魔界その一 (作者:春日 智英)
魔界。
日の光は当たらず、枯れた木々や毒沼が見渡す限りに広がっている。
どんよりとした紫の空の下に、自的悠々に毒沼を避けながら歩く、一匹のモンスターがいた。
獅子の胴体に蝙蝠の羽、そして毒針が無数に生えた尻尾を生やす、一見獰猛そうなこのモンスター。
その名は、メメ。
この魔界で八匹存在する、中堅階級のうちの一角。
所謂、中ボスである。
「かぁ……はぁーあ」
メメは大きな口を開け、大きな欠伸をしながら今日の昼飯を探している最中。
最近、この魔界に「勇者が攻め入ってきた」との情報も耳にした。しかし、この近辺は人間界との境界から距離が離れているため、見つかる可能性は極めて低い。
しかも、この勇者は噂によれば、かなり弱いらしい。
先日、同じ中ボス仲間であるアイラから聞いた話では、魔界の入り口付近の雑魚モンスター三匹に囲まれて、涙目になっていたそうだ。
「まったく……。頼むよ、勇者。おいらはひっそりと応援してるんだから」
そう。このメメは、密かに勇者を応援している。そしてあわよくば、仲間にして欲しいとも思っているのである。
その理由はというと。
『よくぞ生まれた。お前が八匹目の中ボスだ。この魔界の警護を任せる。名前は……あー、そうだな。……思い付かん。……そうだ、今日から中ボスと名乗れ。よいな、中ボス』
これが、メメを誕生させ、名前を付けた時の魔王の言葉である。
(何が中ボスと名乗れ、だ。くそう……。いつか、こんな名前を付けた魔王様を倒してやる!)
この「中ボス」という不憫な名をアイラに相談したところ、彼女が「メメ」という名前をつけてくれたのである。
メメは歩く。
紫の魔界を悠々と。
遠くの方で、骸骨戦士の集団が頭蓋骨を投げ合って遊んでいる。
それを無視し、メメはさらに歩く。
羽を使えば空を飛べるが、空にはメメの食料となる草が生えていない。
獅子の体をしているが、メメは草食なのである。加えて言えば、肉アレルギーだ。
右前方の毒沼の先に、わずかに草が生えているのをメメは発見する。
この魔界において、自然に生えた草というのはとても貴重だ。怪鳥どもに食われる前に、急いで行かなくてはならない。
メメは大きな蝙蝠の羽を広げ、沼を一足飛びで越える。ゆるやかに着地し、新鮮な草の匂いを嗅ぐ。
「お、お前は誰だ!! この周辺のボスか!?」
メメの耳に慌てた聞き慣れない声が届いた。
メメが顔を上げると、そこには人間がいた。
「な、なんだよ……。俺を食っても旨くないぞ……!!」
何も言っていないのに、その人間の目は早くも充血している。
(ああ、こいつが噂の勇者か……。……ん? 勇者!?)
全身に青と金を基調とした鎧を纏い、金に輝く柄で身の丈もある長さの剣を振り回している。
「お前が勇者か!」
メメは興奮のあまり、大きな声を出してしまう。鼻息も荒く、端から見れば、人を喰らおうとしている獅子そのものである。
「ひっ……!!」
勇者は威嚇されたと勘違いし、腰が引けてしまう。
「おいらを……、おいらを……!」
「や、やめてーー! 来るなぁぁー!」
「仲間にしてくれぇー!!」
「……へ?」
勇者は尻餅をついたまま固まってしまい、口をぱくぱくしている。
「おいら、勇者の仲間になりたいんだ! おいらと一緒に魔王様を倒してくれ!」
「な、なにを……」
メメは、魔王に「中ボス」という名前を付けられ、いつか倒したい、と思っていることを話した。
「それで、魔王様をギャフンと言わせて、新しい名前をつけてもらうんだ!」
メメは鼻息を荒くしたまま、勇者に近づいていく。
一歩、二歩、と近づくにつれ、勇者も尻餅をついたまま、本能に抗えず後ずさっていく。
そして、メメが一足飛びで勇者の側に寄り、鼻先で勇者の首もとの匂いを嗅ぐ。
「うーん、ちょっと汗臭いかなー?」
メメはそう言うと、勇者の顔を見てニコッと笑った。
勇者はようやく安心したのか、メメの頭を恐る恐る撫でる。そして、メメが本当に襲ってこないと分かった勇者は、先ほどまでと打って変わる態度をみせた。
「む。そうか……。よし、中ボス。ならば私と共に、魔王を倒しにいこう!」
「勇者、違うよ! 今はメメっていう名前なんだ!」
「なんだよ……。名前、あるじゃないか……」
しばしの沈黙が訪れる。
「まあいい。それでは、メメ。私をその背に乗せて、魔王の所まで連れて行ってくれ!」
「それはいくらなんでも無理だよ、勇者。おいらの背中は、女しか乗せられないんだ」
勇者は予想外の答えに呆気にとられてしまった。
「この——」
その時。
魔界、人間界を問わず、世界に文字通りの激震が起きた。
地震と共に、空間の歪みがあらゆる場所で発生する。
「な、なんだ!?」
「うわわっ! ゆ、勇者! 何かやったの!?」
「そんなわけ——」
「「うわぁぁーーー!!」」
そして、メメと勇者は、深い深い闇の奔流へと飲まれていった。