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リユニオン

 竜戦士とはハイランダーの別名――というよりは本来の名前だ。神々の信徒が平地を制圧する中、ドラゴンへの信仰を守る戦士たちが山岳地帯で抵抗を続けたことから、ハイランダーと呼ばれるようになった。


 アズレイドの北部および東部はその中でも最後まで彼らが生き残っていた地域であり、ハイランダーが実装されたワールドイベント『ドラゴン信仰の復活』もアズレイドを舞台としたシナリオだった。信仰のために戦い続けた戦士たちは半ば伝説と化し、アズレイドにおいては民衆たちの間で語り継がれる存在となっている。そんな、ゲームにおける設定を思い出す。


 だから、竜戦士として尊敬されているような口振りなのは不思議ではない。ただ、ハイランダーはこの地域でもかなり希少な存在のはずだ。今ここでその名前が出てくるとしたら、思い浮かぶのは1人だけ。


「その人はこの町にいるんですか!?」

「うひゃ!? な、なに?」


 突然立ち上がり詰め寄ったオレに、アレットは目を丸くする。同時に、彼女の肩の感触に頭が少し冷えた。無意識のうちに彼女の肩に置いていた手を降ろす。危ない危ない、リアルなら逮捕案件だ。冷静になろう。


「あ、すみません。その竜戦士の方は知り合いかも知れないんです」

「嘘、それマジ? ……そういえば、貴女の着ているそれ、よく見たらすごい上物みたいね」


 彼女の視線の先には、新品同様に綺麗になった〈契約者のローブ〉。薄汚れたまま部屋に入るのは気が引けたので払って汚れを落としたのだが、驚くほど綺麗に落ちた。アドニス曰く、使われている布自体が魔力を帯びているため、汚れが染みついたりはしないんだとか。ゲーム中では最上級というわけではないものの、それなりに上位の装備だっただけのことはある。手袋やブーツも同様だったため、森の中での悪戦苦闘の痕跡はもうどこにもない。


「それで、この町にいるんですか?」

「あ、うん、いるいる。ガストンさんたちと一緒に事情を訊かれてたから、まだ西門のところにいる――」

「ありがとうございます!」


 最後まで聞かずに宿を飛び出した。うん、冷静にとか無理。


「ちょ!? ま、待てって、マスター!」


 閉まりかけたドアの隙間をギリギリですり抜けるアドニス。あの無駄にデカい杖を抱えながら、なかなかの身のこなしだ。


 もうだいぶ色が変わりつつある空の下、この世界に来てから初めて全力で走り出した。


 ######


 オレたちも使った西の門まで走ってきたが、人だかりがとんでもないことになっている。この体の身長では、その向こうに誰がいるのかまるで分らない。野盗の襲撃がそれほどの大ニュースなのか、或いはハイランダーがそこまで珍しいのか。アレットの反応を考えると後者の割合が高そうだ。


「すみません、ちょっと通してください!」


 それにしても人多すぎだろ。これだけの数、どこから出てきたというのか。何とか人の壁をかき分けて進もうとするが、力はともかく体重は見た目通りなため、人波に流されて思うように前進できない。


「マスター! こっちこっち!」


 こういう時はホントに頼もしいな、コイツ。アドニスの誘導で人垣を抜ける。その向こう側には、先ほどの兵士2人と見知らぬ初老の男性、そして――良く見知った後ろ姿。


「クリスっ!!」


 叫んだ声に反応して振り向く我が相棒。


「――ルシア!?」


 クリスは、一瞬目を瞠って固まったが、すぐにこちらへと駆け寄ってくる。おかしい。何か感情が高ぶって泣き出しそうだ。どうしたんだ、オレ。離れていた期間はせいぜい半日なのに、ものすごく久しぶりに再会したと錯覚しているのだろうか。


「――っ……やっぱり、お前もこっちに来てたんだな」


 涙声になりそうだったのを慌てて取り繕う。お陰で微妙に平坦な口調になってしまった。何でこんな照れ隠しみたいなことをしているのか。


「俺もそう考えてこっちの方に来たんだが……お前が無事でよかった」


 クリスは心底ほっとしたという笑みを浮かべて、何気なくオレの肩に手を置いた。


「――っ! す、すまん」

「は? なにが?」


 置いたと思ったら慌てて離し、何故か謝ってくる。訳がわからず、まじまじと顔を見つめてしまった。一瞬目が合うが、またもや何故か逸らされる。


「あー……いや、今のお前の姿だと、な? ゲームと違ってはっきり感触があるのを忘れてたんだ」

「……ああ、そういうこと」


 こいつもルシアの身体の感触に衝撃を受けたのだろうか。オレと違って、女性に慣れてないなんてことはなかったはずなのに。まあ、大の男が明らかに未成年な外見の少女の肩に手を置くとか、現代日本ならそれだけで事件になりそうではある。クリスの外見であれば許されされそうな気もするが。


「あれ? 君はさっきの? 知り合いだったのか」


 若い方の兵士の声に、周囲に大量にいる人間のことを思い出した。逆に言うと、クリスと再会できた感動で完全に忘れていた。家族や相棒以外の前で素を出してしまうなんて何年ぶりだろうか。アドニスはペット枠なのでノーカウントだ。


「……はい、そうなんです。旅の途中ではぐれてしまって――」

「おお! 貴女がクリス殿のお連れの方ですか。私、ガストン・マイヤールと申します。この度はクリス殿に命を助けて頂いて、本当になんとお礼を申し上げればよいのか」


 後ろで話を聞いていたのか、初老の男性がいきなりオレの前まで出てくると、そう言って頭を下げてきた。オレがお礼を言われるのは何かおかしい気もするが、反射的にこちらも頭を下げてしまう。


「ルシアと申します。連れがお役に立ったようで何よりです」

「おい」


 横からツッコミが入った。いいじゃないか、このくらい。お約束と言うやつだろう。


「いやいや、竜の戦士に助けて頂けるとは思いもしませんでしたよ。ありがたいことです」

「うーむ……まさか竜戦士と会える日が来るとはな。贅沢を言えば、現場に居合わせたかったぐらいだ」


 ガストンさんの言葉に年配の方の兵士が頷く。よくよく耳を澄ませてみると、周囲を取り巻く人たちも、あれが本物の竜戦士かと騒いでいるようだ。どれだけありがたがられているんだよ、ハイランダーは。デーモンコントラクターなんて素性を隠さなければならないというのに、酷いクラス格差である。こっそり相棒の顔を伺うと、何とも言えない微妙な表情をしていた。


「あー……事情聴取の方はもう良かったんですか?」


 そんな場の空気に耐えられなくなってきたのか、さっさと終わらせたいというオーラを出しながらクリスが話を変える。


「ああ、はい。もう大丈夫ですよ。協力ありがとうございました」

「おーい、皆! もう解散しろ。往来の邪魔だぞ!」


 そんなクリスの雰囲気に気付いたのか、兵士2人は集まっている人々へ離れるように促し始める。不満そうな抗議の声が少しばかり上がりつつも、徐々に人だかりは消えていった。


「すみませんな、大騒ぎになってしまって。何分人が多いわりに娯楽が少ないもんで」


 苦笑いをする年配の兵士。それにしても集まりすぎだと思うんだが。何故か兵士たちもクリスに対して妙に腰が低い気がするし、ハイランダーへの敬意がそれだけ強いということなのだろうか。


「ところで、クリス殿は今日の宿はどうされるのですかな?」

「宿ですか――」


 ガストンさんの質問にこちらを見てくる。早くいろいろ話し合いたいし、同じ部屋で良いだろう。


「すでに部屋は取ってありますよ」

「大丈夫なようです」


 オレたちの返事にガストンさんはハッとした表情を浮かべ、オレとクリスの顔を交互に見る。そして、自分の頭をポンと叩いた。


「これは野暮なことを訊いてしまいましたな。では私はこれで失礼させていただきます。重ね重ねありがとうございました」


 そんな良く分からないことを言いながらもう一度深々と頭を下げると、町の入り口の方へと戻っていく。その先を見ると1台の馬車が停めてあった。その途中、突然振り向き手を振り始める。


「おお、そうだ! 私、そこの角を1つ裏手に入ったところで雑貨商を営んでおりますので、何かご入用があれば是非お越しくだされ!」


 年齢を感じさせない大声だ。つい手を振って応えてしまう。


「なんというか……元気な方ですね」

「ああ、道中ずっとあんな感じだったからな。それじゃ、俺たちも行くか」


 頷き合ったところで、相棒がそう促す。兵士たちに改めて宿を紹介してもらったお礼をすると、母兎亭へと歩き出した。


 ######


「ああ、本物の竜戦士様……」


 予想はしていたが、クリスを連れ帰ると宿の中は大騒ぎとなった。もっとも、騒ぎの7割はアレットによるものだが。今は何やらうっとりとし始めたため小康状態になっている。


「アレット! ボーっとしてないで仕事しな!まったく、この娘は……すまないねえ」


 女将さんが怒鳴りつけてもトリップしたままだ。というか従業員だったんだな、アレット。そんな彼女を様子を見ていてふと疑問に思ったことを訊いてみる。


「あの、女将さん。何故見ただけで竜戦士だと分かるんでしょうか? このタトゥー程度なら、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せると思うんですが。皆さん疑う様子がまるでありませんし」

「それは俺も気になっていた」


 やっぱり本人も不思議だったのか。ここまで敬意を持たれているなら騙る奴が出てきてもおかしくはないだろうし。首筋から僅かに覗く入れ墨だけで真贋が判別できるとは、とても思えないのだが。


「何だそんな事かい。そりゃ、それだけ立派な鎧を身に着けてらっしゃるような方が、わざわざ詐称したりなんかはしないだろう?ここは商売の町だからね、みんなその程度の目利きはできるのさ」


 当たり前のようにそう言われたので、隣に立つ相棒の格好を見直してみる。堅牢でありながら軽い飛竜の甲殻を使った軽装鎧〈黒飛竜の戦装束〉の上にミスリル製の〈ブレストプレート〉を重ねている。重装鎧ではなく、軽装鎧とブレストプレートの組み合わせを選んでいるのは、防御力より機動力を優先しているためだ。もちろん、どちらの鎧にも魔紋が刻まれている。


「――ふむ。これで判断されていたのか」


 自分の鎧を見下ろして呟くクリス。両替商の主人もそうだったが、身に着けているものの質が何よりの判断材料なのか。相手をその格好で判断するのは現代日本でも普通のことだが、ここではよりその比重が大きいのだろう。それにしても、この〈ブレストプレート〉は紺色――ゲームでは好きな色を付けることできた――なのだが、良く分かるものだ。本来のミスリルの色とはまるで違うのに。別に材質まで見抜いているわけではないのかもしれないが。


「それに……当人の前ではあまり言いたくないけど、それなり以上の地位や財産のある方が竜の入れ墨を入れるなんて、やっぱりあり得ないからね。それこそ、本当の竜の戦士でもない限り」

「……ああ、やはりそうなんですね」


 アズレイドではドラゴン信仰が黙認されているとはいえ、やっぱり権力者から疎まれているのは変わらないのか。あくまでハイランダーの人気は民衆のものであって、そこには権力への抵抗者という意味合いが含まれている。アズレイドとラーナ、2つの巨大な権力の狭間で板挟みになっているこの町だからこそ、これだけ敬愛されているのかもしれない。


「それで部屋なんだけど、一緒で良かったのかい?」

「はい。寝るには十分な広さですし、毛布だけ貸してもらえれば」


 宿に戻ってきた後、クリスが囲まれている間に一度部屋まで行ってアドニスを置いてきた。その時に広さはチェック済みだ。クリスには床で寝てもらうことになるが、職業柄経験は豊富らしいので問題なかろう。そもそも、もう個室に空きはないらしいので選択肢などない。


「後で持って行くよ。料金は半分で良いかい?」

「いいですよね? ……そういえば、お金の両替をしていませんね」


 すっかり忘れていた。まあ、クリスの分はオレが立て替えておけばいいか。そう言おうとすると、少し焦った口調でクリスが口を挟んできた。


「ちょっと待て。同じ部屋に泊まるのか!?」

「聞いてなかったんですか? 他に部屋がないんですよ」

「それは……いや、そうだな。あー、金ならガストンさんから道中の護衛料金ということで貰った分がある」


 マジか。ガストンさん良い人だな。というか、その前の反応は何なんだ。同じ部屋に泊まるなんて今までに何度でもあっただろうが。男2人の悲しい旅を思い出すのが嫌なのか。


 女将さんは何やらニヤニヤ笑っている。そんなに面白かったか、今のやり取り?


「あっはっはっ、貴女も苦労してるんだねえ。夕食はやっぱり部屋の方がいいんだろう?もう用意できるよ」

「あ、はい、お願いします……ところで苦労というのは、なんのことですか?」

「……あら。なるほどね、お互い様ってわけかい。そういうとこも含めてお似合いかもね。ホント、美男美女は目の保養になるわ」


 などと言いながら奥の厨房へ入っていく。マジで何のことなんだよ。後、事実だからって美女美女連呼するのはやめてくれ、フードで隠してる意味が無くなる。


「えぇー! クリスさん部屋で食べるんですか!? ここで、武勇伝を聞きたかったのにー」


 いつの間に再起動したのかアレットが残念そうに嘆く。当の相棒は何やら難しい顔で考え込んでいて、耳に届いていなさそうだ。


「すみません。2人で話したいことがあるので」

「ちぇー。明日にでも聞かせてくださいね!」


 代わりにオレが謝ると、意外と素直に引き下がった。さっきまでの様子からもっと食い下がるかと思ったのだが。


「ま、流石に馬に蹴られるような真似はできないからねー」


 そう言い残し、女将さんと同じく厨房へと消えいていった。


「……はあ!?」


 言われたことの意味を理解するのに少し時間がかかった。


 え、なに? そういう見られ方をしてるのオレたち。さっきの女将さんの意味深な言葉もそういうことだったのかよ!いやいや待ってくれ、確かに傍から見れば男女2人だけど、中身は両方男なんだよ。しかも、生まれた病院から一緒の筋金入りの幼馴染だぞ。


 なんて説明できるはずもなく、女将さんが夕食を持ってきてくれるまでの間、ずっと考え込んでいる相棒の横でオレもまた頭を悩ませることになった。

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