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始まりの夜

 アドニスの動きがおかしくなり何かがあったことを察したのは、クリスやブレソールさんと共に神殿の敷地へと戻ってきた時だった。すでに太陽は半身を隠していて、兵士たちが篝火を灯して回る時刻になっている。


「すみません。また何かあったみたいです」


 前を行く2人を呼び止める。仕方ないこととはいえ、このパターン多すぎないか。


「ラーナ軍に何か動きがあったのか?」

「いえ、方向的に違いますね。これはひょっとすると――」


 夕焼けに染まる空を見上げる。向きは北西、ウェセルのある方角だ。猛烈に嫌な予感がする。


「……まさか――!」


 オレが見た方角から同じく嫌なことを思い浮かべたのか、ブレソールさんが顔をしかめて言葉を詰まらせた。ふと、僅かなマナの動きを感じ振り向けば、《竜眼》を使っている相棒の顔。


「――何か飛んで来てるな」


 こちらへと一直線に飛んで来ているアドニスの姿はすでに黒い点として視認できているが、《シャドウベール》を使っている以上クリスの目には映らない。つまりそのさらに向こうに、ナニかがいるということか。それも、空を飛ぶナニかが。


「詳細は分かりますか?」

「待ってくれ――かなりの速度で近づいてくる。鳥? いや――」


 目を凝らすクリスを、オレとブレソールさんは固唾を飲んで見守る。漏れ聞こえる呟きに、どんどん膨らんでいく嫌な考え。


「あれは――!」

「マスター!」


 驚愕の表情を浮かべ冷や汗すら浮かべた相棒と、血相を抱えて飛んで来たアドニスが、飛来するものの正体を同時に告げる。


「グリフォン騎兵だ!」

「グリフォンが飛んで来てる! 人を乗せて!」


 想像していたものの内、見事に悪い方だと判明し、フードの下の顔が引きつる。横目で見れば、ブレソールさんの反応はそれ以上だった。


「なんと……!」


 呆然と呟きながら、何かを堪えるように手を口元へと当てる。あまりにも理不尽な出来事が連続し、わめき散らしそうになったのかもしれない。オレと同じように。


「このタイミングでアズレイドまで来るんですか――!」


 グリフォン騎兵はアズレイドが誇る最強の兵科だ。知能は高くとも気性が荒いグリフォンは飼い慣らすのが非常に難しく、アズレイド以外に部隊を編成できるほどの数を揃えられる国は存在しない。その調教方法や騎乗の技術は厳重に秘匿されており、グランリアナ帝国時代でさえ部隊の供出はしてもそれらの知識の引き渡しは拒み続けたという。


 熟練の騎手とグリフォンの連携は、単騎で通常の騎兵10騎に勝ると言われるほどの戦闘力を持つ。それに加えて、大空を翔る圧倒的な機動力があるのだから、最強の看板に偽りはない。ゲームにおいても、ネームドの英雄を除く量産型NPCの中では最高のレベルを誇っていた。一応、さらに上の戦闘力を持つ飛竜に騎乗するものもいるにはいる――騎乗戦闘のスキルツリーを極めればPCでも乗って戦うことはできた――が、あくまで個人技の範疇であり部隊での運用にはほど遠いらしい。


「先行しているのは1騎だけだが、後ろに結構な数が続いているな」

「見間違いだと言って欲しいんですけど……」


 ラーナはまだここへ来た理由にある程度納得できるが、アズレイドがここで軍を派遣してきたのはマジで何でなんだ。リューベルンを巡る2つの国の間での戦争。この町へたどり着いた時、若い兵士がそこまでは行かないと苦笑しながら否定していた想像が、目の前で現実へと変わりつつある。


 嘘だろ、おい。狼退治、傭兵団ときて今度は戦争の危機なんてインフレが激しすぎないか。怖い。唐突にそう思った。先程抱いたはずの決意はもう揺らぎ始めている。胸を締め付けられるような、世界から押し潰されるような感覚。


「すぐに対策を考えねばならないね。よろしいかな?」


 衝撃から早くも立ち直ったのか、オレたちへと問いかけるブレソールさんの声は普段通りの落ち着いたものだ。もっとも、その表情は流石に険しい。その視線に射すくめられ、オレは心の奥底に芽生えた思いを悟られたのかと身を固くした。


「はい。急ぎましょう」


 迷いを感じさせないクリスの返答。一方オレは、少しずつ強くなっていく息苦しさに声を出すことができず、ぎこちなく頷くのが精いっぱいだった。


 ######


 再び戻ってきた評議会で、防衛の準備を進めるところまではすぐに意見が一致した。しかし、それぞれの軍に対するこちらからの働きかけに関しては、大きく割れてしまっている。早い話が、親ラーナ派と親アズレイド派だ。


 納税額によって決まるというシステム上、評議員には商人が多い。そしてこの町の成り立ち上、商人たちは2つの隣国からやって来たものがほとんどだ。単なる町の危機であった傭兵の襲撃と違い国と国との諍いとなると、出身国で意見が分かれてしまうのは当然と言えた。幸いにも商会長であり議長も代行しているブレソールさんは中立を表明しており、そのお陰で完全な分裂は免れていた。


 喧々諤々の議論が続けられる中、この町の人間ではないオレとクリスは部屋の隅で傍観していた。結局のところよそ者であるオレたちに、政治的なことに口を挟む資格はない。どちらが正しく、どちらが間違っているのか、そんな議論ではないのだから。


「クリス。今の状況って、私たちがどうこうできる範囲を大幅に超えていると思いませんか?」


 その状況に漠然とした疎外感を覚えたこともあり、隣にいる相棒へと声を潜めて思いをこぼす。


「ん? ――まあ、こればっかりは俺たちが口を挟むことでもないしな。だが、どの選択肢を選ぶにせよ、このまま平和に終わるとは思えないだろ? なら、俺たちにできることがあるはずだ」


 オレの意図とはややずれた、しかし揺るぎない意志を感じさせる答え。そんな相棒の様子を見ていると、今の自分の思いがとても小さなものに感じてしまう。


「起こるかもしれないのは国と国との戦争ですよ? 私たちに何ができますか?」

「ルシア……?」


 返ってくる疑問の声。傭兵相手にあれだけ暴れておいて、何をいまさらというところだろうか。正直、自分でも少しだけそう思うし。


「傭兵たちと違って、町の人々が積極的に狙われるわけではないでしょう……多分」

「そうかもしれん。それでも、戦争自体を起こさせない、あるいは起きても町への被害を極力抑える。俺はそうしたい――お前は違うのか?」


 くそっ。そう問われたら答えは1つしかないじゃないか。


「……そりゃ、できるならそうしたいに決まってるじゃないですか」


 結局、オレが怖いと感じるのは、問題のスケールが大きくなりすぎたせいなのかもしれない。今までと何も変わらないと迷いなく言いきられると、強く反対できないのだ。オレが本気で反対すればクリスも諦めるだろう。だが、それができない程度には、オレにもこの町を守りたいという思いがある。


 そうとなれば、参加資格のない議論を眺めているなんて不毛なことはさっさと切り上げ、両軍の戦力調査をするべきだと提案しようとしたところで、勢いよく議場の扉が開かれた。


「ラーナ軍が移動を始めました! 町に接近しつつあります!」


 駆け込んできた兵士が告げた言葉に、評議員たちの議論は止まり動揺が広がる。ある意味、ちょうどいいタイミングだ。


「クリス! 私たちで見に行きましょう」


 相棒の腕をつつきながら手短に伝える。それだけで察してくれたのか、クリスは議場内の動揺を鎮めるように声を張り上げた。


「商会長! ラーナ軍の詳細を見に行ってきます。俺たちなら分かることがあるかも知れませんから」

「うむ、了解したよ。こちらからもお願いする、竜戦士殿」


 頷き、即答してくれるブレソールさん。2人のやり取りで、評議員たちにも落ち着きが戻った。流石の影響力だ。オレたちはお互いの顔を見合わせると、軽く頷き合ってから議場を後にした。


 ######


 もはや完全に太陽は沈み切り、昨夜ほどではないにせよ町は暗闇に包まれている。オレもクリスもスキルを使って火を灯さずに走り続ける。目指しているのは、防衛戦のために急増された櫓の1つだ。ラーナ軍が接近してきたのなら、《竜眼》を使えばかなりの情報を得られるだろう。アドニスの方は、毎度の別行動でアズレイド軍へ向かわせている。先行してきたグリフォン騎兵はリューベルンの上空を一回りした後引き返しており、その後町まで近づいてきていないのだ。そのせいで、正確な数も把握できていない。


「おお、竜戦士殿! お疲れ様です!」


 櫓についたオレたちを見張りについている兵士たちが迎えてくれた。クリスの方は完全に上司扱いなのか、きっちりとした――兵士として正しいのかは分からないが――礼までされている。


「ラーナ軍の様子は?」

「どうも、傭兵どもが布陣していた位置へと移動しているようですな」


 確かに、丘の向こうから姿を現しつつある集団が、傭兵たちの野営地跡へと向かっているようだ。と言っても何かが残っているわけではなく、単純に布陣する場所として適しているのだろう。


「クリス、旗は確認できるか? ラーナの国章とユストサリアの聖印、モチーフは同じでもデザインが違うから、神殿兵かどうかはそれで分かるはずだ」


 一番上にある見張り台に2人して登り、数を増やしていくラーナの兵士たちを観察する。もっとも、オレの目にはかろうじて人間の集団だと判別できる程度なので、旗の図柄以前に兵士が掲げているのが旗なのか長槍なのかの区別もできないが。


「はためいていて分かりにくいが……あの天秤の旗はやはり神殿兵か? お前の予想通りだな」

「お、おう。言っといてなんだけど、この距離でマジで分かるんだな」


 当たっても嬉しくない予想だったが、見事に正解だったようだ。いよいよ全容を把握できるようになったラーナ軍、数はおそらく100にやや足りない程度か。傭兵たちよりは明らかに少ない。だが、神殿兵となると総合戦力的には倍では効かないと思われる。正直頭を抱えたいが、すぐ下には兵士たちがいるのだ。図らずも町の英雄となってしまった今、情けない姿を見せては士気に関わる。


「うん。アレだけでも勝てないな、間違いなく」


 平然とした態度を心掛けながら、潜めた声だけで圧倒的な戦力差を認めた。単純な戦力でも劣っている上に、ユストサリアの神殿兵はオレにとって最悪に近い相性の相手なのだ。ユストサリアが魔族の天敵と言われていることから、その理由は察せるだろう。


「別にアレと戦うと決まったわけじゃないさ」

「それはそうだけどな……」


 ナチュラルに平然としているように見える相棒の言葉に、思わずため息を吐く。頭では理解していても、心と体が訴える恐怖は無くせない。


「ん、戻ってきたな」


 接近しつつあるアドニスに気付き振り向いた。ここまで早くこっちに戻ってきたということは、アズレイド軍も町へと近づいて来ているのか。


「へい、マスター! 報告に来たぜー」

「お帰り――」


 普段通りの軽い口調に返事をしようとして、飛んで来た従者の様子に少し違和感を覚える。


「――あれ? お前、ラーナ軍が近づいてきたのに平気なのか?」


 あれほど神の気配とやらにビビりまくっていたのに、より距離が縮まっているはずの今は平然としている。


「へ? ……あれ、そういや《シャドウベール》に何の影響もねーな。いなくなったのか?」


 いつの間にかいなくなるって、そんなのありなのか。


「もしかしたら、一時的に力を解放してたとか、そんな感じかもしれねー」

「そういうもんなのか? まあいい、向こうの戦力はどうだった?」


 今考えても何も分からなそうなので、報告の方を優先するべきだろう。


「向こうも後続が合流して、だいぶ町の近くまで来てるぜ。グリフォン騎兵以外の姿は確認できねーけど、それでも20騎だ」

「グリフォン騎兵が20……単純な戦力じゃラーナを上回ってるな」


 グリフォン騎兵20騎はわりとシャレにならない戦力だ。いかな神殿兵といえども、100に満たない数では厳しいと断ぜざるを得ない。ただし、昼間ならばという注釈がつく。


「グリフォンは夜目が利かねーし、大人しいもんだったぜ」


 そう、猛禽の頭部をもつグリフォンは暗闇に弱い。夜間の戦闘となった場合、戦力差は一気に縮まる。ラーナ側有利と断言できるほどではないが、かなり拮抗した戦力比と言えるだろう。ただこれは、あくまで第三者目線での話だ。


「現状、戦力的にどちらかが圧倒的に優勢ってわけじゃない。何かあれば戦闘に発展する可能性が高いかも」


 分析の結果をクリスに伝える。あからさまに一方が強ければ弱い方は戦闘を避けようとするだろうが、そこまでの戦力差がないとなると積極的に戦いを避けようとはしなくなるかもしれない。さらに悪いことに、現在の戦力的拮抗状態は夜限定という時間制限付きのものなのだ。昼になれば劣勢になることが分かっているラーナ側は、悠長に話し合って解決なんて選択肢を選ぶだろうか。


「状況的に、放っておけば戦争になる可能性が高いか?」

「認めたくないけど、楽観できる状況じゃないのは確かだろうな……」


 今のオレの声は相当情けないものになっているだろう。それを聞いたクリスは、しばしの間、目を瞑って考える素振りを見せた。


「――なら、俺たちのできることをするべきだ」


 見開いた目は未だ《竜眼》の影響で蛇のそれになっている。それでも、そこに秘められた意志と覚悟ははっきりと伝わってきた。


「……ああ。そう、だな」


 震える声を何とか抑え込みながら頷く。何でこうなったのかという思いはもちろんある。でも、この町を守りたいという思いも嘘じゃない。なら、我が相棒の決意に従おうじゃないか。


 この世界に来て3回目の夜。あまりにも濃密な夜が始まろうとしていた――

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