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side/クリス 眠り姫と竜の戦士

 崩れ落ちたルシアを庇うように足を止めたクリスに、数本の矢が飛来する。馬上での弓の扱いには慣れていないのか、その狙いは決して正確とは言えない。《竜眼》によって強化された動体視力は、2人の体にあたり得る軌道の矢を瞬時に見極める。


「はあああっ!」


 ルシアへと向かった矢を手にした大剣で叩き落しながら、自身への矢は胸甲で弾く。最低限の動作で全ての矢を捌き切ると、騎兵たちの行動を先読みすべく彼らの視線を分析する。


 ハイペリオンを走らせたことには、彼らもすでに気付いているようだ。8騎の追手――10騎中2騎はルシアの魔法により脱落している――の中にクリスを避けてハイペリオンを追うのか、倒れているルシアを仕留めるのか、2つの選択肢を巡っての意思の不統一が見られた。それまで揃っていた8騎の足並みに僅かな乱れが生じる。


 彼らに唯一共通していたのは、目の前にたった1人で立ちはだかる戦士への警戒をさほどしていなかった点だ。自分たちの矢がことごとくこの戦士に防がれていることには気付いていたが、不慣れな馬上での弓扱いと夜の暗闇による悪条件が重なってのことだと軽く考えていた。それ以上に、今は気を失って倒れている小柄な魔術師の脅威へ意識が集中していたせいもある。


「そうかい、こっちを優先するか……お前がよほど怖いみたいだぞ、ルシア」


 彼らが交わした一瞬の視線のやり取りからその意図察し、自らの役割をやり遂げた親友へ届かぬ労いの言葉をこぼす。


 結局、騎兵たちは人質を取り戻すことよりも、最大の脅威と認識している魔術師の排除を選択した。弓から槍へ得物を持ち替えると、立ち塞がるクリスへと猛然と殺到する。


 冷静にその動きを見定めながら、クリスは静かにスキルを発動した。構えた剣へと大量のマナが流れ込み、その剣身を僅かに輝かせる。本来、特殊な魔法を使わなければ見ることのできないマナだが、極めて高密度となることで常人であっても光として視認できるようになるのだ。


 《チャージングブレス》――膨大なマナを集束した竜の吐息を剣身へと纏わせるハイランダーの基本にして最も重要なスキル。このスキル自体は武器へ祖竜と同じ属性を付与し攻撃力を少し高めるだけの効果だが、このスキルの使用を前提とする別のスキルが多数存在している。その中には、凝縮されたマナを一気に解放し、万の軍勢を一息に薙ぎ払ったと伝わる古竜のドラゴンブレスを――流石にかなりランクダウンするが――再現する奥義もある。もっとも、対レイドボスへ特化している今のクリスには使えないが。


「使えれば、こんなことにはなってないんだがなっ――!」


 親友を――今や絶世の美少女となってしまった、生まれたときからの幼馴染を危険な目に合わせてしまった己の不甲斐無さへの怒りを叫びに込める。そのままの勢いで、先頭の1騎が突き出してきた槍を弾き返すように剣をふるった。


「があっ!?」

「なにぃっ!? ――がはっ!」


 掬い上げるような軌道を描いた彼の愛剣は、その速度と超重量が生み出す圧倒的な運動エネルギーによって軽く槍を粉砕すると、止まることなく馬上の傭兵の胴を鎧ごと半ばまで断ち切る。半ばで済んだのは、剣が纏う風のマナに触れたことでその身が吹き飛ばされたからだ。即死した傭兵の体は後続の1騎を直撃し、馬の背から弾き落とす。


「なんとぉっ!」

「離れて囲め! 歩兵が来る!」


 だが、敵もさるものだった。クリスの強さを目の当たりにした残りの騎兵は、無謀に突撃するのでもなく、恐慌して逃げ去るのでもなく、遠巻きに2人を包囲する。足下のルシアを守らなければならない以上、そうされてはクリスから切り込むことはできない。


「ちっ、面倒な――!」


 指揮官と思しき騎兵の叫んだ通り、街道側からこちらへ向かっていた傭兵たちが接近しつつあった。ルシアのインプ――確かアドニスという名前だった――が足止めを行っていたはずだが、主人が意識を失ったことでそれができなくなったのか。クリスの鋭い視覚は、ふらふらと力なく飛ぶ小さな姿も捉えていた。それは、《シャドウベール》を使うこともできなくなっていることを意味している。


 近づいてくる炎の数を数えるまでもなく、あの傭兵たちが合流し包囲されればルシアを守り切ることはできなくなる。クリスがどれだけ暴れて見せようと、ルシアを脅威とみなしている敵は彼女を殺すことを優先するだろうから。


「……ふざけるなよ――!」


 頭の片隅によぎったその光景に静かに激高しながらも、これ以上踏み止まれば詰むと瞬時に判断を下す。周囲の騎兵、倒れ伏すルシア、そして自分の位置。置かれている状況を俯瞰的に思い描く。騎兵たちは先ほどクリスが見せた一撃に慎重になっているのか、包囲の輪はかなり大きく隙間も空いている。防御から突破へと目的を切り替えたクリスにとって、その慎重さが逆につけ入る隙となった。


 体を反転させつつ《チャージングブレス》を強制解除する。《チャージングブレス》の強制解除を行うと、ゲームにおいてはその属性に応じた派手だが特に効果のないエフェクトが周囲に巻き起こるのだが、現実となった今ではただのエフェクトでは済まない影響を及ぼすことはすでに確認済みだった。


「ぐおっ!?」

「ヒヒィィーンッッ!」

「しまっ――落ち着け!」


 翠の閃光が一瞬夜空を染めると同時に、猛烈な突風がクリスを中心に吹き抜ける。落馬するほどではなかったものの、突然の光と風の暴力にさらされた馬たちはパニックになり暴れ始めた。騎兵たちは自らの乗騎をなだめるのに手一杯となる。


「かなり乱暴になるが、許してくれよ」


 クリスは素早く剣を鞘に納めると、そんなことをつぶやきながら左手でルシアを担ぎ上げる。意識のないまま持ち上げられたその手から杖が転がり落ちるが、器用に足で跳ね上げ右手でキャッチすると剣帯へ挟み込んだ。そのまま、ついさっき主人を喪った馬へと走り寄る。


「……主想いなんだな、お前」


 恐慌状態に陥りながらも主人の亡骸の傍を離れない忠誠心に少しだけ罪悪感が芽生えるも、すぐに押し殺して馬の背に飛び乗る。良く訓練された軍用馬らしく、手綱を取ってなだめてやればほどなく落ち着きを取り戻した。もっともそれは、周囲の騎兵たちにも同じことが言えるということだ。


「逃がすな!」


 指揮官の命令が飛ぶが、どの騎兵も自分が最初に飛び込むことに躊躇し僅かな間が空く。その隙を逃さず、クリスは馬の腹を蹴った。


「どぉおけええぇぇっっ――!」


 再び愛剣を引き抜くと、進路を塞ぐ1騎へと突撃する。


「――っひぃ!?」


 正面から迫る圧倒的な恐怖に、狙われた騎兵は思わず仰け反り馬を後退させかけ――


「馬鹿がっ! 止めろ! 死んでも魔術師を狙え!」

「く、くそっ――!」


――指揮官の叱咤に何とか踏みとどまる。だが、その僅かな逡巡が命取りとなった。


「おおおおおっ!」

「くそがっ! なめ――がはあっ!?」


 クリスの進路を塞ぐべくその剣へと槍を合わせるが、見た目からは考えられない重さに一瞬で競り負ける。槍と腕を粉砕されながら、馬上から突き落とされ地面に転がった。


「ば、化け物だ――」


 小柄とはいえ人間1人を担ぎながら片手で振り回した大剣であっさりと仲間が倒されたことに、先程以上の動揺が広がる。追撃していた騎兵のうち、すでに半数が倒されているのだ。


「狼狽えるな! 相手に飛び道具はない、馬を狙って足を止めろ! 最悪、魔術師だけでも仕留めるんだよ!」


 それでも指揮官は攻撃の続行を命じる。気絶している魔術師というこれ以上ない荷物を抱えている今こそが、最大のチャンスでもあるのだ。


「くそ、まだ諦めないか……!」


 クリスとルシアの2人に加え、重すぎる〈クレイモア〉まで背に乗せている馬はどうしても速度が出せない。本来、重装軍馬や荷役用の大型種でもなければ2人乗りというだけでも馬にはかなりきついのだ。追って来る騎兵たちを振り切るなど到底不可能である。


 今度は完全に馬を狙った矢が飛来する。片手で振るう大剣ではあまりに小回りが利かないため、ルシアの杖に持ち替えて片っ端から叩き落す。相変わらず甘い狙いもあって何とか対応しきれているが、少しの偶然で簡単に崩壊するほどの危うい均衡だった。


「ぐぅっ――!」


 とうとう、防ぎきれなかった矢がクリスの背中に突き立った。あたることは見えていたが、馬への矢の対処を優先したため躱しようがなかったのだ。〈ブレストプレート〉によって守られていない背中は、通常の弓であっても貫通されてしまう。だが、ズタズタにされた親友のローブが物語る負傷と比べればこんなものはどうということはないと、クリスは顔を軽くしかめただけで続いて飛来する矢へと意識を集中させた。


「見たか! 行けるぞ、距離を詰めろ。反撃されない程度にだ」

「おおっ!」


 だが、初めてクリス相手に命中させたことで、追手の士気が上がってしまう。反撃方法を持たないクリス相手に、白兵戦を挑まれないギリギリの距離まで詰めてくる。


「ちぃっ!」


 距離が近づき正確さを増してくる矢に、クリスは自分の体でルシアを庇いながら馬を守ることへと集中する。その結果、次々と矢がクリスに突き立った。


「この程度で――!」


 クリスの纏う〈黒飛竜の戦装束〉は軽装鎧としては最上級の防御力を持っているため、それを貫ける矢は多くはない。だが、一部は肉体まで届き、その痛みと衝撃が手元を狂わせる。


 そしてついに、防ぎ損なった矢が馬の首を貫いた。


「ヒヒィンッ!」

「おおっ!?」


 悲鳴を上げ疾走の勢いのまま崩れ落ちる馬。空中に投げ出されながら、クリスはとっさに《見切り・弐》を使用した。体感時間が引き延ばされ、あらゆるものの動きが極めて遅くなる。ルシアの体を抱え込みながら、片腕だけで可能な限りの受け身を取った。


「かはっ――!」


 地面に叩きつけられた衝撃と背中に突き立ったままの矢が食い込む痛みに、一瞬息が詰まる。全身の痛みを堪えながら身を起こし、素早く腕の中のルシアの無事を確認する。浅くはあるが確かな呼吸に、思わず現状を忘れて安堵した。


 だが、それも一時のこと。囲むように移動する蹄の音に、現実へと引き戻される。


「くっ……!」


 もう騎兵たちは近づいてこない。散発的に矢を射かけてクリスの動きを止めつつ、味方が合流するのを待つ腹積もりなのだろう。歩兵たちが持つクロスボウでの一斉射なら、2人ともまとめて始末できる。


 そう、指揮官は勝利を確信した笑みを浮かべ――


 ヒュン――と風切り音を立てて、一本の火矢が飛来する。音へ気付いた騎兵たちが空を見上げ直後、瞬間的に燃え上がった炎が彼らを照らし出した。


「――っ! なんだ!?」

「おい! あれを見ろ!」


 夜闇の下、次々と浮かび上がってくるいくつもの炎。すでに軽く数十は数えられるその光は、町の方から続々と彼らへ向かって行進してくる。


「――町の連中か!」


 自分たちの敵ではないと見下しきっていた町の戦力。数倍程度なら問題なく蹴散らせると断言できる程度の相手だが、今ここにはたったの5騎しかいない。あっという間にその数を100近くにまで増やした炎の行列に、思わず怯んでしまったのは仕方のないことと言えよう。


 もう一度飛んできた火矢が彼らを照らし出す。今度は、矢を放った位置がはっきりと分かった。その飛距離と正確さからして、間違いなく素人ではありえない。


「くそっ――退け! 退くぞ!」


 この段になって指揮官は退却を決断した。大部分が素人集団とはいえ、あれだけの数の武装した相手。しかも、彼らと合流されてしまえば、ルシアを守る必要が無くなったクリスが反撃をしてくることになる。


 高く火矢を放って近づきつつあった味方の集団に退却の合図を送ると、騎兵たちは一斉に馬首を返して引き上げていった。


「ふう……助かった、か――つぅ」


 十分に離れるまで油断なく相手を睨みつけていたクリスは、ルシアを抱きかかえながら立ち上がる。ホッとすると同時に背中に刺さった矢の痛みを思い出し、顔をしかめた。


「竜戦士殿ー!」

「その声は――!」


 そして、後方から聞こえていた声に驚き、慌てて振り向く。


「――アルマンさん!」

「はあ……はあ……いやー何とかお助けできたようでなによりじゃ」

「俺たちの弓も捨てたもんじゃねえっすね」


 走り寄ってきたアルマンをはじめとする猟師の面々はクリスの顔を見て笑顔を浮かべたが、すぐにその腕の中で意識を失っているルシアに気付き皆表情をこわばらせる。


「魔術師の嬢ちゃんは……」

「息はあります。ただ倒れた原因が分からない」


 腕の中で眠り続ける親友。何故急に倒れたのか、クリスには分からないままだ。


「嘘だろ……!」

「ただ、おそらく分かるやつがいます」


 振り向いた先には夜空を舞う影が1つ。ルシアの召喚生物であるインプが、微妙な距離を保ったままこちらを窺うように観察している。


「そいつから話を聞くためにも、ちょっと場を用意して欲しいんですが」


 猟師たちに続き、松明を掲げた商会の私兵と思しき姿がどんどん集まってきている。《シャドウベール》が使えなくなっているらしいインプが近寄ってこれないのも無理はない。


 最大の危機は乗り越えたものの、目を覚まさないルシアの姿に、クリスは胸を掻きむしりたくなるほどの焦燥を覚えていた――

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