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リューベルンの攻略戦は昼過ぎになってようやく開始された。町側の防衛体制の強化が傭兵側の想定以上に進んでいたため、攻撃準備に余分な時間がかかってしまったのだ。門以外の侵入経路になり得る建物の隙間はことごとく即席のバリケードで塞がれて多人数での侵入は困難となっていて、門正面の突破を強行せざるを得なくなっていた。
もちろん、正面を避けての少人数による町への侵入は何度も試みられてはいた。
「隊長、ダメだ。どの建物も屋上に見張りが居やがる! 別動隊は全員、昨日の化け物にやられちまったみたいだ!」
「攻撃正面の門ではなく、町中での遊撃に回っていたか――!」
町側の最大戦力である大剣を使う戦士。確かに、彼の戦士の武勇を最も生かせるのは、少数を相手どればいい町中での迎撃だろう。だが、他に町の素人たちを束ねて指揮を執れる人間がいるとは思いにくい。
「ならば退くぞ! 奴が門の防衛についていないのなら、突破は時間の問題だ」
小隊長は即座に撤退の判断を下す。戦士との白兵戦は自殺行為であると釘を刺されている。多数での射殺ができない町中では絶対に遭遇したくない。それに、突破は時間の問題だという彼の判断は、この時点では正しいものだ。町側の士気は高かったが、防衛の要である弓兵の数は10に満たず、多くの民兵は投石――石だけでなく投げられるものなら何でも――で応戦している。相手が徴兵された雑兵だったならともかく、歴戦の傭兵に対しては十分な効果を上げられていなかった。
だが、小隊が町から退却した時には、事態は急変していた。
「な――!?」
「嘘だろ……火の手が――!」
「あそこは本陣じゃねえか!」
脱出した彼らが目にしたのは、炎を上げて燃え上がる、自分たちの天幕の姿。それは、町を攻撃している本隊の後方、丘の上の本陣が攻撃を受けているということに他ならない。
「町側の別動隊か……!」
「どうする、隊長?」
問われた小隊長は、しばし逡巡する。本陣に残っているのは、全体の指揮を執っている副官のギーと他5人。件の戦士が町にいる以上、別動隊の戦力がどれほどのものであっても直ちにやられてしまうことはないはずだ。ならば、戦士を牽制するためにも、このまま町の側面に留まり続けるべきか。万が一の場合の本陣の救援は、彼らの役目ではない。
「隊長?」
「……町から距離を取りつつ、本体と合流する。事態の把握を優先するぞ」
小隊長は、自らが抱いた嫌な予感を信じて任務の遂行を断念した。この判断が、彼と彼の部下たちの命運を大きく変える。
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「おおおおおっ!」
「ヒュイィィィィンッ!」
「踏み止まれ! 槍衾で足を止めろ!」
「魔法が飛んでくる! 散れ!」
「があああっ!?」
小隊が門に近づくにつれ、その惨状が音として彼らにも伝わってくる。飛び交う怒号に交じるのは甲高く不気味な嘶き、魔法の着弾音、肉が弾ける音、誰かの悲鳴。その中で特に1つの音が、彼らを絶望の淵に叩き落す。
「隊長! 今の――!」
「ああ……ナイトメアか!」
魔界に棲息する妖馬――ナイトメア。見た目は――炎を纏っていること以外――地上の馬と大差ないが、その知能は人と変わらぬほど高く、れっきとした魔族の一員だ。その俊足を生かした単独での突破力も恐ろしいが、より上位の魔族の乗騎となっていることもしばしばで、ナイトメアの嘶きは魔族との戦場を知る多くの傭兵にとってトラウマとなっている。
「もう、無理だな……」
小隊長のつぶやきに反論する者は誰もいない。後方からの魔族の襲撃。それは同時に、本陣がすでに陥落していることも示している。すでに大混乱に陥っている本隊に合流するなど、どう考えても死にに行くようなものだ。
「森に伝いに逃げるぞ。ロートリアナ方面への街道まで行けば、後は何とかなる」
「了解だ」
即座に逃亡を決意した小隊長に、4人の部下たちも大人しく従う。バラバラで逃亡すれば落ち武者狩りのリスクが格段に増してしまう。小隊単位での行動が最も生存率が高いことを、彼らは良く知っている。
すでに半ば潰走しつつある本隊をしり目に、一行は森へと逃亡を開始した。
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「よし、もうすぐ街道に出るぞ!」
「よっしゃ! 何とか生き延びたな!」
「森の中での伏兵も警戒してたが、そこまでは向こうも手が回らなかったか」
木々の切れ目の向こうにチラリと街道がその姿を現し、小隊の面々は一斉に安堵と歓喜の声を上げる。町の防衛には猟師らしき姿の弓兵が加わっていたため、森の中での襲撃に怯えていたのだ。
「いやー、アンタの部下で良かったぜ、隊長」
「ホントだよな。最初から街道で逃げてた奴らは、例の化け物やナイトメアに追いつかれてたし」
街道に近ければ敵に気付かれ、森の深く入りすぎればそのまま遭難する恐れがありと、かなり命懸けの綱渡りを渡ってきたのだが、無事に逃げ切ることができた。そう、誰もが安堵し――気の緩みが生じていた。
「――大丈夫だ。もう、町の奴らは追ってきてねえ」
「そうか……」
馬の足音を確認していた部下の言葉に、小隊長自身もホッと胸を撫でおろす。だが――
「――っ! 何者!?」
森を抜けようやく辿り着いた街道を進み始めて間もなく。10人ほどの完全武装の一団が彼らの行く手を遮った。
「隊長! 後ろにも……!」
気付けば彼らがやって来た道も、やはり10人ほどの武装した兵士に封鎖される。その格好に、彼らは見覚えがあった。
「こいつら、あの時逃げ出した連中じゃねえか?」
「海賊から押し付けられた……」
海賊商人との交渉で、船賃の値下げと引き換えに傭兵団で受け入れた20名。昨夜の襲撃で姿を消したよそ者たちの姿に、傭兵たちは驚くと同時に武器へ手を伸ばす。相手の発する空気が友好的でないことなど、すぐに察せるからだ。
「お前たち、どういうつもりだ!」
「……」
小隊長の問いかけに、道を塞ぐ兵士たちは沈黙で答える。もともと、気味の悪い連中だと思っていたよそ者たちだが、今目の前にいる兵士たちはそれに輪をかけて不気味だった。その顔は固まっているかのようにどのパーツも微動だにしない。僅かに呼吸をしている様子が見て取れなければ、蝋人形か何かだと勘違いしてしまいそうだ。
「な、なんなんだよ、こいつら……!」
「隊長、やばくねえか……?」
部下たちもその不気味さに気付いたようだ。5倍もの数の完全武装の敵に囲まれているという状況よりも、それが得体のしれないナニかだということの方がよほど恐ろしく感じてくる。だいたい、傭兵たちを包囲しておきながら、何かを要求するでもなく、襲いかかるわけでもなく、ただ立っているだけというのはどういうことなのか。
そんな疑問を小隊の誰もが抱き始めたころになって、兵士の壁の向こう、森の中から別の人間が姿を現す。鎧姿の兵士たちとは異なり、びっしりと魔紋が刻まれたローブを纏った男だ。
「すみません、すみません。大変お待たせしてしまいましたね。連絡を取っている最中に貴方々が通りかかったものですから、足止めだけさせて頂いたという次第でして」
口調こそ丁寧なものの、相手小ばかにするような慇懃無礼さが滲み出た口調で、男が傭兵たちへ話しかける。大仰な身振りで頭を下げて見せるものの、視線に込められた侮蔑の感情を隠そうともしていない。
「――何者だ!」
小隊長は、男への嫌悪と反発心をもって恐怖をねじ伏せ、誰何の声を上げる。答えが返ってくることを期待してはいない、あるかも知れない脱出の道筋を探る時間を稼ぐために。だが、予想に反して返ってきた男の言葉は、傭兵たちの思考を凍り付かせる。
「何者か、ですか。ふむ……流石に真名を名乗るわけにはいきませんが、私がどのような者であるかは説明しておきましょう。召喚の前であろうと後であろうと同じことですからね」
そんなわけの分からないことを言うと、再び大仰なお辞儀をする男。
「私は魔族たちとの契約を請け負う代理人。そうですね――デーモンコントラクターとでもお呼びください」
魔族との契約と、男ははっきりそう言った。代理人の意味は分からずとも、魔族に与する者であることは間違いない。その認識が、傭兵たちを激高させる。
「魔族だと――!?」
「では、あの襲撃はお前たちの……!」
交渉できる相手という可能性は消え去った。ならばこの絶望的な状況で、せめて一矢報いようと。武器を構える手に力がこもる。それを見た男は軽くため息をつきながら首を振る。
「アレは私としても寝耳に水だったのですがね。しかし皆さん、抵抗しても痛い目に遭うだけですよ? 死なれたりすると面倒が増えますし……」
そう言いながら、男の右手が前に突き出され、ぶつぶつとその口から何かの詠唱が紡がれる。
「――っ! やれ!」
「おおおおおっ!」
反射的に命令を下しながら走り出した小隊長に、部下たちも一斉に付き従う。狙うは一点突破。それに反応したのか、取り囲む兵士たちも、表情を一切浮かべることなく武器を構える。
焦ることなく詠唱を続ける男の眼前で、5人対20人の戦いが始まった。
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森の中へと移された倒れ伏す傭兵たちの傍らで、男は慌しく作業を続ける。今修復を試みている最も激しく抵抗した傭兵の体は酷く損壊しており、誰がどう見ても死亡している。
「ああもう、こんなズタズタになるまで抵抗するなんて、私に対する嫌がらせですか。死んでから時間が経ちすぎると、使えなくなってしまうというのに……」
口ではひたすら文句を並べるが、その手が泊ることはない。作業する男の周りにいる兵士たちは、変わらぬ無表情でじっと佇んでいる。
「突然現れたあの戦士と魔術師のせいで予定が大幅に狂ってしまいましたし、間に合うんですかね、これ。それに――」
言葉を切った男の顔が、それまでとは打って変わった真剣なものになる。
「――あの魔術師、あれはいったい何なのか。私のご同業……と言うには、いささか抵抗がありますが。まあ、私が気にすることでもないかもしれませんね。結果がどうなろうと知ったことではありませんし――さて」
応急的な修復作業は終わり、今度は取り出した小片を傭兵たちの体に埋め込んでいく。全て埋め終わると、それぞれの体にちゃんとパスが繋がったことを確認し、男は満足そうに頷いた。
「何とか全て使えたようですね――立ちなさい」
男の命令に従い、倒れていた傭兵たちが一斉に起き上がる。どう見ても死んでいた者も例外なく。彼らの顔からは、周囲を囲む兵士たちと同じように表情が消え去っていた。
「うんうん、上出来ですね。では、次の材料を待ちますか」
己の成果に満足そうな笑みを浮かべ、男は街道へと踵を返す。その後を、数を増やした兵士たちが無言で付き従っていった――




