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独立都市

 月明かりの下、オレたちの眼前で陣形を整えていくラーナ軍。歩兵の隊列の前を指揮官だろうか騎乗していると思しき姿が横切る。


「――ん?」


 ラーナ軍の詳細な戦力を確認すべく、《竜眼》を使ったまま観察していたクリスが唐突に変な声を上げた。


「クリス?」

「あれは――んー、何だったか……?」


 声に反応して見上げれば、真剣な表情で目を凝らして考え込んでいる相棒の姿。つられてオレも目を凝らして見てみるが、当然のことながら歩兵と騎兵くらいしか判別できない。あからさまにおかしいものも見えないし。


「何が見えるんだよ?」

「あ、ああ――知っている顔がいる」

「は?」


 あまりに予想外なその言葉に、数瞬思考が停止する。知っている顔、すなわち知っている人間がいるってこと? それって、つまり――


「――まさか、他のPCが!?」

「いや、NPCだ」


 そっちか! 思わず身を乗り出して詰め寄ったが、直後の返答に拍子抜けしてうなだれる。


「NPCね……あれ、NPC?」


 一度は落ち込んだが、よくよく考えてみるとゲームに登場していたNPCもこの世界の実在の人物を元に設定されていたということか。それに、この状況で遭遇するNPCってかなり限られるぞ。


「で、具体的に誰なんだ?」

「それが、名前が出てこないんだよ。ほら、ラーナの英雄の……なんてったっけ?」

「ラーナの英雄……」


 ゲーム中、固有の名前と背景を持つネームドNPCは膨大な数が登場するが、その中でも英雄と称されるものはごく一握りだけだ。その多くがPCのレベルキャップを上回るレベルを誇り、PCには選択できない固有クラスやスキルを持つものもいる。基本的に各国ごとに所属している英雄は2、3人いたが、ラーナの英雄となるとどんな奴だったか。少し考えて、まず1人が思い浮かんだ。


「……金髪のイケメン?」

「おお、あってるあってる。分かったのか?」

「ああ。それならリアン・クローズだ。ユストサリアのプリーストナイトだし、確かにあの中にいても不思議じゃないな」


 リアン・クローズ。ユストサリア神殿からその信仰心と才能を見出され、幼少の頃よりエリート教育を受けた若き英雄。大陸でも屈指の神聖魔法と剣の腕を誇りながら、決して驕ることのない謙虚さと誠実さを併せ持つ高潔なる神官騎士。見た目も金髪碧眼の美形であり、まさに僕の考えた最強の王子様を形にしたかのようなキャラクターだ。ただし生まれは農家なので、別に王子様でも何でもない。


 フードの下で顔をしかめながら、リアンについての設定を相棒へ教える。聞いているだけで体が痒くなってきそうな頭スイーツな設定のキャラが、まさか実在する人物だったとは。いや、本物のリアンがゲームの設定通りの完璧超人だとまだ決まったわけではないのだが。


「何か不機嫌そうだな。どうしたんだ?」

「いや、あいつ金髪碧眼でオレと被ってるじゃん?」

「金髪碧眼のキャラなんていくらでもいるだろ……」


 仕方ないだろう。頭からつま先までイケメン成分で構成されたキャラへヘイトを向けてしまうのは本能のようなものだ。ついでに、頭上に浮かぶアドニスにも説明してやる。案の定、話を聞くうちにどんどん嫌そうな表情になっていった。


「うげえ……滅茶苦茶ヤバそうなやつじゃん。絶対戦いたくねーんだけど」

「戦ってどうこうする気は全くないけど、戦いを避けられるかは別問題だからな」


 神殿兵の戦力だけでも無理そうだったのに、ゲームでのレベルがこちらより上の英雄様までいるとなっては何としてでも平和的に解決しなければならなくなった。もっとも、リアンがラーナ軍の指揮官だと言うのなら、そこまで難しくはないかもしれない。


「ゲームの設定がこの世界リアン本人そのままなら、安易に武力行使に及んだりはしないと思うけど」

「だが、今のこの状況自体が、ゲームのリアンがするようなことには思えないんだが? 内面は全くの別人という可能性もあるんじゃないか?」

「確かにその可能性は怖いけど、リアンって個人の戦闘力はラーナでも最強格だけど地位としてはそれほど高いわけじゃないからな。上からの命令でやらされてるだけってこともあるし」


 結局、その辺りのことは直接接触してみなければ何とも言えないか。それでも、平和的に事態を収束させられる希望が少しは見えてきたというのはやはり大きい。ゲーム中では、いけ好かないイケメン野郎だとしか思ってなかったけど、今となっては最大の希望――かもしれない。


「なるほど、そうかもな。とりあえず戦力の確認はできたし、一旦神殿に戻るか?」

「アズレイド側から何か説明なり要求なりが来ているかもしれないし、そうしようか」


 何かあれば人をよこしてくれるとは思うが、ブレソールさんと話をするためにも一度戻るべきだろう。そこで、ふと思いつく。


「そういえばさ、ラーナ出身の人にリアンについて訊いてみればいいんじゃないか?」


 現地の人に訊くのはこういう時の基本だろう。ラーナを代表する英雄なのだ、人柄についてもそれなりに知られているに違いない。逆に全く知られていなくても、それはそれでゲームの設定とは違っているということが分かるしな。


 ######


 リアンについての情報収集はすぐに終わった。ラーナ出身の何人かに話を訊いたのだが、皆口を揃えて人格面でもべた褒めしてくれたのだ。どうやら、ゲームのリアンと本物のリアンにほとんど差はないらしい。


「クローズ殿がラーナ軍に……それは大きな情報だね。あの御仁は信の置ける方だ」

「ブレソールさんも同意見ですか」


 神殿の一室を借りた臨時執政官執務室にて、オレたちとブレソールさんは向かい合っていた。臨時執政官とは、国際問題に発展しかねない事態になったことで急遽作られた国家元首相当の役職らしい。オレたちが離れている間に評議会にてブレソールさんが選出されたのだ。


「うむ。だが、あの方はまだ若く政治力もほとんどない、上から命令を受けてとなるとどこまで信頼できるかは分からないね」


 流石にシビアだな、ブレソールさんは。下手に希望を持たせて勝手な行動を取られても困るので、リアンの存在は今のところこの人にしか明かしていない。この様子だと、その判断は正しかったようだ。


「アズレイド軍からの接触はまだ何も?」

「ああ。彼らが来たタイミングでラーナ軍が接近を始めただろう? おそらくだが、それに対する警戒で動けないのかもしれない」

「グリフォン騎兵ばかり20騎ですもんね。例え1人でも使者に出せば戦力が一気に低下しますし、ラーナ側もますます警戒するでしょう」


 どんな事情でやって来たのかは知らないが、グリフォン騎兵だけとか馬鹿なんじゃないだろうか。機動力を考えれば仕方ないのかもしれないけど。


「そのようなわけだから、こちらから使者を出そうと思う。貴方々にはその護衛という名目で同行してもらいたいのだが、どうだろうか?」

「俺たちがですか。同行自体は構いませんが、その間の町の戦力は大丈夫ですか?」

「無論不安がないわけではないよ。だが、アズレイド相手なら竜戦士殿が同行することの意味はとても大きい。それに、戦闘が発生するとすればやはりラーナとアズレイドの間だろう。使者の護衛は何より大事だと私は考えている」


 なるほど。クリスだけじゃなくて、オレにも同行して欲しいというのはそのためか。万が一こちらの使者が訪れている間に戦闘にでもなって死亡するなんてことになったら、リューベルンを巻き込んだ戦争に雪崩れ込んでしまう恐れがあるわけだ。


「分かりました。お引き受けします」

「ありがとう。使者はマイヤール殿にお願いしてある。アズレイドの事情にも詳しいからね」


 ガストンさんが使者になるのか。そういえば、昨夜の救出作戦移行顔を見てなかったな。防衛戦の準備段階から物資の管理を任されていたから、忙しいのは分かっていたし。


「失礼しますぞ、執政官殿――クリス殿にルシア嬢! 今ここに居られるということは、ひょっとして」

「ガストンさん!」


 ちょうどいいタイミングで、ガストンさんが部屋に入ってきた。昨日から休む間もほとんどなかったはずだが、目立った疲労を見せない辺り恐ろしいタフさだな、この人は。


「ちょうど良かった、マイヤール殿。お二方が護衛を引き受けてくれたよ」

「おお! お二人が護衛とは、これほど心強いことはありませんな! 是非ともよろしくお願いいたします」

「はい。お任せください」


 町のためにも、お世話になった恩を返すためにも、ガストンさんの身は何としても守らないとだな。そう決意を固めたところで、相棒が口を開く。


「ガストンさん。グリフォン騎兵を率いている指揮官について何か知りませんか?」

「ふむ、指揮官ですか?」


 その質問の意図はすぐに察せた。そうか、アズレイドの英雄の1人はグリフォンナイトだったな。あの数のグリフォン騎兵を率いているとなると、そいつがいても不思議じゃない。どんな奴だったか。確か――


「――エーリク・ムルトというハーフエルフの人物はご存知です?」

「ムルト卿ですか! もちろん存じておりますぞ。なるほど、確かにあの部隊の指揮官である可能性もありますな」


 やはり、どのNPCも実在の人物と考えて間違いなさそうだな。そうと分かっていれば、指揮官がハーフエルフかどうかだけでもアドニスに確認させておけばよかった。いくら多種族国家のアズレイドといえど、ハーフエルフがそんなに多くいるとは思えないし、それだけで特定できたのに。


 エーリク・ムルトは現在のアズレイド連合が成立したばかりの時期から活躍している英雄だ。寿命の長いハーフエルフのため、歴戦の将といってもいい経歴の持ち主ながら肉体はまだまだ若く、第一線で活躍している。グリフォンを乗りこなす技量は大陸一と謳われ、また槍と精霊魔法を自在に操る。リアンと同じく、ゲームではPCのレベルキャップを上回る強NPCだった。


 リアンと違って特別高潔な人格というわけでもなく、良くも悪くも国の利益のために働く軍人というキャラクター設定のはずなので、より警戒すべき相手かもしれない。


「もっとも、そうじゃない可能性もあるわけだがな」

「分かってますよ。ですが、その可能性を考えた上で、どんな人柄なのか確認しておきたいですから」

「なるほど、ムルト卿の人柄ですか。そうですな――」


 ガストンさんが話しを聞く限り、エーリクの方もゲームの設定とあからさまな差はないようだ。ますます、あのゲームがこの世界を元に作り上げられたものだという確信が強くなる。


「では諸君、必ずや無事に戻ってきてくれ。町の命運が懸かっているのだからね」

「お任せくだされ、執政官殿。必ずややり遂げて見せましょうぞ」


 アズレイドから何らかの要求があった場合のガストンさんの裁量も含めていくつかの確認を終えた後、オレたちは執務室を後にした。アズレイド軍の下へと向かうために。


 ######


 町を離れ、アズレイド軍の陣を目指して歩いている。灯りはクリスが持つランタンのみ。もっとも、昨日の夜とは違い今日は月も出ているので、この程度の灯りでもそこまで不自由はしないと思う。クリスが持っているのは、いざという時には灯りを持っている人間がまず狙われるという判断からだ。一方オレはグランリアナ帝国の旗――かなり年季の入った代物だ――を掲げている。リューベルンの旗というものが無かったため、とりあえず旧帝国時代の自治を引き継いでいるということでこの旗を選んだらしい。そしてオレたちの後ろにハイペリオンに乗ったガストンさんが続いている。


 本当は全員分馬の用意してもらえたはずなのだが、普通の馬ではグリフォン相手に怯えてしまって進めなくなるかもしれないと言われ、仕方なくハイペリオンだけ連れてくることになった。当のハイペリオンは大好きな主人の肩へ時折鼻先を擦り付けながらついてくるため、手綱を取る必要もない。


「見た目とやってることは同じようなものなのに、印象は全然違いますね……」


 そんなハイペリオンの姿を見ていると、己の従者たるスケベ馬とつい比較してしまう。純粋に嬉しそうで微笑ましくすら思えるハイペリオンとただの変態にしか思えないバロン。どうしてここまで差があるのか。


「ん? どうした?」

「いえ、何でもありません……」


 愚痴りたい気持ちを我慢する。今はガストンさんがいるし、そもそもクリスはバロンのことを知らないしな。


 余計なことを考えて気を抜かないよう、頭を振って視線を前に戻した。その先には、こちらへと飛んでくるもう1匹の変態の姿。アズレイド軍の指揮官を確認させるために先行させたアドニスが、どうやら戻ってきたようだ。


「マスター! たっだいまー!」


 無駄にハイテンションだな。どうやらラーナ軍から離れるほど今のコイツは元気なるらしい。


「どうだった?」

「マスターの推理通りだ。指揮官っぽいのは、多分ハーフエルフだ」

「多分なのかよ」

「いや、人間とエルフは流石に区別付くけど、ハーフエルフはちょっと自信ねーわ。夜目が利いてるっぽいから、ハーフエルフだとは思うんだけどな」


 まあ、ハーフエルフと一口に言っても、見た目が人間よりかエルフよりかは結構個人差があるって聞いたしな。インプからすれば見分けにくいのは仕方ないか。夜目が利くという点は判別ポイントとしては十分有効だろう。


「どうやら、指揮官はエーリク・ムルトの可能性が高いようです」

「そうか。両国の英雄が対峙してるってわけだな」

「軍記物語ならさぞ盛り上がる場面なのでしょうが、間に挟まれている当事者としてはたまったものではありませんなあ」


 大仰な仕草でため息を吐くガストンさん。流石に緊張の色は隠せないが、わりと余裕もあるように見える。その理由が、オレたちへの信頼にあるのならば、それを裏切るわけにはいかない。


 アズレイド軍の陣地はもう目の前だ。整然とならぶグリフォンたちの巨体が放つ威圧感は凄まじいものがある。その迫力に気を取られていると、上空で旋回していた2騎の内の1騎がこちらへとゆったりとした速度で近づいてきた。


「こ、こちらへ――!」

「大丈夫です。落ち着いてください」


 正直、オレもかなり怖いが、見るからに怯えているガストンさんの様子を見て逆に落ち着くことができた。そんなオレたちを庇うように、クリスが一歩前に出る。


「リューベルンからの使者をお連れした!」

「――承知しました。連隊長の下へとご案内します」


 眼前に降り立ったグリフォン騎兵にクリスは用件を告げる。相手は一瞬だけ反応が遅れたものの、すぐに頷いて自分に続くよう促す。


 戦争を回避するための刃を交えぬ戦い。その最初の一歩が始まろうとしていた――

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