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幕間/狂信者たち

 都内某所、築20年近い15階建てのビル。一見するとなんの変哲もないこのオフィスビルが、国内で圧倒的人気を誇るVRMMORPG『ミルスレア・オンライン』の開発と運営を手掛けているGID社の本社ビルである。外観だけでなく、中身も()()()()()()ごくごく普通のオフィスにしか見えないし、実際にその通りだった。


 広報部長の肩書を持つ秋山真梨香は、これから自ら飛び込んでいかねばならない地獄に頭を悩ませながらエレベーターに乗り込んだ。操作パネルに手をかざし、表示された行き先から地下5階を選択する。もし彼女の部下がこの表示を見たら驚愕していたに違いない。大部分の社員にとって、このビルの地下は1階の駐車場しか存在しないのだ。乗っている人間全員が認証を行った上で特定の操作をした時だけ、行き先にさらに下のフロアが追加される。


 地下5階に到着しエレベーターから降りると、今度は二重になっているセキュリティドアが待ち構えている。先ほどと同じくパネルに手をかざすことで、認証音と共にドアが開いた。


「毎回思うけど、ここまでやらなくてもいいんじゃないの」


 一つ目のドアが再ロックされると共に、二つ目のドアの認証が可能となる。またもやパネルに手をかざしながら、ついそんな愚痴が漏れた。もちろん、彼女はセキュリティの重要性は理解しているし、この先にあるものが如何に秘匿しなければならないものなのかも理解している。ただ、ここで使われているセキュリティシステムは極めて特殊なものであり、正直に言って、ここまでしなくても破られるとは到底思えない。


 何も知らない人間が見れば指紋照合でもしているのかと思うだろうが、全く違う。照合しているのは()()()()()()だ。彼女自身には理屈はさっぱり分からないものの、生物が持っている魔力パターンは遺伝子のように同種であっても個体ごとに異なっており、100%の精度で個人を特定できるらしい。当然のことながら、そんなものを使っているセキュリティを外部の人間が突破するなど、どう考えても不可能だろう。


 魔力を扱う技術など、()()()()()()この会社にしか存在しないのだから。


 最後に簡単なボディチェックを受け、ようやく目的地へと辿り着く。部屋に入ると、そこはすでに怒号飛び交う修羅場と化していた。


「――結局、転移は成功したのか? 重要なのはそこだぞ!」

「我々で観測できた範囲では成功したはず、としか申し上げられないと言っているでしょう!」

「妨害術式についての解析と合わせれば、もっと正確な推測はできるだろうが!」

「データが少なすぎて無理なんです! ただでさえ――」


 途中までは聞き耳を立てていたものの、彼女には理解不能な専門用語が飛び交い始めたところで断念する。技術的な話は別の場所でやればいいのに、そう心の中で呟いた。だいたい、わざわざ実際に会議室に集まらなければならないなんて、いつの時代の話なのか。機密保持のためには仕方がないらしいが、日本を代表するVRMMO運営会社がこんなアナクロなやり方をしていることこそが最大の機密だと、彼女は常々思っていた。


「やあ、いらっしゃい、広報部長殿。コーヒーはいるかい?」

「いただきます。ありがとう、佐藤さん」


 給湯室から顔を出した男性は、佐藤明。特殊技術部の主任研究員であり、この会社の根幹たる()()()()()()の第一人者だ。何故そのような人間がコーヒーを入れているのかと言えば、単純に彼の趣味だからだ。


「おお、秋山君。もう来ていたのか。早速で悪いが、外の状況を教えて欲しい」


 先ほどのやり取りで彼女に気付いたのか、怒鳴り合っていたうちの一人が声をかけてくる。彼は今この部屋にいる中で最も上の肩書を持つ男だ。自然と、その場にる全員の注目が2人に集まり、部屋の中は一転して静寂に包まれた。


「はい、広瀬専務」


 秋山は持ってきていたメモリーカードを手近な端末に挿入する。中央のホログラムスクリーンにデータが表示され、広瀬の目つきが厳しくなった。


「現在のところ、警察及びマスコミ各社からの直接の問い合わせは来ていません。転移者に係わる報道もまだのようです。ですが、水面下ではすでに情報が錯綜しており、事態を認識されるのも時間の問題でしょう」


 選ばれたPCたちの転移から、すでに12時間以上が経過している。ゲーム内はもちろん、外部のネット上でも噂は広がりつつあった。スクリーンに表示されている掲示板やSNSのログを見れば、誰もが彼女と同じ結論になるだろう。


「まあ、隠蔽などを一切行わなければそんなものだろうな。複数のトップギルドのメンバーが根こそぎいなくなったのだ」

「はい。『ラストバトル』のログ改竄以外、あらゆる情報操作は行っていません。これからも、それでよろしいのですね?」


 あらかじめ指示はあったものの、本当にいいのかという気持ちを込めて確認を取る。無論、何もしなければ彼女の仕事が増える一方になるからだが。


「必要ない。これから先、()()()が露見していくだろうが、その原因が我々であるという証拠は()()()()()()()()()のだからな。下手に隠そうすれば、付け入る隙を与えるだけだ」


 簡単に言ってくれる、彼女はそう心の中で毒づく。物的証拠を見つけようがないとはいえ、失踪した人間が『ミルスレア・オンライン』のプレイヤーであるという共通点はすぐに突き止められてしまう。ましてや、転移したのはゲームのプレイ中なのだ。何も手を打たなければ、明日にはもう情報は広く拡散し大騒ぎになってしまうだろう。


「まずすべきは、転移したプレイヤーの身元の特定だな。動かせる人間は多くないが、事態が明るみに出ればある程度は警察やマスコミが勝手にやってくれるだろう――加藤君」

「はい」


 名前を呼ばれた女性に注目が集まる。彼女は運営部の所属で、表向きはログ解析室の責任者だ。


「転移者は合計で542名。うち、アカウントに登録されているデータが正しいものと推測されるのは83名です」

「へえ、83人も本当の個人情報で登録してるなんて、逆に驚きだね」


 誰かの感心したような声が割って入る。声を上げた当人以外も、それについては同意見だった。


 身元の確認が必要なVR端末の登録ならともかく、所詮は一ゲームのアカウントに正しい個人情報を入力する必要などないし、実際にしない人間の方が多い。今回転移者に選ばれたPCのほとんどが上位プレイヤーと呼ばれる層であることを考えれば、よりその割合は高くなると予想されていたのだが。


「我々は無関係という体裁で行く以上、VR端末の登録情報を教えてくれとは言えません。現在残りの459名の個人情報を特定するためにログ解析作業を行っていますが、おそらく警察などの発表の方が早いでしょう。ただ……」


 そこまで言ったところで、恐る恐ると言った様子で周囲の人間の顔を窺う。そんな彼女の目元にはくっきりとクマが浮かび、見るからに疲労の色が濃い。人手不足のシワ寄せがいっているのだろう。


「ただ、なんだね。続けたまえ」

「は、はい。その……転移者の中に、アイドルの浅間ミカサが含まれている可能性が高いです」

「ええ! ミカサちゃんが!?」


 驚愕の叫びをあげる男が1人。彼を除くと、誰だという反応が大勢を占める。


「あー、その浅間というアイドルはかなり有名なのか?」

「もちろんですよ、専務! 僭越ながら、この私目がミカサちゃんの魅力についてかい――ぐふっ……」


 一転して嬉々として解説を始めようとした男を、隣にいた秋山が黙らせた。そのまま説明を引き継ぐ。


「アイドルファンの間ではそれなりに知られていますね。かなりコアなゲーマーとして、一部の人間からは特に支持されているようです。他社のVRMMOに宣伝プレイヤーとして招待されたこともありました。『ミルスレア・オンライン』をプレイしていることも、特に公表しているわけではありませんでしたが、有名だったはずです」

「なるほど。それは騒ぎが大きくなりそうだな。分かっていたのなら、事前に転移者の選出対象から外すことはできなかったのか?」


 説明を聞いた広瀬は渋い顔になる。ある程度の騒ぎは覚悟の上だったとはいえ、わざわざ大きくするようなことは避けたいのだ。


「申し訳ありません。彼女のPCはギルドには所属していなかったためノーマークだったんです。ソロプレイヤーで条件を満たしているPCは個別に追跡していましたが、彼女の場合は本当にギリギリのタイミングで条件を満たしたらしく……」


 説明する加藤の声が徐々に小さくなっていく。彼女のミスと言えばミスなのだが、絶望的な人手不足が原因であることは誰もが知っていることだ。広瀬も別に責めるつもりはなかった。


「起こってしまったことは仕方ない。秋山君、対策については君に一任する」

「……はい」


 完璧なまでの丸投げだが、元より彼女もこうなることは承知上だ。だが、はっきりさせておかなければならないことがあった。


「ですが、確認させてください。予期せぬ妨害により転移が計画通りに行かなかったことは聞いていますが、それによる転移者の生命の危険はどの程度なのですか?」


 何も知らぬ542名の人間を、勝手な都合で異世界へ送り込む。そんな外道な計画に、彼女は自分の意志によって加担した。自分が外道だという自覚はもちろんあるものの、あくまで彼らの命が()()()()保証されているという前提は彼女にとっての絶対条件だ。


「それについては僕から説明するよ」


 そう言った、佐藤の手には湯気の立つコーヒーカップを載せたトレーがあった。自らが淹れたコーヒーを配りながら、淡々と話し出す。


「転移術式は自体は正常に起動した。でも、座標を修正する段階で向こうの世界からの妨害を受けたため、残念なことにマリア様の元へは辿り着けていない可能性が高い」


 話し出した当初は微笑んでいた彼は、後半になるにつれ憎々し気な表情へと変わっていく。異世界からこの計画を持ち掛けた、御使いを名乗る女性マリア。彼はこの計画に加担した者たちの中で、最もマリアに心酔している人間だ。


「そもそも、転移自体が失敗している可能性もあるのでは?先ほど、そのような議論をされていたようですし」


 怒鳴り合いにまでなっていた当の担当者たちへ視線が集まる。


「……現状では確かめようがないんですから、そう主張するのは当然でしょう」


 そう言ったのは、転移術式の構築に関わっていたスタッフだ。佐藤からすれば部下に当たる。


「もちろん、その可能性は否定できない。ただ、それについては、まさしく議論しても無意味だからね」


 あっさりとそう言い切る佐藤。あの怒鳴り合いを傍観していたのはそれが理由だったのだろう。


「妨害が判明した時点で、PCたちには向こうの通貨など、転移の制約に触れない範囲で可能な限りのものを持たせてある。あくまで当人たちが持っていたアイテムにフィルターをかけて選別したものだけだけど。それでも、PCとして持っている能力と合わせれば簡単に命を落とすようなことはないはずだ。大部分のPCたちはギルド単位で転移しているからね。マリア様が彼らと接触できるまで、十分生存できると考えているよ」


 佐藤の説明に、秋山も一応頷いた。マリアは世界の壁すら越える魔法という未知の技術を与えてくれた張本人だ。転移そのものや、転移直後に命を落としたりしなければ、後は彼女が解決してくれる。そう思わせるだけの相手ではある。何より秋山も含めたここにいる全員が、そんな彼女の力に魅せられた者たちなのだから。


「向こうとの通信が回復するにはどの程度かかる?」


 今度は広瀬が尋ねた。転移の後、向こうの世界との連絡は完全に途絶えている状態だ。妨害による影響と考えられていた。


「通信の回復については、向こうの事情しだいということになるのでしょうね。推測ですが、()の攻撃から我々を守るために、世界間のパスを一時的に閉ざしているのでしょう」


 佐藤にとって、マリアを疑うという選択肢は存在しない。もっとも、この場にいる人間の多くは、彼の推測を妥当なものだと受けて止めた。


「そうか。ならば一時的にログ解析の応援へ何名か回すとしよう。加藤君、メンバーの人選は君に任せる」

「分かりました。では――」


 そのまま話し込む広瀬と加藤。別の何名かが佐藤へ追加の質問をする。それらを聞き流しながら、秋山は胸の内で悪態をついた。


 こっちにも応援をよこしやがれ!

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