強敵との邂逅、新たなる真実
「《ダークビジョン》――よし」
小声で魔法を発動させると同時に完全な暗闇に覆われていた視界が開け、目の前いっぱいに広がる壁の木目すら数えられるようになる。次のキャストを始めながら、耳を澄まして周囲の様子を探る。
「――クソッ、何も見えねえ! 魔族どもめ!」
「た、助けてくれ! 何かで撃たれた!」
「落ち着け! 無闇に武器を振り回すな――!」
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図って感じだな。音だけでも、想像以上の大混乱になっているのがよく伝わってくる。アドニスも本格的に行動を開始したようだ。それを確認したオレは、キャストが完了した魔法を目の前に解き放った。
「《ダークボルト》」
バキンッ――派手な破砕音と共に、壁が吹き飛び外の光景が目に入ってきた。即座に、開いた穴から外へと転がり出る。立ち上がりながら横目で後ろを振り返れば、オレが入っていた箱とその上に積み上げられた物資の山が見えた。
二重底になっている箱の下側に隠れて潜入するという酷く古典的な方法だったが、想定以上に上手くいった。全ての積み荷をひっくり返して調べられない限りは大丈夫という隠れ場所だったが、町の戦力を侮り切っていた傭兵たちは簡単な検査すらしなかった。バレそうな場合の作戦も考えてはいたのだが、ここまであっさり成功しては逆に拍子抜けしてしまう。おそらく、魔族への警戒でよりこちらへの意識が疎かになっていたのだとは思うが。
ちなみに、箱を提供してくれたのはブレソールさんだ。相談したらすぐに用意してくれた。オレがすっぽり入るほど大きな二重底の箱を普段何に使っているのかとても気になったが、あえて何も訊いていない。見た目は穏やかな好々爺然とした人だが、商会長という地位にいる以上は清廉潔白な人物ではないのだろうし。
「何だ、今の音は!?」
「知るか! さっさと離れるぞ!」
周囲にいた傭兵たちは怯えて逃げ惑うばかりで、こっちは全くのフリーになっている。アドニスがあちこちで混乱を煽っているせいもあるのだろうが、町へ戻ってきた時に遭遇した連中と同じ傭兵とは思えないほどあっけなく無力化できてしまっている。
ここまで効果があるとはな。そう心の中で呟きながら、狼狽えるばかりの彼らの横を走り抜ける。周囲を覆う闇を作り出したのは《シェイドスフィア》というスキルだ。範囲内の光源を一時的に無効化する魔法で、ゲームでは何のために存在するのか分からない魔法の1つに数えられていた。範囲内がちょっと薄暗くなる程度の効果しかなかったからだ。だがそれは、サービス開始当初の凶悪極まりない暗闇が猛抗議によって緩和された結果そうなってしまったのであり、緩和以前に敵が使用してきた時は、暗視系のスキルを持たないPCだと何もできなくなるほど強力だったらしい。
その当時を知らないオレにとっては、メインのスキルツリーにゴミスキルを混入させるなよクソが、と罵る程度のスキルでしかなかった。もちろん、この世界に来てから試したことはあったのだが、それが昼間だったためにゲームと同じくちょっと薄暗くなるだけだった。そのせいもあって存在自体忘れていたのだ。この魔法はあくまで範囲内の光源を無効化するだけで、範囲外からの光はそのままなのだから、昼間のしかも屋外で使ったところで役に立たないのは当たり前である。より上位の《ダークスフィア》であれば真昼間でも完全な暗闇を作り出せると思われる――ゲームではこっちもちょっと薄暗くなるだけ――が、こちらはオレには使えない。
そのような事情があるのだから、サービス開始当初を知るクリスから指摘されるまで全く思いつかなかったオレに非はない。ないったらない。作戦実行前の実験で、月のない夜に灯りを消失させるとどれほど真っ暗になるのか身をもって味わったのだが、これをゲームで馬鹿正直に再現した運営はバカなんじゃないかと思いはした。
敵の野営地内でありながら、無人の野を行くが如く楽々と目標の天幕を目指してひた走る。アドニスの偵察により、天幕の配置や傭兵たちが全員人間であることなど、敵の情報は筒抜けだ。なるほど、インプが戦場で恐れられるわけである。
「《インスタントカース》」
走りながら、見かけた敵には適当にDoTを刺していく。わざわざ立ち止まることはしないのでその数は大したことはないが、少しは混乱を助長する効果も期待できるはずだ。
「ぐあ……急に体が……!」
「大丈夫か? 走れるならこのまま離脱するぞ!」
案の定、傭兵たちの鎧には呪い属性への耐性を高める魔紋が刻まれており、インスタントキャストのDoT程度ではそこまでのダメージは期待できない。即効性が低いことも相まって、戦闘能力を喪失させるには程遠い。
まあ、だからこそ気兼ねなく使えるわけなんだけど。クリスには大丈夫と啖呵を切ったものの、やっぱり人間を殺すことへの抵抗は非常に強い。このままでは危険だと、頭では分かっているのだが。
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「――ん?なんだアイツら」
そろそろ目標が見えてくるかというところで、それまで遭遇した傭兵たちとは様子の異なる一団を発見した。とっさに、手近な天幕の陰に身を隠す。
違和感の正体はすぐに分かった。なにせ整然とした隊列を維持して移動している。明らかに目が見えているとしか思えない。アドニスが人間以外の種族を見間違えたというのは、各種族の見た目の差からして流石に考えにくい。ならば暗視系のスキルを持っているのか。見た目は他の傭兵と大差はないし、少し引っかかる。ゲームでは、暗視系スキルを持っているクラスは多くなかったはずなのだ。だからこそ、種族格差が問題となったのだし。
オレの進行方向とは別の方へ行くみたいだし、しばらくここでやり過ごすか。下手に動いて見つかっても面倒だしな。
その集団は、狼狽えている味方のはずの傭兵たちのことなど全く意に介さず、町の方へと移動していった。少し気になるものの、人数はせいぜい20人程度。あの数なら、最低限の防衛体制が整った今であれば大丈夫なはずだ。
よし、行こう。十分に距離が離れたところで、再び走り出す。すぐにアレットたちが囚われている天幕が見えてきた。律儀に8番と番号を振ってくれているので間違える余地はない。親切なことだ。
「《マインドブラスト》」
「ガハッ――!?」
この状況でも持ち場を離れなかったらしい見張りと思わしき傭兵を、さっくり気絶させる。というか、1人だけしかいないとか、マジで警備体制ざるすぎるだろ。こいつ以外逃げ出したのかもしれないけど。
《マインドブラスト》はクールタイムが長いため、複数見張りがいた場合は殺す覚悟で攻撃するしかなかった。1人しかいなくて良かった。この期に及んで、そう心の片隅で思っている自分がいる。
「アレットさん! ルシアです」
「――ルシアさん!?」
返ってきた声は思っていたよりも元気だ。天幕の中には驚愕の表情のアレットと若い男性……ちょっと若すぎないか。ブレソールさんも、若くて驚くかもねなんて言っていたが、想像以上に若かった。歳を取ってからの子供は特に可愛いと聞くし、メグレ議長に対してあれだけ怒っていたのも頷ける。
「あの、商会長のご子息のジルベールさん……ですよね?」
「あ、ああ、そうだよ。君はいったい?」
「商会長から2人の救出を依頼されたものです。ここを脱出しますよ」
オレの言葉に2人は安堵した表情を浮かべたものの、それは一瞬だけですぐにこわばってしまう。それも仕方がないか。僅かな星明りのある外と違い、テントの中は正真正銘の完全なる暗闇なのだ。むしろ、この状況でこれだけ落ち着いていられることに驚くべきだろう。
「ルシアさん。いきなり真っ暗になったけど、これはルシアさんが?」
「はい。怖いとは思いますが、落ち着いてください。大丈夫ですから」
なるべく優しい声色で落ち着かせることに努めながら、2人の様子を素早くチェックする。拘束は、普通のロープで縛られている程度のようだ。持ってきていたナイフ――ガストンさんに勧められたごついやつ――を取り出し切断を試みる。
「ロープを切りますから動かないでくださいね」
ロープをナイフで切るなんて簡単だろうと思っていたのだが、なかなかどうして難しかった。意外な硬さに加え、縛られている人の体を傷つけないようにしながら切らなければならないため神経を使う。ルシアの力は一般的な成人男性より強いはずなのだが、切るこつとかあるんだろうか。
「ルシアさん、助けに来てくれてありがとね……その、クリスさんは?」
やっぱりアレットにはそこが気になるのか。
「クリスは脱出経路を確保してから合流する予定です。なので、もう少しかかるかと」
《シェイドスフィア》の範囲はオレの魔力の高さもあってかなり広いが、それでもこの一帯を覆えるほどではない。クールタイムと消費MPが共に重く、連発することも難しい。アレットたちを連れて安全に町まで行けるよう、道中の敵をあらかじめ排除するのがクリスの役目だ。
「――よし、切れました。体の方は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。ええと……ルシアさん、と呼んでいいのかな?」
「それで構いませんよ」
名前を呼んでいいかなんてわざわざ確かめられるとは。息子さん、女性の名前を呼ぶのを躊躇するところには好感が持てるぞ。何とか切り終わったが、こんなことで時間を食うのは予想外だった。そろそろアドニスが合流してくる頃合いか。
「暗くてほとんど何も見えないと思いますが、私についてきてもらえれば大丈夫です」
いよいよ脱出だ。暗闇の中で2人を誘導しながら移動するのは相当な困難が予想される。もともとは、さらに3人目の人質である副評議長のお母さん――御年67歳――がいた。物資と引き換えに解放してもらっていなければ、救出作戦の難易度は跳ね上がっていただろう。
2人が頷いたのを確認し、天幕の入り口に手をかける。
「先に出ます。安全であれば声をかけますから、出てきてくださいね」
おそらく大丈夫だと思うが念のため。ここまで上手くいきすぎていたせいもあり、軽い気分でオレは入り口を跳ね除け外へ踏み出し――
――ほとんど足音を立てぬまま、こちらへ向かって走ってくる男と目が合った。
「――っ!?」
「――っ!」
僅かに体が竦む。クリスと同程度の体格の男の手にはそれに似合わぬ短めの槍。腰には剣を帯び、鎧は何かの甲殻を利用した軽装鎧。槍には貫通力強化、鎧には魔法防御力強化と呪い属性耐性上昇の魔紋。とっさのことに停止しかけた思考でも、装備の分析はほぼ無意識に行っていた。そのお陰で平静さも戻ってくる。
こいつ、強い! 装備と魔紋のランクが今まで見た傭兵のそれとは明らかに違う。装備に気を取られて気付くのが遅れたが、その瞳はこちらをしっかりと捉えている。その事実を認識した瞬間、反射的にキャストを開始する。
男が鋭く地面蹴り、一気に加速する。その速度は並みの人間よりは遥かに上だが、流石にクリスには及ばない。距離はまだ10メートル以上。オレのキャストが完了する方が速い。
もらった! 確信と共に杖を相手へ向ける。正面から突っ込んでくる相手には流石に外さないし、避けさせない。
「《マインドブラスト》」
小声でスキル名を呟く。生み出された不可視の衝撃波が男を真正面から直撃――
「――っ! はああっ!」
――する直前、突如男は左手で腰の剣を抜刀し、その勢いのまま衝撃波を切り払った。もちろん、普通の剣で実体のないマナの衝撃波を切るなんてできるはずはない。しかし――
「――は?」
オレの口から間抜けな声が漏れる。《マインドブラスト》の衝撃波は跡形もなく消滅し、マナの残滓が散っていくのを微かに感じた。
視線が男の剣へと釘付けとなる。その刃に刻まれた魔紋。衝撃波を切るなんて、本来あり得ないことを実現した原因。
「破魔の魔紋!?」
「――無詠唱魔法だと……!」
って、何ですと!? オレと男、2人の驚愕の叫びが夜の闇に重なって響いた。男の叫んだその内容に、オレはさらに驚かされる。
無詠唱魔法ってなに?
相手が驚いたことに驚くという間抜けっぷりを晒しながら、オレは男と対峙する。この世界へきて初めて、正真正銘の命を奪い合う戦いの相手として――




