魔族の影
オレの言葉に、評議員たちからの目立った反応はない。まあ、そうだろうな。このこと自体は、ここにいるものは全員知っているのだろうし。ただ1人、ガストンさんだけは沈痛な面持ちになっている。やっぱりいい人だな、この人は。
「ふむ。それで、私の娘について何が知りたいのかな?お嬢さん」
当のメグレ議長も軽く片眉を上げたくらいだ。せいぜい、オレが何故そのことを知っているのかとでも思ったくらいか。
「娘さんを傭兵たちへの人質に出したそうですね」
「――ああ。支払う退去料を誰がどれだけ負担するか。その割り当てについて話し合う時間が必要だと、至極当然の主張をしたまでなのだが、引き延ばしを謀らない担保として有力者からの人質を要求されたのだよ」
なるほど。そういう経緯だったのか。そこまで話したところで、議長は顔に手を当て肩を落とした
「私も評議会の、町の代表者として、親族を差し出さねばならなかった。親としては断腸の思いではあったが、仕方がなかったのだ……」
その声色は悲哀に満ちていて、先ほどまでの鷹揚な態度はどこにも見られない。評議員たちの中にも、話の途中で目を伏せる人がちらほらといるようだ。
全く、たいした演技だ。少々過剰過ぎる気はするけどな。直前までの平然とした様子との落差が激しすぎるぞ。もっとも、娘を仕方なく差し出さざるを得なかった父親であれば、こんな状態になってしまうこともあるのかもしれない。だが、こいつは間違いなく違う。
「そうですか。ご心中をお察し致します――生まれてから一度たりとも会ったことのない、今日に至るまで顔すら知らなかった相手であっても、娘は娘というわけなんですね」
「――っ!」
今度は、一転してどよめきが広がっていく。議長も肩をビクリと震わせた。当然だろう。この事実は、アンタとアレット本人、そして女将さんしか知らないはずのことなんだから。
アレットの母親は議長――その時点では議長ではなかったが――の元愛人で、アレットを出産した時に亡くなったそうだ。父親である議長からは一切の音沙汰がなく、母親の友人だった女将さんが彼女を引き取った。アレット自身は、母親が自分を産んですぐに亡くなったことは知っていたものの、父親のことは今日初めて知ることになったのだという。女将さんは、彼女を見捨てた父親のことを伝えずにいたのだ。同じ町に住んでいながら存在すら知らなかった父親に、町のために人質になってくれと言われ、それでもアレットは引き受けたのだ。
「アレットさんは本当に貴方の娘なんでしょう。ここにいる皆さんも、人質を受け取った傭兵たちも確認したんでしょうし。でも、貴方が彼女を自分の家族だと思っているとは思えませんね。もっとも、傭兵たちにそれを知るすべはないわけですが」
この世界では多くの地域でリアナ神殿が戸籍を管理している。豊穣の女神リアナは新たな命の誕生を司る女神でもあり、子供が生まれるとその地域のリアナ神殿へ届け出て祝福を授けてもらうのだ。この時、両親と子供の名前を記した札が作成され、神殿で大切に保存される。この札には女神の力が込められていて、女神に仕える神官であればだれでもそれを判別することができるため、偽造や改竄は一切通じない。元の世界の歴史でも、宗教組織が戸籍管理を担っていた事例はままあることだったが、こちらでは神様が実在する分、より確たるものになっているのだろう。
この戸籍システムは女神リアナを奉じたグランリアナ帝国によって広く普及することとなり、現在でも旧帝国領を中心に大陸のかなりの地域で維持されている。このことはゲームの中では描写されておらず、女将さんに教えてもらって初めて知った。だが、この世界の人々にとっては誰もが知っている常識であり、傭兵たちも差し出された人質の身分を確かめるために札を確認しているはずだ。そして、こういった時のために、議長は愛情なんてまるでないアレットを戸籍上は自分の娘として認めていたのだろう。札を作ってもらうのはただではない、親の資産に応じた喜捨をするのが慣例という。
「親としての愛情も責任も一切持っていなかったくせに、自分の都合だけでいきなり娘扱いをして人質に出すなんて、胸糞悪すぎて腸が煮えくり返る思いですが……ですが、それは所詮私個人の感情の問題です。だから――」
だから、きちんと退去料を払い、被害を出さずに町を守ることができるのなら、アレットがそれを受け入れたのだから、オレがそれをどうこう言う権利はないし、言うつもりもない。
そう、続けようとしたのだが――
「な、なにを出鱈目を言っている!」
オレの言葉を遮ったのは、青ざめた顔をした議長の怒鳴り声だった。
あ、あれ、おかしいな。オレの予想だと、それがどうした程度の反応が返ってくるものだと思っていたのだが。この過激な反応は想定外だ。ひょっとして、本当は顔すら見たことなくても愛していたとか……ないな、議長の表情から読み取れる感情は怒りではなく狼狽だ。でも、そこまで狼狽えるようなことだったのだろうか。
「皆さん! こいつの言っていることは大嘘だ!騙されるような――」
そんなオレの思考をよそに、議長は必死にオレを嘘つき呼ばわりして自己弁護をしようとするが、最後まで言わせてはもらえなかった。
「メグレ議長! ルシア嬢の話は本当なのですかな? 確かに、アレット嬢から貴方の娘であるという話は聞いたことはありませんでした。だが、愛人の娘だということは他人には話し辛いことだろうと、先程は受け入れてしまいましたが……」
最初に口火を切ったのはガストンさんだった。さっきまでの沈痛な表情とは打って変わって、戸惑いと、そして怒りが顔に浮かんでいる。
「思い返せば、彼女にはそのような境遇の子供によくある屈折したところはまるでなかった。そもそも父親のことなど全く知らなかったのだと言われれば、その方が納得できてしまうのですが?」
「そ、それは……」
部外者であるオレだけでなく、評議員の1人であるガストンさんから疑惑を向けられたことで、他の議員たちの議長への視線が一気に色を変える。
「何ということだ! 議長、貴方はリアナ様から授けられた神聖なる親と子の証を悪用したのですか!?」
「貴方には別のお子さんが何人もおられましたな。副議長と商会長は正真正銘の自身の家族を人質として引き渡したというのに……このような姑息な行いをするとは、神殿と評議会への侮辱に他なりませんぞ!」
瞬く間にヒートアップしていく議場内。さっき扉越しに聞いていた時よりも激しい、言葉の嵐が巻き起こる。口々に議長を糾弾する評議員たちの顔に共通して浮かんでいる感情は――怒り。彼らの怒り様に、オレの方が気圧されてしまい、さっきまで胸のうちで渦巻いていた議長への怒りが吹き消されてしまいそうだ。
正直、議長のやったことがここまで糾弾されるなんて全く思っていなかった。オレ自身は非常にムカついてはいたものの、いかにもらしいやり方だと、評議員なんてやっている人間なら特に気にも留めないようなことだろうと勝手に思い込んでいた。目の前の光景を見ていると、そんな風に考えていたオレの心の方が薄汚れているとすら思えてくる。神殿による親子の証明は、オレが理解していたよりも遥かに侵しがたい神聖なものだったのか。
「ええい、五月蠅い、五月蠅い! 人質を出してすらいない木っ端議員どもに、ごちゃごちゃ言われる筋合いなどないわ!」
「なんという暴言だ!」
評議員たちからの突き上げに、ついにメグレは弁解を放棄し逆上した。青くなっていた顔を、今度は真っ赤に染めて怒鳴りつける。当然、そんな態度は議員たちの怒りにますます火を注ぐだけだ。もう、誰が何を言っているのかまるで聞こえない状態にまでなっている。
クソ。議長が叩かれるのはいいが、これじゃ話を進められない。こうしている間にも、アレットや他の人質がどんな目に合っているのか分からないというのに。
そう、焦燥に駆られるオレに、唐突に声がかけられた。
「ちょっと、ごめんよ。ルシア嬢とクリス殿だったかな?」
「――え? は、はい。何か御用でしょうか?」
喧しすぎる議場の中、かろうじて耳に届いた声に振り向くと、1人の穏やかそうな老人の姿があった。
「いやいや、このしょうもない罵声合戦を止めたいのだがね。こんな老人には少々骨が折れる。そこで力をお借りしたいのだが、よろしいかな?」
「もちろんです。喜んでご協力させていただきましょう」
老人の言葉に、クリスは一も二もなく即答した。オレ以上にこの状況に苛立っているだろうし、渡りに舟といったところか。
相棒は少しの間瞑目して呼吸を整える。その呼吸に合わせて、周囲のマナが相棒の体に取り込まれていくのが感じられた。何かスキルを使うつもりなのか。そう、思った瞬間――
「――注目!」
――たった一言。耳を塞ぐような大音量ですらないその一言が、空気だけでなくマナを震わせて広がっていく。まさしく波が引くように、あっという間に議場内は静まり返った。
こんなアクティブスキルには心当たりはない。ないが、1つ思い当たった。ハイランダーのパッシブスキル――《呼吸法(竜)》。ただ呼吸するだけで大気中のマナを取り込むドラゴンの肉体を体現したもの。ゲームでの効果は、スタミナゲージの回復速度増加と一部スキルの性能向上だが、発声も呼吸の一部だと考えれば、応用でこのような芸当もできるのだろうか。思えば、これまでにもクリスの声は音量以上に良く通ることがあった。
「どうぞ、ご老人」
「ありがとう。見事なものだな」
皆の注目を一身に集めたところで、何事もなく老人へとそれを渡す。ホントにカッコつけるのは得意だな、お前。
「――今のは何ですか?」
「ん? 何がだ? ……ああ、気付けばできるようになってたんだ。お前の魔法だって似たようなものだろ?」
「……は?」
何となくって……いろいろ検証した結果とかじゃないのかよ。ゲームの時と効果が変わっているスキルについてはオレもいくつか確認しているが、気付けばできるようになっていたなんていい加減なもんじゃないぞ。いやでも、パッシブスキルの効果ならそんなものなのか?
「諸君、皆の怒りは良く分かる。だが、今は町の危機だ。しかも、すでに人質は引き渡してしまった。メグレ議長をどれだけ糾弾しようと、事態は何も解決せん。そんなことは、全て終わった後でやればよかろう」
クリスのショック療法に少しは頭が冷えたのか、老人の正論に皆素直に従い席に戻る。その様子を見て、こちらも少し余裕を取り戻したのか、議長が偉そうに口を開いた。
「これはすみませんでした、商会長。貴殿の手を煩わせてしまったようだ。商会長の言う通り、今は何よりも危機への対応を優先すべきだろう。皆さん異論はありませんな?」
この人が商会長。ということは、人質を差し出したうちの1人か。まだ怒りが冷めやらないという議員は多そうだが、現在の町の状況を思い出してくれたのか、異論を差し挟む声は上がらない。だが、鋭くつけ入る人物はいた。
「――では、議長。危機への対応のためです、クリス殿らがこの場に立ち会われるのも当然よろしいですな?」
「な――! ……む、むう……認めよう」
おお!ガストンさん、やるじゃないか。無駄に時間を食ってしまったが、これで前に進むことができる。
「では、許可を頂いたので早速伺いたいことがあります。退去料の負担割合について話し合う必要があると先程仰っていましたが、退去料を支払うこと自体はすでに決定しているのですね?」
とにかく、問題はそこだ。退去料を支払って平和的に解決するのなら、後は人質の安全を確保するだけでいい。だが、身内とは呼べないアレットを人質にしたことと、オレたちがここに来た時の議場の荒れ具合から考えると、嫌な想像が浮かんできてしまう。
「留まることは許したが、発言を許すとは――」
「残念ながら、退去料を支払うことすらまだ合意できておらんよ。一部の人間が渋っていてね」
メグレを遮って、商会長が答えてくれる。そして、一部の人間と言いながら、議場の一角へと視線を向けた。そちらを見やれば、何人かの議員が慌てて目を逸らす。
「――今、議長の方を一瞬見たぞ、あいつら」
「本当ですか? となると――」
「……やはり、そうであったか」
小声で伝えてきた相棒に、オレだけでなく商会長も渋い顔をして相槌を打つ。これまでにも、疑わしい態度があったのだろうか。商会長は穏やかな顔は崩さないまま、眼光だけを鋭くして議長を睨みつける。
「ところで、メグレ議長。貴方は渋る彼らの肩を持つような発言をたびたびされていたな。まさかとは思い、これまで咎めることはしなかったが……どうなってもいい人質を差し出しておいて、引き延ばしを謀っているのではあるまいな?」
その指摘は、まさにオレが思い描いていた最悪のシナリオそのままだった。傭兵たちはラーナ領を通過してここまでやって来た可能性が高い。狼藉を働いたのは、どちらの国にも属していない空白地の村々だけだったとしても、法と正義の神ユストサリアを信奉するラーナが討伐軍を派遣することは十分に考えられる。何らかの方法でその情報を手に入れているのなら、軍が到着するまでの時間を稼ぐというのは、確かに有効な選択肢の1つかも知れない。
――その時間稼ぎのために、見捨てる前提の人質を渡すような真似をしていなければの話だが。
「――ま、まさかそんな……」
「そのようなこと正気の沙汰とは思えんぞ……」
商会長の言葉に再びどよめきが広がり、議長へ疑いの眼差しが次々に突き刺さる。それを受けて、議長は足早に演壇へと近づくと、バンと手を打ち付けた。そして、居並ぶ評議員たちを睥睨する。
「ならば問おう! あのハゲタカどもが要求している法外な退去料を、言われた通りに払いたいと思っているものが、ここにどれだけいるのだ!?」
完全な開き直りだった。だが、反論の声を上げる暇を与えることなく、続けざまにまくしたてる。
「ラーナ軍はもうすぐ来る! それまで時間を稼げば連中はおしまいだ。そうすれば、金は払わなくてよくなるのだぞ? 人質を差し出しておらぬお前たちには、これ以上ない話だろう」
人質を見殺しにすれば、退去料を払わずに済ませられる。その言葉は、人質を出していない大多数の議員にとって、正しく悪魔の囁きだった。先ほど激しく議長を糾弾した議員であっても、口をつぐみ俯くものが出る始末だ。議長の言うように、傭兵たちが要求した退去料はそれだけ無茶な金額なのだろうか。だとすると、向こうはこの町の戦力を侮っており、拒否されても問題ないと考えているのかもしれない。
「――論外ですな。そのような悪辣な所業を、ユストサリア様がお許しになられるはずがない。ラーナの軍隊を当てにしながら、よくそんな信じられない不正義を口にできるものですな」
「まさしくその通り! 議長、貴方は自分の言っていることを理解しておられるのか?」
ガストンさんの堂々たる声に、考え込んでいた意識を引き戻された。次々と賛同の声も上がっている。悪魔の囁きに耳を貸さない気骨ある議員も決して少なくないようだ。
「だいたい、ラーナ軍がすぐに来ると仰いますが、それは何か根拠があってのことなんでしょうか? 傭兵たちへの回答の刻限がいつかは知りませんが、それまでに来なければ、人質が殺され町も襲われるのですよ?」
オレはオレで、疑問に思ったことをぶつけてみた。人質を見捨てるのは論外だが、実際にラーナ軍が近くに来ているのなら、それを解決の糸口にできるかもしれない。
「――それを話す必要はない」
「いやあるだろう。貴方のやろうとしていたことは許せないが、それとラーナの討伐隊についての情報は別だ。何か掴んでいるのなら、今ここで明らかにするべきだ」
オレに対しては相変わらず取り付く島もない態度だが、商会長が援護射撃をしてくれた。流石に、話さざるを得ないだろう。
だが、そんなオレの期待はあっさりと裏切られる。
「必要ない! ラーナ軍は間違いなく来るのだ!」
「だから、いつ来るのか、そして、それは確かなのかを――」
頑なに説明しようとしない態度に、いい加減こちらも苛立ち始めたところで――異変は起こった。
「ラーナ軍は、来る……間違いなく……間違い……な……く……ぅぅ……」
「メグレ議長!?」
間違いなく来ると連呼していた議長は、次第に頭を押さえて苦しみ始めた。何人かの議員が慌てて駆け寄る。
「――おい、どういうことだ?」
「分かりませんが――」
明らかに普通の状態じゃない。ひょっとして、精神に干渉する類の魔法なのか。頭をよぎったのは、この世界に来たばかりの時のアドニスとの会話。他者の記憶や認識を操作するのは、上位の魔族にとっては難しくない。そう、あのインプは言っていた。議長はラーナ軍が来ることを確信しているようだったが、具体的な根拠は何も言っていない。それが、言わないのではなく言えないのであれば。それは、オレをマスターと呼び、ずっと一緒に戦ってきたと認識していながら、具体的な内容は全く覚えていなかったアドニスと、とても良く似ているんじゃないだろうか。
「――あ」
アドニスのことを考えたからか、今まで意識を外していた主従の距離がいつの間にか僅かなものになっていることに気付いた。
慌てて議場の窓を振り向けば、張り付くようして必死にこちらへアピールしているインプの姿があった。皆の注目が苦しむ議長に向いている隙にこっそりと窓へ近づき、開け放つ。
「ちょっとマスター、気付くの遅くね? 可愛い従者が頑張って仕事してきたってのにさー」
入ってくるなり文句を言うアドニス。傭兵たちのところへ偵察に行かせていたのだ。
「悪い悪い。それで、アレットたちは無事だったか?」
可能な限り声を抑える。この場で訊くのはリスクが伴うが、それだけは確認しておきたかった。
「少なくとも俺が見た時には何もされてなかったぜ。というか、連中、何か慌しくしてたぞ。言葉が分かんねーから、詳細は不明だが。俺を見つけたせいかもしれねーな」
「そうか、それは良かった。ああでも、人質が取られてるとなると、下手なことをされても困るか?」
アレットの無事に胸を撫でおろすが、魔族の脅威を誤認させて危機感を煽ったのは、相手がどう転ぶか分からないため不安要素になってしまったかもしれない。
追い付いてきたクリスが後ろから声をかけてくる。
「どうだった?」
「とりあえず、アレットは無事でした」
それを聞いた相棒は、やはり目に見えてホッとした様子だ。人質を取られて手を出せない状況に、オレ以上に歯噛みをしていたからな。正直、人質を見捨てると言い出した議長に殴り掛からないか少し不安だった。
「で、マスター。こっちの方はどうなってんだよ?何か進展したのか」
「ほとんど何も進展していないんだよな……と、そうだ」
アドニスの質問に、議長の様子について確かめたいことを思い出す。手短に状況を伝えると、直接見ると言って演壇の方へ飛んでいった。急いで追いかける。
「――どうだった?」
クリスに壁になってもらいながら、議場の隅で話を聞くことにした。
「おそらくだけど、かなり強力な意識誘導を受けてるな」
「意識誘導?」
何となく想像はできるが、一応確認しておこう。
「マスターが使う《デモンズウィスパー》な、あれもその一種だ。相手の意識を術者の望む方向へ誘導する魔法だな。つっても、マスターが使えるのより遥かに強力だけど」
「そりゃそうだろうけど……」
《デモンズウィスパー》は基本的に対象の心にメッセージを送るだけの魔法であり、それが受け入れられるかどうかは相手次第だ。傭兵にアドニスを発見させた時のような一瞬の誘導や対象にとって理にかなった可能性の提示、選びかねている選択の後押しといった程度のことしかできない。それでも十分強力ではあるのだが。
それに対して、議長にかけられているという魔法は、本来であれば選ぶ可能性のない方向へすら意識を誘導できるものらしい。来るかも分からないラーナ軍を当てにして時間稼ぎに走るなど、普通だったらあり得ないことだ。
「なるほど、それは分かった。じゃあ本題だけど、議長にその魔法をかけたのは何者だと思う?」
薄々感づいている。記憶や認識の操作に長けたもの。オレが類する魔法を使えるのは何故なのか。それらから導き出されるのは――
「明確な証拠があるわけじゃねーけど……ま、一番怪しいのはやっぱり――」
――魔族。




