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リューベルンの人々

 リューベルンの町の中は、この時間でも多くの人々が行き来している。旅装の人も多く、見慣れないよそ者として目立たずに済みそうだ。重武装ではないものの、武器を帯びている姿もちらほらと目に入る。ただ、魔術師らしき恰好は見当たらなかった。杖を預けておいたのは正解だったな。


「なあ、さっきの話どう思う?」


 教えてもらった宿を目指しながら、なるべく声を潜めて傍らに浮かぶアドニスへ話しかける。


「は? さっきの話って、いったい何の話だったんだよ。人間の言葉なんてわかんねーぞ」

「えっ!? ……お前と話してるこの言葉って、さっきのとは別の言葉なの?」


 そして明らかになる、驚愕の新事実。うっかり声を高くしてしまい、慌てて口を押さえる。こっそり周囲を窺ったが、特に気に留めている人はいないようだ。


「魔族と人間の言葉が同じなわけねーじゃん! あー……認識阻害の悪影響だな。マスター、ちょっと周囲の人間の話している言葉を、意識して聞いてみな」


 言われた通り、周囲の人々の会話に耳を澄ませる。認識阻害を外すために自分の知らない言葉だと強く意識して。


「――ホントだ、全然違う」


 英語と中国語ぐらい違う。意味は理解できなくとも、違う言葉だと断言できる程度に別物だ。


「話す時も自動で切り替わってたみてーだが、意識すれば、どっちの言葉を話すか選べるんじゃねーかな」


 試してみると、本当に使い分けができる。なんだこれ、凄すぎるだろ。これはますます、認識阻害を外して会話するのに慣れる必要がありそうだ。


「早めに気付けて良かったなー。しっかし、ホントに高度な魔法だぜ」

「気が利きすぎていて逆に不便ってのも、何とも難しいな。この魔法って、あらゆる言語に対応してるのかな?」

「一方通行の翻訳ならともかく、個別に習得させてるしなー。流石に無制限ということはない……はずだ」


 ちょっと自信なさげだな。オレと違って魔法に詳しい分、その凄さによりショックを受けているんだろうか。


「で? 結局、さっきは何を話してたんだ?」

「おっと、そうだった」


 門での会話の内容をかいつまんで説明する。合わせて、ゲームにおける冒険者と連盟についても、可能な限り分かりやすく。


「――ふーむ。確かに謎だなー」

「確認しとくけど、お前は冒険者についての知識はあるのか?」

「はっきりとあるわけじゃねーけど、マスターが何か組織に属してたのは知ってた気がする。ただ、俺の記憶は少々信憑性に欠けるからな……」


 本人はあまり気にしてないようだが、アドニスの記憶がいじられているのはほぼ間違いなさそうだしな。


「そうか……まあこれに関しては、班長さんが言ってた通り、ここが田舎だから知らなかったって可能性が一応残ってるからな。ウェセルまで行けばはっきりするはずだ」


 外から多くの人がやってくるこの町で噂にすら聞いたことがないとなると、その可能性は限りなく低そうだが。ウェセルにも支部がないとなれば、疑惑は確信に変わる。


「んじゃ、次の目標はウェセルってわけだな。そういや、ウェセルまでの道は大丈夫なのか?」

「んー、さっきの街道を行けば着くんじゃないか? 東部の中核都市のはずだし」

「適当だな。それもさっき訊けば良かったんじゃねーの?」


 暗に訊き忘れたんだろと言っているな、貴様。忘れていたわけではない。あえて訊かなかったのだ。


「同じ相手に何もかも訊くと、怪しまれる可能性が高くなるだろ? 一般常識レベルのことを訊くことになるかもしれないんだし」


 1つや2つならともかく、あれもこれも知らないとなったら、どうやってここまで旅してきたのかと疑問に思われても仕方ない。異世界から来ましたとは言えるはずもないしな。


「それに、道なら宿で訊くさ。そういったことには詳しいだろうし」


 前方を指し示す。紹介してもらった宿――『母兎亭』の看板がもう目に入ってきていた。


 ######


 真新しい扉を開けると、正面にあるカウンターの向こうに中年男性の姿があった。こちらに気付くと、僅かに視線を上下に動かす。こちらの身なりをチェックしたのか。他に人は見当たらないので彼がここの主人なのだろう。


「ようこそ」


 主人はそう一言だけ言うと、カウンターの前の椅子を指し示す。


 ここは紹介して貰った宿――の女将さんから教えてもらった両替商。何故こんなところに来たのかというと、持っていた銀貨が使えなかったからだ。曰く、見たことのない銀貨なので替えてきてくれ、とのこと。偽物だと言われるよりは全然マシだったが、ショックはショックだった。幸いにも、商取引の場として発展した町だけあって両替商は数多くあるようで、その中でも良心的な店ということでここを教えてもらったのだ。


 椅子に座ると、壁に天秤を意匠化した紋章のようなものが掛けられているのに気付いた。この店の看板に描かれていた天秤は両替商を表している絵だと思っていたのだが、この紋章はそれとはまたデザインが違う。そしてどこかで見たことがある気がする。


「気になるのか? それは本物だ――と言っても、普通は区別などつかんか」


 オレの視線に気付いてか、そんなことを言い出した。何のことか分からずに相手の顔を見つめてしまう。


「法と正義の神ユストサリア様の聖印だ。見た目だけの紛い物を掲げている店もあるが、そいつはちゃんと神殿で祝福を受けたものさ」


 こちらの仕草で察したのか、わざわざ説明してくれた。そっけない口振りだが、微妙に自慢げにも見える。なるほど、見覚えがあると思ったが、ユストサリアの聖印なら彼の神を信奉するラーナの国章にも取り入れられている。ゲームでも何度か目にしていたはずだ。などと頷いていたら、アドニスの焦った声が聞こえてきた。


「うわっ!? マジもんの聖印じゃねーか! マスター、俺隅っこで隠れてるわ。下手すると《シャドウベール》が消されかねねー」


 かなりの慌てようだな。コイツの反応からして、主人の言う通り本物の聖印なんだろう。確か、ユストサリアの権能には隠された真実を暴くというものがあった。祝福を受けた聖印にはその力が備わっているということか。


「その聖印が偽造を暴いたりするんでしょうか?」


 わざわざ聖印を掲げている理由はその辺りだろうか。偽物でも掲げる同業者がいるということは、かなり重要な意味があるはずだが。


「そういう意味もあるにはあるが、偽造なんざ自力で見抜けなきゃこの商売はやってられん。まあ、公正な取引をしてますよってことだな」


 そういうことか。実際に神様がいる世界だ。そのお墨付きがあるとないとでは信用の差は歴然だろう。聖印は本物のようだし、安心して頼めそうだ。


「では、これをここで使えるお金に替えて欲しいのですが」


 銀貨と銅貨を袋ごと取り出す。主人は1枚ずつ取り出すと丁寧に観察し始めた。


「ほう、ミルスの硬貨とは。随分と遠くから来たんだな。今まではどうしてたんだ?」

「出発した時には持たされていたんですが、使い切ってしまいまして」


 この言い訳はあらかじめ考えておいた。ちょっと無理があるような気はしていたのだが、特に気にする様子はないように見える。


「どれも随分と綺麗だな。新造された時に祝福されたものか。銀貨はともかく銅貨では滅多に見ないぞ」

「そ、そうなんですか」


 オレもピカピカ過ぎて逆に怪しいんじゃないかとは思ってたよ。というか、祝福された銀貨とかあるのか……


「――ふむ。まあ、余計な詮索はしないでおこう。どうやら、どれも本物のようだしな」


 ありがたい。なかなか良い人じゃないか。ニヤリと笑ったところは、かなり悪人面に見えたけど。


「さて、ここで使える金と替えて欲しいとのことだが、一応確認しておこう。これからこの町に住むというわけではあるまい。この後、アズレイドとラーナ、どちらに行くんだ?」


 そうか、考えてみれば当然だが、この町はアズレイドとラーナ両方のお金が使えるのか。ウェセルに行くのにラーナのお金に替えてもらってもしょうがない。


「アズレイドです」

「そうか。なら、銀貨はアズレイドの連合銀貨と公国銀貨、ラーナ銀貨、帝国銀貨。銅貨は公国銅貨とラーナ銅貨。まあ、この辺だな。どれに替える?」


 はい?そんなにいっぱいあるの?連盟発行のお金が大陸全土で通用したゲームとは大違いだな。どれと言われてもさっぱり分からないし、とりあえず疑問に思ったことを訊いてみるか。


「アズレイドでもラーナのお金が使えるんですか? 後、帝国銀貨というのは?」

「……そうか、ミルスレアから来たなら知らないのも当然か。ラーナの硬貨がアズレイドでも通用するのは信用が高いからだ。なんせユストサリア様を奉じる国だからな。アズレイドでも連合や公国の硬貨より信用が高かったりする」


 なるほど。元の世界でも、自国通貨より他国通貨の方が信用があるなんて、国によっては普通にあることだったからな。銀貨でもそうなるというのは少し不思議だが、含有率とかの関係なんだろうか。


「帝国銀貨は、崩壊したグランリアナ帝国で鋳造されていた銀貨だ。今では失われた魔法技術で加工されていて、祝福された銀貨以上に劣化しにくい。信用もラーナ銀貨以上だ」


 滅んだ国のお金まで流通しているのか。話として聞く分には面白いが、実際に使うとなると凄く不便そうだ。


「連合と公国の方は説明しなくてもいいのか?」

「あ、それは何となくわかりますので」


 アズレイドは複数の都市や領邦が連合してできている国なのだが、中心となっているアズレイド公国の力が抜きんでて大きい。こちらでも同じかどうかは分からないが、ゲームでは国家元首に当たる連合議会議長も公爵が務めていた。名前から察するに、連合とは別に公国も独自のお金を発行しているのだろう。ただ、そうなるとちょっと気になることが。


「あの、もしかして、公国以外の銀貨もあるんでしょうか?」

「察しがいいな。公国以外の領邦も独自の硬貨を鋳造している。もっとも、同じアズレイド国内でも通用しないこともあるほど信用は低いがね」


 やっぱりか。いったい、発行元別だけでも何種類あるんだか。


「それぞれの硬貨の信用度は、さっき名前を挙げた順で高くなる。両替の手数料もな」

「……あれ? ということは、連合銀貨より公国銀貨の方が信用が高いんですか?」

「そういうことだ。連合政府は結構な頻度で銀の比率を変えやがるからな。発行年によって価値の差が大きいってのがある。その点。公国の方は質が安定しているからな。ま、一通り御託は述べたが、アズレイド国内で使うなら公国の銀貨と銅貨を勧めとくぜ」


 元の世界の歴史でも、貴金属貨幣の比率変更はたびたび行われていたらしいしな。本当に面倒なことこの上ない。オレには判断しようもないし、ここは素直に勧めに従っておこう。


「では、それでお願いします」

「替えるのは全部で良かったか? 手数料を引いて公国銀貨45枚と銅貨57枚になるが」


 ちょっと待て、何か枚数がえらい増えてないか?


「大きさはそれほど変わらないように見えますけど、そんなに数が増えるんですか?」

「それぞれの比率の違いと祝福の有無だな。特に銅貨は祝福があると価値が跳ね上がる。これでも、ミルスの硬貨ということで査定は下げさせてもらってるんだがね」


 ミルスレアはアズレイドからすると山脈を越えた向こう側だ。使われる機会も少ないだろうし、その分価値が下がるのも当然か。


「なるほど、分かりました」


 戻ってきた袋は両方合わせると倍くらいの重さになっている。ただでさえパンパンになっているポーチに入るだろうか。無駄にたくさんある剥き出しの〈マナハーブ〉を何とかしたいところだ。


「あの、ありがとうございました。いろいろと教えて頂いて」


 立ち上がって頭を下げた。右も左も分からないオレなんかカモろうと思えば簡単だろうに、きちんと対応してもらったことには感謝するべきだろう。


「ふん。当たり前のことをしただけだ――と言ったら嘘になるか。そのローブ、薄汚れちゃいるが生地はとんでもなく上等だし魔紋まで施されてる。そんなものを着ている相手に阿漕な真似をするなんて、よほどのバカか命知らずさ。ま、恩に感じてくれたなら、贔屓にしてくれや」


 なんと、あの一瞬のチラ見でこのローブの価値を見抜いてたのか。流石に()()ローブかまでは分からなかったみたいだが、プロの眼力は恐ろしいな。


「はい。機会があれば、また利用させていただきます」


 あるかどうかは分からないが。そう答えて外に出ようとしたところで、こちらを見て嫌そうな顔をしているアドニスに気付いた。そういや、こいつにとってはこの店は危険な場所だったな。まあ、隅っこに居れば大丈夫と分かったのだし、問題はないだろう。


「またのご来店を」


 主人の声に送り出されて、両替商を後にした。


 ######


「んっんっんっ……ぷはー」

「あははは、よほど喉乾いてたんだねえ。もう1杯飲むかい?」

「頂きます」


 両替を終え再び宿に戻ってきたオレは、真っ先に水を飲ませてもらっていた。文字通り生き返った気分である。ただの水がこんなに美味いとは。


「ところで食事なんだけど、夕飯時になると下は一気に混みだすんだ。良かったら部屋まで持って行こうか? そこまでガラの悪い客が多いわけじゃないけど、酒も入るしね」

「すみません、わざわざ。是非、お願いします」


 母兎亭は1階が食堂を兼ねているタイプの宿で、食事だけの客が大量に来るらしい。2階の宿泊スペースには個室もあり、何とかまだ空きがあった。この町の宿でしっかりした個室があるところは少ないらしい。ここを紹介されたのもそれが理由のようだ。宿泊客の顔は確認しないといけないと言われフード外して見せたところ、何故か随分と騒がれてしまった。その後はやたらと世話を焼かれている気がする。これが美少女の特権と言うやつか。女将さんの態度的に、ただ単に若い女の子だからというだけかもしれないが。


 ちなみに、宿帳に名前を書かなければならなかったのだが、文字も普通に書くことができた。何故か書くことができるというのは相変わらずで、なんとも不気味である。


「気にしないでいいよ。貴女ほどの美人さんは初めてだけど、若い女の子を泊める時はいつもそうしてるからね」


 そう言いながら、何故か力こぶを作って見せる女将さん。凄い筋肉だ。入り口にいた兵士たちより強そうだぞ。不逞の輩は叩きのめすということだろうか。頼もしい。


「……なにアレ。アレで人間なの? オーガじゃなくて?」


 傍らで唖然としているアドニス。気持ちは分かるけど失礼だぞ――オーガに。オーガはゲームにおいてPCとして選択可能な種族の1つで、筋骨隆々の見た目通り力に秀でている。ただし一般的なファンタジーのオーガと違って、どこか和風なテイストの文化を持つ種族だ。日本の鬼をモチーフにしていると言われることもあった。一般的なオーガの女性は筋肉も凄いがプロポーションも抜群で、間違っても女将さんのような体型ではない。


 などと非常に失礼なことを考えていると、バーンと大きな音を立てて宿の扉が開いた。オレも含め、疎らにしかいない客が一斉にそちらを向く。


「アレット! 扉を乱暴に開けるなって、何度言えば分かるんだい!」

「ごめんごめん。でも、大事件なの! ガストンさんの馬車が野盗に襲われたって!」


 飛び込んできた女の子の言葉に騒然となる。馬車が襲われたなんて確かに大事件だが、不思議なことに彼女――アレットの顔からは心配や驚きといった感情は読み取れず、むしろ嬉しそうに見える。


「何だって!? そりゃ大変じゃないか――って、待ちな。何でアンタ、そんなに嬉しそうなんだい?」


 女将さんにも同じように見えたようだ。アレットは慌てて顔を触り、しまったという表情を一瞬浮かべた。


「あっちゃー、顔に出てたか。驚かそうと思ったのに……待って、そんな怖い顔しないでよ。馬車が襲われたのはホント。ただ続きがあってさ」


 それはそれは得意げな顔で勿体をつける。女将さんの顔がどんどん怖くなっていくのだが。


「さっさと話しな」

「声、怖っ!? 分かったって――なんと! そこに駆けつけてきたお方が、野盗を瞬く間に撃退しちゃったんだって!」


 大仰な身振りで何やら表現している。剣で斬り合いをしている様子だろうか。そして、さっき以上の得意顔でその場にいる面々――当然オレも――を見渡す。やっと正面から顔が見えたけど、なかなか可愛い子じゃないか。濃い茶色の髪に灰色の瞳とこの町ではよく見かけた色合いだが、顔立ちは整っていて、何よりくるくると派手に変わる表情が魅力的だ。


「そのお方の正体、分かる?」


 たまたま目に留まったのか、オレに対して話しかけてきた。全くの初対面だよね、オレたち。そのせいで皆の視線がオレに集まる。なんだこの状況。


「え、えーと……騎士の方ですか?」


 仕方ないので無難な回答をした。そのお方なんて言い方からして、社会的地位のあるやつだと踏んだのだが。


「ざーんねん、ハズレです!正解は――」


 うざ!ハズレの言い方に思わずイラっとしてしまう。しかし、続く彼女の言葉に――


「――竜戦士様よ!」


 ――頭の中が真っ白になる。


 カランと取り落としたコップが立てた音が、随分と遠く感じた。

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