転生しても、幼馴染を倒せないっ!
「よし、これで良いんだな」
ごく一般的な部屋のフローリングの床に、マジックペンで複雑な魔法陣を描き終えた俺が額の汗をぬぐい言うと、百合香は頷いた。
「はぁー、緊張してきた。何になっても恨まないでよ?」
百合香は、肩の力を抜き言う。
「お前こそ」
「じゃあ、良い? いっせーのーで、で行くよ」
百合香は、床に描かれたのと同じ魔法陣が描かれた右手のひらを挙げ言う。
「あぁ、バッチコイだ」
俺もそれと同じものが描かれた左手を上げると、「いっせーのーで!」と二人は声を合わせ、床の大きな陣の中心を叩いた。
すると、音もなく雲の切れ間から太陽の光が差し込んだ時のような強烈な光を陣が放つと、俺は思わず目を伏せた。
白い光は瞬く間に二人を包み、俺達はいよいよ待ちに待った異世界へと転生を果たしたのだ。
神の存在が明らかとなってから何年経つであろう。
神というと、分厚い本や聖書に描かれるような、厳格でおっかない顔をしたものを想像するかもしれないが、少なくとも日本で発見された神様はそれとは異なった。
ゆるキャラのように大らかであり、まぁ多少不気味で畏れある姿をしたものもいたが、温厚な性格をしていた。
「我らを発見できた人間の知性を讃え、その褒美として、異世界転生を許可しよー」
ピンク色の神の幼げで、ゆるキャラ中のゆるキャラ、天然の要素の入ったような一人の女神がテレビで、世にも奇妙かつ高揚感を煽る大々的な宣告をしたのは、一カ月前のこと。
当時、異世界転生ものの小説や漫画の世界観に憧れていた俺にとって、恐らく人生最大の転機であった。
この平凡な生活からいよいよ、おさらばする時が来たのだ。転生したらイケメン化してハーレム? チート主人公になる? それとも愛されマスコットになって女の子たちの人気の的に!? などと、色々な妄想を膨らませていた。
親に反対されると思ったが、まさかの両親共に「ほいじゃ、ちょっと異世界行ってきますー!」とまるで旅行にでも行くかのようにさっさと行ってしまった。
向こうの世界が嫌になったらこっちに戻ってくることもできる。ただし、その場合は再び転生する事はできない。
転生のチャンスは一回のみであり、何に転生するのかは、こっちに帰還してきた人たちが立ち上げたネット掲示板によると、ほとんど運任せらしい。
友達の何人かは、向こうで悲惨な目に遭ったらしく、こっちに戻って来た時は「なぜだ! なぜなんだ!?」と教室で机を叩いたりして嘆くその姿は、とても目も当てられないものだった。
少なくともあんなふうにはなりたくない。
そして、今日いよいよ決行という時に、声をかけてきたのは、小宮百合香、俺の幼馴染だった。
長く伸び風が吹けばそのサラサラ感が手に取るように分かる長髪に、美人というよりも可愛いという言葉が似合うような、そんな女だ。
だが、腹黒さは恐ろしい。底知れぬ闇といっても過言ではないだろう。
外では基本愛想良く振る舞っている為、学校では絵に描いたような完璧人間に見えるが、皆あの笑顔に騙されている。
「ねぇ、転生するの? 私も行きたい」
その顔は好奇心から転生してみたいとでも言う様な、無邪気な微笑を浮かべていたが「向こうに行って、こいつをどういじめよう」とダークな心がその目の奥で、ほくそ笑んでいるのが俺にはすぐに分かった。
しかし、こいつは分かっていない。
転生先で何になるかは運によるものだ。
神が介入するとすれば、お前の悪行が災いすることになろう。
こっちでは、お前は俺を奴隷のようにコキ使い見下してきたが、今こそ革命の時。
絶対王政の崩れ去る音が聞こえてくるようだ。
だから、俺は光に包まれるこの瞬間、自分でも分かるくらいにニヤケついていたのである。
……
……。
「……ここは?」
目を開けると、絵本に出て来る雲の上の世界、天国のような場所に俺はいた。
「あー、申し訳ありませんー」
遠くから天使のような少女が、きまり悪そうな顔で飛んでくる。
しかし、俺はそれが誰であるかはすぐに分かった。
あのテレビで宣告をした神様だ!
「えーとですね、そのー、向こうの世界、今ちょうど人系枠がいっぱいになっちゃったんですよ」
……はい?
「んでですねー、ちょーっと、人間の方の人間への……といいますか、人型の転生はご勘弁して頂けないかと」
え……
エェー!?
俺は思わず声をあげた。
「ちょ、ちょっと待った! 俺、長い間転生夢見て来たんですよ?!」
待った、あいつはどこへいった。
「百合香、あいつはどうなりました!?」
すると、その女神はどこか抜けたようなふんわりとした口調のまま、俺に残酷な一言を放った。
「あー、あの方であれば先程、【魔王】に転生されましたよ」
ま……魔王?!
「はい。ほら、こちらに」
すると、モニターのような映像が宙に映りだし、その光景に俺は唖然とした。
百合香は、元の美形の容姿を保ったまま、強そうな魔物の幹部を多く跪かせ、玉座に着きふんぞり返っていた。
「あの方の力であれば、世界の一つや二つは簡単に消し炭にできるでしょう」
とても神とあるまじき、他人事のような台詞。
「あ、あなた神様でしょう!? なんであんな危険な役に適任な人物をあてちゃったんですか!?」
「いやぁ、何になるのかはその人の素質によるもので、実際問題私達自身でもシステムの構造上選べないんですよね。それに世界をどうするかは、その世界に住む人達がどうするかによるもので、ぶっちゃけ私達は見守るしかないんですよー」
なんという事だ……。
俺は幼い頃からあいつの側に居たから分かる。
あいつ、絶対世界支配するぞ!?
早くも訪れた新世界のピンチ。
そして何よりも、あいつが強敵のおいしいポジションについていることが許せん!
「一刻も早く俺を転生させてください!」
俺が女神様の胸ぐらを掴み必死に言うも、女神は気怠そうに「えー」と声を漏らす。
「早くしないと本当に世界滅びますよ!? 勇者、俺を勇者に転生させてください!」
「けどー、勇者枠はすでに埋まって……」
俺はブンブンと小さな女神を揺さぶりながら迫る。
「あんな凶悪な魔王を止めるのに務まる勇者は俺以外いません! お願いです! 俺を、俺を勇者に!」
女神もついに堪忍したのか、「仕方ありません。じゃあこうしましょう、体験転生ということで、勇者の転生を認めましょう」と俺の勇者転生を体験という形で認めてくれた。
「しかしこれは本当の転生じゃありません。実際にあなたが勇者であの世界に転生したらどうなるか、というシミュレーションのようなものと思ってください」
「分かりました!」
何だかんだはあったが、いよいよ俺の初転生!
しかも、あの乙女たちの人気の的、物語の中心的人物、世界の希望である勇者に転生するのだ!
俺は心の中で熱くガッツを握りしめた。
そして、女神が緩い声調で杖をふるい、俺に呪文を唱えると、俺は再び白い光に包まれた。
俺は、イヴリアーヌという大きな国に生まれた。
勇者としての素質を生まれつき身に付けていた俺は、その才能を皆に知らしめんばかりに振るい、手強い魔物や強国の脅威から国を守り、予定通り世界の希望としての道を歩んで行ったのである。
可憐な美少女とパーティを組むこともでき、町の人や国王は俺に尊敬のまなざしを向ける。
そう、この世界では俺は最強なのだ! チートなのだ!
俺の人生は薔薇色……
になるはずだった。
俺が美少女両手に浸っている幸せを崩さんとばかりに、百合香は側近共に魔軍を引き連れ、俺のいる国を襲ってきたのである。
必要以上に多勢無勢のその軍は、俺を跡形もなく叩き潰そうという徹底ぶりであった。
そう、初めからあいつの狙いはこれだったのである。
異世界での俺の幸福を打ち砕かんとし、おまけで世界征服してしまおうという魂胆だ。
あいつの事だ、世界征服など俺をいじめ貶し蔑むことに比べれば、付属品に過ぎない。
完全に油断していた俺は、桶狭間の戦いの今川義元の如く、抵抗する術もなく、半日にして、そのまま制圧されてしまった。
そして、最悪な事に、俺の命を取ったのはあの百合香だった。
百合香は倒れる俺の前に立ち、「やっぱりあんたに勇者なんか無理よ」とバカにするような笑みを浮かべ、俺を倒したのである。
「誰もこんなことは望んでいなぁーい!!!!」
俺は声を張り上げると、再びあの雲の上にいた。
すると、女神はのんきに何かを飲みながら「あー、やっぱりダメでしたか」と呑気に目覚めたばかりの俺に言った。
「一つ聞きたい、そもそも何であいつが魔王なんだ?」
「多分闇要素が強すぎたんだと思いますよ」
なるほど、闇か。
確かにその通りだ。悪役はあいつにお似合いの役だった。
俺は発想を変えた。
あいつの部下になって、明智光秀の如く、あいつの寝首を掻き、世界の頂点に立ってくれようぞ。
「もう一回、体験させてくれないか?」
「あー、全然いいですよ。あっ、けどさっきみたいな転生先の指定はできませんよ。あれ完全に違法ですからね」
マジか。
しかし、先程この女神が言ったように、俺らの転生前の素質が転生先の姿に大きく影響しているのは明らかのようだった。
この際、上位の魔物系であれば何でも良い。
「分かった。じゃあ頼みます」
「はい、じゃあ行きますね」
俺は目を瞑り、心の中にありとあらゆる闇をかき集めた。
この世界を潰したい。滅ぼしたい。愚かな人間どもを……ぶつぶつ。
白い光に包まれ、再び俺は静かに目を開けた。
そこは、何かの影で日があまり当たらない場所だった。
まさに闇の存在に相応しい場所。日当たりの良い所には生まれん。
そう、成功したのだ。
俺は魔物に転生することができたのだ。
身体を動かし、動いて外の世界を見ようとするも、体は地面にへばりついたように動かない。そういえば視点も固定されている。
俺は少し不安に思ったが、まだ生まれたばかりだ、きっと幼生だからであろう、と楽観的に考えた。
そして時が経ち、視点が少し高くなると、ここが森の中だということに気が付いた。それも川の近くなのか水の流れる音が聞こえる。
それにしても、視点は高くなったものの、一向に動くことができなかった。
いくら踏ん張ってもここから動けん。
それに、何か体中に水分を帯びているような、そんな感じがした。
そしてそれからまた時が経ち、俺は成体になったのか、子孫を残す時期がきたようだ。
この時俺は思ったが、俺はこの世界で親の顔を見たことがない。
そもそもここから動けないのもここまで来ると、ゆゆしき問題だ。
まぁ、良い。取り敢えず、子孫を残す事が最優先だ。
そういう本能的な部分が俺に命令を下すと、俺は精一杯の力を込めて、無数の命を宙へ飛ばした。
そう、胞子という名の命を――
「うわ、こんなところに……邪魔ね」
俺はふと見上げると、幼馴染の顔があった。
そしてその見下した顔は――絶対に俺だと分かっているものだった。
ちょ、待って――
「見た目通り、コケにして終わらせてあげる」
百合香は、足を上げると、勢いよく俺を踏みつぶした。
この時俺は初めて自分が何なのかに気付いた。
ジメジメとした場所。目玉を横にした時に微かに見える緑色の俺の体。そして胞子。
「苔じゃねぇか!!!」
俺が叫んで起き上がると、女神は雑誌のようなものを読みながら「お、どうでした?」と俺に感想を尋ねて来た。
俺はすぐに女神の胸ぐらを掴みまた激しく揺さぶり問い詰めた。
「俺は魔物に転生したはずだ! あんなに心を闇で満たしたのに、なぜああなった?! というか、何で苔なんだ?! 俺をコケにしてるのか?! ん!?」
「あなたの場合、心を闇で満たしているというよりも、何かブツブツと言う感じが湿っぽかったので、ああなってしまったのかと……ぴったりでしたよ」
「もうこの際何でもいい! 弱小モンスターでも上にのし上がって見せるから、スライムだろうが蜘蛛でも良いから転生させてくれ!」
「そうしますと、著作権上の問題とか発生しちゃいますよ?」
「世界の平和と著作権どっちが大事なんだぁ!? 良いから魔物に転生させろ!」
すると、女神は渋々また杖を取り「じゃあ行きますよー」と声をかけた。
杖を振ると、またあの不思議な光に包まれる。
俺は目を開けると、そこは広大な草原だった。
まずは動けるかチェック。
すると、俺はジャンプをするように体を動かした。
プルプルとした体。そしてこの不定形さ。
俺は、見事にスライムに転生を果たしたのだ。
「うっしゃー! ここからのし上がって、百合香大魔王を倒してみせるぜ!」
そう叫んだ瞬間だった。
「おい! ここに魔物がいるぞ!」
「へ?」
一人の旅人のような男が声をかけると、魔法使い、僧侶、戦士といったRPGお決まりのパーティのような人たちが、武器をもって駆け寄って来た。
これは一匹の弱小モンスターである俺にとってはいきなりのピンチであろう。
しかし同時に、これはチャンスでもある。
確かこういう時俺のようなモンスターは、人間に媚び売って、仲間に入れてもらうんだよな。
上手く行けば人間に溶け込んで、暗躍して人間界を支配できる。
よし、いけるぞ。ここから俺の下剋上人生が始まるのだ!
そう考えると、俺は華やかな人生の入口である、あのお決まりのセリフを言った。
「ピキー! 僕は悪いスライムじゃないよっ!」
「問答無用!!」
あっ。
俺は視界が上下にずれ、体が真っ二つに分かれる感覚に襲われ、そのまま暗い世界へ眠りについた。
眠りにつく寸前、俺はその僧侶の顔を見た。
僧侶に化けた百合香が、斬られる俺をみて、クスクスと笑っていたのである。
「って、こんなんじゃないだろおおおお!!!」
俺はまた女神の胸ぐらを掴み揺さぶる。
「何でいきなり斬られた!? 悪いスライムじゃないと言ったのに容赦なかったぞ!? というかスライムに転生してから1分も持たなかった! ってか何であいつ僧侶に溶け込んでるんだ!? 行く先々で俺を貶して何が楽しいんだ!?」
「いやぁ、最近は血気盛んな冒険者さんが多いですから。スライムで生きていくのは難しいんじゃないですかねぇ」
「もういい、満足行くようなものになるまで体験させてもらう」
俺はもう自棄になっていた。
花、蟻、蜘蛛、一件の家、剣、トカゲのようなドラゴンとその後碌なものにしか転生せず、しかもその先々で最後には百合香の蔑む瞳が待っていた。
一体いくつの人生を歩んできたことだろう。
どれもこれも(ほとんど百合香のせいだが)酷いものだ。
俺が息を切らし、途方に暮れそうになった頃、天国のような世界は茜色に染まり始めていた。
「もう、こんな時間なので、とっとと転生しちゃいましょう。あんなもん運ですよ」
もはやここまでか……。
何か、どんなルートを辿っても百合香大魔王が必ず立ちふさがる気しかしない。
もうこの際、いずれにしてもあいつに貶されるなら、何でもいいか……。
諦めムードに電力が入り始める。
しかし、心のどこかでは彼女に一矢報いたいと、そう願っていた。
「分かった。もう何でもいいから、本番転生頼みます……」
「はいはい」
女神は、ようやくか、と安心したように息をつくと、「じゃあ、いきますよー」と呪文を唱え、俺に向けて杖を振った。
目を開けると、そこは草原の真中だった。
昼寝でもしていたのだろうか、随分と変な夢を見たものだ。
俺は大きなあくびを一つすると、荷物を持ち、勇者のいる、リヴリアーヌという国に向かって歩き始めた。
最近、魔物も荒れてきている。どうやら本格的に魔王が侵攻を始めようとしているらしい。
俺が前世と全く変わらないごく平凡な少年として生まれ、まだ見た事のない勇者が前世の俺の妹で、魔王が前世の幼馴染であると知るのは、今からかなり先の未来で勇者たちと共に神に出会う時の話である。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
稚拙な文で、内容もあれだったかもしれませんが、本当に最後まで付き合って下さりありがとうございました!
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