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プロローグ/ラストフラッグⅡ

 ルシアのクラス、デーモンコントラクターについて少々説明をしよう。


 このゲームにおいて、魔界の住人である魔族たちは人と同じく多くの勢力に分かれている。こちらの世界へ侵攻してきている魔族たちは、あくまでそのうちの1つに過ぎない。魔族の侵攻が本格化する中、魔界との交信方法が発見され別の勢力に属する魔族と接触することが可能になった。彼等と契約を結び、こちらの世界で活動できるように魔力によって作られた仮初めの肉体を与え、その対価として力を借り受ける。それがデーモンコントラクターというクラスの設定である。


 ゲーム上のスペックとしては、召喚生物を使役できるサモナー系のクラスの中では召喚生物のコストが重く取り回しが悪い代わりにキャラクター本体の攻撃や妨害性能がやや高め、といったところだろうか。他の魔術師系クラスとの中間的な性能という表現でもいいかもしれない。また、自己完結性の高いクラスであり、召喚生物以外の味方への支援・回復能力は絶無だ。


「対象を排除」


 戦闘開始からすでに20分以上。レイドボス、魔将ユルスラの淡々とした声が響く。全身に甲冑を纏っているように見えるものの、すらっとした優美な体は女性的な美しさを感じさせる相手だ。ただし、身長は3m近くあり、片手で軽々と振り回している巨大なハルバードは通常攻撃でも後衛なら余裕で即死する威力である。攻撃の標的となった前衛――ウォーロードはなんとか攻撃をガードするが、そのあまりの重さに体勢が崩れる。


「ちっ――!」

「影よ走れ」


 《残影閃》――追撃スキルの発動。直前にハルバードが描いた軌跡が暗く輝き、ウォーロードのHPが一気に削り取られる。同時に、重傷状態のバッドステータスを示すアイコンが点灯した。


「《レストレーション》!」

「《キュア・ウーンズ》!」


 一瞬の遅れもなく重傷治癒と回復のスキルが飛び、ウォーロードのHPはほぼ最大値まで持ち直した。そして、ユルスラの攻撃モーションが完了する直前に合わせ一斉にスキルが発動されていく。


「《カースドブランド》」


 ルシアも待機させていたDoT――Damage over Time、時間経過により持続的にダメージを与えるスキル――を発動した。今のルシアにとって最大のダメージソースとなるアクティブスキルだ。


 アクティブスキルは能動的に使用することのできるキャラクターの能力だ。その発動の仕方により通常スキルと魔法スキルの2種類が存在する。スキルの使用を選択した後、定められたキャストタイムが入るのは共通なのだが、通常スキルはキャストタイム経過後即座に発動するのに対し、魔法スキルはスキル名を声に出さなければ発動しない。一見するとデメリットに思えるかもしれないが、これは発動タイミングを任意に遅らせることができるというメリットでもあり、魔術師系クラスにおいては重要なテクニックとなっている。


 今の場面も、敵の行動に合わせて発動することで、カウンタースキル――こちらの行動に反応して使用してくるスキル――のリスクを最小に抑えているのである。


 ユルスラは攻撃対象のランダム性が強く、範囲攻撃スキルの使用頻度も高い。そのため、通常のボス戦において基本となる、相手のヘイト――攻撃優先度――を操作して壁役が仲間を守るという戦術が成立しない。全員が耐えるか避けるかしなければならず、それが不可能な攻撃はやり過ごせる手段を持っていなければならないというハードモードである。


「極光くるぞ! 散れっ!」


 別の前衛が警告の声を上げる。後衛にとって最も厄介な攻撃スキル――《裁きの極光》。必中な上に、光かつ闇かつ呪い属性というどんな攻撃だよと突っ込みたくなる複合属性攻撃なので、属性耐性を積んで対処するのも困難だ。唯一の救いが攻撃範囲の狭さなので、散開してターゲット以外が巻き込まれないようにする必要がある。そのため、前衛はわずかな予備動作――離れた位置からではとても気付けない――を見落とさずに警告を発しなければならない。


「来たれ、離界よりの極光よ」

「っ!またこっちですか」


 威力のわりに短すぎるキャストタイムの後、視界が一瞬闇に閉ざされる。同時に《スケープゴート》が効果を発揮し、召喚していた魔界の妖馬――ナイトメアが一撃で消し飛ばされた。受けたダメージを召喚生物に肩代わりさせるスキルで、この戦いにおけるデーモンコントラクターの生命線とも言える。


「あと少しだ! 行けるか!?」

「ギリギリですが、大丈夫です――《サモン・デーモン》」


 即座に〈灰色の召喚符〉――サモン系スキルのキャストタイムを0にする消耗アイテム――を使用しアークデーモンを召喚、同時に《スケープゴート》のキャストを開始する。死亡した召喚生物は一定時間の間召喚できなくなるため、《スケープゴート》を使える回数には限りがある。アークデーモン召喚でいよいよ後がなくなったが、ペナルティタイムが極端に短い最下級の召喚生物であるインプ――すでに何回か消し炭になっている――がもうすぐ再召喚可能になる。


「来ます! 位置取りの確認を!」

「了解!」

「前衛のバフ担当はターゲットに気をつけろよ!」


 何度目かのユーリの警告。それに呼応して全員が慎重に移動を開始する。早すぎると事故に繋がり、遅すぎると手遅れになる。まさに正念場だ。


「ヒャッハー! 私の見せ場だぜい!!」


 今までつかず離れずの遊撃ポジションでアタッカーに徹していしたアヴリルが、少しずつ下がり始めた前衛たちの間をすり抜け前に出る。


 多くのレイドボスたちと同様、ユルスラは残りHPが一定値を下回るごとに行動パターンを大きく変えてくる。残りHP5%で移行する、通称発狂モードが現在確認されている最後の形態だ。理不尽なまでの攻撃の苛烈さに加え、何より厄介なのは――


「ぁぁぁあああああああっ!!!」


 狂乱の叫び声が上がると共に、ユルスラを中心とした光の輪がエリア全域を走り抜ける。ダメージこそないものの、味方全員にかかっていたバフとユルスラにかかっていたデバフが全て解除される。この効果はスキル扱いではないらしく、防ぐ方法は今のところ見つかっていない。さらに、ユルスラから噴き出した瘴気が渦を巻いてその周囲に漂い始める。この範囲内に踏み込むと、わりとシャレにならない速度でHPが削られるのだ。


「月に代わってお仕置きしてくれるワン!」


 フザケタことを叫びながら《獣の活力》――自身のHPを持続的に回復するスキル――を使用するアヴリル。さらに〈ムーンライトポーション〉――ライカンスロープのHP回復力を高める消耗アイテム――を一気飲みする。流石に瘴気によるダメージを完全に相殺することはできないものの、HPの減少スピードは目に見えて遅くなった。


 《離界顕現》――スキル名と共に、ユルスラの頭上に出現するキャストタイムゲージ。必中かつ無敵・吸収・反射貫通。属性を持たない攻撃で、攻撃範囲はエリア全域という無茶苦茶な性能。発動を許した瞬間に全滅である。《スケープゴート》のようなスキルを持っているクラスだけは生き残ることも可能だが、そこから立て直すのはどうあがいても不可能だ。


 緊張に息が詰まる。ここでのミスは絶対に許されない。


「《スケープゴート》。《マインドクラック》」


 待機状態だった《スケープゴート》を発動。すでにかかっているバフは解除されるが、待機状態のスキルはそのままなのだ。間髪入れずに、キャスト妨害のスキルを使用する。対象スキルの種別を問わない上にキャストタイム0のインスタント発動と強力な分、精神属性のため効かない相手が多くクールタイムも長めだ。


「邪魔をするなあああっ!!」


 ここが1回目のギャンブルタイムだ。発狂モードでは、妨害・拘束系スキルを使用された場合、高確率で使用者に対しカウンタースキルを使ってくる。これをまずルシアに使ってもらうことが攻略の糸口となるのだ。


 《拒絶の刃》――スキル名が表示された瞬間、自身の影から突き出した刃にルシアの体が貫かれる。《スケープゴート》が発動し、アークデーモンが消滅していく。短い命だったがその犠牲を無駄にはしない。


「行けます! 《カウンターギアス》!!」


 味方への合図となるよう、全力で叫んだ。直前に自身に対して使われたスキルを一定時間使用不可能にする、この戦いの切り札。デーモンコントラクターが必要とされた最大の理由がこのスキルだ。美学に反する杖もこれを通すために作ったものである。もっとも、それでも成功率は100%ではないのだろうが。


 発狂モードのユルスラは《離界顕現》をたびたび使用してくるのだが、その頻度はHPが減るほどに上がっていく。そして、それを妨害すれば《拒絶の刃》が飛んでくるため、普通に戦っていてはいずれ対処できなくなる。そこで検討されたのが、封印系スキルで《拒絶の刃》を封じ、その効果時間中ずっと行動を妨害し続けて時間を稼いでいる間に、1人にバフを積みまくって一撃で倒す、という方法だった。


 底力系の能力を持つボスに対しての王道的攻略法と言えるが、レイドボス故の膨大なHPを削り切れるか、という根本的な問題があるため実現不可能と考えられていた。しかし、返り討ちにあいながらの情報収集の結果、発狂モードになるといくつかの属性耐性及びクリティカル耐性が大幅に低下していることが判明し、もしかしたら行けるかも、となったのである。


「《ペトリフィケーション》」

「《スタンショック》!」


 妨害担当のPCたちが拘束スキルとキャスト妨害を交互に発動していく。スキルをまともに使えなくなった上に移動も制限されたユルスラは、通常攻撃を目の前の相手に散発的に繰り出すことしかできない。


「うぉっと! あぶあぶ。だが、当たらなければどうということはなーい」


 必然、1人張り付いているアヴリルに攻撃が集中することになるが、ライカンスロープの高い敏捷に熟練プレイヤーの技量が合わさり、見事に避け続けている。


「《シャドウバインド》」


 ルシアも妨害担当として拘束スキルを使用するが、それで一時的にやれることが無くなった。下手にダメージを与えると別のカウンタースキルが飛んでくる場合があるし、そもそも今のルシアでは攻撃スキルを使ったところで誤差レベルのダメージしか出せない。《裁きの極光》があのタイミングで飛んでこなければ、カウンター上等でアークデーモンに殴らせることもできたのだが。


「いや、やるべきことはやったんだから、別にいいんだけどね」


 他人に聞こえないよう自分1人のグループチャットでつぶやきながら、我が相棒の方へ視線を向けた。


 クリスはこの作戦におけるフィニッシャー役を割り振られている。今この瞬間も、味方からバフをてんこ盛りされている最中だ。


 ハイランダーは強力な自己バフスキルを多く持ち、攻撃面では非常に優秀な物理アタッカーではあるものの、防御面が見切り系スキル――プレイヤー自身の技量によって評価が大きく変わる――に依存しがちなため、かなり人を選ぶクラスである。今現在のクリスは、さらに限界まで防御面を削ぎ落し攻撃面も対ボスに特化している。避けられる攻撃は位置取りと《見切り》スキルで避け、必中の攻撃は味方からの防御バフと回復で何とかしのぐ、という綱渡りをここまで成功させ続けてきた。


 クリスのステータスを確認すると、普段ならありえない速度でバフアイコンが増えて続けている。それでも《カウンターギアス》の効果時間では微妙に足りない計算になるので、最終手段として妨害役のPCたちは自分の命と引き換えに時間を稼ぐことも織り込み済みだ。


「ルシアさん! ギアス切れでの拘束はこっちがやります」

「はい。お任せします」


 ギアスの効果時間ギリギリでの拘束を受け持つつもりだったが、それもやってもらえるらしい。切り札として大事にしてもらっている、と思いたいが……


 仕方ないので、ちょうど再召喚可能になったインプを召喚する。ほとんど無意識のうちに《スケープゴート》のキャストを開始したタイミングで、クリスがユルスラに向けて走り出した。ギアスの残り時間からして当初の予定より2秒は早い。スキルの連続使用時にどうしても出るタイムロスを考慮したうえでの計算だったはずだが、メンバーの練度はそれ以上だったらしい。


「解けます!」

「《フリーズアウト》!」


 効果時間残り1秒で告げると、ほぼ同時に拘束スキルが飛ぶ。虚空から生み出された氷がユルスラに纏わりつき、その動きを封じ込める。


「寒っ!? っと、やっちゃえ、クリス!」

「応っ!」


 応えたクリスの体が翠のオーラに包まれた。ハイランダーの切り札――《竜気覚醒》だ。攻撃力を跳ね上げると共に、無敵・吸収・反射貫通と自身の祖竜の属性――クリスの場合は風属性――を近接攻撃に付与する。代償として効果時間中HPが減り続けるため、瘴気と合わさり凄まじい速さでクリスのHPが無くなっていく。


「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!!」


 ウォーロードの《ウォークライ》――周囲の味方の攻撃力と精神属性耐性を引き上げるスキル――が響き渡り、最後のバフがクリスにかかった。純粋な攻撃力と共に、属性攻撃力とクリティカル威力倍率を実現できる限界まで積んである。


 氷を粉砕し動き始めたユルスラはガードモーションに入り――


「させるか!」


 待機していたパラディンが《ガードブレイク》を決めた。妨害と判定されたのか《拒絶の刃》に貫かれるが、耐久力の高いパラディンだけに即死はしない。


「これで! 決まれぇっ!!」


 クリスが振り下ろした刃は、体勢を崩し無防備なユルスラへと吸い込まれていく。


 ここまで積み上げてきた勝利への布石。ほぼ完璧だったと胸を張って言えるだろう。それでも、まだ足りない。今この瞬間、()()()()()()()()()()()()()()勝たなければならない。


 クリティカル威力倍率を積み桁外れのダメージを叩き出すには、当然クリティカルが発生しなければならない。そして相手はレイドボス、クリティカル耐性が下がっていると言ってもクリティカル発生率のキャップ値は50%に届かない。誰もがミスなく立ち回っても勝てる確率は半分以下。そういう勝負なのだ、この戦いは。


 時間が引き延ばされるような錯覚。誰もが息をのむ中、視界の中心にヒットエフェクトが走る。その色は――赤。


「っ! やった――」


 誰かの勝利を確信した叫び声が響き――


「な!?」

「嘘っ!?」


 確かに削り切ったはずのユルスラのHPゲージの表示が変わる。


『ラストスタンド』


 同時に出現するメッセージ。


 今までの『城』の攻略時に、こんなことがあったなんて聞いたことが無い。終わったと弛緩しかけていたところへの不意打ちに、思考が停止しかける。


「防御を――」


 聞こえたのはユーリの声だったか。フリーズしかけていた頭が、ギリギリで動き出す。


「――っ! 《スケープゴート》!!」


 発動した瞬間、ユルスラの頭上にスキルを示すアイコンが浮かび、視界が白と黒のエフェクトで埋め尽くされる。


 《終わりの始まり》――刹那の間に確認できたスキル名に嫌な予感を抱く暇もなく、全身を覆った衝撃に思わず目を瞑った。

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