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闇夜の逃走劇

 念のため《シャドウベール》で姿を隠したアドニスに周囲の警戒を任せ、オレはアレットの手を引きながらクリスとの合流ポイントを目指していた。暗闇でほとんど目が見えていない2人を連れながらなので、どうしても速度が出せないのがもどかしい。


「――ルシアさん……怪我は大丈夫なの?」

「え?……はい。もう何ともありませんから。心配しないでください」


 ふいにアレットから身を案じられたので、安心させるように微笑んで見せた。だがすぐに、アレットにはオレの表情など分かるはずがないことに気付く。真っ暗闇の中を歩き続けている恐怖や不安をできれば紛らわしてあげたいのだが、オレには良い方法も思いつかなかった。


「その……かなり大きな悲鳴が聞こえたので。俺のような素人が心配しても仕方ないんでしょうが……」


 ジルベールよ、お前もか。あの男に脇腹を抉られた時の痛みはヤバかったからな。流石に声を抑えるなんて不可能だった。当然2人にも聞こえていたわけで、心配されるのも当たり前か。


 やるかどうかかなり迷ったものの、あの後、気絶したままの見張りに《ライフドレイン》を使ってダメージを回復しておいたので、今となっては痛みは全くない。ローブの下を覗かないと分からないが、おそらく傷も完全にふさがっているはずだ。むしろ問題なのは、いくつも穴を開けられてしまったことで少々肌寒いということか。果たしてこれは直せるのだろうか。あまりボロボロになってしまうと、魔紋の効果も失われてしまいそうなのが怖いところだ。


「痛かったのは事実ですけど、今は魔法で治ってますから。それより、足元には気を付けてくださいね。できる限り私の後ろをそのまま歩いてきてください」


 暗くて2人にはオレの格好が見えていないのをいいことに、具体的な負傷具合には触れずに誤魔化す。オレの言葉に2人が頷くのを見届けてから、再び歩くのに集中した。2人が足を取られるようなものがないよう歩く場所を選びながらというのは、なかなか神経を使う。それに、意識して集中しておかないと、あの男の言葉についてつい考え込んで、足元が留守になってしまいそうだ。


 無詠唱魔法――そう、あの男は言った。尋常ではない驚き様からしても、オレの魔法の使い方はこの世界における一般的なものとはかけ離れているのではないかという疑問が湧く。猟師たちをはじめに町の人の前で魔法を使って見せたことは何度かあったが、魔法自体に驚かれることはあっても使い方に疑問を持たれたことはなかった。しかし、唯一魔法についての知識がありそうなリアナ神官の男性の前では使って見せたことはない。


 位置を確認ついでに、上空にいるアドニスを見た。あのインプはオレの魔法を自然に受け入れていたし、何よりアイツ自身の魔法の使い方はオレと全く同じなのだ。だからこそ、この世界ではこれが普通の魔法の使い方だと当然のように認識していた。だが、それは誤った認識だったのかもしれない。本当はすぐにでもいろいろとアドニスに訊きたいのだが、状況が状況なので仕方なく保留している。


「――あ……止まってください」


 タイミングよく、アドニスがこちらへ向けて降下してくる。後ろの2人を停止させて降りてくるのを待つ。


「マスター!結構距離はあるが、右手後方を30人程度の集団が町の方へ移動中だ。《シェイドスフィア》の外、範囲の淵からは少し離れてやがる」

「30人……移動速度はどのくらいだ?」

「小走り程度だな。移動経路の差を考慮しても、間違いなく先回りされるぞ」


 こうなることは予想していたが、これまでに遭遇した右往左往している傭兵たちの姿からは考えられない対応速度だ。相手の指揮官が統率できたのが、その集団だけだということだろうか。できれば足止めしておきたいところだが、まだクリスと合流できていないのが痛い。


「どうする? 俺が《シェイドスフィア》内から魔法で牽制するだけでも、そこそこ足止めにはなると思うけど……さっきの男がいなければ」

「お前がいないと、クリスとすれ違う恐れがあるんだよな……いや、《竜眼》があれば大丈夫か?」


 合流予定ポイントは大まかにしか決めておらず、その時の状況次第で臨機応変にという適当さだった。アドニスがいれば問題ないだろうと踏んでいたのだが、こういう時にはわりと困る。相棒は《竜眼》を使っているのだから、こっちを見落とすことはないと考えても大丈夫か。予定ポイントはそろそろのはずだしな。


「よし、それじゃ足止めを頼む。ただ、事前にあの男がいないか確認してからな」

「分かってるって。アイツはマジでヤバそうだったしな。んじゃ、適当なとこで切り上げて合流するから、マスターも気をつけろよな!」


 飛んでいくアドニスを見送ると、あらためて緊張してきた。上空からの警戒が無くなるのはやはり心細い。


「今話していたのが、ルシアさんの使い魔? 姿が見えないんだっけ」

「そうですよ。報告を聞いていました」

「私たちの居場所も使い魔のお陰で分かったんだよね。ホントにすごいなー」


 所詮は借り物の力を称賛されるのは、胸の内にどこか引っかかるところがあって素直に受け取れなかったが、アレットから感心されるのは悪くない気分だ。少しでも元気な彼女を取り戻せたのなら、借り物の力でもいいと思えてくる。オレがルシアであるということは、紛れもない事実なのだから。


「では、行きましょう。もうすぐクリスと合流できるはずですから」


 ######


「――ルシア!」


 クリスの声が耳に入ったのは、アドニスを送り出してから10分ほど経ってからだった。声の方へ神経を集中すれば、すぐに相棒――の後ろをついてきているらしい大きな姿が目に入ってくる。


「今の声はクリスさん! ……それにこの音って、馬の足音?」

「本当ですね。しかもこの音、かなり大柄な馬ですか」


 ジルベール、鋭いな。手綱を引かれるまでもなくクリスにぴったりくっついてきているのは、相棒の馬であるハイペリオンだ。闇に溶け込むような黒毛――馬だと青毛というらしいが――が主人の配色とよく合っている。作戦決行前に見せてもらった時に知ったのだが、ハイペリオンの体格は他の馬より一回り以上大きい。あのクソ重い剣を含めた完全武装のクリスを楽々と乗せていられるのだから、当然なのかもしれないが。


「良かった。全員無事だな――ルシア……お前、いったい何があった!?」

「ちょ!? 声が大きいですよ!」


 近づいてきたと思ったら、いきなりそれか。まあ、言われるだろうとは思ってたけど。ローブはあちこち穴だらけな上に血塗れだしな。でも、アレットたちに聞こえるようには言って欲しくなかった。余計な心配をさせるだけじゃないか。


「ルシアさん……そんなに――」

「心配しないでください。予想外に強い相手がいて少々やられましたけど、もう治ってますから」


 案の定心配そうな表情になってしまったアレットを遮って、この話を終わらせる。相棒の方も、睨みつけると意図を察してくれたのか、すまなそうにしつつ口をつぐむ。


「――それにしても、本当にハイペリオンを連れてきたんですね」


 立ち止まったクリスに嬉しそうに鼻先を擦り付けている馬へと話題を変える。というか、鼻水か涎か分からないけど、マントにべったりとくっついて糸引いてるぞ。


「ああ。こいつが思っていた以上に賢くてな。待てと言ったら待ってるし、呼べば何もしなくてもついてくるし、すんなりここまで連れてこれた」

「そうですか……」


 賢いのは間違いないんだろうけど、それ以上にクリスに懐いているのが大きいんじゃないだろうか。素早くアレットたちが移動できるように馬を連れていくという案を検討していたのだが、馬の扱いに詳しいわけじゃないオレたちには荷が重いだろうという話に一度はなった。ハイペリオンなら大丈夫かもしれないとも言っていたので、その辺は任せておいたのだが、この様子を見るに当初の懸念は杞憂だったようだ。


「アレットさん、ジルベールさん。馬に2人で乗れますか? 最悪、落ちないようにしがみついているだけでもいいので」


 オレの問いに、2人は不安そうな顔になる。暗闇の中馬に2人乗りしろというのは、なかなか酷な要求かもしれない。


「えーと……そもそも私、馬に乗ったことなんてないんだけど……」

「俺はありますが……いえ、この状況です。四の五の言わずにやってみますよ」


 ジルベールは僅かな逡巡の後、はっきりとそう言い切る。なかなかカッコいいじゃないか。


「よし、乗るのは手伝おう――と、俺はクリスだ。ルシアから話は聞いていると思うが」

「ええ。ジルベールです。よろしくお願いします、クリスさん」

「クリスさんは、あの竜戦士なのよ! 傭兵なんか敵じゃないんだから!」


 名乗り合う相棒とジルベール。横でアレットが自分のことのように自慢げに語る。いや、元気が出たのはいいことだけど、クリスのことになるとホントに態度が変わるね。


「……そ、そうだったんですね。それは頼りになります」


 一方、ジルベールの方は何やら複雑そうな表情になった。んん?今までにも竜戦士と知ってもそこまでの反応をしなかった人はいたけど、この人の反応はそれともちょっと違うな。まあ、気にするほど変な態度というわけでもない。


 クリスにかかれば成人男性であるジルベールでも軽々と支えられるので、2人がハイペリオンに乗るのにそこまでの苦労はなかった。アレットが前に乗り、彼女を抱え込むようにしてジルベールさんが手綱をとる。


「ジルベールさん、しっかりとアレットさんを支えてあげてくださいね」

「は、はい。任せてください!」


 答えるジルベールの声はどこか上ずっていて、頬も若干赤くなっている。アレットみたいな可愛い子と密着状態なわけだから、それも仕方ないか。正直、少し羨ましい。いや、今のオレならアレットと密着しようと思えば簡単にできるだろうけど、逆にオレの方が何されるか分からなくて怖いんだよな。


「私は大丈夫だよ。初めて乗るけど、この子優しいみたいだしね」

「まあ、ハイペリオンは賢いからな」


 自慢げな相棒。ゲームの時は単なる移動用のアイテムに過ぎなかったのに、この世界来てからの僅かな間でかなり愛着が湧いているらしい。もともと馬とか好きなやつだったしな。


「ここからはペースを上げます。きつい時は言ってくださいね」


 真剣な表情になって頷く2人。クリスと合流できた時点で、作戦の進行度合いは8割といったところだ。後は町まで戻るだけ、いよいよゴールが見えてきた。


 ######


 徒歩だった時とは段違いのスピードで町を目指す。馬にとって、この程度の暗さはほとんど問題にならないらしい。それ以外の感覚も非常に優れていて、僅かな物音や血の臭いなどを鋭敏に感じ取ってはクリスに教えてくれるそうだ。


「インベントリで持ち歩けなくなって不便になっただけなのかと思ってましたけど、優秀になってる部分もあるんですね」

「イ……使い魔もそうだろ? 生物として独立した意識を持った分、できることが一気に多くなったってことか」


 声を潜めながらの会話だが、一応内容には気を遣う。ゲームのインプと今のアドニスには比較にならないほどの性能差があるが、ハイペリオンもただの移動用アイテムから飛躍的なスペック向上を遂げている。独立して動いてくれるというのはとてつもなく大きい。もちろん、主人に従ってくれるという条件が前提となるが、オレとアドニスには契約があるし、ハイペリオンもクリスに対してとても懐いている。


「それよりお前、少々やられたって見た目じゃないんだが、そんなに強いやつがいたのか?」

「……ええ。まあ、不利な条件で戦ったせいというのもありますけど、他の傭兵とは一線を画す強さでした」


 あの男について簡潔にまとめて話す。斬られ抉られしたところで、相棒はきつく顔をしかめた。


「すまん、お前を危険にさらして……」

「何言ってるんですか。役割分担はお互いの承知の上でしょう」


 クリスならあの状況でも後れを取ることはなかっただろうが、それは結果論に過ぎない。それぞれのやれることを考えれば、あの分担が最善だったのは間違いないはずだ。相棒だってその部分は納得していたはずなのだが。まあ、実際にオレが傷を負ったことで、責任を感じる気持ちは分からないでもない。


「――治したと言ったが、傷は残ってないんだな?」


 そこってお前が気にするポイントなのか? そりゃ、ルシアの肌に傷が残ったりしたら人類全体の損失だけどさ。


「触って確かめた感じでは多分大丈夫ですよ。ところでそっちの方は……恰好を見るに、かなりやったんですか?」


 あらためて相棒の格好を見てみると、返り血と思わしき赤い染みがマントにいくつもできている。破れたような跡は見当たらないので、どれも本人の血ではない。


「――この後、すぐにでも町の防衛戦になる可能性が高い。倒せる相手を見過ごすのは、町への被害に直結するからな」


 オレの問いに、相棒は表情を歪めた。人を守るためなら人を撃つ覚悟があると言っていたクリスでも、暗闇の中で一方的に相手を斬るのはかなり気が咎めたはずだ。


「……《シェイドスフィア》を使ったのは私ですから」

「それは――」

「だから、私とクリスの共犯ということで」


 少しでもその気持ちを軽くしてやりたくて、気付けばそんなことを言っていた。そんなオレを、相棒は虚を突かれたような顔でまじまじと見つめてくる。


「……共犯って表現は語弊があるな。町を守るためにやったことだ」

「――確かにそうですね。そこは訂正しましょう」


 肩をすくめてから憮然とした表情を作って見せた相棒の横顔に、オレは少しだけ胸のつかえがとれた気がした。


 そろそろ《シェイドスフィア》の範囲から出ることになる。救出作戦の最終段階は、もうすぐそこまで来ていた――

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