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幕間 動き始めたリアルⅡ

 電子ロックの解除音に続き、ガチャリと物理的な解錠の音が鳴る。ドアノブを回すとあっけなく扉が開いた。


「チェーン掛けられてなくて良かったですね、先輩」

「男の1人暮らしでチェーンは掛けないだろ、普通」

「いや、それは偏見じゃないですか……」


 ぶつぶつと細かいことを言う後輩の呟きを完全に無視し、玄関の様子を素早く確認する。見覚えのある靴、サンダル、傘立て、特におかしな点は見当たらない。


「黒瀬! 秋山だ、入るぞ!」


 すでに外から何度も確認したが、もう一度声をかける。やはり何の反応もない。


「黒瀬先輩、早霧です。お邪魔しますよー」


 靴を脱ぎ部屋に上がる。廊下の奥にある扉の向こうにキッチンとリビング、その手前にある左右の扉はトイレと浴室。過去に訪れたことは一度しかないが、職業柄間取りについては頭の中に叩きこまれていた。


「異臭とかはないですねー」

「音信不通になってまだ2日だぞ。仮に何かあったとしても、異臭がするほどじゃない」


 トイレと浴室をチェックするが何もない。浴室の前にある洗濯機の中も見てみるが、取り出されずに乾いてしまっている衣服のような、あからさまに怪しいものは残念ながらなかった。


 奥の扉を開く。今度は微かに生ごみのものと思われる臭いがしたが、それも異常と断定できるほどのもではなかった。


「んー、これ洗わずに結構放置されてるっぽいですよ?」


 流しに置かれたコップが気になるらしい。何かの色素が渇いたままこびりついている。色からして野菜ジュースだろうか。黒瀬の性格を考えると、確かに少し違和感がある。


「慌てて荷造りしたみたいな跡でもあれば分かりやすいんだがな」


 リビング――というよりはただの部屋なのかもしれない――にも分かりやすい異常はない。やや大きめの座卓とカーペット、タンス替わりのクリアケース、ハンガーラック。いかにも男の1人暮らしらしく、必要最低限の家具しかない。


「あ、こっちにも部屋があるんですか。ちょっと変わった間取りですね――って、うわあ……」


 玄関からキッチン、リビングと一直線に進んできて、Uターンするように手前側にもう一部屋あるのだ。この部屋の配置なら奥の部屋と廊下を繋ぐ扉があってもよさそうなものだが、実際には奥の部屋にはリビングを通らないと入れないようになっている。


 奥の部屋は一応寝室ということになるのだろうが、実際にはこの家での生活の中心となっている部屋のようだ。フルダイブ用端末が一体化されているシングルベッドを中心にパソコン、レトロゲーム機、小型冷蔵庫などが配置されている。ハンドクリーナーまで用意されている当たり、ここから動きたくないという強固な意志が感じられた。


「ガチなゲーマーなのは知ってましたけど、これはすごいですね」

「いや、本物はもっとヤバいぞ? 携帯トイレがない時点でまだまだらしいからな」


 何がまだまだなのか、言っている本人にも良く分からない。


「そ、そうなんですか……」

「さてと――流石に無理か」


 端末の動作履歴だけでもチェックできないかと起動してみるが、指紋認証の段階で躓いた。


「スマホがあるって時点で、外出しているって線はまずないですよね?」


 ベッドの横の小さな机の上にスマートフォンが放置されていた。記憶にある黒瀬のスマホに間違いない。


「ないな。いよいよ、事件の臭いが強くなってきたか」


 黒瀬は今どき現金を持ち歩くような奇特な人間ではなかった。スマホを置いたまま外に出るなんて、どんな理由であっても考え辛い。


「どうします? 端末だけでも持ち帰って調べてもらいますか?」

「令状なしにそんなことできるわけないだろ……俺たちはあくまで個人的に様子を見に来ただけなんだぞ、親御さんの依頼でな」


 同期の黒瀬が性格上あり得ない無断欠勤をしたことで気になってはいたのだが、かといってそれだけで家宅捜索などできるはずもなく、面識のあった黒瀬の両親に事情を話して私的に部屋に入れるようにしてもらったのだ。当然のことながら仕事として来れるはずもなく、傍から見れば完全なサボりであり、バレれば大目玉を食らうのは確定だろう。


 秋山成希は神奈川県警横須賀警察署所属の刑事である。現在ネット上で騒ぎになっているVRMMO内での集団失踪事件に同期が巻き込まれたかもしれないと気付いたのは昨日のことであり、個人的に捜査を開始していた。問題のVRMMORPG『ミルスレア・オンライン』についてはとある理由からそれなりに詳しく、一時期プレイしていたこともある。黒瀬がサービス開始当初からの古参プレイヤーであることも知っていた。


「でも実際どうするんです? この状況証拠だけで事件性を認めてもらえますかね? サイバー課の方にねじ込んでも門前払いされそうですけど」


 早霧の懸念はもっともだ。ゲーム内での失踪事件については警視庁のサイバー課――サイバー犯罪対策課――がすでに動いているのだが、そこに捜査協力を依頼するとなると県警本部長クラスの命令が必要になる。ゲーム内で失踪したキャラクターのプレイヤーが現実でもいなくなっているなんて、そんな荒唐無稽な話で動いてもらえるわけがない。加えて、まだ事件発生から日にちが経っていないせいか、現実での失踪者について出されている捜索願が少ないのも問題だった。


「黒瀬だけじゃなく、他の失踪者についても状況証拠を上げないと、組織として捜査に乗り出すのは難しいか」

「でしょうねー。正直、黒瀬先輩だから私もおかしいって思えましたけど、ネットゲームで起こった事件で現実に人間が失踪したなんて、バカバカしすぎて真に受けませんよ、普通」

「そんなこと、俺だって分かってるんだよ」


 秋山自身、他人にそんなことを言われた鼻で笑い飛ばすに違いない。だが、見知った人間が関わっているとなれば、あり得ないことだと切り捨てることはできなかった。


「でも先輩。ゲーム中で失踪したPCのプレイヤーの身元を特定するには令状がなくちゃ無理でしょうし、他の行方不明者を当たるって何か方法はあるんですか?」


 ある意味当然で、だが能天気な疑問に秋山は苦笑する。個人情報の厳密な保護が当たり前になって久しい現代社会だが、当人が自分の情報をしっかりと秘匿する意識が無ければ何の意味もない。調べようと思えば手段はいくらでもあるものなのだ。


「まあな」


 短く答えながらスマホを操作する。今回の事件について、有志が立ち上げた情報共有サイト。そこに寄せられた情報の中から、刑事としての視点で信憑性が高いと判断したものをピックアップしている。個人情報に繋がる部分に関しては規制がかかっているものの、交流サイトやプレイヤーが運営しているブログなど、いくつかの情報を拾い上げるだけでも特定できたものが何件かあった。もっとも、その作業をやったのは秋山自身ではないが。


「――仕事中にこっそり回れそうなのはこいつだけか」

「ええっ!? また仕事サボって行くんですか?」


 知らず口にしていた呟きに、早瀬が反応する。何とも嫌そうな顔をしているが、すぐに拒絶の言葉を出さなかった以上、本気で嫌がってはいないのだろう。後輩の性格からそう分析する。


「また昼飯くらいは奢ってやるよ」

「2回目は当然要求グレードが上がりますからね!」


 一転して嬉しそうな声に、やれやれと心の中でため息を吐く。何かあった時に1人ではまずいので、こんな奴であっても連れていかなければならない。


 もう一度部屋を見回す。奥の押し入れの中からはみ出している箱に気付いた。見覚えがあったので近寄って拾い上げる。


「何ですか、ソレ?」

「楯だ。この前の県警の剣道大会のヤツだな」


 黒瀬は県警でも5指に入る腕前で、同期ということもあり秋山は何度も叩きのめされた経験があった。


「おおー。黒瀬先輩、そんなに強かったんですね」

「お前、知らなかったのかよ……」


 剣道大会の参加は任意だったとはいえ、全く知らなかったらしい後輩の様子に再びため息を吐く。


「フルダイブ型のゲームだと、そういった武道の経験の差もかなり大きいって言ってたな」


 秋山自身の経験としては、そこまでの差を感じたことはないのだが。コアなゲーマークラスにならないと分からない世界なのかもしれない。


 箱を元に戻し、踵を返す。これ以上は、今手を出せるものはなさそうだ。部屋を出ようとしたところで、またも早霧の能天気な声がかけられる。


「結局、何も持って行かないんですか?」

「だから、令状なしにそんなことしたら、ただの窃盗になるだろうが!」


 ######


 自分の家にたどり着き、服を脱ぐ間も惜しんでスマホを取り出しコールする。もう何度かかけているが、未だに繋がらない相手。長く続くコール音。今回もダメかと思った頃に唐突に途切れると、聞き慣れた、しかし久しぶりに聞く女の声が聞こえた。


「なに、兄さん? 私が今死ぬほど忙しいのは知ってるでしょ?」


 あからさまに不機嫌な声。兄に対する敬意が欠片も感じられず思わず文句が出かかったが、言われた通り相手が忙しいことは良く分かっていたので何とか飲み込んだ。これ以上機嫌を損ねては、訊きたいことも訊けなくなる。自分自身の疲れと苛立ちをできる限り隠すように努めた。


「悪い悪い。どうしても訊きたいことができたんだ。それにしても、こうやって話すのはかなり久しぶりだな、()()()――」


 何か月、下手をすれば1年以上ぶりかもしれない兄妹の会話。だがこの会話から事件は大きく動き出していく。ただの地方警察の刑事にすぎない秋山成希が、真っ先に動き出す動機と、極めて重大なコネクション、その両方を持っていたことは、ただの偶然だったのか。この世界にはいない神ならば、それを知り得たのかもしれない。


 ()()()()の歯車は、今まさに噛み合った――

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