始まりの始まり
暗闇の中、篝火の光に輝く白銀の鎧。遠目に正確な人数こそ分からないものの、10や20どころではないだろう。張り詰めた空気の中、微動だにせず整然と並ぶ姿は、素人目にも訓練された正規兵であることは明らかだった。そうではない連中を少し前に見ていただけに嫌でもその差を理解させられる。
「天秤の旗……ラーナの正規兵、それも神殿兵か?お前の予想通りだな」
何か押し殺したような声色に見上げると、瞳孔が狭まり蛇のような眼をした相棒の顔があった。
「ホントにこの暗さと距離でそこまで分かるんだ。《竜眼》、便利過ぎだろ」
当たって欲しくない予想が当たってしまったことに、内心頭を抱えつつ態度には決してださないように努める。付き合いの長い相棒には隠せるはずもないが、周囲の人々に動揺が伝わるのはまずい。自分たちが平然としていなければ、何とか保っている平静はあっけなく失われるだろう。
「お、戻ってきた」
短く告げて、鎧の群れとは反対側の空へと視線を移す。形容し難い靄のようなものに包まれた、カラスぐらい大きさのナニかが一直線にこちらへ向かってくる。ふわふわした見た目からは想像しにくいが、かなりの速度のはずだ。
「へいへーい!忠実なる一のシモベのご帰還ですよっと。その胸で労ってくれてもいいんだぜ?」
「クリス、こいつが抱きしめて欲しいって言ってるんだけど」
バカの希望にこたえるべく相棒に話を振るが、肩をすくめるだけでスルーされた。まあそもそも、この状態では自分にしか見えないし聞こえないわけだが。
「何言ってんの!?男の胸とかあり得ないから!死ぬ!魂が!」
ギャーギャーと抗議の声を上げる靄っとしたナニか。暗いので特に分かり辛いが、よく見れば手足と尻尾、小さな翼に尖った頭が確認できるだろう。人型の低級魔族、インプである。
「向こうはどのくらいだったんだ?」
抗議を無視して尋ねる。いつも通りのうるささに、少しだけ気分が落ち着いたのは間違っても悟らせてはいけない。
「グリフォン騎兵以外の姿は確認できなかったぜ。ま、それだけでも20騎だけどな」
ぴたりと騒ぐのをやめ、真面目な声で答えてきた。こういうやつなのだ、こいつは。
「グリフォン騎兵が20……単純な戦力的にはアズレイド側が優勢ってところか」
ラーナの兵士たちは多く見積もっても100はいないはずだ。アズレイドの精鋭部隊であるグリフォン騎兵20騎と比べれば、戦力的には見劣りする。通常ならば。
「グリフォンは夜目が効かねーからな。大人しいもんだったぞ」
大人しいのは訓練が行き届いているからだろう、と思ったが口にはしない。自慢の視覚が奪われる暗闇の中、それでも落ち着いていられるほどに訓練されていることにこそ驚くべきなのだろうが、残念ながらそんな余裕は全くない。それでも、この暗闇はラーナに味方しているのは確かだろう。夜明けも遠い今この時は、ラーナ側に天秤は傾いているかもしれない。
何も言わずにこちらを見ている相棒を振り返り、上ずりそうになる声を必死に抑えて告げる。
「このままあいつらが、お互いに話し合って解決してくれる可能性は限りなく低くなった、と思う」
そんな都合のいい未来はやっぱりなかったのだ。
「俺たちが動かなければダメか」
覚悟を決めた表情で相棒は頷いた。自分たちだけで逃げようなんて提案は、その様子の前に言い出せるはずもなく。
「そう、だな」
泣きそうになるのをこらえながら、そうつぶやくしかなかった。
なんでこんなことになったのか。自分たちはただ善意で村を助けただけなのに。いやもっと遡れば、ただゲームをしていただけだったのに。
胃が締め付けられるような緊張の中、当たり前だった日常は遥か過去の出来事に思われた。