プロローグ/ラストフラッグⅢ
目を開く。
「どうなっ――」
視線の先、崩れ落ちるユルスラの姿が消滅エフェクトと共に薄れていく。文字通りの最後の一撃だったらしい。
「……私以外、全滅ですか」
遅れて、周囲に倒れ伏すPCたちが目に入った。立っている者は1人もいない。そこで違和感に気付く。
「あれ、レイドパーティが解除されてる?」
通常のレイドではこんなタイミングで勝手に解除されたりはしないはずだが、ワールドイベントの進行に関わる『第4の城』の攻略だけに特殊な仕様なのだろうか。
『グランリアナの古城が解放されました』
そんな、極めてシンプルなシステムメッセージが音声と共に表示された。そこで初めて、勝ったという実感がわいてくる。成し遂げたのだ。半年間、数多の挑戦者を跳ね除けてきたこの城を攻略したのだ。もちろん彼らが道を切り開いてくれたからこそ、自分たちは勝てたのだが。
「しかし、勝利演出すらないってのはどうなんだ。バグって可能性もあるか?」
今までバグらしいバグがあったという話を聞いたことのないゲームだが。だからこそ、運営に原因不明のバグによる苦しみを味わってほしいと、黒い気持ちが少しよぎる。少しで済んだのは勝利したという高揚感のおかげだろう。
とりあえず仲間たちを蘇生しようとプリーストに歩み寄る。蘇生アイテムである〈エルディナの秘薬〉はかなり貴重な代物で、普段ならデスペナ回避目的で使うようなものではないが、歴史的勝利ともいえるこの場面でケチる気分にはなれなかった。
「何気に使うのって初めてだな、そういえ――は?」
唐突に、アイテムを使おうとしていた相手が消える。まさかの蘇生拒否かと一瞬思ったが、倒れていたPCたち全員が消えていることに気付き異常を察知する。時間経過による自動リスポーンにはいくらなんでも早過ぎる。慌てて相棒へのパーソナルチャットを開く。
「クリス? 何が起こった?」
「どうやら、強制的にリスポーンさせられたみたいだ。アヴリルも同じリスポーンポイントにいるんだが、そっちはどうなってる?」
「オレ1人だ。他の全員、同時に死体が消えたよ。本気で焦ったぜ。『城』を攻略した時ってこんな風になるものなのか?」
ちゃんと返事が返ってきた。離れた場所にいるため音声なしのテキスト表示だが、それだけでも随分と落ち着くことができた。
「いや……今までに、こんなことがあったって話は聞いたことが無いな。まあ、今回は『最後の城』だから、違っても不思議じゃないわけだが」
それもそうかと納得したところへ、システム音と共にグループチャットへの誘いが届く。承諾した瞬間、文字だけなのにやたらとハイテンションなチャットが飛んできた。
「やっほー、ルシちゃん。なーんか、よくわかんないうちに強制リスポン食らったけど、なに、ルシちゃん以外、全滅?」
「ですね。これって、《スケープゴート》が間に合わなかったら勝利判定にならなかったんでしょうか?」
「んー……確か、自爆系のスキルで敵味方全滅した場合は敗北判定になるはずだ。その可能性が高いな」
酷い初見殺しである。いや、『城』の攻略自体が、初見殺しの山を1つ1つ越えていくものだったわけだが。そういう意味でも、最後の最後で幸運に恵まれたと言えるのだろう。
「あー、なるほど。いやー、危なかったねえ」
「そうだ、ユーリの奴にも連絡入れとくか。向こうはルシアが生き残ったことすら分かってないかもしれん」
「あの状況だと、その可能性もありますね」
「おっけ。んじゃ、呼ぶねー」
僅かな間の後、メッセージと共にグループチャットのメンバーにユーリの名前が加わる。
「お疲れ様です、ルシアさん。いやー、生き残ってくれて、ありがとうございました」
「お疲れ様です。いえ。とっさに発動できたのは、ユーリさんの指示のおかげですよ。固まりかけてましたから」
言葉に嘘はない。あの状況で集中を切らさず《スケープゴート》の待機状態を維持できていた自分を、自画自賛したい気持ちもあるにはあるが。
「うちのギルドメンバーは全員まとめて、ギルドハウスでリスポーンしましたからね。何が起こったのかと、ちょっとしたパニックになりかけました」
レイドパーティの強制解除で、フレンドのクリスとアヴリル以外は唯一の生存者であるルシアと連絡が取れない状況だったのだ。それも仕方ないだろう。
「それで、あんな状況で解散なんてことになってしまいましたし、もう一度集まる機会を作りたいと思うのですが、どうでしょう?」
「うんうん。祝勝会はやらないとねえ」
「流石に、このままさようならというのもアレですしね」
ユーリの提案には素直に頷く。ただ、問題が1つあるのだが。
「問題は、いつアップデートが入るかが分からんことだな。今までの『城』の攻略でのアップデートでも、開始直前にならないとアナウンスされなかったし……」
そうなのだ。ゲームの更新頻度という面では非常に優秀なくせに、そういった告知などはものすごくいい加減なのだ、ここの運営は。ネトゲの運営を舐めているのかと言いたくなる。
「ですよね。まあ、今までの例からするとそれほど時間はかからないはずですし、ちゃんと集まるのはその後にしますか」
「はい。アップデート前は忙しい方も多いでしょうしね」
「はは……確かに、すでに何人かは市場に張り付きに行ってますよ」
文字だけの会話だが苦笑いしている表情は容易に想像できた。
アップデートにより新たなスキルやクラス、装備が解放されれば、市場での素材の値段が大きく変動することになる。そして、そういった新規実装されるものはこのゲーム世界の中にすでに登場していることが多く、高騰しそうな素材はある程度予想ができるのだ。もちろん外して大損することもあるが。
「そいじゃ、アプデ前に記念撮影だけでもしとく?」
「そうしますか。メンバーを集め――ん、何かあったみたいです。ちょっと失礼しますね」
「了解。ギルマスは大変だな。ルシア、そっちは何か変化とかあるのか?」
言われて、改めて周囲を見渡してみる。この玉座の間に入るのは今回が初めてだったが、勉強のために見た先人たちの攻略動画――返り討ちの歴史ともいう――で何度も目にした光景だ。
「特に変化はなさそうですね。アップデート後に通常レイド化したら、何か変更があるんでしょうか」
「うーん、玉座の間自体は変化しないかも? ただ、城の構造は変わるかもねえ。今のままだとめんどくさ過ぎるし」
確かに、1回しか攻略しなくていいのならともかく、通常レイドとしては複雑すぎるかもしれない。
「む。なら、その前に一通り見ておくか。今からそっち行くわ」
「それじゃ、待ってますね」
「行ってらー。私は着替えてくるねえ。記念撮影するなら倉庫から引っ張り出して来ないとだし」
アヴリルの言葉に、オレも手持ちの装備を確認した。今持っているのは現在装備中の攻略用装備と普段使い用の2セットだけだ。ポリシーに則り、防具はどちらもフード付きのローブ系である。攻略用の〈契約者のローブ〉はデーモンコントラクターのクラスクエストで手に入るクラス専用装備で、入手難易度を考えると破格の高性能、見た目もオレ好みなので気に入っている。問題は、攻略用に魔紋を刻み直したのでデザインがよろしくないことだ。
「見た目はもちろん大事だけどさ、ボス撃破の記念撮影となると、実際に使った装備にしたいって気持ちもあるんだよね。どっちがいいと思う?」
「知らん」
「ひどっ!?」
こちらへ向かって移動中の相棒にパーソナルチャットで相談してみたが、あまりにもそっけない返事が返ってきた。相談する相手を間違えたようだ。
「すみません。どうも、ログアウトができない不具合が起こっているみたいなんです。皆さんはできますか?」
アヴリルに話を振ろうとしたところで、ユーリがこちらのチャットへ戻ってきた。その内容に、確認しようとシステムメニューを開きかけるが、そもそもここではログアウトできないことに気付く。
「ログアウトできない、ですか? すみません、今ログアウトできるエリアにいないので」
「俺も街から離れてるわ。アヴリル、どうだ?」
「……あー、ホントだ。できないねえ」
どうやら、とんでもない不具合が発生しているらしい。無意識のうちにガッツポーズをしている自分に気付く。
「アヴリルさんもですか。うちのメンバーも全員ダメみたいで。とりあえずGMコールして、返答待ちなんですが」
「全員か……しかし、ログインじゃなくてログアウト障害なんて聞いたことないぞ」
間違いなく、業界初の事態だろう。運営スタッフは今頃、死に物狂いで情報収集にあたっているに違いない。自らの過去の修羅場を思い出し、黒い笑みが自然とこぼれる。
「クフフフフ……ついに、ついにやらかしやがったな! オレたちが味わった苦しみを、少しでいいから思い知るがいい!!」
相棒に向かい、パーソナルチャットで思いのたけをぶちまける。文字でしか伝わらないのがもどかしい。
「楽しそうだな、おい。ログアウトできないなんて、流石にシャレになってないんじゃないか?」
「運営にとってはそうだろうけどな。最悪、端末側が起動から6時間で強制シャットダウンするから、そこまで大事にはならないだろ」
フルダイブ中は物理的に端末を切断するという最後の手段が使えなくなるため、安全のために取られている措置だ。ゲーム内は体感時間が2倍に引き延ばされているので、最長12時間は閉じ込められることになるが。
「うーん、状況を調べようにも、まずブラウザが立ち上がらないや」
「ブラウザもですか……」
いよいよ深刻な事態のようだ。ちょっとだけ不安になってきたので、とりあえず城から出ることにする。すでにレイドではなくなっているので城内に敵はいないはずだが、念のため再召喚可能になっていたインプを召喚し玉座の間を出る。
「あれ? 〈ガイドフェアリー〉が使えない」
マップがあっても分かり辛い城内をナビしてもらうべくガイドの妖精さんを召喚しようとするが、念じても何も起こらない。仕方ないので、直接選択しようとインベントリを開く――が、見当たらない。〈ガイドフェアリー〉だけでなく、持っていたはずのアイテムがいくつか消えている。
「え、あれ? アイテムが――」
「どうした?」
「いや、なんかアイテムが消えてるんですけど」
ぱっと見たところ、瞬間移動用アイテムの〈黒曜石の鍵〉や特殊な〈召喚符〉、〈エルディナの秘薬〉もなくなっている。特に秘薬は、さっき使いかけたのだから間違いなく持っていたはずだ。
「皆さん、ちょっといいですか? 新しく情報が入りました」
混乱の中、ユーリからのチャットで我に返る。
「おー、流石ユーリ。良い情報?」
「良いか悪いかは微妙なところですが。どうやら――」
不自然に途切れるチャットテキスト。不思議に思った瞬間、気付けばチャットウィンドウ自体が消えている。
「――え?」
思考がフリーズする暇もなく、開いていたウィンドウが一斉に消失した。
「ちょ……え……? ――クリス!?」
訳が分からない。分からないまま相棒を呼ぶ。返事はない。そもそも、チャットモードの表示もいつの間にか消えている。
「なんだこれ。なんだこれ」
何があったら、こんな現象が起こるのか。曲がりなりにもVRMMOの運営に携わっていた人間として、様々な可能性を考えるが全く分からない。
『全工程を完了しました』
唐突に、そんな声が聞こえた気がした。意識が遠のいていく。暗転していく世界の中、最後に目に入ったものは――