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やって来たもの

 神殿の中も、外に負けないほどの大勢の人々が慌しく行きかっている。外からの万歳の声に驚いている人もいるようだが、全く気に留めずに部屋を出入りしている人も多い。外よりも重い怪我を負った人々が収容されているのだ、いちいち外の様子を気にしている余裕がないのかもしれない。


 教えられた部屋を覗いてみると、中には体の様々な部分に包帯を巻かれた人々がいた。応急処置だけ受けて順番を待っているのだろうか。動けなくなるほどの重傷ではないものの、包帯の巻かれた部位は首や胴体部など、命に係わる場所がほとんどだ。《キュア・ウーンズ》では大きな傷は治せないが、小さくとも悪化すると危険な場所を怪我した人々がこの部屋に集められているのだろう。オレ自身の体で確認済みだが、魔法による治療は瞬時かつ綺麗に傷が塞がる上、膿んだりすることもないようだ。


「――我らが母、慈愛深き豊穣の女神よ、我が祈りにお応えください。その御力をお貸し下さい。我が信仰を対価に、同胞の傷をお癒しください――」


 見知った神官の男性――神殿長は患部に手をかざしながら、女神への祈りの言葉を綴っている。少し離れたここからでも、その言葉に呼応するようにマナが編み上げられていくのが感じられた。オレが魔法を使う時には最後の魔法名を口にした瞬間に一気にマナが変容するが、一般的――あくまで推測だが――な魔法の使用方法では詠唱と共に徐々にマナを魔法へ組み上げていくということか。なるほど、これが普通の魔法だと認識している人間がオレの魔法を見たら驚愕するのは当然だ。


 祈りが締めくくられると共に患部が淡い光に包まれ、一瞬の後、光が消えた時には開いていた傷口はもともとなかったかのように消え去っている。


「ありがとうございますリアナ様、そして神殿長。これで、すぐにでも戦える!」

「感謝の言葉を述べたいのは私の方です。町のために戦ってくれた貴方へ」


 治療された民兵と思しき男は、魔法を使った神殿長よりも先に女神への感謝を口にした。神聖魔法の性質上それが正しいのだろう、神殿長の方も全く気にする素振りはないし。しかし、その横顔は傍から見てもはっきりと分かるほど疲労の色が濃い。魔力だけでなく体力も限界に近いのではないだろうか。


 見たかったものは見れたので、今度は治療の邪魔をしないよう近くを通りかかった女性の神官を呼び止める。


「ちょっと、すみません。〈マナハーブ〉を持ってきたのですが、お茶を淹れられる場所を貸してもらえませんか?」


 念のため香炉も持ってきたが、あの様子ならお茶の方がいいだろう。ハーブティーの淹れ方は女将さんに習ったので大丈夫だ。


「それはそれは、どうもありがとうございます……あら、貴女は魔術師の――」


 相手はすぐにオレの正体に気付いた。もうこのローブ姿だけで分かる人が、かなり多くなってきてるんだな。


「それではこちらに――あの、お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょう?」


 案内してもらえると歩き出した矢先に、今度はこちらが尋ね返された。女性神官の顔にはどこか不安そうな表情が浮かんでいる。それを見て、オレは質問の内容を察した。


「その……治療が終わるとすぐに持ち場に戻るという方が多いのです。傭兵たちはいなくなったのに、まだ何かあるのでしょうか?」


 魔法による治療は一瞬で完治してしまうため、すぐに動けるようになる。傷を治した兵士たちが持ち場へと急ぐ姿を見ていれば、不安になるのもしょうがないか。


「――森に一時的に潜伏した傭兵が夜になったら戻ってきたりする可能性もあるでしょうし、しばらくは警戒態勢を続けるんじゃないでしょうか」

「そうですか……まだ終わりではないのですね」


 全くの嘘ではないが、真実を隠すために適当なことを答えざるを得ない。傭兵たちのとの戦いに勝利したとはいえ、まだ危機が去ったわけではないかもしれない。それが、このオレやクリスを含めた指導者層の認識だ。混乱を避けるために公にはなっていないものの、魔族と思われる介入の痕跡があった以上、これで全てが終わりなどと楽観できるはずもないのだから。


 神殿の廊下を案内されながら、オレは改めて気を引き締め直した。


 ######


 神殿長にハーブティーを差し入れ後、騒ぎになってしまった表門を避けて評議会の議場へ向かう。現在、議場は臨時の指揮所として使われていた。あんなことになってしまった評議長はどこかに押し込めてあるらしく、商会長が中心となって町のあらゆることを統括している。


「ルシア! もう大丈夫なのか?」

「クリス。ええ、もう回復しましたから」


 ちょうど、どこからか戻ってきたらしい相棒とバッタリ出くわした。魔力切れで休まざるを得なかったオレとは別行動を取り、町の中に敵の残党がいないか見回りをしていたはずだが。


「町の中の捜索は終わったんですか?」

「ああ、あらかた終わった。隅々までは流石に無理だが、数がかなり合わないのはもう間違いなさそうなんでな、一度報告に来たわけだ」

「数が合わない、ですか。捕虜や死体の数を合わせてもってことですよね」


 すでに傭兵たちの総数は判明しており、捕虜と死体の数と照らし合わせて逃亡した人数を割り出しているのだが、その数がおかしいということだろうか。


「――敵の本体は町の目の前で壊乱状態。お前は背後を抑えていて、森の中へ逃げるのは自殺行為だ。そんな状況なのに半数近く取り逃がしてるんだよ。昨日の死者や重傷者を含めてだぞ。いくら何でもおかしいと思わないか?」

「それは確かに」


 あの時、町周辺の敵はクリスの指揮の下で掃討、あるいは降伏させ、オレがバラバラになって逃走した傭兵を追撃した。バロンに乗りながら魔法を使えることを最大限生かして、街道上を逃げた相手はほぼ全員捕縛した思う。それなのにそれだけ取り逃しているというのは、上手く森を使って逃げたとしても多すぎる気がする。


「逃げるとすれば、連中がやって来た方向でもある空白地帯方面しかないと思っていましたけど、その認識が甘かったんでしょうか」

「アズレイドやラーナへ逃げたならいずれ討伐されるだろうが……魔族のこともあるし、警戒しておいた方が良いだろうな」

「……そういえば、私が戦った男は見かけなかったんですよね?」


 とびぬけた強さを持つあの男のことを注意するよう、あらかじめクリスを含む前線の指揮官たちには伝えていたが、そのような敵がいたという報告はなかったらしい。あれだけの相手が戦闘に加わっていなかったというのは、やはりどこか不気味なものを感じさせる。


「断言できるわけじゃないが、おそらくはな」

「そうですか。捕虜からの尋問で何か分かっているといいんですけどね……」


 話しているうちに議場の扉の前についていた。昨日ここに来た時と同じく、中かららは重なりすぎて聞き取れないほどの人の声が漏れ聞こえてくる。だが、そこから感じる印象はまるで違った。


「――、――!」

「――。――、――!?」


 扉を開ければ、慌しく行きかう人々と激しく飛び交う声。町の全てを統べる指揮所に相応しく、緊張と熱気に包まれている。


「ブレソールさん!」


 昨日はなかった長机を囲みながら、何か議論をしている商会長へ声をかけた。振り向くその目元には隈が薄っすらとできているものの、年齢を感じさせないほどまだまだ元気そうだ。


「おお、クリス殿戻られたか。ルシア嬢も回復したようでなによりだ」

「何度もご心配をおかけしてすみません」


 最初に魔力切れで気絶した時には高価な香炉まで貸してくれて、ホントにこの人にはお世話になりっぱなしだ。


「町の中の捜索に区切りがついたので報告に来ました。その上で、あまり良くない予測も」

「……聞かせてくれ」


 クリスの言葉に、ブレソールさんは表情を僅かに険しくする。先程の内容を纏めて話す相棒の言葉に、その険しさが徐々に増していくのが見て取れた。


「――なるほど。確かにそれはおかしいね。しばらく防護柵と櫓はそのままにして、警備体制も強化したままにしておこう」


 話を聞き終わったブレソールさんの結論は、オレたちと同じもののようだ。


「魔力が回復しましたので、使い魔によって空から周囲を偵察させています。不審なことがあればすぐに分かるはずです」

「それはありがたいね。しかし、貴女の魔法には助けられてばかりだな。竜戦士殿と共に、紛れもない我が町の英雄だ」

「……できれば、それはやめて欲しいんですけどね」


 英雄扱いはホントに勘弁してほしい。だが、それによって人々の士気高揚に役立っているのなら、むやみに否定するわけにもいかないのが辛いところだ。相棒の方はわりと平然としているのが、また腹立たしかったりする。当人に、皆の心の支えになっていると言ったのはオレなんだけどさ。


「ブレソールさん。もう日が暮れるまで時間もないので、森の中の捜索は明日にせざるを得ません。ルシアの使い魔も、上空からでは森の中の様子は分からないでしょうし」

「大集団ならともかく、数人程度では分からなりませんね」


 クリスの発言に補足を入れる。傭兵たちは逃走の際、数人の小隊単位になっているようだった。町の周囲を見張りつつ、同時に森の中も捜索するというわけにはいかない。ブレソールさんも納得するように頷いた。


「それは仕方ない。ひとまず町の中の安全が確保できただけでも良かったよ。ありがとう、クリス殿」

「捜索の大部分は、協力してくれた私兵の方たちによるものですから」

「ああ、もちろん彼らにも」


 今日の戦闘でもそうだったが、普通に私兵たちを指揮してるんだな、我が相棒は。町の中での捜索なんかは警察官としての本職だろうけど、人を指揮するようなえらい立場でもなかったはずなのに、適応力高すぎないか。


 そんなことを考えつつ、意識をアドニスとのパスへ向ける。一応、いつ合図が来てもいいように常に意識しているようにはしているが、うっかり見落とすことはわりとあるのだ。こちらへと向かっているような様子はなく、特に何も起こっては――


「――っ! 何かあったみたいです!」


 滑らかに円を描きながら飛んでいたアドニスが急停止し何やら細かく動いたかと思うと、オレに向かって方向を変える。距離があるためどんな動きをしたかは分からないが、合図であることは確かなようだ。


「やはりか――!」

「何だって!」


 目の前のクリスとブレソールさんだけでなく、オレの声が聞こえたのか周囲も一瞬静まり返ったのちに、ざわめきが広がっていく。


「すみません、通りますよ!」


 オレはそんな人々の間をすり抜けながら議場の窓へと走った。昨日、アドニスを迎えたのと同じ窓だ。遠慮なく開け放つと、枠へと足をかけ乗り越える。


「っと……うわっ――!?」


 思ったよりも地面まで距離があった。着地しようとしてコケかけ、悲鳴を上げる。追い打ちをかけるように、頭上からは呆れた声が降ってきた。


「いくら何でも慌てすぎだろ。何やってんだ……」


 スタッと、重い装備を背負いながらオレの横へと華麗に着地するクリス。本人の体重も考えると、着地音がおかしい気がするのだが。


「ちょっとしたミスですよ――あ、もうすぐそこですね」


 空を見上げれば、いつも通り《シャドウベール》を纏ったアドニスがもう視認できる距離まで近づいていた。


「マスター! ヤバいのが来てる!」

「は!?」


 いつにない大声で叫びながら、突進してくるアドニス。おいおい、すごい慌て方だぞ。今まででもトップクラスの必死さに、一気に緊張感が膨れ上がった。いったい何が来たというのか。


「マジでヤバい! 傭兵なんぞより遥かにヤバいぜ、アレは!」

「落ち着け! ヤバいだけで分かるか! 具体的に説明しろ」


 目の前まで来ても、ヤバいとしか言わないインプの頭を軽くはたく。内心ではオレも慌てふためいているが。この焦り具合は尋常じゃない。


「――遠目だけど、多分軍隊だ。傭兵じゃなくてマジもんのな」

「軍隊?」


 ちょっとだけ落ち着いたアドニスの言葉に、頭の中が焦りから疑問へと変化する。マジもんということは正規兵ということだろうが、それが傭兵より遥かにヤバいというのはちょっと意味が分からない。


「……えーと、それの何がそこまでヤバいのかが分からないけど、どこからきてどのくらいの数なんだ?」

「方向はラーナの主要街道方面だ。正確な数は分かんねーけど、傭兵よりは少ないな」


 つまり、傭兵たちより少数の推定ラーナ正規軍がこの町を目指していると。ますます、コイツの主張するヤバさが理解できない。そんなオレの様子に気付いたのか、アドニスは大仰な身振りを加えながら説明を始めた。


「とにかくヤバい雰囲気がするんだよ。天敵の臭いを感じるっていうか」

「抽象的すぎて全然わからんぞ」


 お前、普段はもっとちゃんと説明できるだろうが。恐怖か焦燥か分からないが、理性が感情に振り回されているのか、何を伝えたいのか要領を得ない。本人もそれが分かっているのか、どんどん苛立ちが募っているようだ。


「だからアレだ――」


 とうとう、限界を超えたかのように叫ぶ。続く言葉は、オレにとって予想外であり、ある意味当たり前の()()だった


「――ユストサリアの気配するんだよ!」


 ラーナが奉じる法と正義の神。その御名を――

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