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力と正義と

 必死に足を動かし続ける。足だけでなく全身がとっくの昔に悲鳴を上げ始めているが、頭の中をじわじわと蝕んでいく嫌な想像が休むことを許してはくれない。


「マスター! やつら、町の西側も封鎖するつもりだぜ。街道からは入れそうにねー」


 マジかよ。完全に逃がすつもりはないってことか。アドニスの報告に、ますます嫌な予感が強くなる。だが、町の大きさを考えれば周囲を完全に包囲するなんて到底不可能だ。せいぜい街道を封鎖するのが関の山だろう。


「アルマンさん! 街道からは入れなくなりました。気付かれずに町に入るのに都合のいい場所とか分かりませんか?」


 前を行くアルマンさんへと問いかける。単純な足の速さや体力はオレの方が上のはずだが、森の中の移動への慣れの違いから逆に時々待ってもらっているような有様だ。相棒の方はほとんど人外の域に達している身体能力で、猟師たちよりさらに速いのだが。


「はあ……はあ……そうじゃな……森が最も町の近くまで来とる場所がよかろう。少々回り込むことになるがの」


 流石に歳のせいか、アルマンさんはかなり苦しそうだ。それでもオレより速いのだから、経験の差というものは本当に大きいんだな。


「どうせ回り込むなら、リアナ様のとこまで出た方が良くないか?あっちなら道もあるしな」


 それって、ひょっとしなくても昨日オレが使ったあの道か。確かに道なき道を行くよりはずっと楽だし、街道からは離れたところへ出るのも都合がいい。


 進路を変えやや急な斜面を上り始めたところで、クリスが速度を落としてオレの近くまでやって来た。


「どうしました、クリス?」

「――ルシア、戦闘が起こってる様子はまだないんだな?」

「おそらくは、ですけどね。距離があるので、はっきりと分かるわけではないですから」


 あくまでアドニスからの報告によるものなので、あまり自信をもって断言はできない。いきなり火の手が上がったりしていないことだけは確かだ。だからと言って、友好的な雰囲気では決してない。これについては、《竜眼》で確かめたクリスも、すでに何度か動きがないか確認に行っているアドニスも同じ意見のようだし間違いはないのだろう。間違っていてくれた方がありがたいのだが……


「戦闘が起こっていないのなら、町との間で何か交渉しているということか」

「その可能性が高いと思います」


 というか思いたい。真っ当な交渉では絶対にないだろうが、それでも、いきなり襲いかかられるよりは遥かにマシだ。


「昔のリューベルンならともかく、今は商会の私兵も結構な数いるしなあ。連中もむやみに被害は受けたくないだろうし、脅して金を出させようってとこじゃないか?」

「やつらが戦場帰りの傭兵なら、商会の用心棒なぞ束になってもかなわんじゃろうがの。それでもいないよりはマシじゃったか」


 猟師たちも楽観的な意見を口にする。口調も軽口を装って。でも、顔に浮かんでいる表情は全く逆だ。少しでも希望の持てる考えを口にしたくなる気持ちは皆同じか。


 斜面を上り切り、何となく見覚えのある場所――おそらく昨日の祠の近くだろう――へ出たところで、再びアドニスが慌てた様子で戻ってくる。


「マスター! ヤバいかもしれねー。不自然な煙が上がってるわ。もしかしたら建物が燃えてるのかも」


 さっきの話の直後にそれかよ。フラグだったとでも言うのか。


「はっきり火の手が上がってるのを見たわけじゃないんだな?」

「まーな。でも、明らかに普通の煙じゃねーぞ」


 電気もガスもないのだから煙だけなら日常的に出ているものだが、そこまで断言するということはその手の煙とは全く違うということか。


「何かあったのか?」


 アドニスとの会話の内容は分からずともオレの表情を見て察したのか、気付けば皆緊張した面持ちでこっちを見ている。報告の内容を説明すると、猟師たちの表情が一層曇る。


「アルマンさん、その道までは後どのくらいですか?」


 何やら考え込んでいたクリスが、唐突に尋ねた。


「もう、すぐそこじゃよ。そこまでいければ、一気に町まで走れるじゃろう」


 そうは言うものの、アルマンさん自身はそこまで走れそうにない。より若い2人の猟師ですら疲労の色はかなり濃くなってきているのだ。オレもそろそろ限界が近い。そんな中で、相棒だけはまだまだ余裕がありそうに見える――嫌な予感がした。


「――クリス、まさか1人で行くなんて言いだすわけではありませんよね?」


 まだオレたちがガキだったころ、この正義感の強い幼馴染はそれ故にたびたび暴走することがあった。中学を卒業したあたりからは、そういう過激な部分は鳴りを潜めていたのだが。今の思いつめた表情からは、あの頃のこいつを思い起こさせる。クリスである今の顔は元の顔とはまるで違うのに。


「……俺だけならより早くつける。このまま5人で行くよりもな」


 他の4人を見回しながらバッサリと言い切る。アルマンさんたちは何も言わない。ダイアウルフとの戦いでクリスが見せた圧倒的な強さに、その方がいいと思っているのかもしれない。だが、オレはそんなことを許すわけにはいかない。


「1人で行ってどうするつもりなんですか? 100人以上いるんでしょう? それも、強さだって分からない敵が!」


 重武装の集団とクリスは言った。ゲームにおける一般の兵士や傭兵と言ったNPCの強さはまさしくピンキリで、レベル一桁の駆け出し冒険者に毛が生えた程度から、50レベルオーバーの古強者まで幅が非常に広い。もし後者であるならば、レベルキャップ――65レベルのオレたちからすれば、格下とはいえ決して侮れるような相手ではない。ましてや、相手は100人以上だ。オレと同じくレイドボス戦に特化したスキル構成になっているクリスは、多数を相手にするのは得意ではない。1人で戦いを挑むなど完全に自殺行為だ。


「いきなり、100人相手に戦いを挑むような真似はしない!」

「こちらから挑まなくたって、戦わざるを得ない場合もあるでしょう!」


 ダメだ。完全に暴走しかかってる。1人でなんて絶対に行かせられない。勝手にオレを置いて走り出さない分、昔よりはマシになってるみたいだけど。


「俺だって無謀なことはしない。ただ、急げば助けられる人がいるかもしれないのに、のんびりしてはいられないんだよ!」


 その気持ちは痛いほど理解できる。でも、今のお前が無謀と判断する基準が信用できないんだよ。それに、目の前で町の人が害されそうになっているところを見て、お前が自制できるとは思えない。オレだって見知った町の人たちが命を落とすなんて許せない。だけどそれ以上に、お前が無茶をして死ぬなんて絶対に嫌だ。


「ごめんなさい。やはり、今の貴方を1人で行かせることはできません。クリス、貴方は――」


 いったん言葉を切った。果たして続きを言うべきか。アルマンさんたちの前でもあるし、クリスにとって少々辛辣な内容だ。だが、言った方がいいはずだ。


「――今の、()()()()()を手に入れて、暴走してるんじゃないですか?」


 言ってからチラッとアルマンさんたちの方を横目で確認する。彼らにとっては意味不明な内容のはずだが、オレたちの口論を固唾を飲んで見守っていて、訝しんでいる様子はない。


 今のこいつは明らかにおかしい。もういい大人になって久しいというのに子供染みた直情さだ。考えられる理由は1つ、クリスという文字通りゲームのような強大な力を手に入れたから。オレ自身、ゲームと同じルシアの力を手に入れて興奮しなかったと言えばウソになる。アドニス相手に醜態を晒したり、森の中でさんざん苦労したりしているうちに、徐々に醒めて行ってしまったが。それでも――それでも、この力で誰かを助けられるのなら―――そんな思いは、今でも心の片隅にある。我が相棒にとってその思いは、オレとは比べ物にならないほど大きいはずだ。


「――っ! そんな、ことは……」


 反論しようとした言葉は、尻すぼみに消えていく。


「ない、と断言できない程度には冷静なんですね」


 まあ、そうじゃなかったらとっくに走り出しているだろう。ひとまず、少しは頭を冷やしてくれたか。


「確かに今の私たちは強いですよ? でも、無敵のヒーローというわけではないんですから」


 狼相手に地面に転がるハメになったオレが言うのだから間違いない。


「……だが――っ!」

「どうし――あっ!」


 何かに気付き言葉を切ったクリスの視線をたどれば、町の方角から立ち上る黒煙がはっきりと見えた。全員の足がその場で止まる。


「くそっ……やはり、俺だけでも先に――」

「だから、1人で行くのは絶対にダメです!」

「……なあ、魔術師の嬢ちゃんや」


 再び怒鳴り合いなりそうになったオレたちの横から、アルマンさんが割って入った。振り向けば、3人の猟師たちが真剣な顔で頷き合っている。


「迷いなく町へ戻ろうとしていたんじゃ。竜戦士殿だけではなく、嬢ちゃんと2人でなら何とかなるんじゃろ?」

「え……ええ、相手と状況次第では、ですが」


 オレも集団を相手にするのは得意ではないが、搦手が色々使える分、クリス単独よりはできることが遥かに多くなる。何より、オレがいれば相棒が暴走しそうになっても抑えることができる。


「だったら、あんたら2人で先行してくれ」

「え!? では、貴方々はどうするんですか?」


 3人だけで森の中に置いていくのは危険じゃないか。これはクリスも同じ考えだろう。相棒にとって3人は保護している民間人であり、単独先行を言い出したのも、あくまでオレが護衛として残る前提での話のはずだ。


「俺らのことは気にすんな。この森は庭みたいなもんだからな」

「ダイアウルフの討伐をああも任せっきりでは心配されるのも仕方ないじゃろうが、ワシらにとっては襲撃されとる町へ戻るよりも、森の中の方がよほど安全じゃ」


 アルマンさんたちは、そう言って笑って見せた。だが、震える拳が隠し切れない焦燥と無念を物語っている。


「町のもんでもないあんた方にこんなことを言うのは恥知らずもいいところじゃが……あらためて、頼みたいんじゃ。町の皆を助けてやってくれ」

「俺らのことは本当に気にしなくていい。悔しいが、今は完全に足手まといだしな」

「虫のいい話だが、頼む、ルシアの嬢ちゃん!必ず礼はする!」


 全員が揃って頭を下げる。ダイアウルフ討伐からなし崩し的にここまで一緒に来たが、彼らからすれば、見ず知らずのオレたちに町のために命を懸けろと頼んでいるわけだ。もちろん、オレもクリスも見ず知らずの相手だとはもう思っていないからそれはいいのだが、問題は――


「いえ、その……クリスについていけないのは、私も一緒なんですけど」


 こと移動速度に関しては、オレも足手まといなのは変わらない。ここまでは逆にお荷物だったぐらいだ。だが、何故か猟師たちは揃ってクリスの方を見た。


「竜戦士殿。最低限でも道があれば、十分いけませんかね?」

「ん? なんの……ああ、なるほどな」


 え、なに? クリスがどうしたの?? というか、なるほどって今のでお前は分かったのかよ。


 訳も分からず疑問符を並べていると、なにやら理解したらしいクリスは、オレの後ろに回り込む。


「すまん。暴れるなよ」


 そう、一言だけ言って。


「は? ……って、ちょ――」


 ――そのままオレを抱き上げた。


 膝の裏と頭に手を回した――所謂、お姫様抱っこというやつである。


「な、な、な――」


 何をしやがるのかこの野郎は。まさか自分がこんなことをされるハメになるなんて。混乱したオレを置いてけぼりにしたまま、クリスとアルマンさんたちは別れの言葉を交わす。


「では、先に行っています。くれぐれも気を付けて。危険だと判断したら、森からは出ないでください」

「俺らは大丈夫。2、3ヶ月森から出なくても何とかなりますんで。町を頼みます!」

「せめて武運を祈らせてくだされ。どうか、ご無事でな」


 クリスは軽く頷き、目を閉じた。僅かな時間の瞑想。目には見えないナニかが、呼吸と共にクリスの体内へと取り込まれていく。おそらくアレがマナなのだろうと、今までの経験から何となく察した。


「口をしっかり閉じてろよ。舌を噛むかもしれん」

「へ?」


 突然の警告に、間抜けな返事をした瞬間――世界が揺れた。


「――っっっ!?」


 襲ってきた衝撃に声も出せないまま悲鳴を上げる。人間の限界に挑戦するかのような速度。激しく上下に揺れながら景色が後ろへ消えいていく。自分がお姫様抱っこされているという事実も、羞恥心と共に頭の中から吹き飛んでいった。


「よし、そのまましっかりしがみついておけ」


 何を言うんだお前は。口に出せないので心の中で呟くが、気付けば無意識のうちに右腕がクリスの首に縋りついていた。


「んー!? んんー!」


 違うんだこれは。体が勝手に動いたんだ。そう反論したいが、この状態で口を開けば、警告の通り間違いなく舌を噛む。それに腕は離せない。怖いし。


 言葉にならない言い訳をしながらクリスの顔を見上げると、蛇のような瞳があった。走り出す前の瞑想は《竜眼》を発動させていたのか。視力を強化して小さな障害を避けることで、安全に全力疾走しているらしい。


「跳ぶぞ!」

「んん!?」


 しまった、前を見ていなかった。警告の直後に襲い来る浮遊感。続けざまの着地の衝撃。必死に腕に力を入れる。左腕で抱え込んでいる杖を落とさなかったのは、奇跡に近い。視界の隅に映った道の形から察するに、地形に沿って回り込みながら下っていく部分をショートカットしたようだ。


 無茶苦茶だ。もうちょっとこっちの身にもなってもらいたい。そんな文句を言う余裕などかけらもないほど必死に揺れと戦いながら、昨日自分の足で歩いた時とは比較にならない速度で、オレは町へと運ばれていった。

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