幕間 動き始めたリアルⅠ
“七色の都”クアルロンド。アズレイド公国とアズレイド連合、2つの首都を兼ねる大陸でも屈指の大都市だ。多種族共栄を国是とするアズレイドの都に相応しく、様々な種族の人々が行き交い、全く異なる趣の建造物が絶妙なバランスで街並みを作り上げている。空を見上げればせわしなく翔け回るグリフォンやペガサスの姿。この国ではそこまで珍しくもないとはいえ、日常的に多くの姿を見ることができるのというのは、アズレイド最大の都市に相応しい光景だろう。
そんな華やかな街の中心部からは外れた閑静な住宅街。異なる文化が混ざり合いエキゾチックな魅力に溢れる街並みとは打って変わって、住宅地はだいたい種族ごとに区分けされている。そうと決められているわけではないのでたまに例外が混じっていたりはするものの、基本的には統一感のある光景が落ち着いた空気を提供してくれている。中心部と住宅地、1つの町に両極端な光景が存在することこそが、“七色の都”の二つ名の所以かもしれない。
「家はそのままか……」
住宅地の一角、ある家の前にしゃがみ込みながらキーシェはため息を吐いた。嘆息と安堵、どちらの感情が強いのかは本人にも良く分からない。
著名な攻略ギルドのメンバーが纏めていなくなったというニュースを知ったのが一昨日のこと。その後、何百人ものPCが姿を消したという情報がゲーム内外を問わずネット上で飛び交っていた。挙句の果てには、キャラクターのみならずプレイヤーまで行方不明になっているなんてデマとしか思えないことまでまことしやかに噂されている。
リアルの事情で1週間ほどログインできていなかったキーシェは、そのニュースを知ってからずっと気が気でならなかった。それなりに親しいフレンドと3日前から急に連絡が取れなくなっていたからだ。ゲーム上だけでの付き合いとはいえサービス開始当初からのフレンド、何かあったのなら連絡くらいはしてくれる相手のはずなのに。
「どうだった?」
小さなメッセージ音と共に表示されるチャット。相手の名前はイヌカイ、キーシェのリアルフレンドであり、同じ事情でこの1週間ログインしていない。
「家はそのまま。伝言も特になし」
「まあ、そうだよね。わざわざメイドに伝言残すくらいなら交流サイトの方で伝えるだろうし」
メイドというのは家の管理のために雇えるNPCのことで、機能の1つに来客へのメッセージを設定できるというものがある。実用面より雰囲気重視の機能だが、どんなに重要な連絡であってもこの伝言でしか伝えないという筋金入りのアホ――こだわりの強いプレイヤーもいたりする。少なくともキーシェが知る限りフレンドはそんな奇特な人間ではなかったが、一縷の望みを懸けて確認しに来たのだ。
「ネトゲなんて、マジで引退する時は何の連絡もなくいきなりいなくなるもんだけど、今回は何か事件があったくさいし、やっぱ気になるね」
「……だね」
あいつはそんな無責任な引退はしない、と言い返したかったが、イヌカイの言が正しいことはキーシェも認めていたため、微妙に間を空けた相槌だけになった。
「色々調べてみたけどさー、行方不明者が大量に出てるのはマジっぽいんだよね」
「行方不明って……リアルでってこと?」
「うん。んで、皆このゲームのプレイヤーだって話」
噂としては知っていた情報。だが、本当の話だとは全く思っていなかった。しかし、イヌカイの性格からして嘘やデマであればこんな言い方はしないはずだ。だからと言って、こんな内容を鵜呑みにはできないが。
「いやいや、おかしいでしょ。ゲーム中に意識不明になったとかなら分かるけど、行方不明って……ゲームとリアルの行方不明がどう関係するって言うの?」
「ま、普通なら単なるデマだって笑い飛ばすところだけど、問題の日以降連絡が取れなくなったリアフレの家――リアルの方の家に行ったらいなくなっていたって話が複数出てるみたいなんだよね」
「複数……」
単なる偶然では済ませられない数なのか。だが、そこに因果関係があるとして、いったいどういう理屈でそんなことになるのか見当もつかない。それに、ゲーム内の集団失踪は大手メディアも取り上げているが、リアルの行方不明事件の方は情報ソースの怪しいネットニュースサイト以外では取り上げられていないのも気になる。
「ホントにそんなことがあったのなら、何でもっと大々的に報道されてないんだろ? 警察が捜査してるって話も聞かないし」
「リアルの方の話? 警察が動くところまでは行ってないとか? まだ日数もそこまで経過してないし、ゲームの方はギルド丸ごといなくなったりしてすぐに表面化したけど、リアルで繋がりのない人間が何人か行方不明になっても、直ちに関連付けては考えにくいんじゃないかな?」
その説明にはキーシェも納得できた。なにより、リアルでの行方不明者をゲームに関連付けるなんて、普通の発想では出てくるわけがないのだから。そこまで考えたところで、ふとあることを思い出す。
「あ、そういえばさ。連絡取れないフレってリアルじゃ警察官らしいんだよね」
「え、マジ? 警察官が巻き込まれたとなると、警察の動きも早くなりそうだけど」
「直接聞いたわけじゃないから違うかもしれないけど、会話中にそれらしい話題が出ることがあったから」
立ち上がり、目の前の家を眺める。家そのものも庭に配置されている様々なオブジェも、かなり高額な代物ばかりだ。キーシェ自身もコアよりなプレイヤーだという自覚はあるが、フレンドは間違いなく廃人に片足を突っ込んでいた。
「あれ? 家がアズレイドにあるってことは、そのフレってぼっちなの? ギルド未所属のプレイヤーでいなくなったのって今のところかなり珍しいらしいけど。有志が作ったリストによればね」
「うん、ギルドには入ってない。特定のギルドに縛られるのが嫌だったんじゃないかな」
家の場所だけでぼっち扱いされるのは、このゲームにおける国ごとの特色に関りがある。国によって存在する施設や受けられるクエストが異なるのだが、アズレイドはソロプレイヤー向けのクエストが充実している替わりにギルド向けの施設やクエストが全くと言っていいほどない。自然に棲み分けができるようにという配慮でそうなっているのだろうが、そのせいでアズレイド在住イコールぼっちという図式が成り立ってしまっている。
「ソロで巻き込まれているのは相当な廃人ばかりって言われているけど、ネトゲ廃人の警察官かー……そういや、アイドルの浅間ミカサもで巻き込まれたかもしれないらしいね」
「浅間ミカサが!?」
「ちょうどその日からブログの更新が止まってるんだってさ。今まで無断で更新さぼったことは一度もないのに」
毎日ブログを覗くほどではないにせよ、コアゲーマーアイドルとしてキーシェもファンの1人だった。『ミルスレア・オンライン』をプレイしていることは有名だったが、キャラクター名などの情報は非公開だった。それでも、ブログの記事――具体的なゲーム名は伏せられていた――からギルドには所属していないことは知られていたのだ。
「今回の事件がかなり大々的に取り上げられてるのって、1つには彼女が巻き込まれたかもしれないってことがあるかもね」
「そうなんだ。それじゃ、ホントに失踪しちゃったってことなのかな……」
ネットで騒がれている内容の大半が事実である可能性が高いと思い知らされ、いなくなったフレンドのことがますます心配になってくる。
「あ……えーと、流石にそろそろ警察も動き出すだろうし、きっと大丈夫だよ」
キーシェを落ち込ませたのかと思ったのか、イヌカイから慰めの言葉が飛んでくる。キーシェは首を振って気持ちを切り替えた。
「いろいろありがとね。自分でも何かできないか考えてみるよ」
「うん。こっちはこっちで調査を続けてみようと思う。何やら大きな事件の臭いがするし――あ、ごめん、無神経だったね」
「ああうん、もう気にしないから」
何かに興味が引かれると、それ以外が疎かになるのはイヌカイの昔からの性格だ。すぐに気付いて謝った分、普段よりよほど気を使ってもらっている。
「そうだ、できればいいけど、その連絡が取れないフレンドのPC名とIDを教えてもらえないかな? 何か調べられるかもしれないし」
「あ、そうだね。お願いするよ」
チラリと横目で傍らの表札を見る。書かれている文字は読めないが、何と書いてあるのかはシステムウィンドウに表示される。
「PC名はクリス。IDは――」
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ネット上に氾濫する膨大な情報から、裏付けの取れたものだけを拾い上げ、分類していく。違法な手段に頼らずとも、たどり着ける真実は意外と多いものだ。
「思わぬところから繋がったな」
キーシェから聞いた1人のPCについて追跡調査したところ、失踪した攻略ギルドの1つ『陽炎』と共に、その日『第4の城』を攻略する予定だったということが判明した。そして、失踪が噂される浅間ミカサも、前日のブログの内容から同じ日に『第4の城』攻略に加わっていた可能性が高いのだ。もちろん、攻略を目指すパーティはいくつもあっただろうから同一のパーティであるとは限らないが、数少ないソロの失踪者が共に『第4の城』攻略に関わっていたのは果たして単なる偶然なのか。
「結局、『第4の城』攻略は失敗に終わっている」
少なくとも現時点で『第4の城』が攻略されたという事実はない。攻略の最前線にいた著名ギルドのメンバーが根こそぎいなくなってしまったため、当分攻略されることはないと噂されている。
「やはり鍵は巻き込まれたソロプレイヤーの共通点にありそうか」
得られた結論から次の目標を設定すると、再び情報を収集すべくネットの海へと沈んでいく。
国内最大のVRMMOで発生した前代未聞の集団失踪。リアルの事件として表面化するのは、もう間もなくのことである。




