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見知った、“見知らぬ世界”

 一通りこれまでの艱難辛苦を話し終わり、エールを口に流し込む。水の代わりに飲むようなものらしく、薄めてあるためほとんどノンアルコールに近い。ビールのような苦みは全くなく、正直オレにとってはこちらの方が飲みやすかった。


「俺は日本のビールの方がいいな」

「まあ、お前はそうだろうな」


 お金を払えばこんな水代わりじゃないちゃんとした酒も飲めるのだが、相棒曰く、酔っぱらうのは避けたいらしい。


「それで、だ。オレがいかに苦労したのか良く分かっただろ?」

「だいたいインプのお陰でここまでこれたというのは分かった」

「えー」


 いや事実だけどさ。最初の感想がそれなのかよ。横でドヤ顔をしているアドニス。お前、オレたち会話は分かってないんだろうが。おそらく、オレとクリスの表情を見て何となく察したのだろう。


「――そういやお前さ。クリスのことは覚えてるの?」


 その顔を見てふと思ったことを訊いてみる。オレ――ルシアに関してはかなり詳しく知っているようだが、相棒についてはどうなのだろうか。ゲーム上ではほとんどの時間を共に過ごしていたのだし。


「そうだなー……マスターに相方がいたってこと、目の前のヤツがなんとなく仲間だって分かること、記憶としてはそんなとこだな」

「名前や顔は全く覚えてなかったってことだな?」

「だな。てか、仲間だって認識も、マスターのそれを俺も共有してるって可能性の方が高いかも? あくまでマスターの従者としての契約だから、その辺は無意識レベルで刷り込まれてても不思議じゃないしな」

「刷り込まれてるって……」


 平然とそう言い切る辺り、ホントドライだな。しかし、やっぱりオレ自身のこと以外は覚えていても非常に漠然とした記憶しかないのか。コイツとの契約に関しても謎が多いけど、主であるオレに魔法についての知識が全くないせいで、どういう理屈なのかはさっぱり分からない。こればっかりは、従者の側のアドニスには分析することもできないという。主従関係を定める契約を従者の側からどうこうできてしまっては欠陥もいいところだし、仕方のないことなんだろうが。


「……それで、やっぱりこの世界はゲームの世界と同じなんだと思うか? 共通している部分はいくつもあるが、景色の変化や、この知らない町はどういうわけだ?」


 少し考え込んでいたところに相棒から話を振られる。いつになく真剣な表情だ。問いの内容は、オレ自身、この世界に連れてこられてからずっと考えていたことだが、相棒の話を聞いていくつかの点についてはほぼ確信を持てた。


 広すぎる森、遠すぎる距離、存在しなかった町。相違点を繋げていけば、おそらく答えはこれのはずだ。


「――この世界とゲームの世界の違いはスケールなんだと思う」

「スケール?」

「規模の違い。要はさ、ゲームの世界ってものすごく狭いんだよ。それが()()()()スケールになったとしたらこの世界みたいになるんじゃないかな」


 技術の進歩により、ゲームの世界――オープンワールドマップの広さはどんどん拡大してきた。それでも、その広さは現実の世界の広さと比べればはるかに狭い。これは技術的な問題ももちろんあるが、それ以上に()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。


 街と街との間が何十キロも離れていたり、街の端から端まで移動するのに何時間もかかるようなゲームなんてやりたがるのは、一部の奇特な人間だけだろう。だからゲームの世界は現実の世界より大幅にスケールダウンされている。


「まあ実際のところは、この世界の規模を縮小したのがゲームの世界ってことなんだろうけど」


 縮小の結果、このリューベルンのような小さな町や村は消滅してしまっていたのだろう。


「……それはつまり、俺たちがプレイしてたゲームはこの世界を元に作られたゲームだったってことか?」

「その可能性が一番高いって話だけどな」


 ゲームの世界とこの世界が偶然一致している、というのは論外だ。では、どちらかからどちらかが生まれたのだとして、どっちの方がオリジナルなのかと言われれば、当然それは()()()()だろう。ゲームの世界を元に1つの世界を作り出すなんて逆より遥かに難しいし、何よりオレたちの世界にはそれを実現する手段がなかった。


「この世界には、別の世界へ干渉する手段が一応あるらしいからな。誰かがそれを使ってオレたちの世界でゲームを作った、というのが一番あり得る話じゃないかな。今のところはさ」

「で、そのゲームのプレイヤーである俺たちが、PCの体で元となった世界へ連れてこられたと。誰が、何の目的で……?」

「目的についてはさっぱり分からないけど――」


 ポーチから紙の束を取り出す。ゲームの名前にもなっているミルスレアによって発行されている身分証。クリスも同じものを持っていた。どう考えても、現状で一番怪しいのはここだろう。


「――なるほどな。ミルスレアへ行けば何か分かるかもしれない、か」

「まずはその前に、ウェセルで冒険者連盟の存在を確かめたいかな」


 どのみちミルスレアへ向かうには、ウェセルを経由してアズレイドの首都クアルロンドを目指すことになるのだが。


「冒険者連盟か……」


 オレの言葉に表情を曇らせるクリス。


「どうした?」

「俺もガストンさんに連盟について訊いたんだが、全く知らないと言われた」

「……マジで?」


 話によると、ガストンさんはウェセルの出身らしく今でもたびたび訪れるらしい。その彼が知らないとなると、連盟が存在しないことはほぼ確定だ。


「まあ、そうじゃないかと薄々思ってはいたけど……」


 それでも、確定したとなるとやはりショックは大きいな。連盟が運営している預り所や銀行にあったオレたちの資産も消滅してしまっているわけか。ゲームではなくなってしまった時点で、その辺は半分諦めていたが。


「冒険者連盟が存在しないとすると、その理由は何なんだろうな……いや、違うか。ゲームを作る時に付け加えたのか」


 相棒の疑問ももっともだ。だが、この世界に来てからの1日にも満たない時間でも、ゲームでは存在しなかった()便()()はすでに身に染みている。ぱっと思いついた理由は、その点だった。


「んー、やっぱりゲームとしての利便性のために追加したとか?なにせ、こっちの()()のままだとまず通貨がバラバラだし」


 国家間の移動も自由に行えるとは思えないしな。超国家規模の組織というのは、ゲームとしては非常に都合のいい存在だ。


「それはありそうな話だな。しかし、そんな()()()()()()()()()までして、なんでこんなことを。ますます分からんな……」

「そっちの理由は完全にお手上げだな」


 どこからか黒幕が現れて、一から十まで説明してくれないだろうか。それこそゲームのように。


 少しの間、沈黙が訪れる。それを破ったのは相棒の方だった。


「――元の世界じゃ俺たちはどうなってるんだろうな……いや、そんなこと分かりっこないってのは理解してるんだが」


 あえて考えないようにしていたことだ。もちろん考えてもしょうがないからというのもあるのだが、それ以上に想像するのが怖かった。だが、こうして相棒と再会できたことで、少しは考えてみる気にもなれた。


「これがゲームの中なら、そのまま端末に繋がってると思えたんだけどな」


 残念ながら、ここはもうゲームの中ではない。ゲームの元になったと思われる異世界だ。現時点ではそう判断せざるを得ない。


「意識だけが異世界に飛ばされて肉体は昏睡状態になってるのか、それとも、今のこの意識は元の意識から独立して生み出されたものなのか、ぱっと思いつく可能性はその2つか」


 3つ目――元の肉体はもう死んでいるという可能性は、あえて口にしない。


「当たり前だが、どっちも怖いな。元の肉体が死んだり、この肉体が死んだりしたら、いったいどうなるんだろうな……」


 試す気になるわけもなく、それこそその時が来るまで――或いは来ても――分かりようがない。


「というか、元の肉体が昏睡状態になってるとしたら、オレかなりやばいぞ。1人暮らしなのはお互い様だけど、お前と違って無職だから不審に思う人間もいないし……」


 1ヶ月以上実家に対して音信不通だったこともザラだった。唯一、オレが日常的に連絡を取っていた相手は、こうして目の前いるから役に立たない。


「それはわりとシャレにならんな……まあ、俺が発見された時点でお前の消息も確認されるだろ」

「それに期待するしかないか……でも、発見されたらされたで、部屋や端末の中身を探られたら、いろいろ終わるな……」


 マジで終わる。こんなことになると分かっていたのなら、アレやコレを処分していたものを。


 そんな無意味過ぎる後悔をしながら、お前はその辺大丈夫なのかと目の前の相棒に尋ねようとして、何やら相手が変な顔をしているのに気付いた。美形でも変な顔は変なんだな。などと良く分からない感想を抱く。


「――あー……お前さ」

「ん? なに?」

「いや……この体、リアルの体と全然違うだろ?」

「そうだけど。今更どうした?」


 何とも歯切れが悪い。そういえば、再会してからたびたびこんな様子を見ている気がする。


「俺は、体格とかそこまで変わってないわけだが――」

「いやいや、かなり変わってるだろ」


 即座に突っ込む。確かにオレと比べれば背も高かったし鍛えられていたけど、流石にクリスとは比べ物にならないだろう。


「そういう意味じゃなくてだな……ほら、お前はもっとずっと変わってしまったわけだろ」

「――ああ、そういうことね」


 体格以前に、性別すら違うわけだからな。視点の低さはゲーム時代に慣れていたから問題ないが、慣性や重力の感じ方なんかはゲームと微妙に違うせいで戸惑うことは多々あった。おそらくゲームでは、人間の体の内部構造までは計算されていなかったのだろう。


「といっても、体格の違いにはだいたい慣れたけどな。森での経験のお陰でさ」


 文字通りの山あり谷ありの強行軍。ハード過ぎる慣らし運転ではあったが、その分習熟は早かった。


「それもあるけど、それだけじゃないだろ。ほら、性別が変わってるんだから……」

「あ? ああ――」


 言わんとしていることがようやくわかった。同時に、相棒には話さなかった――とてもじゃないが話せなかった――城や森でのアレやコレやを思い出してしまう。


「――っ!」

「ルシア?」


 ヤバい。顔が熱くなっていくのを感じる。どうも、この手の感情の振れ幅がやたら大きくなっているんじゃないだろうか。


「お、おまっ! そういうこと訊くなよ!」

「す、すまん。無神経だったな……」


 恥ずかしさを誤魔化すために語気を荒げてしまった。ますます、墓穴を掘っているようなものだ。ベッドの上ではアドニスが笑い転げている。


「おい、何笑ってるんだ。言葉が分からないって、嘘なんじゃないのか?」

「……いやいや、マスター。分からないのはホントだぜー。ただマスターの表情の変化がさ、あまりにも面白かったんで、つい」


 コ、コイツ……殴ってやろうか。思わず拳を握り締めたところで、クリスの声に我に返る。


「いや、マジですまん。その、だな、これは俺の勝手な思い込みなのかもしれんが……お前、無理はしてないよな? 何というか、性別が変わるってのは俺が想像する以上に辛いことがあるんじゃないか……要は心配なんだ」


 その真剣な口ぶりに頭が冷えてきた。そこまで心配されていたとは知らなかった。そのような態度を見せたつもりはなかったのだが。


「んー……少なくとも、今のところはそこまで辛さとかは感じてないぜ。まあ、異世界に連れてこられた衝撃がより大きいからかもしれないけどな。それに、これでオレだけ変なことになってるならともかく、アバターの姿になっているのはお前も一緒なわけだし」


 あくまでオレとしては、女性になったのではなくルシアになったという認識だしな。まあ、これからこの体で生活するにつれていろいろと問題が出てくるだろうし、この先に不安がないと言えば嘘になるが。


「そうか……」


 オレの答えに、相棒はまた少し考え込んだ後、改めて口を開いた。


「それならばいいんだが……それとは別に現実問題としてお前が女であることには、やっぱり配慮が必要なんじゃないか?」

「配慮?」

「今回は仕方がなかったが、こうやって同じ部屋に泊まることなんかも含めてだ」


 なるほど。オレが同じ部屋と言った時のあの反応は、そんなことを考えてのものだったのか。


「うーん……それって、別々の部屋を取るようにしようってことか? どっちかというと、そっちの方が不安なんだけど」


 1人部屋がある宿にいつも泊まれるとも限らないし、野宿しなければならないこともあるかも知れない。そもそも、オレにとってクリス以上に信頼できる相手なんていないのだし。


「そうはいってもだな。その……問題が起こるかもしれないだろ」

「お前がオレの美少女っぷりに血迷って、襲うかもしれないと?」

「そんなことはしない!」

「だったら何も問題ないじゃん」


 同じ男としてこいつの心配は良く分かるが、それでもそれくらいは耐えられるやつだ。


「本人が良いって言ってるんだから、納得してくれ。だいたい、これからどれだけの間この体で付き合うことになるのか分からないんだぜ? さっさと慣れるのがお互いのためだろ」


 オレ自身がこの体に慣れるのが大変そうなのは棚に上げておく。相棒はそれでもまだ悩んでいるようだ。


「それにだな、基本的にコイツが常時一緒にいるんだぞ。その状況で間違いが起こると思うか?」


 ビシッとアドニスを指し示す。何故か親指を立てて返してきた。そういえば、コイツ自身がセクハラ野郎じゃないか。コイツをけん制するためにも、やはりクリスには近くにいてもらわねば。


「――分かった。確かにお前の言う通りだ。頑張って耐えることにする」

「うむ。頑張れ!」


 無責任にエールを送る。いや、逆の立場だったら辛いだろうなとは思ってるんだけどね。


「……はあ。その様子だと、今の自分の見た目の恐ろしさを分かってないみたいだな……」

「ん? なんだよ」


 声を潜められたせいで聞き取れなかった。相棒は何でもないと肩をすくめる。


「それじゃ、明日に備えてそろそろ寝る準備をしよう。いろいろ買わなきゃならんものがあるわけだし、早めに行動しないとな」

「あー、そうだな。必要なものが全然ないもんな……」


 手を拭くものにすら困るレベルだ。まず何が必要かを考えるところから始めなければならないだろう。


 相棒の提案に頷き、食べ終わった食器を返しに行こうとトレーを持って立ち上がったところで呼び止められた。


「待て。ローブは着ていけ」

「え? ああ、忘れてた」


 忘れてたのは事実だけど、ちょっと声色がマジ過ぎないか。そう思いながらローブを着る。そこまで心配されるとは、今のルシアの容姿はゲームの時からどれだけ変わっているのだろうか。確かにクリスの見た目は、ゲームのグラフィックだった時と比べると、質感などがリアルになった分より美しくなっているとは思うが。


 そんな、至って暢気なことをオレは考えていた。この先に、とてつもない試練が待ち構えているとも知らずに――

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