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セカンドサーバント

 すでに三度目となる森の中。アルマンさんに先導され、オレは傭兵たちの背後を取るべく木々の合間を進んでいた。流石に慣れてきたのか、昨日よりも速いペースで進めている気がする。


「町の方は、まだ大丈夫かのう?」

「はい。まだ戦闘は始まってないみたいですね」


 上空から警戒しているアドニスとは、戦闘が始まった場合などいくつか合図となる動きを事前に打ち合わせておいた。オレからアドニスへの情報伝達方法も考え中ではあるのだが、今のところ良い方法は見つかっていない。優れた術者であれば自らの召喚生物との意思疎通はそこまで難しいことではないらしいのだが、魔法についての基礎すら分からないオレにはハードルが高すぎるようだ。


「傭兵どもは日が昇ってからいろいろとやっとるようじゃったが、未だ仕掛けてこんのというのはどういうことなんじゃろうな」

「昨夜の被害がそれだけ大きかったんでしょうか。大人しく引き下がってくれるほどではなかったみたいですが」


 オレがぐっする眠っている間にも、町の兵士や商会の私兵、さらにはアルマンさんを筆頭に猟師たちも加わって、交代で傭兵たちの動向を見張っていてくれたのだ。そもそも、昨日オレがダウンした後で孤軍奮闘していたクリスを助けに来てくれたというのだから、もう頭が上がらない。


「あの、アルマンさん」

「ん? 何かな、嬢ちゃんや?」


 助けてもらったお礼を言っていないことを思い出し、前を行く背中に声をかける。


「昨夜は私たちを助けに駆けつけてくださって、本当にありがとうございました」

「何を言い出すかと思えば……礼を言うのはこっちの方じゃぞ。町のために命を張って戦ってくれとるんじゃからな」


 アルマンさんは一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、笑顔になってオレの知らないことを話してくれた。


「ワシらが森から戻った時にはもう商会長の指示で防衛戦の準備の真っ最中での。嬢ちゃんたちもあちこち走り回っておって、出発前に声をかけることができなんだ」

「そうだったんですか」


 救出作戦の直前はスキルの実験や資材の準備でバタバタしてたからな。


「2人だけで人質の救出に向かったと聞いた時は、そこまで危険なことをさせてしまったのかと後悔と不甲斐無さで己の無力を呪ったもんじゃ。じゃが――」


 その時のことを再現するかのように表情豊かに語ってくれていたアルマンさんの顔が、悲痛なものから勇ましいものへと変わる。


「デジレの奴が、俺たちでできることをやろう、迎えに行く準備をしようと言い出してな。他の猟師をはじめに若いもんを集めて待機しとったのよ。今にして思えば、リアナ様の思し召しじゃったのかもしれんのう」


 そのお陰で助けられたのか。アルマンさんの言う通り、リアナ様の思し召しだったのなら、もう一度祠にお参りに行って今度は銀貨を置いていこう。


「そうですか、デジレさんが。後で彼にもお礼を言わなければいけませんね」

「じゃからその必要はないと……まあ、奴は喜ぶじゃろうがな」


 デジレをはじめ、アルマンさん以外の猟師たちは射手として町の守りについている。今オレといるのはアルマンさんだけだ。


 どうして2人だけで別行動しているかと言えば、話は母兎亭の部屋まで遡ることになる。


 ######


「んっんっんっ――ふぅ。もうかなり回復してきたのが自分でもわかるな」


 〈マナハーブ〉使ったお茶を飲み続けることすでに5杯目。そろそろお腹がチャプチャプ言い始めてきたが、そのお陰もあってはっきりと自覚できるほどに魔力が回復してきた。


「そりゃ何よりだ。なにせ、このポットの分で公国銀貨2枚分らしいからな」

「っごふ! ――銀貨2枚!?」


 クリスの言葉に思いっきりむせる。ちょうどオレにも分かる程度の金額だったために、余計にショックがデカい。オレとクリスが泊っているこの母兎亭の個室の料金が、朝夕2食付きで2人合わせて銀貨1枚ちょっとなのだ。〈マナハーブ〉ってそんなに高かったのか。魔力を無理矢理回復するのはえらい高くつくんだな。


「だからこぼしたりするなよ?」

「分かってるよ! それで、話の続きは? 昨夜のことはもう良く分かったけど」


 誰のせいでむせたんだと思いながら、相棒へ話の続きを促す。肝心の、現在のリューベルンの状況について。アレットはもう1階へと降りており、突っ込んだ話も大丈夫だ。


「おう。まずは……お前が眠っている間にも町の人たちが防衛の準備を進めてくれた。今までのよりはマシな防護柵に加えて、町の外周部分にある建物の屋上に簡易的な櫓を設置済みだ」

「へえ、なかなか本格的……なのかな?」


 正直、素人には言葉だけではピンとこない。それでも半日にも満たない時間で、それだけのものが作れてしまうというのはなかなかすごいんじゃないだろうか。


「この町は最近急速に発展してるって話は聞いてるだろ? 人口もどんどん流入してるから建物の需要も増える一方で、その分建設関係の人間も多いんだそうだ」

「なるほど、町中の大工さん総出でやってくれてるのか」


 町の住人が一致団結して外敵にあたるというのは、どこか映画のような展開だと少し思ってしまった。オレたちの行動がそれを促す助けに僅かにでもなったのなら、なんて自惚れて見たくもなってしまう。


「ただまあ、所詮は急造の防衛施設に素人に毛が生えた程度の民兵、私兵が主力となると、やはりいろいろと厳しい」

「……むう、それはしょうがないか。それでも、アルマンさんたちの弓の腕ならかなり戦力になると思うんだけど」


 ダイアウルフ討伐に同行した3人は素人目に見ても素晴らしい弓の腕だったと思う。特にアルマンさんなんて、オレの上に乗っかっている狼だけを正確に射貫いていたし。


「ああ。実際、猟師たちは防衛の要だな。やはり弓が使えるってのは何より大きい。素人でも当てやすいクロスボウが数あれば良かったんだが……」

「ないんだ……まあ、大量のクロスボウなんて、それこそ戦争以外の使い道ないもんな」


 クロスボウは弦を引いた状態で固定したまま狙いをつけることができる分、弓よりも遥かに簡単に扱うことができる。替わりに矢をセットするのに時間がかかるという欠点があるが、人数に任せて分担作業することである程度改善できるので、今の状況にはまさにぴったりの武器だ。ないものはどうしようもないが。


「そんなわけで、現状、余裕をもって防衛できるとはとても言えない状態だ。もっとも、お前が加わればそれだけでかなり変わるとは思うけどな」


 余裕をもってというのは、町への被害を最小限に抑えながらという意味だ。町の人たちが共に戦ってくれるならば、オレとクリスがいる以上、それだけでもおそらく負けることはない――被害の大きさを考慮しないのであれば。


 町の被害を可能な限り減らす。そのために打てる手なら何でも打とう。考えろ、何ができるかを。


「――昨日の被害を受けて、傭兵たちが諦めたり妥協したりってことはないんだよな?」

「ないな。お前のインプが動けなかったから、俺が《竜眼》を使って確認できた範囲の話になるが、向こうもやる気なのは間違いないと思う」

「そうか……一応、アドニスが戻ってきたら確認してみよう」


 アドニスには毎度の如く傭兵たちの下へ偵察に行ってもらっている。動きがあれば決められた合図が送られてくる手筈だ。


「正直、俺は集団相手だとできることはたかが知れてる。分かっちゃいたが、昨日はそれをつくづく思い知らされた」


 表情を歪める相棒。助けが来なければオレを守り切ることができなかったかもしれないと、そんなことを思っているに違いない。


「それは違うんじゃないか、クリス。ぶっちゃけ、お前がいるから町の人たちが戦う気になってくれてるってところがあると思うしさ。それは何より大きなことだろ?」


 町を上げて傭兵たちへ抵抗を決意した理由はいろいろあるだろう。でも、多くの人たちの戦う意志を奮い立たせているのが、ハイランダー――竜戦士であるクリスの存在だというのは間違っていないと思う。


「……そうだとしても、それって俺の力ってわけじゃないだろ」

「そんなこと言ったら、そもそもオレもお前も借り物みたいな力じゃないか。ルシアとクリスのさ」

「む……」


 ふっ、勝った! 何か上手いこといってクリスを黙らせた気分になり、小さすぎる優越感に浸る。


「まあ、オレにはアドニスもいるし、いろいろやれることが多いのは事実だけどな」


 便利なあまり酷使して、魔力切れを起こさないように気を付けなければならないが。


「ゲームの時と比べて、召喚生物の利点が大きすぎる。バランス崩壊ってレベルじゃないぞ」

「このバランスでゲームにしたらサモナー系強すぎって苦情殺到するだろうな」


 相棒からはさっきまでの苦々しい表情は消え、冗談を言える程度にはいつも通りになったようだ。昨夜のことを下手に引きずられたくはないし、少しでも元気づけられたのなら良いのだが。


「――あ」

「どうした?」


 重大なことに気付いてしまった。というより思い出した。とんでもないことを、今の今まで忘れていた。


「そうだよ、召喚生物だよ!」

「ルシア……?」


 訝し気な相棒に、オレは自信満々で宣言する。


「多分、これならいける!」


 ######


 森の切れ目。その淵ギリギリまで身をかがめて接近していたアルマンさんが、手招きしてオレを呼ぶ。


「連中、森への警戒はなおざりじゃな。ここからなら、十分背後を取れるじゃろ?」


 アルマンさんの言葉通り、傭兵たちが構えている陣の斜め後方に出ることができたようだ。アドニスから報告された陣の見取り図と照らし合わせる。


「そうですね。左右中央、どこへでも仕掛けられます」


 オレの役割は単独での後方撹乱だ。射撃魔法の射程を生かし、森に潜伏しながら敵の後方を脅かし続ける。距離が距離だけに狙ってあてるなんて到底不可能だが、射程距離外から一方的に撃たれるのは心理的にかなり効くはずだ。こちらに戦力を裂いてきたならそれはそれで良しである。


「それじゃアルマンさん。申し訳ないですけど、1人で町まで戻ってください。森の中なら大丈夫……ですよね?」


 今回の作戦に問題があるとすればこの部分だった。いくらこの森がアルマンさんにとって庭みたいなものとはいえ、戦場のすぐそばを単独行動させるのは非常に心苦しい。それでも、やむにやまれぬ事情があるため、心を鬼にしてお願いする。


 だが、アルマンさんは少しの間オレを見つめると、何かを悟ったような表情で静かに首を振った。


「それはできんよ、嬢ちゃんや。ワシがいなければ、森の中へ逃げ込む時に困るじゃろ」

「え……それは、そうですけど。でも――」


 穏やかだがきっぱりとした口調で、明確に拒絶される。だが、それではこまるのだ。()()()()()()()()()()、作戦が実行できない。


 どうやって説得する? 危険ですじゃだめだ、1人で返す方がよほど危険なんだし。拒否されるなんて思ってもいなかったため、上手い言い訳が思いつかずに思考が空回る。


 そんなオレを見ていたアルマンさんは、ふうと軽くため息をついた後、優し気な口調でとんでもないことを言い出した。


「――魔術師の嬢ちゃん。ワシを返そうとしとるのは、嬢ちゃんが連れとるあの不思議な生き物が理由かの?」

「――っ!?」


 アドニスのことがバレていた? どうする? アルマンさんはどう思ってるんだ? 衝撃で頭が真っ白になり、何も言うことができない。


「落ち着いとくれ。あの生き物がいったい何なのか詮索する気はない。お嬢ちゃんが何者なのかもな」

「……そ、れは」

「それに、気付いとるのはおそらくワシだけじゃ。実はこう見えて、ワシにはエルフの血がほんの少しだけ流れとってな。純血のエルフには遠く及ばんが、普通の人間よりはちょっとばかり夜目が利くんじゃよ」


 それで昨夜アドニスに気付いたというわけか。あの時のアイツはオレの体を心配して《シャドウベール》すら使ってなかったらしいからな。夜の闇に紛れていれば気付かれないと思っていたようだけど。


「ワシは魔法については疎い。だが嬢ちゃんが隠しとる以上、あの生き物を従えとることを知られるのはマズいということくらい察しはつく」

「……ええ。その通りです」


 アルマンさんはあの生き物とぼかしているが、おそらく薄々正体には気付いているのだろう。その上で、何も知らないということにしてくれるというわけか。


「嬢ちゃんは信頼に足る恩人じゃ。ワシにとってはそれが全てじゃ。嬢ちゃんが何を従え、どんな力を使おうとも、決してそれが邪な目的ではないと知っておる」


 その口調は力強く、迷いなく、そしてとても優しい。


「じゃから、今から嬢ちゃんが何をしようと、ワシはそれを一切口外せん。この森で、リアナ様の御名に誓おうぞ」


 何だろう。胸にこみ上げるものがある。気付けば少しだけ涙ぐんでいるかもしれない。オレの今までの人生で、これほどまでに人に信頼されたことがあっただろうか。そんなことを、ふと思った。


「――分かりました。では、傍にいてください。私が必ず守りますから」


 気付けば、アドニスがすぐ近くまで戻ってきている。ちょうどいいタイミングだったのか。


「マスター! 始まったぜ!」


 ついに始まったのか。ここから見える傭兵たちも徐々に動き出しているようだ。


「始まったようです。アルマンさん、少し離れていてください」

「う、うむ。わかった」


 流石に緊張した面持ちになったアルマンさんが十分に離れたことを確認すると、精神を集中しキャスト開始する。以前試した時と違い、今度は問題なく続いていく。


「アドニス! 終わったらまた呼ぶから、少しだけ待ってろよ!」

「は? 待ってろって、どういう意味?」


 非常に長いキャストタイムが完了に近づき、オレは高揚感と共にアドニスへとしばしの別れを告げる。早く早くとオレに催促してくる別の声に気を取られ、オレの言葉に困惑しているアイツの声は耳に入らなかった。


「来ます! 《サモン・デーモン》!」


 高らかな宣言と共に、スキル名を叫ぶ。同時に目の前に展開していく魔法陣。完成に近づくにつれ聞こえてくる、激しい蹄の音。オレの体から注意せずとも自覚できるほど大量の魔力が失われていく感覚と共に、魔法陣から()()が飛び出してきた。


「ヒュイィィィンッ――!」


 天を衝く嘶き。闇色の炎を全身に纏った青白い体は、ハイペリオンと同じかそれ以上の巨体。妖しく燃え上がる真っ赤な目を持つ馬とは似て非なる魔界の住人――ナイトメア。


 その身に纏う炎を誇らしげに揺らしながら、オレの第二の従者は森の中へと降り立った。その視線の先に、これから蹴散らすべき敵を鋭く捉えながら――

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