっきの推理が的外れの可能性もあるし、ここが『グランリアナの古城』であるというそもそもの前提が間違っていた場合悲惨なことになるかもしれない。だが――


「いや、確かにその方がいいのかもしれないけど……」

「けど?」


 ここに1人で残されるのは怖いんです。などと正直に言えるはずもなく。認めるのは悔しいが、わけの分からないこの状況で何とか平静を保てているのは、こいつがいてくれたからだ。


「あー……なるほど」

「な、なんだよ」


 何かを察したように頷くアドニス。見透かされたのかと思い、つい睨んでしまった。


「なら、そうだな……あれ?」

「どうした?」


 上を向いて何やら考え出したかと思ったら、いきなり真剣な顔でこちらを見つめてくる。


「――マスターさ。さっきの話だと、ゲームとやらだった時にできてたことが、いろいろできなくなってるんだよな?」

「ああ、そうだな。アイテムや装備の出し入れに、マップの表示とか、ゲームのシステム部分に関わることはダメみたいだ」


 なくなって分かる、ゲームのシステムのありがたさ。システムウィンドウが邪魔だとか、散々こき下ろしていた過去の自分を殴ってやりたい。


「ならさ、確認しときたいんだけど、()()()使()()()()()?」

「――あ」


 そういえば、まだ一切試していない。いやだって、アドニスがいるんだから、デーモンコントラクターの能力はそのままだって思うじゃないか。だが、ゲームのシステムが無くなってしまった以上、スキルの使用というシステム的な部分がそのままである可能性が低いのも事実だ。


「……その顔見るに、考えてなかったって感じみてーだな」

「い、いや、だって、お前がいたし、繋がりみたいなのも感じられたしさ……」

「大丈夫だと思ってたってわけか。あぶねーあぶねー。何かある前に気付いて良かったぜ」


 ハアッと思いっきりため息をつかれた。くうっ、腹立たしいが、己の愚かさのせいなので何も言えん。頭に血が上り頬が熱くなっている。


「と、とりあえず試してみるぜ!」

「オッケー。じゃ、あの壊れた椅子が目標な」


 指差す先には、半ば朽ちかけた椅子の残骸。ゲームの時と同じ要領で、対象と使用スキルをイメージする。エネミーではないただの物体に対して呪い属性は効果がないが、オレが使える攻撃魔法スキルの中で呪い属性でないものは1つしかない。


「……来た!」


 ゲームの時と同じ、キャストが開始される感触。同時にアドニスとの繋がりを意識したときのような、何とも言い難いものがモヤモヤとしたモノがオレの中から湧き上がり形を変えていく。ゲームではなかった不思議な感覚だ。


「おー、いい感じ」

「《ダークボルト》」


 キャストの完了と共に待機させずに発動させる。目の前に生み出された闇のエネルギーが一直線に走り、椅子をバラバラにする――だけでなく、後ろの壁にも穴を穿った。


 ズンッ、と城が揺れたような音が響いた。一瞬ヒヤッとしたが、壁が崩れたりはしないようだ。そこまで大きな穴でもないし。


「ちゃんと使えるじゃん。良かった良かった」

「ゲームだった時と、ほとんど変わらない感覚で使えるみたいだ。ちょっと違う部分もあったけど」


 ゲームではなく現実で魔法が使えたように思えて少し興奮しながら、感じた違いを説明する。


「魔力が魔法に変換されるときの感覚かなー。皆同じってわけじゃないから断言はできねーけど」

「おお……なんかそう言われると感慨深いな。しかし、なんでスキルは普通に使えるんだろ?」

「そうだな……魔法はこの世界に普通にあるものだから、とか?」


 単純にそういうことなのだろうか。試しに、デバフとDoTに特化してスキルを振っていたあの時点でのルシアでは使えないはずの、上位の攻撃魔法スキルを使おうとしてみるが、何も起こらない。


「少なくとも、ゲームで使えなかった魔法は使えないみたいだ。後で実際に試してみるけど、多分使えたものについては大丈夫そうだな」

「ほうほう。よっし、それが分かっただけでも十分だな」


 コイツ、自分のことのように嬉しそうに言うな。オレ自身、スキルが使えることが分かって嬉しいのは同じなのだが、照れくささもあり思わずそっけない態度になってしまう。


「やっぱり、デーモンコントラクターの能力はそのままって直感は正しかったな」

「うむうむ。これで、俺が離れても大丈夫だって分かっただろ?」


 そういえばその話をしていたんだった。それは別問題だと反論したいが、僅かなプライドが邪魔をする。


「ま、まあな。オレだけでも大丈夫だとは、思うけど……」


 だんだん声が小さくなる。うまく言いくるめられている気もしてきた。


「全速力で行ってくるから安心しろって! 期待して待ってな!」

「あ、おい――」


 止める間もなく、アドニスは窓を開くと一気に外へ飛び出していった。吹き込んできた風に、思わず体が縮こまる。慌てて窓に駆け寄るが、もうその姿はかなり小さくなっていた。本人の申告通り全速力なのか、わりと本気で速い。仕方なく窓を閉める。一気に気温が下がった気がした。


 ホントに1人にするとは……何か出たらどうするんだ。移動する間にはそんな気配はなかったけど。


「――待ってる間に、いろいろ試してみるか」


 体を動かせば、少しは暖かくなるだろう。

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