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プロローグ/ラストフラッグⅠ

 趣味を仕事にしてはいけない、と言われることがある。以前は鼻で笑っていただろうが、この歳になってその言葉の意味を身をもって理解するはめになった。


 どういうことだと問われればゲームの話だ。より正確に言うとVRMMORPGの話だ。


 現在、日本で最も人気があると断言できるVRMMORPG、『ミルスレア・オンライン』。2年前に突如としてリリースされたこのゲームは、業界にとんでもない影響を振り撒いた。異世界を圧縮して作られた、と例えられる常軌を逸したグラフィックの作り込み具合もさることながら、ワールドイベントによるリアルタイムでの世界の変化と、それに伴って追加されていくクラスやスキル、アイテムなど、新規実装されていくデータの膨大さも非常識なレベルだ。他のゲームが5年かけてアップデートしていく内容を1年でやっている。


 他社からすればたまったものではない。競争しようにも採算が取れないのでは話にならないわけで、別ジャンルへと転向し生き残りを図ったり、ネットゲーム事業を縮小あるいは撤退したりする会社が相次ぐことになった。中には、真っ向から無謀な戦いを挑み散っていった会社もあったのだが。


 オレの話に戻ろう。


 オレはこの手のゲームが大好きな人間であり、学生時代も廃人一歩手前――親友は踏み越えていたと主張するが――になるほどはまっていたものだ。当然というべきか、この『ミルスレア・オンライン』にもドはまりしている。


 神ゲーである。大好きである。愛していると言ってもいい。


 ######


「どのくらい愛しているかと言えば――」


 大仰に両手を広げ胸を張って宣言する。リアルの自分とは全く違う、高く澄んだ声で。


「このゲームのせいで派遣先の運営会社が潰れて無職になってもなお、好きだと言えるほどにだ!」


 フハハハハ、と高笑いを上げる。


「無職になってからそろそろ半年だろ。いい加減、次の仕事探した方がいいんじゃないのか?」


 冷酷すぎるツッコミだった。心の弱い人間ならショック死してもおかしくないだろう。あまりのダメージに蹲るしかない。


「さ、最初から、『第4の城』の攻略が終わったら始めるつもりだったし……」


 心の痛みに抗議すべく、隣に立つ相棒に恨みの視線を送る。ただでさえ身長差が大きい相手だけに、首が痛いと錯覚するほど見上げる羽目になった。


 薄汚れているものの豪奢な装飾を施された燭台の灯りが、繊細な紋様を刻まれた濃紺の鎧を照らし出す。短いが柔らかそうな黒髪に琥珀色の瞳。長大な大剣を背負い、腕を組む姿がムカつくほど絵になっている我が相棒――クリスと目が合った。


 首筋に少しだけ覗いている入れ墨は、ドラゴンをかたどったタトゥーの一部で、祖竜の血を覚醒させた戦士、ハイランダーの証である。ワールドイベント『ドラゴン信仰の復活』で追加されたクラスだ。


 ちなみに、他のクラスにクラスチェンジするとドラゴンのタトゥーは跡形もなく消える。本当に入れ墨何だろうか。


「ルシちゃん、どしたの? お腹でも痛くなった?」


 ポーンと小さなシステム音と共に、視界の片隅に浮かぶチャットモードの表示がパーティーチャットに切り替わり、同時に艶やかな紺の毛並みのイヌミミ美女がこちらを覗き込んできた。本当に心配しているのか、赤い瞳が揺れている。


「あー、いや、大丈夫ですよ。なんでもないです」


 ほぼ無意識に口調が切り替わる。立ち上がって、床に引きずられたローブの裾をパンパンと払った。どれほどリアルな質感だろうとゲームはゲームなので実際に汚れたりするはずもないのだが、ついやってしまう。


「ならいいけど。わりと本気で痛がってるように見えたもんだからねえ」

「痛いのは心なので……」


 そっかー、と頷くのに合わせてピコピコと動くイヌミミ。彼女――アヴリルの頭の上に付いているのはアクセサリとかではなく、ライカンスロープの半獣モードの証である。ただし、このゲームのライカンスロープは種族ではなくクラスだが。


 ワールドイベント『獣化病の流行』によって追加されたクラスで、主に半獣モードの見た目から根強い人気を誇る。そして、圧倒的に女性キャラクターの割合が高い。


 なお、獣化病は人間にしか発症しないという設定から人間専用クラスである。


「しかし、そういうことなら、なおさら今日成功させないとだな」


 わざとか誤爆かは分からないが、パーティーチャットのまま余計なことを言う相棒。


「ん? なんの話?」

「いえ、こちらのことなので。気にしないでください」

「ああ、リアル話ね。こらこらクリスくん、パーティーチャットでイチャつくのは感心しないなあ」

「ミスったのは悪かったが、誤解を招くようなことは言うな」


 お互い軽い口調で非難しあうクリスとアヴリル。この2人はサービス開始時からの古参プレイヤーで、ゲーム上での付き合いは中途参加のオレよりもずっと長いのだ。


「ルシアさんはクリスさんのリアフレだったんですか」


 4人目の、爽やかな声が割って入ってきた。銀の髪から除く長い耳にエメラルドの瞳。日本的エルフのイメージそのままの中性的な美貌を持つこの男は、ギルド『陽炎』のマスター、ユーリ。今回、オレたちが参加しているレイド『第4の城』攻略メンバーのリーダーでもある。クリスたちと同じ古参プレイヤーで、ギルドに属さないソロプレイヤーであるオレたち3人をレイドメンバーに勧誘してきたのもこの人らしい。


「そうですね。このゲームを始めたのもそれが切っ掛けだったので」


 それもただのリアフレではない。実家はお隣、誕生日も3日違いで、病院から高校卒業まで一緒というキングオブ幼馴染だ。これで男と女だったらさらに完璧だったのだが、残念ながら野郎どうしである。


 今日挑むレイド『第4の城』には通常のレイドとは全く異なる要素がある。ゲームのメインストーリーを文字通り()()()()で進行させるトリガーとなる、ワールドイベントそのものなのだ。


 説明のためには、まずこのゲームの設定を語らねばならない。


 大陸中央にあり、冒険の神ミルスを信奉する冒険者たちの国ミルスレア。今から50年前、ある神託がミルスに仕える巫女の下にもたらされた。世界の裏側、魔界からの魔族たちによる侵攻を予言したのである。


 ミルスレアは神託の内容を世界中に布告し、同時に魔族の侵攻に対処すべく超国家組織である冒険者連盟の設立を提案した。ある国は諸手を挙げて歓迎し、ある国は最後まで渋りながらも、ほとんどの国の承認の下、冒険者連盟は実現することとなる。


 この冒険者連盟に所属する冒険者がPCであり、予言通り世界に姿を現した魔族たちと戦っていくというのが、ゲームの大まかなストーリーとなる。


 そして、侵攻の開始と共にこの世界に作られた、魔族側の拠点となる4つの城。この城を攻略していくことで、メインストーリーとも呼ぶべきワールドイベントが進行し、クラスやスキルの新規追加に加えて、レベルキャップの解放も行われるのだ。


 3つ目の城が攻略されたのが半年前。その後、多くの先駆者たちが最後の城である『第4の城』こと『グランリアナの古城』に挑み、返り討ちにあいながらも少しずつ情報を蓄積し続けてきた。


 それらの情報を元に立案された現時点で最も勝算の高い作戦。それを実現するべく、オレたちは集まった。


「クリスさんから聞いているかもしれませんが、今回の作戦はルシアさんのことを知ってから練られたものなんですよ。ただでさえコントラクターは少ない上に装備の要求も厳しかったですから。本当に助かりました」

「いえ、そんな。こちらこそ、誘っていただいてありがとうございました」


 見た目の印象以上に丁寧な人だ。『陽炎』はそこまで大きなギルドではないが、彼個人の人脈はとても広いんだとか。それなりに付き合いのあるフレンドに限ると、片手で足りてしまう人数のオレとは大違いである。


「このゲーム、アップデート速度が尋常じゃないから、複数クラスを最前線で戦えるレベルで維持するのはなかなかきついからねえ」

「メインとなるクラスを乗り換えるのは勇気がいるからな。後から追加されたクラスほど数が少なくなっていくのは仕方ないさ」


 横で頷き合っているクリスとアヴリル。2人ともメインクラスは初期にはなかった追加クラスだ。思うところがあるのだろう。


 ルシアのクラス、デーモンコントラクターは『第3の城』攻略によって追加されたクラスだ。たまたま無職になったタイミングと重なったため、新クラスの第一人者となるべくクラスチェンジを選択した。その後の廃人生活により、デーモンコントラクターの中では屈指のキャラクターであると自負している。


「他のパーティもそろそろ来るようです」


 ユーリの視線が虚空を彷徨う。ギルドチャットで報告を受け、マップの確認でもしたのだろう。


 レイドボスへと挑むためには、城内に何体か存在する中ボスポジションの敵をすべて倒さなければならないのだが、ある敵と別の敵を同時に倒さなければならないなど、ギミック的な制約がいくつか存在し、複数のグループに分かれて攻略する必要がある。対レイドボスへ特化したスキル構成のメンバーばかりだとここで詰む可能性もあるため、なかなかに厄介だった。


 先ほどのユーリの言葉通り、デーモンコントラクターのルシアは今回の攻略における重要な役割を担っており、その分極めて偏ったスキル構成になっている。もう1人、クリスもまた同じ事情を抱えており、オレたちのグループは一番楽というか、ほとんど戦闘しなくてもいいルートを割り当てられていた。おかげで真っ先にボス前までたどり着き、今まで他のメンバーを待っていたというわけである。


「おい。忘れないうちにに装備は変えとけよ」

「あ。そういえばそうでしたね」


 見た目優先の普段使いから、この日のために用意した杖に切り替える。拘束系のデバフの効果時間を延長する〈縛鎖の魔杖〉にデバフ成功率上昇の魔紋を限界まで刻んだ、今回の攻略戦の切り札だ。ごつすぎる外見の上に、美しさの欠片もない同一魔紋のガン積みという職人魂的には許せない代物だが。


「やっぱり、美しくない……」

「魔紋の組み合わせデザインにまで拘るのは、流石に少数派だと思うぞ」


 パーソナルチャットに切り替えてのつぶやきには、呆れた様子の声が返ってきた。


 このゲームにおける装備への効果付与――所謂エンチャントに当たるのが魔紋だ。ルシアも専門職技能として選択している魔紋師スキルによって、装備に刻むことができる。刻む効果によって異なるデザインの魔紋が実際の装備のグラフィックに反映されるため、魔紋師にとって実用性と美しさの両立は永遠のテーマなのだ。


「えー、美に無関心な相手には、刻んでやりたくなくなるなー」

「ごめんなさい」


 素直に謝れるのはいいことである。


 そんなやり取りをしているうちに、残りのメンバーが合流してきた。他のグループの到着にそこまで差がないところを見ると、絶妙な戦力の分配具合だったのだろうか。オレたちはとことん楽をさせてもらっていたようだ。


 ######


 長い回廊の奥、ボスの待つ玉座の間へ続く大扉の前に集結した、レイド攻略パーティ総勢20名。未だ誰も倒したことのない敵との戦い。目前に迫った死闘の気配に、皆どことなく緊迫した雰囲気を纏っている。


「皆さん、準備はよろしいでしょうか。今回の戦いは、誰もがミスなく戦ってなお、運に見放されれば勝てない戦いです。半年の間、数多のプレイヤーたちが築き上げて道筋の先、僅かな勝利の可能性を全力で手繰り寄せなければなりません。だからこそ、勝利の栄光は何よりも貴重なものとなるでしょう。この世界を次のステージへと進めるために、全員、死力を尽くしましょう」


 ユーリの言葉に、改めて緊張した面持ちになるPCたち。最初に城を攻略したメンバーは、文字通り、歴史に名を残すことになるのだ。


「よっしゃー! 必ず、かーつ!!」


 少しの静寂を、アヴリルの叫びがぶち壊した。ご丁寧にライカンスロープのスキル、《遠吠え》に乗せて。《遠吠え》の効果中は強制的にオープンチャットになるため、全員が思わず耳を塞いだ。もちろん何の効果もないが。


「やめんか!」

「あはは、ごめーん」

「真横にいた私には、もっと謝ってください」

「ごめんごめん、ルシちゃん。大丈夫だった?」


 張り詰めていた空気は吹き飛び、ささやかながら笑いが広がる。謝りながらウィンクしてきたアヴリルを少しだけ見直した。


「よし、大丈夫そうですね。では皆さん、行きますよ」


 ユーリも苦笑を浮かべながら、なんでもないことのように出発を告げる。


 開いていく、巨大な扉。


 残された最後の城で、世界を変える戦いが始まった。

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