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肩を並べて

「は……?」


 言葉の意味を理解するのに数瞬かかった。


 魔族の魔法で操られているとかではなく、こいつ本人が魔族なのか!? 確かに、ドッペルゲンガーに類する敵を想定してはいた。しかし、ラーナ国内に潜伏している場合を考えていたのであって、こうしてここまでやってきているなんて思ってもいなかったのだ。


 思考が追い付くと同時に、反射的に椅子を蹴って立ち上がりながらキャストを開始する。その前に、クリスがオレとオージェの間に割って入っていた。


「――待機中の全小隊に連絡を」

「は、はい!」


 リアンは女性神官を庇う位置へ移動しつつ、兵士たちへと指示を飛ばす。兵士たちは慌てて天幕から飛び出していった。


「ふん、そうか。計画を台無しにしてくれたのが、お前たちというわけか」


 それを気に留めることもなく、オージェはオレとクリスを忌々し気に睨みつける。全く悪足掻きをすることなく正体を現してくれたのはありがたいが、ここまで簡単に開き直られると逆に怖くもある。オレたちを騙し通す必要性など最初からなかったと、そんな態度に思えるのだ。


「結局、何が目的だったんだ、お前は?」


 〈クレイモア〉を抜き放ちながらクリスが尋ねた。さりげなく、オレがキャスト完了するまでの時間を稼いでくれるつもりか。


「何がも何も、ラーナによってこの町を占領させるために決まっているだろう」

「私たちに……?」


 疑問の表情になるリアン。確かにオレたちがいなければ、傭兵たちによって占領された町をラーナ軍が解放するという形になった可能性が高い。それがこの、おそらく魔族と思しきこいつにとって何の得があるのか。そこまで考えて、1つの可能性に思い当たった。


「――ラーナとアズレイドの緊張状態を作り出すためですか」

「ほう。少しは知恵の回る人間もいたようだ」


 口に出したオレの思い付きを、相手はあっさりと肯定した。ラーナ軍が傭兵たちを掃討してリューベルンを占領したとして、傍からはラーナによる自作自演にしか見えないだろう。なにせ、傭兵たちはラーナの港町を経由してやってきているのだ。


「そうなれば、膠着している魔族との戦線に張り付けている戦力を減らさざるを得なくなる。それが最終的な狙いですね」


 オレの推測は、沈黙をもって肯定される。ということは、この計画は地上に侵攻している魔族全体の意思によるものなのか。想像していたよりも、ずっとスケールの大きい陰謀なのかもしれない。ますます、目の前のこいつの余裕の態度が不気味に思えてきた。


「そんなことのために――貴様、オージェ監察官をどうした?」

「そのようなこと、わざわざ尋ねなければ分からないのか? ラーナの英雄殿は想像力というものが乏しいようだ」

「くっ――!」


 鼻で笑いながらの返答に、リアンは顔を歪めながら抜刀する。こいつが本物のオージェに成り代わっていたのなら、本人はもうこの世にはいないのだろう。


「――ふっ」

「ちぃっ――!」


 次の瞬間、無言のまま斬りかかったクリスの一撃を、監察官の姿をしたナニかは余裕の態度で受け流した。その手には闇を凝縮したかのような、魔力の塊が纏わりついている。背筋に冷たいものが走った。オレには相棒がいつの間に距離を詰めたのかすら知覚できなかったのに、こいつは易々と捌いて見せたのだ。


「《シャドウバインド》」

「む?」


 完成した魔法を解き放つ。出現した何本もの黒い杭が影に突き立ち、縫い留めた。余裕の笑みを崩していなかった相手の片眉が歪められ、僅かにだが驚きの感情を示す。おそらく、オレが無詠唱で魔法を使ったことへの反応だろう。その事実に、ほんの少しだけ溜飲を下げつつも間を開けることなく、次のキャストを――


「《ダークイクスプロージョン》」

「しまっ――!」

「な――!」

「きゃああぁぁっ!」


 呟くような魔法の発動。爆発的な魔力の奔流を感じ取った直後、視界が闇に塗り潰されると同時に圧倒的な暴力よって体が宙を舞った。重なり合う驚愕の声、誰かの悲鳴、何かがへし折れる音。奪われた視覚に替わり、聴覚が撒き散らされた破壊の凄まじさを教えてくれる。


「がはっ!」


 体感時間で数秒、実時間ではほんの数瞬。命の危機に引き延ばされた知覚時間の中で、ルシアの体は自動的に受け身を取ってくれた。地面へ叩きつけられた衝撃を、ごろごろと転がって限界まで殺す。


 判断ミス以外の何ものでもない。相手は魔族であると推測していたのにも関わらず、自分が喋りながらキャストを進めている間に相手も同じことをしている可能性を完全に失念していた。ゲームのように敵のキャストが視覚化されたりなどしないと、とっくに分かっていたことなのに!


 敵が使った《ダークイクスプロージョン》は闇属性の攻撃魔法スキルの中で最上級に位置する魔法だ。特に攻撃範囲の広さは、PCが使用可能な魔法スキルの中では最も大きい。当然のことながら性能に比してキャストタイムは長くなるため、今のタイミングで発動できたということは、オレが《シャドウバインド》のキャストを開始するより前から敵はもう始めていたのはほぼ間違いない。敵が律義にこちらの会話に付き合ってくれていた時点で、もっと注意しておくべきだった。そうすれば、マナの流れで気付けた可能生だってあったはずだ。


 全身がバラバラになってしまったのではないかと錯覚するほどの痛み。それでも、歯を食いしばりながら半身を起こし、素早く周囲の状況を確認する。


 天幕はその大部分が無残にも吹き飛び、お陰で外の様子も知ることができる。天幕の周りにいた歩哨や先程走り出した兵士と思われる鎧姿があちらこちらに倒れていて、その位置からも魔法の範囲の凄まじさを窺い知ることができた。クリスとリアンはオレよりも先に立ち上がっており、この状況を作り出した張本人を睨みつけている。そしてリアンの背後には、庇われていた女性神官が横たわっていた。兵士たちはかろうじて意識があることがオレの位置からでも確認できるのだが、女性の方は分からない。高い魔法防御力を持つミスリルの鎧に守られていた兵士たちと違って、リアンが体を盾にしたとはいえ彼女はほぼ無防備だった。


「リアン・クローズはともかく、お前たちまで即座に立ち上ってきたのは少々予想外だったよ」


 厭味ったらしい口調はそのままに、姿を一変させたオージェがオレたちを睥睨しながら呟いた。クリスより一回り大きい赤黒い体躯。人型ではあるものの、全身甲冑のようなその体はこの地上の生き物でないことを如実に物語っている。オレも使役するアークデーモンを彷彿とさせる姿だが、その身に纏う魔力は遥かに強大だ。《ダークイクスプロージョン》の闇に包まれたことにより一時的に影が消失したことで、《シャドウバインド》の拘束が解けてしまっている。


 ゲームには存在していなかった魔族。だが、その力は今の一撃で十分に思い知らされた。逡巡している余裕などありはしない。周囲のマナの流れに意識を向ければ、オージェへとマナが集まっていくのが感じ取れる。もう一度同じ魔法を使われれば、それで勝負が着いてしまうだろう。


「《カウンターギアス》」

「何っ――!」


 立ち上がりざまにスキルを封じる魔法を発動する。収束しつつあったマナが霧散し、オージェが初めて明確な驚きの声を上げた。2発目の《ダークイクスプロージョン》で止めを刺しに来るという読みは当たったようだ。


「おおおっ!」

「小賢しいな、人間!」


 鎧で軽減されたとはいえ、かなりダメージを負っているはずのクリスが、再び踏み込み斬りかかる。前衛として、オレやリアンへの追撃を許さないための立ち回りだ。だが、無茶をしているのが後ろ姿からでも見て取れた。


「――我が祈り、我が献身以って対価と為さん。傷つきし同胞たちに大いなる癒しを――」


 風に乗って聞こえてきた聖句が締めくくられると共に、淡い光がオレの体を包み込み体の痛みが急速に退いていった。いや、オレだけではない、その場にいる人間たち全員に光が降り注でいる。そして、倒れ伏していた兵士たちが身を起こす様を、視界の端に確認した。


 リアンの治癒魔法か! リューベルンの神官のそれとは効果の範囲も威力も桁違いな上に、詠唱も恐ろしく速かった。ゲームでのキャストタイムより速いのではないかとすら思えるほどだ。


「流石だな、リアン・クローズ。だが、私ばかりに構ってはいられないぞ?」


 それでも敵の余裕の態度は崩れない。態勢を立て直したクリスと激しい攻防を繰り広げながら、意味ありげな言葉を吐く。それに応えたかのように、起き上がった兵士の1人が悲壮な声を上げた。


「クローズ様、正体不明の敵が襲撃を! 姿は人でありながら、まるで魔族のような力を振るう未知の敵です!」

「何だと!?」


 兵士の報告に顔色を変えるリアン。一方オレも、その内容に嫌な予感を覚える。人間の姿で魔族の力を振るうって、それだけ聞くと()()()()()()()()()()()()()()


「槍で突こうが魔法で吹き飛ばそうが、全く意に介さず動き続ける生きる屍のような相手です。それでいて、アンデッドでもないようで……数も多く、押されています」

「そんな敵が――!」


 おいおい、何だよソレ。そんな敵、聞いたことが無いんだけど。それに、横から報告を聞いていて気付いたが、確かに遠くから微かに戦闘音がここまで届いている。この兵士は伝令として走ってきたのだろうが、音の遠さからするとどうやら敵の襲撃はかなり前から始まっているらしい。ということは、この偽オージェが堂々とオレたちのところへやって来た時には、もう襲撃が始まる直前だったということになる。あれほどあっさりと正体を現したのは、すぐに戦闘になることを知っていたからだったのか。その直前までのやり取りも、こいつにとってはただの茶番だったというわけだ。


 もっとも、今更そんなことが分かったところで何の意味もない。やるべきことは、今この場を切り抜けることだ。部下たちが危機に陥っていることを知ったリアンは逡巡の色を濃くしている。すぐ目の前で切り結ぶクリスとオージェは一見すると拮抗しているように見えるが、じりじりと相棒の方が押されている。流石に支援なしでは支えきれない。リアンにはこの場に留まってもらわなければ。


「リアンさん!」


 キャストを維持しながら、オレはリアンに呼びかけた。念のために打っておいた一手を利用するために。


「アズレイド軍へ魔族出現の報告がいっています、彼らの救援を信じましょう! 今はこいつを倒さなければ!」

「――!」


 リアンの表情が変わる。オレの言ったことは嘘ではない。万が一の場合に備え、どうせラーナ軍には近づけないアドニスに、魔族による陰謀の可能性があることを説明した手紙を持たせて、アズレイド軍の近くで待機してもらっていたのだ。手紙だけいきなり出現するなんて怪しいにもほどがあるが、それでもエーリクなら何らかの対応をしてくれると信じて。《ダークイクスプロージョン》の巨大な爆発は、アドニスへの合図としては十分すぎるものだっただろう。


「――待機中の小隊へ直ちに伝令を。防衛線は救援が来るまで現状の維持を最優先に」

「はっ、了解しました!」

「直ちに!」

「ああそれと、彼女をお願いします」


 オレの言葉に、リアンは僅か一瞬の思考の後に迷いを捨てた表情になった。落ち着いた声色で部下に指示を飛ばし、兵士たちもそんな上司の姿に冷静さを取り戻していく。最後に倒れている女性神官の身を託すと、真剣な表情にほんの少しだけ笑みを浮かべオレを見つめる。


「ありがとうございました、ルシアさん」

「あ、いえ――こちらこそ、信じてくださってありがとうございます」


 あまりにもあっさりオレの言葉を信用してくれたことに戸惑って、少しだけ言葉に詰まってしまった。そんな間の抜けた返答も気にすることなく、リアンはすぐに魔法の詠唱を始める。思わず耳を澄ませそうになるほど、美しい聖句が紡がれていく。


「どうあがこうと、結果は変わらん! ここで貴様らが死に絶えれば、我らの目的は果たされるのだ!」


 仕切り直すように互いに飛び退き、間合いを取ったクリスとオージェ。兵士たちはすでにこの場を離れ、オレとクリスとリアン、3人が魔族と対峙する形となった。オージェはついに今までの余裕の態度を崩し、苛立ちの声を上げる。


 本来の敵の思惑通りであれば、オージェとの戦闘で手一杯となったリアンは部下たちが敵に押し潰されるのを為すすべなく見ているしかなかっただろう。オージェの今の言葉の通り、ここでラーナ軍が全滅しリアンが死亡すれば、真実を伝えられる人間がいなくなりラーナはこちら側を警戒しなくてはならなくなる。そうして、ラーナの戦力を東西に分散させるという魔族側の戦略目標を達成するのが、こいつの次善の策だったのかもしれない。となると、会談の場に乗り込んできた本当の目的は、リアンを殺すことだったのか。だが、オレとクリス、そしてアズレイド軍の存在により、それを覆しつつあるということだ。


「――光をここに。我らが肉体に宿りしは、邪悪を払いし正義の意思――」


 結ばれる詠唱。オレたちの体にユストサリア神の加護が宿る。ユストサリア神官が魔族の天敵である最大の証。思い起こすのは、ゲームにおける最後の戦い。これと同じ魔法をレイドパーティの神官が使っていた。


 思考と肉体が共に戦闘モードへと切り替わっていく。敵は未知の魔族とはいえ、魔法の威力やクリスとの近接戦闘の様子から、おおよその強さは推測可能だ。オレとクリスにラーナの英雄リアンの力を計算に入れ、勝利への道筋を計算する。


 月明かりの下、圧倒的な強敵との戦いが始まった――

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