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ナイトメアオブマーシナリーズ

 この世界では初めてとなるナイトメアの召喚。ペナルティタイムが終わり召喚できるようになっていることに気付いたのは、クリスと話をしている最中だった。アドニスのものとは別の未開通のパスがいつの間にか出現しており、オレは直感的にそれがバロンへと繋がっているのだと理解することができたのだ。


「こ、これは……」


 後ろからアルマンさんの息を飲む音が聞こえた。オレが魔族を従えていると半ば確信し、何が起きても受け入れるとまで言ってくれたとはいえ、どこか愛嬌すらあるインプと比べるとあまりにも禍々しいナイトメアの外見に腰が引けてもしょうがないとは思っていた。安心させてあげるためにも、きちんとオレの支配下にあることを示さなくては。


「バロン! 2日ぶりだ――って、ひゃうっ!?」


 オレの呼びかけに、バロンは跳ね上がりながら振り向くと、いきなり顔をオレの胸元に擦り付けてくる。


「ちょ、ちょっと待て……落ち着け、バロン――うぁあっ」

「ヒュイ! ヒュイーン!」


 胸から首、首から顔へと這い上がるように顔を擦り付けられ、たまらず変な声を上げてしまった。鳴き声が嬉しそうだというのは何となく分かるので、再会を喜んでいるのだとは思うが、いくら何でもスキンシップが激しすぎないか、お前。というか待て、それ以上やられるとフードが取れる。


 何とか引き剥がそうとバロンの頭に手をかけたところに、横から聞こえるはずのない声でツッコミが飛んで来た。


「おい、マスター。そのスケベ馬は、もっとビシッと叱ってやらねーとどこまでも調子に乗るぞ」

「は? スケベ馬って……えええっ!? アドニス、お前なんで――!」


 慌てて振り向けば、もうここにはいないはずのインプの姿。一度に召喚し使役することのできる召喚生物の数は1体までであり、別の召喚生物を呼び出した時点でそれまでいた方は自動的に送還される。それがゲームにおけるサモナー系クラスの原則だ。なのに何故、まだアドニスがここにいるのか。


「いや、何がなんでなんだよ? そういや、さっきも変なこと言ってたけど」

「だから、何でバロンを召喚したのにまだお前が――って、いい加減にしろっ!」

「ヒュンッ!?」


 今度はローブの裾をまくり上げ、頭を突っ込もうとしてきたところで、流石にオレもブチ切れた。容赦なく〈縛鎖の魔杖〉で殴りつける。殴られたバロンは悲鳴を上げて数歩後退すると、頭を下げて上目遣いで見つめてくる。


「ヒューン……」

「う……」


 あからさまにシュンとしょげてしまった様子に少しだけたじろぐが、すぐさまアドニスがバッサリと切って捨てた。


「騙されるなよ、マスター。それはソイツの常套手段だぞ」

「そ、そうなのか……っていうか、オレの従者はこんなのばっかなのかよ……」


 正直、かなり凹むんだけど。だが、今はそれどころじゃない。戦闘はすでに始まっているのだ。


「理由はともかく、アドニスとバロンを同時に召喚しておけるってわけだな?」


 ゲームとの違いなんてこれまでにもいくらでもあったのだ、これはこういうものだと割り切るしかない。何より、圧倒的なアドバンテージなのだから。


「……マスターの認識では違ったわけね。同時に召喚して使役できる数に理論的な制限はないはずだぜ。もっとも、普通の術者は魔力が持たないからやらんだろうけど。いくらマスターでも、オレとバロンぐらいが実用的な範囲では限界だと思うしな」

「確かに、魔力の消費を考えればそのくらいか……」


 バロンが追加されたことで、従者へのパスから流れ出ていく魔力が、オレでも自覚できるレベルで増加している。ただ連れ歩くだけならもう1体くらいはいけるだろうが、戦闘させたりすればすぐに魔力が枯渇しそうだ。


「ほら、見た目は少し怖いですけど、いい子……ちゃんと私の言うことを聞いてくれますから」

「そ、そうみたいじゃのう」


 オレに向かって頭を下げ続けているバロンを見て、アルマンさんも危険はないと分かってくれたようだ。もしかすると、今もオレの足に鼻先を擦り付けてくるこのスケベ馬の様子に唖然としているだけかもしれないが。


「では、私は敵の背後を突いてきますね。アルマンさんはここで待機をお願いします。危なくなったら戻りますので」

「む? 嬢ちゃんも森から出て戦うのか?」


 その疑問はもっともだ。もともとは、バロンだけ突撃させ、オレはここから魔法で支援射撃をするつもりだった。


「従者を複数使役できると判明しましたから。それなら、私も距離を詰めた方がより有効な支援ができますからね」


 アドニスが上空警戒といざという時の援護をしてくれるのなら、森から出てもそこまでリスクはないはずだ。あくまで町の人々に対しては、野良ナイトメアがいきなり乱入してきたという体で行くため、町からは分からない程度の距離は維持する必要があるが。


「そうか、森の中への逃走経路はワシがしっかり確保しておくからのう。傭兵どもを蹴散らしてやってくれ! ……無論、無理しない範囲でじゃぞ」

「はい! ――よっとと、サンキューなバロン」


 バロンの背中に飛び乗ろうとすると、察してくれたのか脚を折って乗りやすくしてくれた。


「ヒュイーン! ヒュイーン!」

「あ! てめー、マスターのお尻の感触を楽しんでやがるな!」

「おい、やめろ……」


 オレが背に跨がったとたん、ものすごくうれしそうな鳴き声を上げるバロンに、アドニスが怒りの声を上げる。もう嫌だ、この従者ども。仕方がないから我慢するけどさ。


 バロンが纏っている闇色の炎は、乗っているオレや周囲の草木を燃やしたりはしない。その上、オレが手ごろな位置の炎を一房掴むように握ると、その部分が実体化して体を支えられるようになる。これのお陰で、馬具がなくとも乗るのには苦労しないのだ。こいつの正体が判明した今となっては、鞍だけは切実に欲しいが。


「行くぞ! バロン! って、うおおっ――!?」

「ヒュイィィィィンッ!」


 オレの声に応えた嘶きが響き渡り、バロンは一気に加速する。風を切る感触が心地良いなんて感じたときには、すでに丘の大半を上り切っていた。あまりの速さに、オレの炎の手綱を握り締める手に必死で力を籠めながら、全力で叫び声をあげる。当たり前だが、クリスに抱きかかえられながら運ばれた時よりもさらに速い。


「ち、ちょ、敵! 敵が――!」


 何とか体を安定させたときには、すでに敵の本陣は目の前だった。


 本陣と言っても、大半の傭兵たちは攻撃に参加しているため、敵は僅か6人しかいない。森を通っての迂回なんて、まるで想定していなかったことがまる分かりだ。


「――、――!?」

「――! ――!」


 風のせいで何を言っているのかさっぱり分からないが、慌てふためいた傭兵たちが何かを叫びながらクロスボウを構えるのが見えた。


「危な――」

「ヒュイ!」


 オレの言葉を遮って、バロンが鋭い声を上げる。反射的に何かの警告だと悟り、手綱を掴んで身を縮める。次の瞬間――


「――っ!?」


 クロスボウが一斉に発射されると同時に、バロンは速度をほとんど落とさぬまま斜めに跳んだ。体を襲う猛烈な加速度に振り落とされないよう必死にしがみつきながら、敵を倒すためにキャストを開始する。


「――ナイトメア! いきなり何で!?」

「副長をお守りしろ!」


 ようやく敵の声が聞こえるようになった。バロンは速度若干落としながら、回り込むように距離を詰めつつ敵を正面に捉える。


 すごいな。どうやって動いて欲しいか、オレの思考を読み取ってくれているように錯覚してしまう。ゲームでは騎乗戦闘系のスキルを持っていなければ、騎乗したままで戦闘することすらできなかったのに。


「《ダークボルト》」

「《ダークジャベリン》!」

「があっ!?」

「ぐおおっ!?」


 副長とやらを守ろうと、敵はわざわざ密集形態をとってくれている。もしかすると、炎が邪魔をして背中のオレに気付いていないのかもしれない。奇しくも発動タイミングが重なったため、オレとアドニスの十字砲火により4人まとめて敵が吹き飛ぶ。範囲魔法でもないのにすごい戦果だ。


「昨日の魔術師!? おのれぇ!」

「魔族の手先だったのか!?」


 残った2人が上げた声に、オレは違和感を覚える。オレが魔族を使役していることは、少なくともあの男にはバレていたと思うのだが。


 一瞬の思考の合間に、敵との距離はもうほとんどなくなっていた。敵が突き出してきた槍にバロンは平然と反応し、その蹄で蹴り上げる。


「ヒュオオオオンッ!」

「がはっ!?」


 続けざまに、今までとは違う嘶きが響き、振り下ろした前脚を中心に広がった衝撃波が、すでに倒れていた4人も含めて傭兵たちを一掃する。


「おー、瞬殺だったな!」


 頭上から降ってくる誇らしげなアドニスの声。周囲を見渡せば、完全に動かなくなった6人の傭兵が散らばって倒れている。相手の愚かな行動が原因だったとはいえ、6人をこの短時間で倒せたのはとても衝撃的だ。


「これやばいな。同時召喚が強すぎる」

「ヒュイーン!」


 加えて、バロンに乗ったまま魔法が使えるのもかなり大きい。ナイトメアの機動力と魔法の射程が合わされば、相手によっては簡単に完封できそうだ。バロンも誇らしげに嘶く。


「この後はどうするんだ?」

「決まってるだろ。本陣を落としたんだから、それを敵に教えてあげないとな」


 後方にある本陣がいきなり陥落したとなれば、歴戦の傭兵といえども一気に浮足立つに違いない。幸いなことに、それを知らせるのにうってつけのものが周囲にたくさんあるではないか。


「というわけで、アドニス。あの天幕に火をつけよう」


 延焼して大火災になっても困るので、位置的に大丈夫そうな天幕を選ぶ。重傷者が収容されている天幕は事前偵察で判明しているので、それとの距離も考慮して。


「任せときな、マスター! ……《ファイアボルト》!」


 遠慮なく炎の魔法を天幕に叩きこむ、アドニス。コイツが送還されていたら、地道に火をつけなければならないところだった。ナイトメアはその外見に反して、炎を発生させるようなスキルは持っていないのだ。


 もう一度、倒れている傭兵たちをざっと見回す。死んでいるのか、気絶しているだけなのかはぱっと見では分からないし、確認している時間も惜しい。一応、位置には配慮したが、炎に飲み込まれたら運が悪かったと思ってくれ。


 人を何人も殺してしまったかもしれないというのに、不思議なことに以前感じた恐怖や吐き気は襲ってこなかった。たった一晩で、オレは別人にでもなってしまったのだろうか。


 そんなことを漠然と思いながら、丘を駆け降りる。眼前には、未だ町と傭兵たちとの激しい戦いが繰り広げられている。


 ######


「行ってこい、バロン!」

「ヒュイィィィィンッ!」


 本陣を陥落させてフリーとなったオレは、未だ町への攻撃を続けている傭兵たちの背後へとバロンを単騎突撃させた。突然の襲撃に恐慌状態になる傭兵たちを嘲笑うかのように、バロンはその合間を駆け抜けながら混乱を振り撒いていく。あまり町に近づきすぎず、敵を倒すことよりもかき乱すことを優先するよう命令してある。


「《ダークボルト》」

「《ダークジャベリン》!」


 オレとアドニスの適当な狙いの射撃魔法に運悪く巻き込まれた敵が空を舞う。ナイトメアは闇属性への吸収能力を持っているため、誤射してしまっても安心だ。


「もう敵も限界臭いな」

「おいおい、随分あっさりじゃねーか?」


 そりゃ、ここまで完璧に背後からの奇襲に成功すれば、戦いの趨勢なんてあっという間に決まるだろ。もう、一部の傭兵たちは左右後方へと逃げ出しつつあるようだ。


「あれ、クリスか!?」


 敵が薄くなった中央の防護柵を飛び越え、漆黒の馬に跨った戦士が飛び出してきた。周囲の敵を瞬く間に掃討すると、そのまま逃げる敵の追撃に移る。


「頃合いだな。オレたちも追撃戦に移行するぞ!」

「よっしゃ! ……《ファイアボルト》!」


 分かりやすいよう、属性違いの魔法で帰還の合図を出す。それに気づいたバロンが、こちらへと戻り始めた。


 昨日の苦戦が嘘のような圧勝で、リューベルンの防衛戦は終わりに向かいつつあった――

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