side/エーリクⅡ
街道から小高い丘を挟んで適度な距離にある簡素な小屋が立ち並ぶ集落。どこかから逃散してきた村人が野盗に成り下がり住み着いたと言ったところだろうか。発見した分隊の2騎の内、1騎が上空を旋回しながら警戒につき、もう1騎が武装解除させた野盗たちを並べて地上で監視している。教本通りの対応を胸の内で褒めながら、エーリクはグリフォンを操りその傍らへと降り立った。
「落ち着いた対応は見事だが、分隊2騎だけで制圧を実行した理由は説明してもらうぞ?」
エーリクの僚騎と上空警戒を交代し、制圧した分隊の2騎が地上に並んだところで質問を投げかける。敵発見の発光信号を受け急行すれば、すでに野盗は制圧済みだった。10人に満たない数の上に武装しただけの素人となれば分隊の2騎だけでも過剰戦力だろうが、それでもリスクを最低限にするために味方の合流を待ってもよかったはずだ。こちら側には十分な余裕があるのだから。
「はっ。捜索のために高度を下げていたため発見されてしまい、即座に逃亡を図りましたので、バラバラに逃げられては面倒だと思い仕方なく戦闘に。最初に逃げた男を取り押さえた時点で残りが降伏しました」
「なるほどな。この地形では仕方ないか」
心の中でため息を吐きながら、目の前の部下が取り押さえたと主張する男だったものを横目で見た。おそらくこの部下は、甲冑を着けず、防御態勢も取っていない人間を、グリフォンが勢いをつけて踏みつけたらどうなるのか知らなかったのだろう。爪を立てさせなければ大丈夫だと判断したのかもしれないが、衝撃に耐えられずに中身が飛び出してしまっている。その光景を見た他の野盗がすぐに降伏をしたと考えれば、悪くない結果ではあるのだが。
「また間に合いませんでしたか。いくら野盗相手とはいえ、ここまで酷いと緊張感が持ちそうにないですね」
少し遅れて合流してきた副官が、苦笑しながら肩をすくめる。その言葉通り、すでに3回同じようなパターンで小規模な野盗の拠点を潰していた。どれもこれも食い詰めた村人が身を落としたと思われる集団ばかりで、戦闘らしい戦闘は一度も発生していない。もちろん、被害が出るような強敵と遭遇するよりは良いことに違いないのだが、あまりにも容易すぎて新兵たちの緊張が切れかかってきている。実戦では緊張しすぎてもマズいのでこのままでもいいのかもしれないが、訓練としては少々問題があるのは事実だった。
「東から流れてきた傭兵団が荒らしまわっているという話も聞いていたんだがな。もっとも、そっちの方は確かな情報があったわけじゃないが」
「一応、気は抜かないようにさせておきましょう」
リューベルンからの要請にあった情報では、実際に旅人を襲った賊はこれまで制圧してきた連中と同程度の武装した素人ということだった。今まで潰してきた拠点の内、どれがその賊のものだったのか知るすべはないが、おそらくすでに依頼された目標は達成できているはずだ。
「隊長! 賊の捕縛作業、終了しました」
「よし、今までと同じように街道まで連れていけ」
「了解です!」
副官と話している間に作業は終わっていたらしい。捕縛した賊は街道沿いの木などに繋いで縛ったまま放置しておく。後続の連隊所属の歩兵部隊が回収する手はずになっているのだ。それまでに狼などの野生動物に襲われる可能性もあるかもしれないが、そこまで面倒は見れない。今回は人数も多いので多分大丈夫だろう。
「もう日も暮れますし、そろそろリューベルンへ向かいますか?」
「ああ。今日のところは切り上げ時だな」
作戦の主目的は街道警備演習という名の野盗討伐だが、示威行動も兼ねてリューベルン郊外で野営を行うことになっている。
「向こうの人間からすれば、野盗討伐を要請した急使が戻らないうちにグリフォン騎兵が派遣されてくるわけだ。恩も売りつつ軍事力を誇示するには、なかなか有効なパフォーマンスじゃないか」
「意図は分かりますけど、少々やりすぎのような気もしますけどね……」
「かもな。それに、俺たちがたまたま立ち寄っていたからできる芸当だ。ハッタリもいいところだよ」
経済規模に見合った軍事力を保持していないウェセルにとっては、必要なハッタリだということだろう。エーリクは純粋な軍事畑の人間だが、年齢を重ねるうちに政治家たちの都合にもある程度配慮できるようになってきていた。その結果、様々なお願いをされるようになってしまったのだが。
街道への捕虜の移送が完了し、上空警戒を除く全騎が整列した。日暮れまでの時間はもう残り少なくなってきている。グリフォンの鋭い視力は夜になると失われてしまうので、野営地点までは日が沈む前に移動しておきたいところだ。夜間飛行訓練はリューベルンへの挨拶が終わってからを予定している。
「隊長! 準備完了しました」
「よし。では、これよりリューベルンへ向かう! 先行は第一小隊、順次離陸せよ!」
「了解!」
号令に従い、次々と離陸していくグリフォンたち。リューベルンへの示威行動というかなり繊細なバランス感覚を要求される作戦だが、何とか上手くやり遂げなければならない。自身もグリフォンを駆って飛び立ちながら、作戦の詳細を頭の中でもう一度見直していた。
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ぎりぎり肉眼でもリューベルンの町が確認できる距離まで来た。現在、先行する1騎との距離を厳格に維持しながら、エーリクを中心とした編隊で追従している。通常2騎で行う先行偵察を1騎で行わせているのは、独立都市に対する配慮によるものだ。単独行動は絶対に避けなければならないというのが基本原則だが、政治的配慮の前にはそれさえ曲げなければならない時もある。
「――む、何かあったか?」
すでに薄暗くなりつつある空に、チカチカと発光信号の見慣れた光が明滅する。
『異常確認。詳細偵察の必要あり。本隊は現在位置で待機せよ』
信号の内容を把握した時点で、直ちに後続へと停止のサインを出す。編隊を組み直し、その場での旋回待機へと素早く移行した。
「何でしょうか? この距離では特に異常は見当たりませんが」
「分からん。単独での偵察を続行した以上、戦闘が起こっているわけではないはずだ」
接触しない限界の距離まで接近しながら副官と言葉を交わす。速度を落として旋回中とはいえ、このくらい近寄らなくてはまともに会話ができないのだ。
「町の上を周回しているようですが、あれは問題にはならないのですか?」
「あー……まあ、かなりグレーだがギリギリセーフかな? 明確な線引きは町の中に入るか入らないかだが、よほど堂々と真ん中を突っ切らない限り空の上は見逃してもらえるはずだ。あいつはベテランだし、そのくらいは弁えてるだろ」
口ではそう言いつつも、余計な問題が増えないよう心の中でユストサリア神に全力で祈る。自分たちは進んで法を犯していないと自己弁護しながら。
そんなことをしているうちに、偵察を終えたのか先行している1騎がこちら側へ戻り始めた。同時に、再び発光信号の光が煌めく。
『重要報告あり。地上へ降下せよ』
「――マジか。何があった……全騎降下だ!」
「了解です。全騎降下せよ!」
信号の内容に慄きながら、部下たちへ降下の指示を出す。わざわざ地上に降りて報告しなければならないほどに重大な事態が発生しているということだ。
「クソッ、ここまでは順風満帆だったってのにな」
悪態を吐きながら、エーリクも地上へと降り部下の到着を待つ。上空警戒の2騎を残し、見晴らしのいい街道沿いに隊員たちを整列させた。
待ち時間はほとんどなかった。ほぼ全力で飛ばしてきたのか、先程までの巡航速度とは比べ物にならない速さでグリフォンの巨体が飛び込んでくる。
「何があった!」
「報告します! リューベルンの東およそ10スタッド、丘を1つ越えたところにラーナ軍の姿を発見しました! 数は歩兵が70から80、騎兵が10前後。旗印からユストサリアの神殿兵と思われます!」
「はあ!? ラーナ軍だと――!」
驚愕の報告に一気に動揺が広がる。実戦経験はそれなりにあると言っても、それは国内での賊討伐がほとんどだ。新兵の大部分は他国の軍隊を見たことすらないものが多い。よりにもよって新兵主体の今この時に、こんな場面に出くわすとは、そう心の中で毒づく。
「しかも神殿兵と来たか。ラーナでも精鋭の中の精鋭じゃないか」
「それに加えて、町の東部を中心に戦闘の跡が見受けられました。倒壊した建物も何棟かあるようです」
「……おいおい、一体何があったんだ?」
思わずぼやき染みた疑問が口からこぼれた。部隊を預かるものとしてはやってはならない失態を誤魔化す様に、ぼりぼりと頭を掻く。
「流石にラーナ軍が町を攻撃したわけではないと思いますが」
「リューベルンにはまともな戦力はほとんどない。ラーナにその気があったなら、とっくに占領されてるはずだわな」
その可能性は一番に切って捨てる。状況的にもあり得ないし、何より国はともかくユストサリア神殿が協力しないだろう。神殿兵の看板はそんなに軽いものではない。
「では、どうします? この状況で町に近づけば、ラーナ軍を刺激することになりそうですが」
「そりゃそうだが、だからと言ってすごすご引き下がるわけにはいかないだろ。独立都市に対する軍事力による明らかな威嚇だぞ。何らかの要求をしている可能性も高い」
とりあえず自分たちがしようとしていたことは完全に棚に上げて、ラーナ側の非を明確にする。市長から受けた任務は、要約すればリューベルンに対する影響力の保持及び拡大だ。目の前でライバルが抜け駆けしようとしているのを指を咥えて見ているわけにはいかない。
「しかし、もうすぐ夜ですよ? 衝突に発展した場合、夜間であっても敵に後れを取ることはないと確信してはいますが、ある程度の被害は避けられないでしょう」
「それが問題なんだよな……」
ハーフエルフであるエーリク自身は暗闇でも全く問題ないが、隊員の大部分は夜目が利かない。そして、グリフォンの視力はそれ以下まで落ちてしまう。加えて新兵主体となれば、ラーナの精鋭相手に本気で戦闘になるのはできれば避けたいところだ。
「……とにかく、俺たちの存在をラーナ側にも見せつけなければ話にもならない。町の西側、はっきりと向こうから見える距離まで近づいて陣を張るぞ」
「了解しました。ですが、本当に大丈夫でしょうか?」
「一応、俺たちにはリューベルンの要請で街道を掃除に来たという大義名分がある。ラーナも無茶なことは言えないだろ」
「果たしてリューベルンの人々は、我々が野盗討伐に派遣された部隊だと信じてくれますかね……?」
それは言うなと、心の中で呟く。紛れもない事実ではあるのだが、どう考えても信じてもらえそうにない。もともと、あり得ない過剰戦力を見せつける示威目的が多分にあったのだから。
「……通常の討伐部隊ではあの神殿兵相手では話にならなかっただろう、それを考えればここに俺たちがいることは最大限の僥倖だ。そう思え」
「――はっ!」
半分は自分を誤魔化すための言葉に、副官は覚悟を決めた表情になった。国を代表する精鋭部隊としてその威信を背負うという意志と覚悟を忘れるなと普段から隊員たちに言っているのだ。ここで自分たちがその言を違うわけにはいかない。
「総員、注目! 我々はこれより、ラーナの無法な振る舞いに対して抗議の示威行動を行う! だが、不要な武力衝突は望むところではない。国家の威信を背負っていることを忘れることなく、毅然としかし慎重に行動せよ!」
「了解です!」
エーリクの言葉に、上空にいる2騎も含めて全隊員が声を揃える。野盗討伐時の緩みかけていた空気は完全に払拭されていた。
「順次離陸せよ!」
号令に従い、飛び立ち行くグリフォンたち。久しく起こっていない国と国との戦争。あるいはその切っ掛けとなってしまうかもしれない重大な局面に、エーリクの心にかつてない不安と緊張がのしかかる。だが同時、それ以外の感情も間違いなく芽生えつつあった。
「おいおい、ガキじゃあるまいし、こんな状況に喜んでんじゃないぞ」
声を潜めて呟いた内心。手綱を握る手が小刻みに震えているのは、単なる緊張の現れだけではない。そんな騎手の心の揺れを感じ取ったのか、グリフォンが短く声を上げた。
こうして、大陸を、世界を巻き込む大争乱の幕開けは、いくつもの偶然が重なり合った上に訪れることになる。張り巡らされた幾重もの思惑を、遥かに超えたその果てに――




