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問われた覚悟

 昨日オレがヘロヘロになりながら3時間近くかけて踏破した道を、相棒はあのクソ重い剣を背負い、オレを抱きかかえながら30分程度で走り切った。


「うっぷ……無茶苦茶過ぎる……」

「すまん、大丈夫か?」


 流石に肩で息をしているようだが、それでもオレを気遣う様子からまだ余裕はありそうだ。逆に、運ばれていたオレの方はこみ上げてくる吐き気を抑え込むのに必死で、すぐには動けそうにない。体力の差が大きすぎる。ゲームにおけるルシアとクリスの生命力の差を考えても、ちょっと納得できない。


「ここまで差があるのは、スタミナ関連のスキルが単純な持久力にも影響しているってことかもな」

「ああ……なるほど」


 相棒がこぼした推測に、合点が行き頷いた。本人も疑問に思っていたのか、こうしてオレの回復を待つ間、体力の差について考えていたようだ。横目にその顔を伺うと、険しい表情で町の方を睨みつけている。もしかしたら、焦りを誤魔化すために別のことを考えていたのかもしれない。


 ここでいうスタミナは、ゲームにおけるスタミナゲージのことだ。体の動きが中心となるスキルは、MPではなく、あるいはMPに加えてスタミナゲージを消費する。こういったスキルはキャストタイムが0のものが多く、その代わりにスタミナがスキルの使用を制限していた。一方で、単に走ったりジャンプしたりと言ったスキルとは関係ない動きには、スタミナは一切関りが無かった。これは、プレイヤーのストレスにならないようにというゲーム的な都合によるものだろう。現に、今のオレは移動だけでヘロヘロになっているわけで。


 当然のことながら、物理アタッカーであるクリスはスタミナ関連のパッシブスキルをいくつも取得している。それらがゲームから現実に変わったことでスキル以外の運動能力にも影響するようになり、結果としてオレとの間にこれだけの差が生まれたのか。もっとも、いくらでも走り続けることができたゲームの時と比べれば、大幅な弱体化をしている中でその度合いがマシなだけという見方もできるが。


「よし、もういける」


 考えている間にだいぶ持ち直してきた。それを告げ、立ち上がる。


「本当に大丈夫なんだな?」

「自分は1人で突撃しようとしていたのに、オレに対しては心配性だな」

「む……」


 まあ、それが同行する理由なんだけどな。1人だとどんな無茶をやらかすか分からないが、オレが横にいる限り、オレを巻き込むことを無意識に恐れて理性がブレーキをかける。そういうやつなのだ、我が相棒は。あくまで無意識になので、口で言ってもあまり効果がないのが難点ではある。


 慎重に木々の切れ目まで前進し、町の様子を窺う。立ち上っていた黒煙はもうかなり収まっていて、町に近づいたことで逆に見えなくなっている。あれから火の手が広がる様子はなく、アドニスの偵察報告と合わせて、最悪の事態にはなっていないことは分かっていた。今はまだ、だが。


「……タイミングが悪いな。西から巡回の集団が近づいてきてる。騎乗してるのが1人、徒歩が5人だ」


 再び《竜眼》を使っているクリスが気付く。町の周囲を巡回している小隊がいることはすでに分かっていた。今ここで遭遇するということは、複数の小隊で巡回している可能性が高いかもしれない。


「いや、これで敵の強さを確認できるって考えれば、悪くないさ」


 ゲームでの兵士タイプのNPCやエネミーは、強さによって装備とそれに刻まれた魔紋のランクがはっきりと異なっていた。この町の人たちが装備で相手を判断していることからも、同じようにおよその強さは計れるはずだ。


「なるほど。それもそうか」

「それで、どうなんだ?」


 オレにはまだ人数くらいしか判別できない。クリスの渋そうな表情から何となく想像はついたが。


「おそらく、かなり強い。アルマンさんが言ってた通り、リューベルンで見かけた私兵とは格が違うな。全員、防具は普通の鉄製のようだが魔紋が刻んであるし、クロスボウも持ってやがる」

「マジで厄介だな、それは。鉄製で魔紋付きとなると、ゲームでならレベル30前後くらいか。魔紋の効果は?」

「無茶言うな。魔紋師でもないのに効果まで分かるか」


 むう。お前はオレより1年以上長くやってたんだし、そのくらい分かってもよさそうな気もする。それにしても、レベル30となるとかなりのベテラン兵だ。その上、貫通力に優れるクロスボウはゲームでも格上殺しの武器、クリスを1人で行かせないで本当に良かった。


「流石に、普段使ってる魔紋なら分かるだろ? そうじゃないってことは、おそらく防御か耐性系の魔紋だな」

「……なるほど」


 クリスが普段使っている装備に刻んである魔紋は、武器であれば攻撃系、防具であれば回避やスキル強化系が主体だ。なら、それ以外のメジャーどころとなるとその2つになる。そこまで考えて、嫌なことに思い当たった。


「アレットに聞いた話から考えると、アイツら魔族と戦ってた傭兵の可能性が高いんだよな。なら、呪いや精神属性への耐性かも……」


 これだけの規模の非正規兵が東からやってくるなんて、魔族との戦争が落ち着いて解雇された傭兵団以外には考え難い。ならば、魔族への対策として厄介な攻撃への耐性を強化するのは当たり前のことだろう。


 魔族が得意とする属性は個体によって異なるが、全体としては呪いと精神の2属性が多い。デーモンコントラクターのスキルにこれらの属性が多いのもそれが理由だ。そして、この2つの属性は他と比べると非常に厄介な点がある。効果が基本的に目に見えないのだ。ゲームでは敵味方のスキル使用が表示されるためなんのメリットにもならず、エフェクトがショボい――というかほぼない――ため、人気のない属性だった。しかし、現実となった今では、これは非常に強力なアドバンテージだ。


 そんなことを考え込んでいたオレに、クリスが真剣な声色で話しかけてきた。


「――なあ、ルシア。怖くないのか」

「……は? なんだよ急に」


 唐突な問い。顔を上げると、相棒の心配そうな視線と目が合った。意図が分からず混乱する。


「今更こんなことに気付くなんて、自分の間抜けさに呆れてるんだが」


 そう自嘲するように笑う相棒。だが、その目は全く笑っていない。


「今、奴らの戦力について話してるお前を見てて、その……わざとゲーム的に話してるよう思えてな」

「……」

「お前が俺1人では行かせられないと言って、俺も深く考えずに連れてきてしまったが、今度の相手はダイアウルフとは話が違う。命の危険がある相手だ」

「……お前がそれを言うのかよ」


 本当に今更だ。怖くないわけがないだろう。わざとゲーム的に話してる?そうだよ、図星だよ。あえて意識しないようにしていたことを、正面から指摘して何になるというのか。それでも――


「――怖いけど、何もしないのはもっと怖いからな」


 知り合った町の人たちの危機も、彼らのために無茶をする相棒も、放っておけるわけがない。今の自分には、ルシアには戦う力があるのだから。そう、結局のところ、こいつにいったあの言葉は、自分自身に言い聞かせたことでもあったのだ。


「そうか、分かった」


 頷くクリス。話は終わったのかと意識を敵のことへ戻そうとしたところで、より真剣で、どこか冷淡な声で遮られた。


「なら訊くが……ルシア、お前は人が殺せるか?」

「――え?」


 言われた言葉の意味がすぐには理解できず、間の抜けた声を出してしまった。


「……人を、殺す?」

「ああ。これから俺たちが戦おうとしている相手は人間なんだ。殺そうとしてくる相手に対して、殺す覚悟ができてなければ必ず後れを取ることになる。そして、それが致命的な結果に繋がるかもしれない」

「……」


 相棒の言葉が脳に届くたびに、心の奥底に封じ込めたはずの命を奪うことへの恐怖が這いあがってくる。それはある意味、自分が死ぬかもしれないという恐怖よりもよっぽど強く、深い。自らの死への恐怖は本能に根ざしたものだが、誰かを殺すことへの恐怖は現代社会で生きていく上で刷り込まれ続けた理性によるものだ。それは、人が人であるための恐怖。逆に言えば、他人を殺すということは自分が人でなくなるということなのだ。一時の衝動ならともかく、それを自ら克服できるのは、並外れた意志を持った人間か、理性のタガが外れている人間のどちらかだろう。


 もうかなり近づいてきている小隊へ視線を戻した。アレは敵だ。町を襲う敵だ。でも、生きている人間だ。それを――オレは殺せるのだろうか?狼たちを殺した後だって、興奮が冷めたらあんなざまだったのだ。それが人間になったのなら、どうなってしまうのだろう?


 ふと見下ろした先で、腕が勝手に震えている。


「俺は警察官として、人を守るために人を撃つ覚悟をしていた。でも、お前は違う。今思えば、ダイアウルフとの戦いの後、あれ吐きそうになってたんだろう? 狼を殺したことで」


 一応隠してたつもりだったんだけどな。こいつ相手には無理だったか。だが、見抜かれていたことで、少し心が楽になった気がした。


「――大丈夫だよ。ちゃんと戦える」


 拳を握って腕の震えを止め、無理矢理笑顔を作りながら、そう答えた。こいつに対してあれだけ偉そうなことを言っておいて、今更そんな覚悟はありませんなんて言えるはずがない。大丈夫だ。クリスは覚悟を決めていると言った。ならオレも、もう一度覚悟を決めよう。そうしなければ、きっとこの世界では生きていけない。


「ルシア――」

「あ、戻ってきた」


 納得のいっていない顔の相棒を手で制止する。ちょうどいいタイミングでアドニスが戻ってきた。


「戻ったぜー、マスター。お、体は大丈夫なのか? すげーシェイクされてたけど」

「少し休んだら回復したよ。町の中はどうだった?」

「静かなもんだ。静かすぎるともいうけどな。最初に燃やされてた建物以外は、目立った被害はなかったし」


 それは朗報だ。朗報だが、冷静に考えると、少し腑に落ちない点もある。火が放たれたのは連中が町についてから随分経ってからだった。自分たちの要求を通すための脅しとして火をつけるのなら、もっと早いタイミングでないとおかしいと思うのだが。いや、町側がすぐに要求を飲まなかったから、圧力をかけるために放火をしたという線はありそうか。


「町の人たちはどうしてる?」

「一部の人間がリアナの神殿に集まってるみてーだな。それ以外は、ほとんどが閉じこもってるぜ」


 リアナの神殿が集会所替わりになっているのだろうか。町に潜入できたら神殿を目指せばよさそうだ。報告の内容を話そうとクリスを振り返ると、まだ何か言いたげな顔をしていた。


「――で、どうだったんだ?」

「あれ以来、大きな動きはないみたいだ。町に入ってからの行き先も分かった」

「なら侵入するとして、アレはどうする」


 巡回の小隊はもうすぐそこまで来ている。とはいえ、一歩森から出れば遮るものは何もないため、やり過ごすにはまだかなり時間がかかるか。ならばどうしようかと考え始めたところで、1つ、思いついたことがあった。


「――詳しい事情が分からないのに、あまりのんびりはしたくないよな」

「戦って、排除するのか?」


 戦っての部分に力がこもっている。まだオレの心配をしているらしい。まあ当然か。もっとも、すでに戦闘が始まっていたのなら、各個撃破という意味でもその選択肢はありだったかもしれないが、この状況では最悪な結果を引き起こしかねない。


「まだ戦いが起こっていないということは、向こうは今のところ町に対して何らかの要求をしている可能性が高いわけだろ。ここで下手に手を出したら、交渉決裂とみなされて本格的な戦いになるかもしれない」

「それはそうだな」


 一応、倒した後でバレないように埋めるという方法もなくはないが、オレとクリスにはどう考えても実行できそうにない。


「だから、戦わずに排除しよう」

「……どうするつもりだ?」


 オレの言葉に、訝し気な表情となるクリス。今のオレが使えるスキルについては知っているから、そんなことができるか疑問なのだろう。


「といっても、オレとお前は戦わないってことだけどな」

「――ん? ……マスター、何か酷いこと考えてねーか?」


 言葉は分からずとも、オレの視線に嫌なものを感じ取ったのか、アドニスが少し後ずさった。


「あいつらが魔族との戦争に参加していた傭兵なら、これで状況を変えられるはずだ」


 オレは2人に作戦を手早く説明する。それぞれに別の言語で話さねばならないのが、非常に面倒だった。


 ######


「《デモンズウィスパー》――『作戦開始』」


 命令はシンプルに。それに応えて、上空にいるアドニスがキャストを開始する。自動的に《シャドウベール》が解除され、黒い靄が消滅した。これで誰からでも視認できるようになる。


 間を開けずキャストを開始し、もう一度《デモンズウィスパー》を発動。今度は、おそらく小隊長だと思われる騎乗している男をターゲットにする。


「――『上だ』」

「――っ!」


 己の内からの声に、反射的に上空を見上げる男。その視線の先には、まさに魔法を発動しようとしているアドニスの姿。


「上空! インプだ!」

「なにっ!?」


 鋭い声が響き、周りの歩兵たちも慌てて空を見上げる。それを合図にアドニスが魔法を発動するのが見えた。


 あの距離でも一目でインプだと断定できるとなると、やはり魔族との戦争に従軍していた傭兵で間違いない。オレでも蝙蝠と間違える自信があるのだ。推測が当たったことに心のうちで自分を褒める。だが、そんなことをしていられるのは一瞬だけだった。


「構え!」

「――な」


 一片の逡巡もなく、騎乗の男が号令をかける。歩兵たちは僅かな間驚いていたものの、突然の号令にも即座に反応し、クロスボウを構え、狙いをつける。隣のクリスが息をのむ音が聞こえた。


「撃てぇっ!」


 そして、またも欠片の躊躇もなく号令がかけられ、一斉に引き金が引かれた。


 シュババババッ――


 矢がアドニスへと殺到する。事前に発動した《ダークプロテクション》――自身の防御力と回避力を上昇させるスキル――の効果もあって幸い直撃は免れたが、掠ったものはあったらしく、よろよろと少し飛んだ後、再び《シャドウベール》を展開する。


 良かった。ホッと胸を撫でおろす。まさか、あそこまで迷いなく攻撃に移るとは思っていなかった。今のが魔族相手の戦場における対応なんだろうか。インプは戦場では斥候として使われていることが多いというゲームでの記述を思い出す。


「逃がしたか……!」

「どうなってんだ。こんなところにインプが出るなんてよ!」

「隊長、どうする? 斥候かも知れねえ」


 傭兵たちの混乱した声が聞こえる。これも思った通りだ。やはりこの世界では、魔族は東の支配地域の外では出現していないのだ。そして、さっきの過敏とも思える反応や今の様子から、彼らは魔族を恐れているように見える。ゲームでの魔族の強さを考えれば、当たり前のことかもしれない。


 ここで、最後の一押しをするとしよう。3回目の《デモンズウィスパー》を発動する。


「――『魔族の襲撃か』」


 偽りの己の声に、隊長と呼ばれた騎乗した男は怯えた表情で周囲を見回す。その様子を見た部下たちに不安が伝播していく様子が、オレにもはっきりと分かった。


「隊長、どうしたんだよ?」

「……団長へ報告に行くぞ! インプが単独でうろついているなど考えられん。対策を急がねば!」

「くそっ、マジかよ!」


 馬を走らせる隊長。口々に悪態をつきながらも、部下たちもそれを追った。しばらく、その背中が小さくなるのを待つ。


「――随分上手く言ったな」


 感心したようなクリスの声。正直、オレもここまで上手くいくとは思っていなかった。


「よほど魔族を恐れてるみたいだな。これで、町を襲撃する気をなくしてくれればいいんだけど」


 そうなれば完璧なのだが、流石にそこまで上手くはいかないだろう。だが、ある程度の時間稼ぎにはなったはずだ。


 アドニスが戻ってくるのを確認しながら、オレはこれからの行動を考えていた。

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